不穏な出会い
「えぇ!?魔導兵器を仲間にィ!?」
「シィー!声がデカイ!!」
冒険者ギルドに戻った二人は、すぐに依頼完了の報告に向かっていた。
流石に何も無かったとは言えないので、前世代の魔導兵器を見つけて仲間にしたと、レイジは一切包み隠さず、ギルドの受付嬢に報告した。
のだが、報告するなり、受付嬢は強く驚きの表情を浮かべ、それなりに大きな声で叫んでしまった。
レイジとしては、下手ないざこざを避ける為、あまり大事にしてほしくなかったので、声のボリュームを落とす様に言った。
周囲がガヤガヤしていたので、注目を集める事は無かったが、レイジとしては心配で胸がいっぱいだった。
「あ、ゴホンゴホン。すみません……その魔導兵器以外は何も居なかった、と言う事ですね?」
「はい、魔物も野盗もいませんでした」
「国で管理している魔導兵器がどうして…」
「とにかく、ご内密にお願いしますよ」
「は、はい……。依頼の方はありがとうございます。では、報酬の方を用意いたしますので、少々お待ち下さい」
◇◇
「よぉし、無事に報酬もゲット。これでまた資金が増えた」
報酬金の入った小さな布袋を右手で転がしながら、レイジとサテラは冒険者ギルドを後にしていた。
「後は肆式を迎えに行って、宿を探そう」
レイジとサテラは、一旦別行動をしていた要塞拠点防衛用魔導兵器-型式04-035こと『肆式』を迎えに行っていた。
正式名称は、あまりにも長いので覚えられない。そうなる事を危惧して、型式04から取って、レイジとサテラは仲間にした魔物兵器に『肆式』と言う名を付けた。
型式番号が四だから、そこから旧字体に変えて『肆式』になった訳だが、名付けられた事に対しては、全く嫌そうな素振りを見せなかったし、寧ろ嬉しそうであった。
「アタラシイナマエ、ウレシイ!」
◇◆◇◆◇◆
「肆式、何処だー?」
「確か、この辺で…」
冒険者ギルドで報告を済ませている間は、面倒事を避ける為、近くの森の中に隠れていて欲しいと頼んだレイジ。
しかし、最後に肆式と別れた場所に、肆式の姿は無かった。
「二手に分かれて探そう」
「はい!」
二人で一緒に探していても埒が明かないと感じたレイジは、二手に分かれて肆式を探す事にした。
サテラは森の方、レイジは万が一の事を予想して、街の中を探す事になった。
「後で!」
◇◆◇◆◇◆
「あぁ、もう…何処に行ったんだ?」
かれこれ数十分探し回っているが、巨影の一つ見つからない。
何処を見ても、荷を引く馬や道行く人々しか見えず、レイジは焦りと苛立ちを覚えていた。
「置き去りは可哀想だし…」
辺りをキョロキョロしていたレイジだが、それだけでは肆式は出てこない。
「何処を探せば…」
辺りを見渡し、どっちの方向に進もうか迷うレイジ。ハッキリ言ってこの街の全体図なんて分からないので、何処に行けば何があるか等も一切理解していない。
途方に暮れてしまいそうになる中、聞き慣れない音が聞こえて、レイジは音の方を向く。
「ん?」
「おらっ!さっさと歩け!」
グシャッと、鈍い殴打の音が響くと同時に何かが地面に勢い良く落下した。
(げっ、何やってんだ…あれ?)
