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序章 少女誘拐 

 東京新宿。

 そんな言葉を聞くと思い浮かべるのは極東にある島国『日本』の首都だと人々は思うだろう、東京には美味い物も高い物も珍しい物もあり、様々な国の人間が日常を送っている。そんな街だ。

 だが、人が集まる街には必ず裏の顔もある。

 無論、平和ボケしているこの国も例外ではない。

 そんな国の首都に居を構える何でも屋「チェス」に一人の少年がいた。

 少年の名はクロ、もちろん偽名。

 こんな名前は猫くらいしかいないだろう。と本人も思っていたりする。

 そんな猫の様な名前の少年は一枚の紙を見ていた。

 

 依頼書、と書かれた一枚の紙。

 

 「私の娘を攫ってほしい」という簡潔な一文が書かれている。

 

 さらに紙が入っていた封筒には一億の小切手と娘と思われる少女の写真。

 

 「さて、どうしようか。金は貰ったけど……誘拐、か」

 

 そんな事を呟いても始まらないと分かっているが、どうもテンションが下がり気味なクロであった。

 しかし、依頼は依頼なのでしっかり遂行しなければならない。

 

 「気分は乗らないけど仕方ないよな、つうか自分の娘誘拐させるとか。どんな親なんだろうな、顔見てみたいし、文句も言ってやりてぇーな」

 

 だがやっぱり気が乗らず、イライラしてしまう。

 


 クロは新宿という夕暮れの街へ足を運ぶ。

 標的(娘)は毎週この時間帯に塾に通っているらしく、そこを狙えとの事だったので待ち伏せているのだ。

 クロの格好は黒猫のように黒ずくめの衣服だった。

 黒のロングコートに黒のズボンに黒い靴、黒い手袋と、とにかく黒一色。

 

 「もう三月なのに、まだ寒いな。本当に温暖化なんて進んでんのか? 寒冷化の間違いだろ」

 

 と、愚痴るくらいに気温は低かった。

 まぁ低気圧等の様々な要因が重なって局地的な寒さだったが。

 

 「あれか」

 

 クロの視線の先には黒塗りの外車が一台停車し、プロレスラーの様な体つきの男が運転席から出て、誰かを待っているように見える。

 

 「絶対いい(、、)と(、)この(、、)お嬢様だな、まぁ親はろくでなしだろうが」

 

 そんな事を言っていると、ビルから一人の少女が出てきた。

 写真の少女、つまりは標的だ。

 クロは殺気と足音を殺し、風の如く運転手との距離を縮めるとポケットから五センチほどの筒を取り出し、素早く運転手の首筋に筒を押し付ける。

プシュッ。という音と共に運転手は地面に崩れ落ちた。

 少女は突然のことに動揺して固まっているが、それも束の間、クロは少女を黒塗りの外車へ少々乱暴に後部座席へと押し込め、自分は運転席に座り、車を発車させた。

 行動の開始から僅か三十秒で少女の身柄を確保したのだ。

 

 「あ、あの」

 

 少女は酷く怯えた様子でクロに声をかける。

 バックミラーで少女を見るが、反抗する様子は微塵も感じなかったので「何だ?」と返事をしてみる。

 

 「ど、どなたでしょうか?」

 「誘拐犯」

 

 簡潔に答えてみるが、少女はそんな事は見ればわかります。と言わんばかりの表情を浮かべた。

 詳細を知るクロはちょっと可哀そうかな。と思い少し話をすることにした。

 

 「俺の名前はクロだよ、鳳凰ほうおう院暦(いんこよみ)ちゃん」

 「へっ? な、なんで私の名前知っているんですか!」

 「いや、誘拐犯なら誘拐する相手の身元くらい普通調べると思うのですが?」

 「あっ、そ、そうですよね。……すいません」

 「ほかに聞きたいことはある?」

 「えーっと、なんで誘拐されたんですか?」

 

