汚れた白銀
ピタッと足の動きが停止すると同時に、レイジはサロメの方に向き直る。
「なっ、いいんですか?」
「うふふ、奴隷に興味をお持ちのお客様を、我々が放っておく訳がありません。是非…」
一瞬、考えるレイジ。
ここで断るのは簡単、だが興味はある。
どうするべきか悩むレイジだが、見る分には無料だと感じたレイジは、首を縦に振った。
「じゃ、じゃあお願いします」
「ありがとうございます。では、わたくし共が選んだ奴隷をお連れましょうか?それとも、レイジ様自身の目で…」
「自分の目で見させてください」
「畏まりました。では、こちらに」
◆◇◆◇◆◇◆
その後、入ってきたドアとはまた別のドアを通って、レイジはサロメに連れられて、奴隷を管理している地下室へと案内されていた。
「ここで、奴隷を……?」
薄暗い地下室。明かりは、サロメから渡されたカンテラと、数メートルごとに天井から吊るされた小さなランプのみだった。
「はい、地上では管理するのに限界があるので、こうやって地下で管理しているのです」
カンテラを片手に、レイジと並んで地下室を進むサロメ。
(ちょっと匂いがキツイな…。完全に掃除は、行き届いてる訳無いよな…)
鉄格子で硬く施錠された狭苦しいスペースの中には、商品であろう奴隷が押し込まれている。
みすぼらしいベットに座る者や、寝転ぶ者、鉄格子を掴んで、レイジとサロメの様子を伺う者など、様々だった。
(これが、普通なんだよな…)
レイジとて分からない訳がなかった。奴隷とは、人では無く物。
人権がある訳では無い。故に、こう言った不当で貧相な扱いをされるのは、最早当然なのかもしれないと、レイジは感じた。
「そう言えば、聞き忘れておりましたが…。どの様な奴隷をレイジ様はご所望ですか?労働、戦闘、性奴隷等、幅広く取り扱っておりますが…」
「出来るなら戦闘用が好ましいですね」
サテラが前衛で攻撃、肆式が壁役、そしてレイジが遠距離からの支援攻撃。
今、頭が一番働くと言う理由から、陣形作成を担っているレイジからすれば、中距離からの攻撃や、サテラの近接戦援護を任せられる人材が欲しい所。
「分かりました。では、これからご案内致しますので、ご興味の湧いた奴隷がいらっしゃいましたら、お声がけ下さい」
◆◇◆◇◆◇◆
(さっきから色んな奴隷を見てるが、どれも…)
サロメに案内されて、何人もの奴隷を紹介されたり、この目で見ていたレイジ。
しかし、誰にも興味を感じなかった。
(やっぱ僕、あの子にしか…)
考えれば考える程、あの獣人が脳裏に浮かぶ。
レイジは未だに忘れられず、この奴隷商館に来てからも、名を知らぬその子の事ばかり考えていた。
ずっと一人に固執する自分の事を異常かもしれないと、疑問に感じるレイジだが、忘れられない以上どうしようも出来ない。
「レイジ様、ご興味の湧いた奴隷はいましたでしょうか?申し訳ありませんが、もう当店でレイジの目に触れていない奴隷は、僅かしかおりません」
「あの、サロメさん」
だったら、とレイジは賭けに出た。
「女性の獣人の奴隷がこの店に売られませんでしたか?薄いグレーの髪の、いや白銀だったかな?とにかく、そんな子がこの店に売られませんでしたか?」
居ないのなら、居ないとはっきり言ってくれれば良い。
それに、今のレイジはお客の立場としてこの店に来ている。多少の要望ぐらい話しても怒鳴られはしないだろう。
「……」
そして、レイジの言葉を受けて、暫くの間、沈黙しながら考え込むサロメ。
「レイジ様、その奴隷なら…こちらに」
◇◆◇◆◇◆
「あっ!」
思わず声が漏れてしまったが、レイジは探していた奴隷を見つけて、思わず顔が驚きに支配された。
「レイジ様の仰られた特徴と合致する奴隷は、本館にはこの者しかおりませんが…」
カンテラで、鉄格子越しにスペースの奥を軽く照らす。
「……」
言葉を失うと同時に、何故か強い安心感が生まれた。
鉄格子の奥で、薄いグレー、汚れた白銀の髪をセミショートにした女性の獣人が、力なくベットに座り込んでいる。
頭頂部に生えた狼の様な二つの耳も、へたんと落ちてしまっていて、尻尾も同様に元気なさげだった。
表情も暗く、カンテラで奥まで照らしても、獣人の女は顔を僅かに動かし、レイジ達の様子を伺うのみ。
だが、その顔立ちや姿。間違いなく、肆式を探している時、偶然出会ったあの獣人と同じ人物だろう。
薄いグレーと白銀が混ざった様な色の髪、少しだけ日焼けをした様な薄褐色の肌、サテラをも凌駕する美しい顔立ち。
その全てが、最初目撃した時の彼女と同じだった。
「あの、身勝手を承知で言いますが、近くで話したりは出来ますか?」
畏まった様子で言うレイジ。それに対し、サロメはからかう様な口調で言った。
「あら、どこが身勝手だと言うのですか?全く問題ありませんよ」
「えっ」
「最初に入った部屋でお待ち下さい。軽くこの奴隷に準備をさせますので…」
◇◇
サロメの指示通り、騎士のマークと一緒に入った部屋でソファに座り、大人しく待っている事、約十分。
少々、退屈になってきて、天井の模様の数を数える事にいそしんでいたレイジだったが、ガチャリと部屋のドアが開いた事で、レイジは音の方を振り向く。
「大変お待たせしました」
頭を下げて、部屋の中へと入ってくるサロメ。
「入りなさい」
ドアの向こうへと、サロメが声を飛ばした。それと同時のタイミングだった。
