ひったくり事件
「サテラ、斬り込め!」
「はい!」
レイジの指示を受けて、サテラは新調した鋼の剣を、狼の様な姿をした魔物の胴体に勢い良く突き刺す。
「肆式、バックのカバーを!」
「ミンナ、マモル」
刺突で魔物を撃破した事で、動きが止まるサテラ。その隙を見て、後ろから更に二匹、同種の魔物が迫りくる。
しかし、肆式が鈍重な体を駆動させて一匹の前に立ち上がり、仁王立ちの如く立ち塞がった。
魔物は、邪魔者を排除するべく、鋭い牙で肆式に齧り付くが、魔導兵器の装甲はびくともしない。
傷どころか、噛み跡すらも残せなかった。一瞬の怯みすらも見せず、肆式はそのまま魔物を両手の三本指のマニュピレーターで掴むと、そのままレイジの方へと放り投げた。
「終わりだ」
迫るもう一匹と、弧を描きながらグルグルとレイジの方へと飛んでくるもう一匹の魔物。
レイジは、右手に持っていたハンドガンを両手でしっかりとホールドすると同時に引き金を引いて、正確な二発の射撃で魔物を撃ち抜いた。
走って向かってきた魔物は眉間、投げ飛ばされた方は胸を撃った。
二発の銃声が響くのを最後に、魔物は地面に突っ伏したまま、一切動かなくなった。
「よし、これで依頼された魔物は倒した。流石だよ、二人共」
「いいえ、レイジさんの射撃も流石です!」
「シャゲキ、ジョウズ!スゴイ、スゴイ!」
装備を新調してから、早くも五日程。レイジ達のこなす依頼は、斥候や採取と言ったものから、魔物の討伐や護衛と言ったものに変化していった。
今、完了した依頼も、狼の姿形をした魔物を撃破すると言うもの。
サテラが斬り込み、肆式が壁役、レイジが射撃で支援すると言った陣形で、今回も討伐依頼を難なく成功させた。
「いつ見てもほんと、凄い剣技だよ。僕じゃ到底真似出来ないね」
「レイジさんだって、その射撃技術と命中精度は目を見張るものがありますよ!まるで風刃の猛将や、灰燼の英雄の様です!」
(ホント、教わっておいて正解だったな)
海外の民間軍事会社へ赴き、銃の扱い方や撃ち方を学んでおいたのは、本当に良かったと染み染み感じさせられる。
もし、今それらのスキルや技術が無ければ、何も出来ずに見ている事しか出来なかっただろう。
「ギルドに戻るか!」
「はーい!」
◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルドに戻り、報酬を受け取ったレイジは、サテラとテーブルを挟んで椅子に座り、今後の予定について話していた。
因みに、肆式はその真横に突っ立っている。恐らくだが、椅子に座ったら最後、重さに耐えられず、バラバラになってしまうだろう。
「今日も依頼は無事に達成。依頼金も獲得…。僕はこれから、弾薬補給の為に武器屋に行こうと思ってる」
「なら、私も一緒に行きますね。肆式はどうします?」
「トモニイキマショウ!」
◇◇
昼食を終えて、武器屋に向かおうとしていた矢先の事だった。
昼過ぎ、道行く人の数が減ってきたタイミングを狙ったかの様にして、事件は起きた。
「きゃー!ひったくり!」
「えっ!?」
まさかの人通りが少ないタイミングを狙って、レイジらの目の前で、ひったくり行為が発生した。
女性の持っていたバッグが、身なりのなっていない小汚い男の手によって強奪され、男は物凄い足の速さでその場から逃げ去っていく。
「おいおい、マジかよ」
どうするべきか、と間を置いて考えていたレイジ。
しかし、レイジの隣に立っていたサテラは、既に行動を開始していた。
「待ちなさい!」
『騎士』と言う存在が身に染みていたのか、サテラは勢い良く走り出して、男を捕らえる為に背中を追う。
「は、速い!」
しかし、サテラが全速力で走っても、ひったくりをした男の背中を掴む事は出来なかった。
サテラが鎧を着ているせいかもしれないが、気が付けばサテラはゼェゼェと息を切らしてしまい、走る事もままならなくなっていた。
「は、速すぎませんか……?」
しかし、サテラが走り出した時から、レイジも走って彼女の背中を追っていた。
そして、サテラが息を切らして走れなくなってしまったタイミングで、レイジはサテラを追い抜き、ひったくり犯に追い付くべく、走り続ける。
(撃って怒られるかは分からないが……止めないと)
走りつつハンドガンを取り出すと同時に、レイジは迷わず銃口を逃げるひったくり犯へと向ける。
(大丈夫だ、人間は足を撃たれても死にはしない。それに、銃声を聞けば少しは怯むだろ?)
