悪夢
晩御飯を終えたレイジ達。再びサテラが大きな桶にお湯を貰って帰ってくると、レイジは肆式と共に部屋の外へと弾き出された。
「また終わったら呼びますね。ルキア、体を拭きましょう」
「うん…」
ガチャリと、やや強めな威力で閉じるドア。
「僕は分かるとして、何で肆式まで摘み出されたんだ?」
「ワカリマセン」
「デカイからスペース取るからかな?」
取り敢えず、終わるまでレイジはこれと言ってやる事がないので、肆式の方を向く。
「何か話とかないか?」
一応、話を肆式へと振るレイジ。だが、いつもならレイジの方を向く肆式は、頭部のセンサーを可動させて、レイジとは全く違う方向、言わば虚無を見つめていた。
「ブレード、キドウコードジュシン」
「え、なんて?」
「バレット、キドウコードフメイ。データ、エラー」
「はぁ?」
某猫の様な、抜けた単音を発するレイジ。遂に壊れてしまったのかと、レイジは肆式を心配する。
「め、メンテナンスが必要かな?」
腕を組み、苦笑しながら独白するレイジ。
「モンダイアリマセン。メンテナンスハ、マリョクケイトウシステムニヨリ、ジドウテキニオコナワレマス」
「じゃあ今のは?」
「ワタシモ、ヨクワカリマセン」
「なんでやねん」
◇◇
「うぁ、ルキア…結構」
「ちょ、あんまりジロジロ見るなよ…」
ドア越しではあるが、僅かに聞こえてくるサテラとルキアの声。
別に盗み聞きをしている訳では無い。ドアに背中を預けて待っていた中、勝手に聞こえてきたのだ。
話の内容的に、何をしているのかは容易に理解出来る。
恐らく、今はサテラがルキアの体をお湯で拭いているのだろう。
(いかん、変な妄想してるな)
即ち、ルキアは今脱いでいる。きっと、綺麗な身体を曝け出して、サテラの手で綺麗にされているのだろう。
レイジは、本来ルキアの身体を拭くのは自分の役目なのかもしれないと思い始めたが、冷静になって考え直した。
(はぁ、普通に考えて変態だな…)
落ち着けず、苛立ちが絶えず襲ってくる中で、レイジは深呼吸として、何とか己の劣情を心の底へと沈めた。
◆◇◆◇◆◇
「レイジさん、終わりましたよ。お湯もまだ残ってるので、使ってください」
「あぁ、ありがとう」
「私達は外で待っているので、終わったら同じ様に呼んでください」
部屋の中は、お湯を持って入って閉め切られている為か、まだ湯気が立っていて、湿気が肌を何度も刺激してくる。
そして、若干ではあるが、女性特有の甘い香りがレイジの鼻腔を刺激した。
少し前に、ここで裸体の美女が二人、湯で身体を拭いていたと妄想すると、下の方に血が滾ってしまう。
「と、取り敢えず身体拭こ……」
◆◇◆◇◆◇◆
(男の全裸シーンなんて重要無いよなぁ…)
その後、身体と髪を拭き終えたレイジはサテラとルキア、肆式を部屋に中に入れ、明日に向けて布団の中へと潜ろうとしていた。
一度、大きくあくびをしてベットに寝転がり、部屋の明かりを落とそうとしたレイジ。
「レイジ様、隣失礼」
と言って、ルキアはいきなりレイジの隣に座り込むと、そのままレイジが使用しているベットへと寝転がった。
無論、いきなり過ぎた行動に二人は絶句する。そして、数秒の時が流れるとレイジとサテラは隣の部屋に聞こえる勢いで叫ぶ。
「何してんだお前ぇぇぇ!」
「ルキアぁぁぁ!何処に寝転がってんのー!?」
「え、だって奴隷は普通…床で寝るか主の隣で寝るものだと…」
常識外れも良い所だとサテラは呆れ果てた。
「奴隷商人って、どうして皆こうなんでしょうか?」
「え、ダメなの?」
「ダメじゃありませんが、初日からやる事じゃないよ。暫くは私と寝ましょうね?」
「レイジ様……」
何か言ってほしそうに、ルキアはレイジをジッと見つめた。
それに対しレイジは、ピッと親指を立ててサテラに言った。
「頼む」
「えぇ…嘘…」
サテラに引っ張られ、ルキアはサテラと同じベットで二人仲良く添い寝する事となった。
レイジとしては、余計な勘違いをされる事もなくなり、美女二人が仲良く添い寝している所を近くで拝めるので寧ろ、願ったり叶ったりであった。
だが、ルキアと一緒に寝たくないのかと聞かれれば、実の所は一緒に寝たいのが事実。
気持ち悪く聞こえるだろうが、絶対に良い匂いがするだろうし、身体の触り心地も良いだろう。
正直に言えば一緒に寝たいのが、レイジの本心。
だが、レイジとしては今はまだその時ではないと感じていた。
会ってまだ初日、いきなり添い寝してそのまま襲いかかるのは、あまりにも獣過ぎる。
(いや、ルキアも獣か………?)
