第一章 始まる日常(2)
太陽が一番高く上っている時間帯に一人の来客があった。
「まったく。いきなり呼び出しなんていい度胸ね、クロ」
「そんなに怒んないでよ、嵐。俺だってお前を急に呼び戻すつもりはなかったんだ」
「へぇ~ じゃあ何でいきなりロシアから呼び戻されたんのか説明しなさい! あとこの子は誰!?」
と、嵐と呼ばれた名前からは連想できない西欧系の少女はしろを指さす。
指さされた本人は「あわわ」とうろたえ、クロは「はぁ」とため息を漏らす。
嵐は「早くしなさい!」と機嫌が悪くなる一方だが、この状況は一人の人物の登場によって改善の方向へと向かった。
「誰、ですか?」
しろは、いつの間にか立っていた見知らぬ男にそう声を掛けた。
衣服の上からでも分かる筋肉、髪型は短髪で少し白髪が交じっている、そして何よりも気になるのはその来ている服だ。
「私の名前は本庄隆士、防衛省で働いている者だ」
「やっと全員揃ったか」
クロは待ち草臥れたように言ってソファーに座るように勧める。
自分も椅子に座り、電話を誰かに掛けるとスピーカーに切り替えた。
すると、『ハ~イ、やっとみんな揃ったみたいね』と陽気な女性の声が電話から聞こえ、少し緊迫していた雰囲気が一気に吹き飛んでしまった。
「全く、君は相変わらずだな」
そう呆れた様に本庄は呟き、「ホント、引き締まらない奴よ」と、嵐は慣れた様に言葉を吐く。
「やれやれ、それよりも本庄さん。詳細を」
クロに言われ本庄は咳払いを一回し、場の雰囲気を切り替わらせる。
「先日、国際指名手配中のある人物が国内にいる事が判明した。本来なら君達の手を借りる必要はなかったんだが、目的が生物兵器の売買という極めて繊細な事と判明したため、プロに任せようと。政府が判断したわけだ。私としては納得いかないが」
「何言ってんの、それが正解だっつうの。政府機関にはうじゃうじゃスパイが居るんだから」
本庄の言葉に嵐はつっかかり、早くも喧嘩腰の二人をクロは「喧嘩するんなら余所でやれ」とクロなりになだめ、「そこで今回は本庄さんにもメンバーとして参加してもらい、本件を早期に完遂させる。完遂条件は生物兵器の回収と制作者の確保、又は抹殺だ。サポートはいつも通り木原さん、それと今回が初仕事のしろちゃん」
と、クロはしろに視線を向ける。
「し、しろです。よろしくお願いします!」
しろは視線の意味を理解して自己紹介する。
少々不安を感じさせる自己紹介だが、この場にいる人間は少なからずクロという人間に信頼を置いているので、クロが選んだんだから大丈夫だろう。と心の片隅で思っている。
なので、『よろしくね~ 分かんない事があったらお姉さんに遠慮なく聞きいてOKよ~』や「ミスったら何か奢って貰うから」とか、「報酬は週末に振り込んでおくから後で詳細を詰めよう」などの言葉をしろに掛ける。
どの言葉も不器用ながら優しさを感じられるものであった。若干一命を除いて。
『お姉さん、前から妹が欲しかったのよね~ しろちゃんは可愛いから私の妹決定~』
「別にいいですけど。木原さん、変なこと教えないでくださいよ」
「大丈夫、妹にそんな事しないわよ。でも、うふふ」
だが、しろはやはり不安を感じられずにはいられなかった。
いろんな意味で。
「そんじゃまあ、いつも通り各々進めるって事でいい?」
しろを除いた全員が首を縦に振り、クロから無線機らしき物を受け取り、新宿の街へと散った。
「しろちゃんは基本ここで木原さんと協力して全員のサポートお願いね」
「は、はい!」
「さて、木原さん。報告お願い」
「ほいほい。えーとね、調べた限りじゃあ今のトコ怪しい動きを見せる組織は無いね、一応怪しいトコはマークしてるけど、私の予想じゃ動かないね。あとは……政府機関が活発に動いてる、防衛省関係が特に」
クロは聞き終えると、「じゃあ電話は切るけど、あっちの方は繋げといて」と言い、電話を切った。
「あのー 木原さんって何者なんですか?」
「ウチの専属情報員、今は防衛省情報本部で働いてる。勿論偽名で」
クロの言葉を聞いて、スケールの大きさに驚くしろ。
そして政府の危うさを心配する。
自分の国を治めている政府はちゃんと機能しているのだろうか? と軽く疑ってしまう。
何はともあれ、しろは自分の仕事を全うする為、パソコンを隣室から持ってきて配線を繋げ、木原とラインを繋ぐ。
「あー 木原さん。聞こえますか?」
『うん。感度良好~ 画面も鮮明だよ~ あー 我が愛しの妹ちゃんは可愛ぇーのぉ~』
あはは。と苦笑いするしかないしろであった。
クロは二人のやり取りを聞きながら、自身の身を守るための装備を整えた。
「じゃあ、外行ってくるわ」
「行ってらっしゃーい」
しろはクロに手を振る。
まぁクロは見ていなかったが。
『その顔は無視されたか~』
「……はい」
『クロは照れ屋さんだからね~』
「照れ屋さん。ですか」
『そうそう、ウブとも言うね』
意外な事実を知ったしろであった。
そして初めて木原という人間に、良い方向の感情を抱いた瞬間だった。