真実
カンテラが薄暗く照らされた宿の一室。
レイジのベットの上。そのシーツの上には、二人の男女が座り込んでいる。
「ほら、冷えてないけど」
「あ、ありがとう…」
落ち着いて話させる為にも、レイジは水筒に入った常温の水をコップに注ぐと、そのままルキアに手渡した。
「泣いたり…汗かいたりしただろ?飲めよ」
「うん…」
ゴクゴクと水で喉を潤したルキア。水を飲んで一息つき、残った涙を手で拭き取ると、一度深呼吸をする。
「色々と迷惑かけてごめん、なさい。悪い夢を、見て…」
「どうやら、僕が思った以上に深刻な問題だな」
ベットから立ち上がると、水筒をテーブルの上に置き、そのまま椅子を引っ張ってきて、ベットの前に設置した。
その椅子に、レイジは深く座り、ベットに座るルキアを見つめる。
「人の過去を詮索する気はないが、やはり奴隷の所有者と言う立場上、聞いておかなければならない。何がそうまでして、君を苦しめているんだ?」
穏やかな声で尋ねる。
「…………」
◇◇
「元々は、獣人として山奥で暮らしてたんだ。だけど、ワタシら獣人は、商品価値もそれなりにある。だからワタシは、たちの悪い奴らに誘拐されて……」
自分で抱き締める様に、両手で自分の腕を掴み、声を震わせた。
「売られたって訳か…」
「違うんだよ……」
レイジは目を見開く。
「もし売られただけだってんなら、こんなに毎晩魘されてない……」
「じゃあ一体……?」
汚れた白銀の髪の美女は、視線を床に落として、ぽつりぽつりと語り始める。
「捕まって、家族全員滅茶苦茶にされた。父さんは殺されて、母さんと妹は……」
レイジは分かっていた。魘されている様子を見ていたレイジですら若干の恐怖を覚える程。
彼女の過去は、恐怖だとか思い出したくないとかそう言った程のものではない。
そんな事は、簡単に理解していた。
だが、家族を目の前で滅茶苦茶にされた話を聞いただけでも、レイジは他人事の様には思えず、悪寒が走った。
「それだけじゃねぇ。だってよ、だってよ………。この腕と足は……ワタシのじゃねぇんだ」
「なっ………!?」
思わず椅子からガタンッと転げ落ちそうになった。
話を聞いている側だと言うのに、情けない反応。
レイジは己の無力さを、実感する。
そして、ルキアは壊れてしまった様に歪んだ笑みを零しながら、ボロボロと大量に涙を流しながら、自分の両手を見つめて言った。
「毛が邪魔だからって理由で、麻酔掛けられてよ……。気が付いたら、ワタシ……両手両足切り落とされてて…これ、誰の手と足なのか、分からなくて……」
元々は獣としての特徴を持っていたルキアの両手両足。
獣の様な毛が生え、鋭い爪が生えていた両手両足だったが、その全ては『邪魔』と言う理由で、呆気なく斬り落とされてた。
衝撃的過ぎる話を聞いて、椅子から立ち上がったレイジは、恐る恐るルキアの元へと歩み寄ると、若干手を震わせて、彼女の伸ばした腕と足を確認する。
「………」
レイジからすれば、切り落とされた腕と足の部分は綺麗に結合されている様に見えた。肌の色合いの変化も全く見られない。斬り落とされた事を直接言われなければ、本人の腕と脚の様にしか見えない。
接合後は全く見えないが、ルキアの話曰く、両手の前腕、両足の膝より下を切り落とされてしまい、その後治癒魔法によって誰とも知らない人間の手足を取り付けられたと言う。
「何て事を……障害とかは、残らなかったのか?」
「治癒魔法の質が良かったのかは知らないが、上手く動くって事だけが、救いだ」
両手でグーとパーを何度も作るルキア。しかし、自身の両手両足を奪われた事を思い出したショックは相当なものなのか、ルキアは涙をずっと流し続け、ガタガタと震え続けていた。
「お陰で、もう獣人としての特徴は耳と尻尾だけ。それに………それに」
「………」
気が付けば、レイジはルキアの僅かに冷たい右手を左手で握り、右手で優しく背中を擦っていた。
