宿 (微エロ)
「すいません、魔導兵器の持ち込みは可能ですか?」
「え、魔導兵器ですか!?少々、お待ち下さい!」
日もすっかり落ちて、外が真っ暗になった頃。レイジとサテラ、そして肆式は街の宿に訪れていた。
宿の両開き式の扉は、レイジとサテラは余裕で通る事が出来たが、二人よりも大きな巨体を持つ肆式は、屈んで入らないと、扉を破壊しかねなかった。
何とか上手く誘導して、建物に被害無く肆式を入れた二人は、店の内装に興味を示している肆式を横目に、宿屋の受付を担当している者と、魔導兵器の入室は可能なのかを問う。
「確認して参りました。入室は可能ですが、二人部屋でないと少々、狭苦しくなってしまいます……どうされますか?」
「なら……二人部屋にしようか。サテラ、大丈夫か?」
「は、はい…!」
何故か、頬を紅潮させるサテラ。
「ありがとうございます。ベットはツインかダブル、どちらに致しましょう?」
心の中で、おっと…と小さく呟くレイジ。
ここに来て、あるあるなイベントが到来し、思わず身震いしてしまうレイジだが、流石にここで慌てふためく訳にはいかない。
「ツインで…」
「かしこまりました」
◇◇
その後、肆式をレイジとサテラ、そして宿の従業員三人の力を借りて、かなり無理矢理に押したり引いたりして、部屋まで運んだ後、レイジは右手で頭を抱えながら、ベットに一人座り込んでいた。
(やべぇ、やべぇよ…)
今になって、冷静さを取り戻したレイジは気が付いた。
この部屋にはレイジ、サテラ、そして肆式しかいない。
無論、レイジは男。サテラは女。置いてあるベットは二つ。
年頃の男女が同じ部屋で寝泊まり、ベットが二つあるとは言え、同じ屋根の下で寝ている事に変わりはない。
現状を理解した瞬間、レイジは顔が真っ赤っ赤になった。
今やっている事は、恋人同士が行う様な事とほぼ同様の行為。
無論、それはサテラも同様で…。
「うぅ…」
一瞬、向かい合った二人だが、互いに顔を見られなくなり、超高速で互いに顔をそらした。
(えっ、僕今日この子と同じ屋根の下で寝るの?どんな拷問だよ!?姉さん以外の人とこんな事したことないのにぃ!)
(ど、どうしてこんな事に!?レイジさんと一緒の部屋って!た、確かにレイジさんは悪い人じゃなさそうですけど……けど、けど!出会ってまだ数日ですよ!い、幾ら何でも、関係を持つには、早すぎますぅ!)
レイジとて、ここで彼女を押し倒す程、愚かではない。
現に襲う気は一切無い。レイジは、今の所サテラには性的欲求を抱いていない。
言ってしまえば、彼女の事を見ても勃起はしない。
なので、寝込みを襲う可能性は非常に低い。しかし、勃起しない等と高を括っていたとしても、状況は状況。
年頃の男女が同じ部屋でくつろいでいる。
その状況が、二人の羞恥心と胸の高鳴りをより加速させていた。
(だ、大丈夫だ。大丈夫!さっさと寝れば良い話だ!)