 いきなりそこを聞くか、とクロは思う。

 自分の親が誘拐をしてくれ。と頼んだと知ったらどんなに悲しいだろうか、と常のクロなら思わないことを思う。

 

 「依頼されたからだよ」

 

 と少し遠回しであるが質問に答える。

 次に来る質問を知っていながら。

 

 「誰にですか?」

 「君の親さ」

 

 ……。

 沈黙。

 車内にはエンジン音だけが響く。

 しかし、この沈黙は案外早く終わりを迎えた。

 少女の言葉で。

 

 「やっぱり、そうですか」

 「やっぱり?」

 

 思わず聞き返してしまうクロ。

 しかし、少女は事も無げに「両親と大喧嘩をしたんです」と答える。

 喧嘩程度で娘を誘拐させるのか? とクロは驚かずにはいられなかった。

 

 「へ、へぇー 最近の親は凄いね」

 

 「いえ、たぶんウチくらいなものですよ」

 

 と苦笑いを浮かべる少女。

 いや、それもどうかと思う。と言おうとしたが言葉を呑み込み、災難だね。という一言に集約した。

 そんなやりとりをしていると、見慣れた雑居ビルが近付いてきたので速度を徐々に落とし、最終的には雑居ビルの入り口一メートルほどの所で停車した。

 

 「ここは?」

 「我が家さ、こんな見てくれだけどね」

 「いえ、素敵だと思います。成金丸出しな私の家と比べたら」

 

 ははは。としかクロは言えなかった。

 

「まぁ、付いて来て」


  はい。と少女は返事をしてクロの後に続き、クロは少女がエレベーターに乗った事を確認すると、3Fと書かれたボタンを少々乱暴に押し、ブォンッ。という起動音と共にエレベーターは上昇を始めた。

 チンッ。という機械音が鳴ると扉が開き、すっかり暗くなった新宿の夜空が二人の眼に映った。

 まだ冬の寒さを感じられる夜風に当たりながら二人は足を進め、「チェス」と書かれた立て看板が置かれている扉の前まで来ると、「少し散らかってるけど、我慢してくれ」とクロは苦笑いを浮かべながら少女に言う。

 少女も、まぁ男の子が一人暮らしをしていたら仕方ないだろう。と思い、うん。と短く返事をする。

 そして扉が開かれると、少女の予想は少し外れた。

 確かに少々散らかっているが、これなら潔癖症でもない限り許容範囲だろう。誰もがそう思える程度の散らかりようだったのだ。

 

 「意外と綺麗ですね」

 「まぁここは事務所兼応接間でもあるから、台所は汚いの一言さ」

 「あー そういう意味だったんですか」

 「そういう意味だよ。何せ食事なんてここ最近まともに食ってないから、皿とか浸けっぱなし、案外カビの温床になってるかも知んないな」

 「でも悪臭はしませんよ?」

 「台所はこの部屋の真上にあるんだよ、ちなみにここ一番端の部屋だけど、隣の部屋との壁ぶち抜いてその部屋に階段取り付けて、上の階の二部屋もウチの所有だから好きに使ってくれて構わない」


 もうここまで来たら少女には苦笑いを浮かべるほかなかった。

 まさか壁をぶち抜いているなんて予想もできなかったからだ。

 それに上の二部屋も同じなんてスケールが大きいな。と驚きを通り越して感心するほどだ。


 「あぁ、でも出入り口はここの一つだけだから」

 

 とクロはそう言ってロングコートをデスクのすぐ近くに立ててある服かけに掛ける。

 

 「あ、はい」

 「ん? なんだ。これ」


 クロは自分の机の上に置かれている一枚の紙に視線を刺す。

 こんな物は出て行く時には無かったはずだ。とクロは思うが、気になるので手に取ってみると衝撃の一言が書かれていた。

 『娘に社会勉強をさせてやってくれ』と書かれていたのだ。

 そして少年と少女の日常は始まりを告げた。

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