「身体中、弄ばれた。好き放題…汚された。無理矢理胸で挟んだり、尻に擦り付けられたり、口に突っ込まれて…思い出すだけで、吐き気がする…」
その時の事を思い出したのか、ガタガタと震えながら縮こまるルキア。
かつての記憶が、容赦無く脳裏を駆け巡る。
奴隷として捕らえられた後、父親は過度な抵抗を見せた為に殺害され、母親と妹とは引き離され、挙句の果てには『邪魔』だからと言う理由で、男達は獣としての特徴を持った両手両足を切り落とし、代わりに誘拐した後に殺された人間の手足を結合させられた。
麻酔を投与されていた為に、痛みは感じなかったが、自身の両手両足が切り落とされ、四肢欠損してしまっている状況と四肢が消えて赤黒い血が流れているのを見た時、ルキアは絶望。
最早、半分生きている気はせず、この先生きていけるのかすら分からなくなった。
結局、麻酔の影響で痛みを感じず、新たな手足を手に入れた。お陰で心は壊れなかった。
しかし、性欲処理の為に、ルキアを捕らえた男達は己の汚いモノを手足を引っ変えしたルキアの口の中へと突っ込み、尻に挟んで擦り付けたり、更には胸で挟んだ。
それだけには飽き足らず素股で、手で、男達は好き放題ルキアの事を弄び、欲を満たす為に、何度も口付けを強要した。
腹に剣を突き付けられていた為、突き放す事は出来ず、ルキアは奴隷商人に売り渡されるその時まで、ルキアは下劣な男共の行為に耐えるしかなかった。
◇◇
グッと拳を握り締め、無言のままでルキアの話を聞くレイジ。
表情にこそ強い変化は見られないが、彼の瞳には、明らかに強い憤怒が宿っていた。
「ごめん、レイジ様。ワタシ、処女だったけど…身体中、汚い男に弄ばれて、何回も何回も……嫌なのに、イかされて…。無理矢理キスもさせられて……ごめん、ごめんよ……こんな汚された奴なんて…」
奴隷としてルキアを買った時から予想はしていた。奴隷の、しかもこんなに美しい女性がどの様な事をされてきたかなんて想像はついていた。
寧ろ、レイジはそんな事はされていないと期待していた自分を殴りたくなった。
好きでもない男に口付けをされ、好き放題に弄ばれる。最早、これで挿入をされなかったのは奇跡と言って良い。
「………おい、そんな事をした奴らは……何処に居る?」
「え?」
ルキアは涙を手で拭き、椅子から立ち上がったレイジを見た。
「今すぐ殺す事、出来るか?………と言いたいが、無理な話だな」
ハンドガンを抜くと同時に、恐ろしい程に強い殺意を孕んだレイジの双眸が、ギロリとルキアの事を見つめた。
しかし数秒だけ経過して、苦笑いすると同時に、その殺意もどこかへと消え去る。
「僕も、それぐらい分かってた…さ。奴隷の女の子が綺麗なままじゃない事なんて…。寧ろ、逆にそれだけで済んだのが、嬉しいぐらいだよ」
ハンドガンをテーブルの上に置くと、レイジは再び恐怖に震えて涙目になってしまっているルキアの座り込むベットの上に赴くと、彼女の前に座った。
「何れ、全部忘れてしまうぐらい…仲良くなろう?」
彼女の震える肩に両手を置き、優しく微笑むレイジ。
絶望の渦に飲まれていたルキア。しかし、レイジの笑顔と受け入れてくれた小さな言葉。
それを聞いて、ルキアは一瞬だけ沈黙。
そして、数秒も経たない内にルキアは目元を真っ赤にし、ポロポロと透明な雫を何滴も零した。
「誓え、今まであった事は全部悪い夢だと。今、それからお前は目覚めたんだ。いいか、これは命令だ。全部忘れろ」
頬を伝って流れる雫。
「うぅ……ひっ、くっ、う……ひくっ」
嗚咽を漏らしながら、夜泣きする子供の様に泣き続きるルキア。
「これからは、僕が…本当に全部忘れさせてやるから…安心しろ」
レイジは優しくルキアを抱き寄せて、安心させる。
薄暗い部屋の中、気が付けばルキアは泣き止み、目元を赤くしながらも、サテラが眠るベットへと戻っていった。
「ありがとう…」
とお礼を残して…。