「あ、あの!」
さっさとベットの上に置かれた布団を被って寝ようとしたレイジだが、布団の中に隠れようとしたレイジに、焦った様子でサテラが声を掛けた。
「か、体を拭かずに寝るのはまずいですよ。お湯を貰ってくるので、少し待っていてください!」
「え、風呂は無いのか?」
転移されて数週間の間は、転移させた国が用意してくれていたが、ここでは違うのだろうか。
「お風呂は大量の水を使うので、そう簡単には入れないんですよ。お湯で体を吹いて、髪を湿らすのが一般的です」
「そ、そうなの?」
「と、とにかく貰ってくるので、待っていてくださいね!」
頬を赤くしたまま、サテラはとてててっと走りながら、部屋のドアを開けると、そのまま部屋の外へと消えていった。
「あっ…」
サテラが部屋から出ていっても、レイジもまだ心臓の鼓動が速まったままであった。
改めて考えると、今まで見てきたアニメや漫画の主人公がどれだけおかしかったのかを身をもって実感した。
会って一日の女の子を家に泊める、宿で一緒の部屋になる、普通に考えたら頭がイカれているとしか思えない。
手は出さないと、心の中で誓っていても、レイジからすれば一緒の部屋にいる事自体があり得ない話なのだ。
「ドウカシマシタカ?グアイ、ワルイデスカ?」
ベットに座りながら、リュックの中にあったカメラを無意味に触り出したレイジ。
そんな彼を見かねた様にして、部屋の端でちょこんと座っていた肆式は立ち上がり、レイジの右手に自らの右腕部先端を重ねる。
「肆式…」
「ハイ、ナンデショウカ?」
機械的な声、作られた献身。
魔のと機械が絡み合った魔導兵器は、レイジの『心』を理解せず、データの海の中に存在する僅かな使命を頼りに、レイジの力になろうとする。
「別に具合が悪い訳じゃない。ただ、僕の心の問題だ」
「コ、コ、ロ?」
「ハートの事だ」
「ハート?」
一眼レフカメラのピントを合わせると同時に、レイジは、意味無く肆式の体をフレーム内に収めて、一枚撮影した。
◇◇
「あの、戻りました!ドアを開けてくれると嬉しいです!」
暫く、肆式と話し込んでいたレイジだったが、良い感じのタイミングで、ドアの向こうからサテラの声が聞こえてきた。
部屋をノックするなり、ドアを開けてほしいと頼んできた為、レイジはドアの方まで向かうと、彼女の代わりにドアを開けた。
ドアの前には、湯気の立ち込めるお湯がたっぷり入った横に広い桶を持ったサテラが立っていた。
軽装の鎧に隠された腕は震えており、タオルが三枚程掛けられている。
「すまん、ありがとう」
「いえいえ」
◇◇
「よいしょ、っと」
桶の前で軽装の鎧を外し、制服を着ているレイジと何ら変わらない布服のみを纏った状態となったサテラは、振り返って、レイジに声を掛けた。
「あ、あの!」
「分かってるよ、部屋の外にいるから。言われなくてもそんな事ぐらい…!」
口調が少々荒くなってしまったが、今のレイジは興奮度が強まっており、正常な判断があまり出来ない状態にある。
これ以上、興奮度が上がってしまえば本当に正常な判断が出来なくなってしまう。
そうなって、強姦魔の称号を得るよりは、突き放してしまって、部屋の外で待っている方が余っ程得策だ。
「お、終わって着替えたら言ってくれ」
「ま、待ってください!」
会ってから聞いた事のない様な、驚く程に強い口調でサテラが言った。
「背中、自分じゃ出来ないので……拭いてくれませんか?」
そう言い放ち、サテラはレイジの制服の袖を掴む。
頬を更に赤く染めて、意志の固さをその身で証明するかの様に口を引き結んで、双眸に強い感情を湛えながら、彼女はレイジを見上げていた。
「質の悪い冗談は勘弁してくれ。僕はそんなのを期待して放浪旅に出た訳じゃない!」
彼女が掴む手を力任せに振り払って、部屋から出ていこうとするレイジ。
だが、振り払う事も、足を動かす事も出来なかった。
(クソ……体は正直って事なのか…?)
劣情に流されそうになった。現に拭きたくないのかと聞かれたら、ノーと答える。
更に、下の方は嫌な程までに膨らんでいた。
「何故、異性の僕に頼む?しかも、会ってまだ数日の…」
訊いてみたが、彼女は口を紡いだ。レイジは困惑しながらも、どうするべきかを考え、思考を逡巡させる。
(大体、何で僕に……)
背中には手が届かないと言うのだろうか、それとも一人では満足に拭ききれないのだろうか、たをから恥ずかしいのを堪えてレイジに頼んでいる。
少なくとも、それは信用されている証でもある。でなければ、こうやって頼まれる事は無いだろう。
無下にはしたくないのも、また事実。
結局、レイジは劣情に押し流されつつあったも、残された理性で何とか抑え込み、嘆息しながら答えた。
「前を拭き終わったら言ってくれ。後、肆式…シャットダウン」
「リョウカイシマシタ!システム、スリープモードへイコウ」
肆式の目の様な赤い光が消えると同時に、サテラの「ごめんなさい」と言うか細い声が、レイジの背中に当たった。
程なく、しゅるしゅると衣擦れの音が耳に届く。
(ヤバイヤバイヤバイ!美少女が僕の後ろで脱いでるぅ!)