いやらしい笑みを浮かべた男が鞭を片手に、地面に這いつくばる誰かを殴っていた。
更に、誰かを囲む様にして現れた数名の男が、暴行を加えている男に便乗して容赦無い罵詈雑言を浴びせる。
「おら、四つん這いになって歩けよ!獣人!」
「あぁ、売っちまうぐらいなら一発ヤッとけば良かったぜ!」
「まぁ、非処女だと売値が下がっちまうからな。今夜はコイツの代金でパァーっとやろうぜ!」
「ぐっ……くぅ…」
遠目から、その様子をこっそりと見ていたレイジ。確かに創作物でもこう言う場面は存在するし、今まで読んできた本、見てきたアニメや漫画にもこんなシーンはあった。
恐らく、今目の前で起こっているのは獣人奴隷への暴力行為。
映像、そして絵で何度も見てきた光景なのに、レイジは戦慄し、ただ目の前で起こっている事が他人事では無い様に感じられ、恐怖に陥っていた。
(何だよ、この世界もそう言うもんなのかよ…)
誰も気にしていない。
所詮奴隷とはこう言う扱いなのかと、レイジは思考を逡巡させる。
「もうすぐ買い取ってくれる奴が来るはずだ。おら、立てや!」
「あがっ!?」
よく見ると、奴隷と思わしき獣人は鉄で作られた首輪を取り付けられており、男が持っている錆びた鎖と繋がっている。
男が力任せに鎖を引っ張ると、獣人の奴隷は咳き込みながら、無理矢理立ち上がらされた。
「………」
もし助けられるのだとしたら、今すぐにでも助けてやりたい気分だが、レイジとてそこまで馬鹿ではなかった。
異世界、それはレイジ自身が生きてきた世界とは違う。
いつ何時も、法律や人権が素直に守ってくれる訳では無い。
レイジは道行く人があの獣人を心配そうに見ていたり、助けようとはしないのを見て、この世界では当たり前の事なのだと自覚させられる。
ならば助けに行こうとするレイジは異常な存在。
足が動かなかった。
「………」
刹那、獣人の奴隷らしき人物と不意に目が合ってしまった。
(綺麗だ……)
靴で踏まれ、体も洗えていないのか、汚れや煤でいっぱいだ。
しかし、その顔立ちはサテラに劣らない、最早それ以上の美しさを秘めていた。
ほんの少しだけ焼けた様な、薄い褐色の肌と色素が抜けた様な白銀混ざりのグレーのセミショート、頭頂部には獣人と言う特徴を強調する二つの動物の耳、形的には狼や犬をイメージさせるものだ。
勿論、尾てい骨辺りからは尻尾が生えており、今の心境を示すかの様にしてダラーンと垂れ下がっている。
「……」
助けて、とまでは言わないが何かを伝えたい様な、話を聞いてほしいと、強く懇願する双眸がレイジを強く見つめる。
彼女の弱き姿に、思わず見惚れそうになったレイジだが、すぐに現実に引き戻された。
「ん?おい、そこのアンタ!何見てんだ?」
「あっ、すいませんでしたー!」
これ以上見ているのは明らかに不自然だと感じたレイジ。
帰宅部お得意の謎に速い全速力ダッシュでその場を後にした。
「変な奴だな」
「放っとけ。ほら、さっさとコイツを売りに行くぞ。来いや!」
◇◆◇◆◇◆
「はぁ、はぁ……糞でも踏んだ気分だ…」
他人事だと幾ら自分に言い聞かせても、目の前で起こった現実を前にして、レイジは他人事の様には捉えられず、モヤモヤとした気分になっていた。
(知らなかった訳じゃない。奴隷制度をこの世界は禁じていない…これは当たり前の事なんだ。自分が生温い世界に浸り過ぎていたから、知らないだけなんだ…)
思わず胃液が込み上げてきて、吐き戻してしまいそうになったレイジだが、何度も何度も自分に『これが現実』と刷り込み、常識なのだと半ば無理矢理認識させた事で事なきを得た。
ドクドクと、心臓の動悸が安らぎを取り戻さない中、レイジは自身がやっていた事を思い出す。
「あ、そうだ。肆式を、探さないと…」
「あ、レイジさーん!」
すると、少し遠い方からサテラの声が聞こえてきた。
その声にハッとして、レイジはその方向を向く。
「サテラ………それに、肆式も!」
そこには、手を振りながらレイジの方へと走ってくるサテラと、彼女の後ろを追い掛ける様にしてズシンズシンと音を立てて歩く肆式の姿があった。
「ドウブツ、カワイイ」
「野生動物と遊んでたみたいです。さっ、宿を探しましょう!」
「あ、あぁ……」
「ん?どうかしましたか?少し、顔色が…」
「いや、すまん。何でも無い」