「……!」
部屋の中に入って来たのは、先程鉄格子越しに見ていたあの獣人の奴隷だった。
着ている服も、牢屋の様な狭いスペースで着せられていたボロ布ではなく、レイジが着ている制服の様な質の良い服になっており、美しさにより磨きがかかった感じとなっている。
更に、先程は暗がりで分からなかったが、獣人は非常に良い発育をしている。特に胸の方はかなり暴力的、しかし横に太い様には見えない。正に黄金比だ。
思わず覗き込みたくなってしまうレイジ。しかし、流石にと感じ、自重した。
「自己紹介を」
「初めまして…。ルキアと申します。この度はワタシにご興味を抱いて頂き、恐縮です」
ペコリと一礼するルキア。
「あ、ご丁寧にどうも…。不知火レイジです、どうぞよろしく」
あの日は、ただ見ていただけだったが、今はこうやって目の前に立って、話をする事が出来ている。
レイジからすれば、それだけでも非常に嬉しい事であった。
「気に入って頂けた様ですね」
「あ、はい……」
「深くお聞きするつもりはございませんが、彼女とはご知り合いなのですか?」
ギクリとなってしまい、レイジはどう答えを返すのかを迷った。
正直に言うべきなのか、それともただの偶然や勘であったと嘘を吐くのか。
「いえ、ちょっと……その、見かけたって言うか…その」
目は泳いでしまい、オドオドした感じになってしまうレイジ。
レイジの表情を読み取ったのか、サロメは話を切り上げた。
「……申し訳ありません、要らぬ詮索をしてしまいましたね」
(危なかったぁ…)
「話題を変えましょう。この奴隷は少し前にここへ売られたばかりの奴隷なのですが、既にこの奴隷を買いたいと言う方が、三名程おられます」
その言葉を聞いて、レイジは身を震わせた。
既に目を付けている者が三人もいるのかと、強い驚きを見せる。
(いや、待て。この人が僕に買わせる為に言ってきてるのかもしれない…)
「内二名が貴族の富豪の中年男性で、もう一人はレイジ様より少し年上の寡黙な青年です」
嘘を付いているのかと警戒するレイジ。しかし、サロメは、買いたいと言っている三名の相手の特徴を出してきた。
レイジは、嘘では無いのだと確信する。だが、それと同時に納得も出来た。
ルキアは、非常に美しい顔立ちと魅力的で妖艶なスタイルを併せ持っている。愛玩用として、性奴隷として求める者がいるのは、何らおかしな話では無いと感じた。
「い、一応聞こう。値段の方は?」
その言葉に、サロメはニヤリと奇妙に笑みを浮かべた。
気味の悪い笑顔に思わずレイジは、冷や汗を流す。
「本日売って頂いた奴隷の代金と、騎士団から受け取った報酬金全て…。この二つを合わせて、お譲りしましょう」
「……」
「本来ならもう少し高く付く所なのですが、レイジ様は初めてのご利用ですし、事件解決にご協力してくれた事もあります。今提示したのが、少々値引きした上での値段となります」
「………」
黙り込み、買うべきか否かを考えるレイジ。勢いに任せた買い物はあまり好みでは無いレイジは、今このタイミングで買うのを渋る。
奴隷を買うと言う事は、言わば人を買い、所有物とする事。
ただの買い物とは訳が違う。それに、サテラには何も伝えていない、更に額も値引きしてくれているとは言え、かなりの値段。
高い買い物は慎重に、と聞くが正にその通りと言える。
サロメの言葉に、レイジは何も言う事が出来なかった。
すると、サロメが再び悪い笑みを見せる。
「一つお伝えし忘れていた事が御座います」
「な、何だ?」
「明日か、もしくは数日以内に…貴族の方がこの奴隷を買いに来ると言っておられました」
「なっ!?」
ルキアの表情が曇る。
そして、サロメの言葉に、思わずひっくり返って倒れてしまいそうになるレイジ。
サロメの悪い笑みと同時に放たれた言葉。レイジは思考を逡巡させた。
(決断するのなら、今日しかない…!もし、買わなければ貴族の奴に…)
先程、サロメは貴族の方は中年の男だと言った。幾らレイジでも、ルキアを何の為に購入するのかなんて理解出来る。
貴族に買われたルキアの行く末を妄想しただけで、胃液が込み上げてきそうになった。
「……」
一瞬、ルキアと目が合うレイジ。
彼が考えていた事と、ルキアも同様の事を考えていた。
レイジと目が合うなり、ルキアは、まるで救いの手を差し伸べてほしいと懇願する様に、潤んだ瞳でレイジを見た。
レイジは理解する。貴族の男共には買われたくないのだと。
しかし、奴隷に買い手を決める権利は無い。だからこうして、誰とも知らぬレイジへと助けを求めている。
(くっ……)
サテラに相談すべき、もう少し周りからの目を考えろ、そんな事に金を使うな、幾らでも言い訳は出てきた。
しかし、奥歯を噛み締め、両手の拳を強く握ったレイジはスタンとソファから立ち上がり…。
「……売ってくれ!」
刹那、バンッ!と音が部屋の中に響くと同時に、サロメとレイジが座るソファに挟まれたテーブルに二つの金が入った布袋が、勢い良く叩き付けられた。
「……フフッ、お買い上げ…ありがとうございます」
サロメはソファから立ち上がって深く礼をする。
(後の事なんて知ったことか!僕は、僕を貫いてやる!)
覚悟を決めて、ルキアを購入する決心をしたレイジ。
そんなレイジを見て、ルキアは周りにバレない様に、嬉しげな表情を浮かべていた。