奥歯を噛み締めながら、レイジは今真後ろで起こっている出来事に対して強い抵抗感を覚える。
一秒でも良いから、この時間が早く終わってくれる事を願いたい。
本音は、今すぐ後ろを振り向きたいが、そうなればただの犯罪者。
今にも叫んで逃げたい気分だ。年齢の近い美少女が背後で服を脱いでいると言うシチュエーションに、緊張と興奮が隠せない。
更に、周りは静かで、他の音が一切しない。そして誰一人として邪魔をしてこないと言うのも、余計な熱情を誘った。
ちゃぷんと、体を拭く用の布が桶の中のお湯に浸る音が響いた。
すぐに、布で体を優しく拭く音も聞こえてくる。これはもう殺しに掛かってきていると言っても過言では無い。
(落ち着け、たかが、たかが美少女の裸……って無理…)
「あ、あの…前と髪を拭いたので…お願いします」
恥じらいを含んだ震える声が、背中に届く。レイジは、一度深呼吸をして、恐る恐る彼女を振り返った。
「うぉ…」
ランプのオレンジ色に照らされた、華奢で綺麗な背中がそこにある。
髪はポニーテールではなくほどいたものとなっており、背中を拭く際、干渉しない様に肩を通して前の方へと行っている。
何気に、髪を下ろした姿を見たのは初めてだ。
(綺麗過ぎるだろ…)
第一印象で、肉付きが良さそうな身体ではなく、華奢でしなやかな身体だと思っていたが、概ね印象通りだった。
騎士であるが肩は小さく、腕は細い木の様に細い。
僅かに覗く尻も、女性らしく丸みを帯びてはいるが、大きい訳では無い。
美しさと艶めかしさ、そして儚さに思わず唾を飲み込み、身を震わせる。
その音が聞こえたらしいサテラは首筋までもを赤く染めて、ぎゅっと身を縮こませる。
彼女の、どこか恐怖に怯える様な仕草と反応で我に返ったレイジは、慎重な足取りで彼女に歩み寄り、座り込んだ。
「やるぞ?」
そう言って、腕まくりするレイジ。
「はい…」
せめて腰から下は何かで覆ってほしかった。だが、下手に指摘すると、互いに恥ずかしい思いをしてしまいそうなので、レイジはなるべく下の方を見ない様に気を付けた。
サテラから手渡された布を、湯で絞り、そっと肩に当てる。
「んっ…♡」
びくりと身体を震わせ、勘違いしてしまいそうな色っぽい声を漏らすサテラ。
思わず、レイジは手を止めた。
「いいよ、続けて…」
サテラは、か細い声で訴える。
(ぐっ、ぐっ!こんなの、理性を殺しに来てる以外無いだろ!)
押し倒さない様に理性を制御しつつ、腕にも力が入り過ぎない様に調整し、丁寧に背中を擦り、汚れや汗を拭い去っていく。
(落ち着け、落ち着けっての!)
顔中が熱く火照り、あちこちの筋肉に変な力が入っている。今だけは、誰であっても顔を見られたくない。
彼女の身体を拭く布越しでも、女性の肌の柔らかさは充分に伝わってくる。
心臓が嫌な程までに暴れ回り、力の加減を間違えてしまいそうになる。
「あっ…」
注意していた矢先、加減を間違えた。
「んぁっ…♡」
切なげで色っぽく、艶めいた吐息がサテラの口から漏れた。
(落ち着け、落ち着け……!)
もう下がギンギンになっている事については、諦めて放置する。
後で自己処理すれば元に戻る話だ。
「これぐらいで、どうだ?」
何でも無い風を装って言ったのは、レイジに僅かにだけ残された見栄。
「もう少し、下も……拭いてくれます?自分だと、上手く出来なくて」
見栄は、ほんの数秒しか持たなかった。サテラの言葉が示す場所は、レイジが出来るだけ目を向けない様にしていた腰から下の所。
まだ自制心が息をしている内に、レイジは言われるがまま手を動かし、数回サテラに甘やかな声を出させながらも、何とか作業を終えた。
(………)
細い身体付きながらも、女性特有の柔らかさと弾力の感触は、レイジの手に色濃く残っていた。
「後は、自分で……」
「ありがとう……。終わったら、また呼ぶね」
その言葉を聞いて、やっと解放された気分になったレイジは、すぐさま部屋から立ち去った。