手始めに、斜め上方向へと一発威嚇射撃。凄まじい銃声が響く。
鳥達が一気に空へと飛び立ち、僅かにだけ道を通っていた人は、銃声を聞いて一斉に頭を下げ、地面に伏せた。
無論、ひったくり犯も自身に向けた銃声である事は理解していた様で、慌てふためき、その足の動きを停止させる。
「次は当てるぞ…」
双眸に殺意を宿して、レイジはハンドガンの標準を男に合わせる。
銃口に目を付けられたひったくり犯は、冷や汗をかきながら、静止している。
「抵抗はやめてください。抵抗するなら、刺しますよ?」
後を追ってきていたサテラが、鋼の剣を鞘から抜くと、レイジよりも前に出て、ひったくり犯の首元に向けて剣を突き付けた。
その距離は、ほんの数十センチメートルでもう少し剣先が進めば、喉元に剣が突き立てられる事となる。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
銃と剣を向けられた事で、流石にひったくり犯も観念したのか、ひったくったバッグを落として、情けなく尻もちを着いて、地面に座り込んでしまった。
「ったく、何やってんだか」
銃口を突き付けたまま、レイジはひったくり犯に対して嘆息した。
「とにかく、この街の憲兵か騎士団に引き渡しましょう。レイジさん、そのまま銃口を突き付けておいてください。もし、抵抗したら足でも撃っておいてください」
「そ、そんな軽い感じなの?」
あまりにも自然な表情で言ってきたのでたじろぐレイジだが、今は犯人に逃げられる訳にはいかないので、深く考える事をやめて、犯人に絶えず銃口を突き付ける。
「何事ですか!?人通りの多い道で銃撃なんて…!」
銃撃が響いたせいか、すぐにサテラと同じ様な質の良い鎧を着た騎士達がガチャガチャと音を立てながら、事件の現場に現れる。
「一体何事です!?」
騎士団の中でリーダー格の様な風貌をした、端正な顔立ちの男の騎士がレイジとサテラのやっている事に気が付き、すぐに二人の元へと駆け寄った。
「じ、実はこの男の人が、ひったくりをして」
「えっ…」
「彼の言う通りです、今犯人を取り押さえました」
◇◇
その後、サテラと被害にあった女性が、事情を事細かに話してくれたお陰で、ひったくり犯は無事に騎士団によって拘束され、レイジ達は騎士達から心のこもった礼を受けた。
「ご協力、誠に感謝致します」
「発砲しましたが、大丈夫でしたか?」
一応、レイジは心配そうな顔をしながら、男の騎士に威嚇とは言え撃って良かったのかを問うた。
これで、過剰な行為だと罪に問われるのなら、選択肢を間違えたと強く後悔するが、騎士は首を横に振った。
「無関係者に被害が出ていない以上、我々が咎める事は一切ありません。寧ろ、これで余計な被害が出ずに済みました。では!」
ひったくり犯の両腕を麻縄できつく縛り上げた後、騎士達はレイジ達に別れを告げ、男を連行して去っていった。