少し考え込むレイジ。しかし、今日はやはり一緒に寝るべきではないと決心したレイジは、サテラとルキアの寝転んだベットに背を向けて、サテラとルキアに語り掛けた。
「それじゃ、明かり落とすぞ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい。また明日…」
「おやすみ、なさい…」
◇◇
「ん?」
美女二人が隣のベットで無防備に寝息を立てて寝ているせいか、眠りが浅かったレイジは夜中、意図せずして目覚めてしまった。
「クソ、起きたか…」
涙で濡れた目を軽く擦って、上体を起こすレイジ。明かりを落としてしまったので部屋は真っ暗。
手探りで、何とかカンテラを見つけて、部屋の中を小さく照らすレイジ。
オレンジ色の薄い光が、僅かにだけ部屋を明るくした。
「う、うぅ……」
「ん?」
苦しく唸る様な声。
レイジは声の聞こえた方向に目を向けた。
「あ、あぁ……やめろ…嫌ァ…」
「えっ」
ルキアが苦しげな表情を浮かべながら、頬を赤く紅潮させて、ハァハァと荒げに息を吐いて胸を押さえている。
苦しんでいるとは言え綺麗で、どこか扇情的な表情。薄い褐色の肌に合う頬の赤み。
一瞬、自慰行為でもしているのかと想像するレイジだったが、すぐさま違う事に気が付く。
「魘されてるの、か?」
自身が眠っていたベットから降りて、ルキアの眠るベットのすぐ傍に立つと同時にしゃがみ込み、眠るルキアと殆ど同じ目線になるレイジ。
「おい…」
表情はとても重たげで苦しそうであった。不安そうに歪み表情と、時々紡がれるネガティブなワード。
「大丈夫か?」
レイジは、徐ろに右手を突き出すと、汗ばむ事で額に張り付いてしまった前髪を避けてやると、そのまま優しく頭を撫でる。
(魘されてるな、こりゃ)
何か悪い夢を見ているのだろうと確信したレイジは、優しく何度も何度もルキアの頭を撫でる。
「やめろ、痛い……痛い………………あっ……」
レイジに優しく頭を撫でられた事が影響したのか、ルキアは息を荒げながらも、目を覚ました。
「悪い、起こしてしまったか?」
「レイジ………様」
ルキアは上体を起こすと、縋る様にして頭を撫でるレイジの手を力無く握る。
レイジは、振り払ったりする様な事はせず、寧ろ空いた左手で、右手を握るルキアの手を優しく包み込んだ。
「魘されてたぞ、大丈夫か…」
冷静な口調で、苦しくないかを問う。
「ワタシ……夢見て……魘されてて……………ヒッ、うぇぇぇ!」
ドクンと、ルキアの心臓が激しい動悸を見せる。
刹那、ルキアが何かを思い出したかの様にして、ガタガタと震え出し、慌てて両手で口を塞ぎ、目を瞑って、何度も何度も咳込んだ。
「お、おい!大丈夫か?おい!」
「嫌、やめろ!やめろぉぉ!やめてくれよぉぉぉ!!」
口を押さえて嗚咽し、まるで嘔吐する様な仕草を見せるルキア。
このままではベットの上が大混乱に陥ってしまうと感じたレイジは、すぐさまルキアの体を半ば無理矢理に起こさせると同時に、彼女を運んでトイレへと移す。
「ほら、我慢するな」
優しくルキアの背中を擦るレイジ。
「うぅ、おぇぇぇえ……」
トイレにルキアを移して数秒のしない内に、ルキアは便器の中へと胃液を吐き戻してしまった。
あまり見慣れない嘔吐物を前にして、レイジは思わず目を逸らしたが、現状ルキアが頼れる人物はレイジしかいない。
レイジは思わず逃げ出したくなったが、今の彼女を見てやれる者の代理が思い付かない。
サテラはぐっすり眠っているし、肆式はスリープモードに移行している。
歯噛みしながらも、レイジは逃げ出す事をやめて、ルキアの隣で必死になって彼女の力になろうとする。
「おぇぇぇ、おぇぇ……やめて、やめろぉ…」
何かに只管震え、恐怖のあまり止めどなく泣き続けるルキア。
嘔吐は何とか収まったもの、ルキアはレイジの知らない恐怖にずっと苦しめられていて、絶えず涙を流し続けている。
ガタガタと震え続けて、レイジの言葉も聞き入れずにずっと何かに怯え続けている。
「大丈夫だ、大丈夫…。辛いのなら、泣けばいい。とにかく、落ち着け……」
「レイジ、様……。ごめん、なさい……。悪い夢を見て…」
「そうか………聞かせてくれるか?話せば、少しは楽に……」
話を聞かせてもらえないかとルキアに問うレイジ。実際、包み隠さず誰かに悩みを話せば、多少は軽くなるとレイジは聞いた事があった。
しかし、ルキアはぶんぶんと首を横に振った。
「そんなの話したら、レイジ…様は、ワタシを捨てるだろ!」
首を横へ振ると同時に、ルキアは恐怖と怒りを孕んだ表情で、レイジの両肩をグッと掴む。
鈍い痛みがレイジの両肩を襲い、思わず後ろに倒れてしまいそうになる。
しかし、鍛えた体幹で何とかルキアの不意な攻撃を耐えたレイジ。
「捨てない、捨てないから……頼むから落ち着いてくれ」
レイジは彼女に許可を取らず、ギュッとルキアを抱き締めて、いきなり暴れ出したルキアを何とか宥めた。
「レイジ、怖いよぉ……怖い夢、もう嫌なんだよ……」
細かな訳は知らないが、何か深刻な問題を抱えているのだとレイジは確信する。
抱き締めていた身体を一度離すと同時に、レイジはルキアの頰に右手を添え、視線を彼女と合わせてゆっくり話す。
「頼む、話してくれ。力になりたいんだ……」




