C's コーリング《02.約束の土曜日》
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* @scene title 約束の土曜日
* @specified day 2024/03/23
* @arranged time 10:05
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土曜日当日。晴天。仲春の暖かさを感じられるこの日に、麻陽が待ち合わせ場所に指定したのは、石美市の中央部に位置している駅前広場であった。
「ふわぁ」と、春の陽気に当てられて鈴花は小さくあくびをする。携帯のディスプレイを見ると『10:05』との表示。待ち合わせ時刻の二十五分前だ。
(パーカーはちょっとラフ感強かったかなぁ)
鈴花は黒を基調としたパーカーと白スカート、白いキャップと黒いスニーカーといったコーデで今日に臨んでいる。外に出たがらない鈴花が珍しく外出するときは、大体これに近い色合いや少しダボッとした感じの服を選ぶことが多い。
なぜ鈴花が服装を気にしているのかというと、それは麻陽の方に原因がある。
(あ、来た)
遠くから、金髪に近い茶髪をサイドテールにまとめた、鈴花より頭一つ分くらい背の低い少女が歩いてくる。水色を基調としたロングワンピースと白のキャスケット、歩く姿勢の良さも相まって清楚さをこれでもかというほど周囲に振りまいている。通りすがる人々も、「何だ何だ撮影か?」とその少女の方に視線を向けているのが分かる。
鈴花からすると遠目から見てもその清楚人が麻陽であることは一目瞭然だった。
この清楚感と地毛の状態での明るい髪色。別にそんなことはないのだが、隣に立つことに資格が必要になるのではないかと思ってしまうほど、彼女は目立つのだ。
鈴花がじっと見ているとその視線に気づいたのか、彼女はそれまでの清楚さを放り投げ、花が咲いたような笑顔になり、大きく手を振りながら「鈴せんぱーい!」と、鈴花の方へ走ってくる。
「あっ、ちょっ!」
麻陽に視線を送っていた人々が、「スズセンパイ?何だ何だ」と言わんばかりに一斉に鈴花の方に目を向ける。
(そうです私がスズセンパイですスミマセン皆様お騒がせしていますどうも!)と、心の中で大衆に向けてハイパー土下座を展開する鈴花であったが、表層上では平静を保ったまま「麻陽、久しぶり」とクレバー&クールぶって挨拶して見せる。
「お久しぶりです! 鈴せんぱい全然変わって無くて安心しましたよ。遠くからでもすぐ分かっちゃいました」
「それはこっちのセリフ。相変わらず麻陽は目立つんだから……」
走ったことで少しだけ上気した顔でそう言う麻陽に、やれやれといった様子で返す鈴花。
「鈴せんぱいに見つけてもらえるなら目立ち得ってものですよ」
「それに……」と憂いを帯びた表情で麻陽は付け足す。
「少しでも目立つ格好をしていれば今日再会できた貴女のように、いつか、生き別れたお父様に見つけてもらえるかもしれませんから……」
片手でスカートの裾をぐしっと握り、髪の毛をもう片方の手の指でくるりと回して上目遣い。その姿は、物語に登場する不幸な運命を背負ったお嬢様系の主人公かヒロインのような儚さを感じさせる。
「そのお父様度々ボイチャに登場してるけど」
「そうなんですよね度々ボイチャに……………………はい? はぁ?!」
「この間も、『麻ちゃーん、麻ちゃん? あれ、いないの? 麻ちゃんの好きなチョコレート買ってきたよ! ねえ麻ちゃん帰ってないの? 麻ちゃーんどこーっ?』って」
「麻ちゃんやめてね! えっ、というか普通に声の特徴掴んでないですか……?」
「マイクミュート忘れてること多いし《*いかりんぐ*》では日常風景だからね」
「知りたくなかった事実! 嘘だと言って!! そもそもおかしいですよ! 何でミュートし忘れの指摘が誰一人として無いんですか!!」
「いやいや、みんなも色々と考えていたんだよ。『やっぱり言ってあげた方が……』とか『これすんごく恥ずかしくなるやつだよ』とか言って」
「そうですよね、やっぱりこういうのは教えてあげた方がいいですよね。見知った仲の良い人たちとの通話とはいえ、さすがにこう雑音が過ぎるというか会話の邪魔になってしまうというか……」
「まあまあそんなこんなでみんなで話し合ったんだけど、ひとしきり話した後に『でも誰にだってミスはあることだし』って意見も出てきて」
「…………あれ、なんだか雲行きが怪しく?」
「たしか最終的には『指摘しすぎも良くないから誰か一人がみんなを代表して教えてあげよう』ってことになったんだよね」
「良かったちゃんと教えてくれる流れになったんだ。…………えっ、でもわたし、このこと今初めて知ったんですけど」
「そりゃそうだよ、今初めて教えたんだもん」
自分を指さす鈴花。
おでこに手を当ててから頭を抱える麻陽。
「ちょっと可愛らしく言うのやめてね! これ普通に通話中に親が登場するよりも恥ずかしさが強いんですけど……!」
「誰も気にしてないから大丈夫だよ麻ちゃん」
「麻ちゃんやめてね!!」
ポカポカと鈴花を軽く叩きながら「もーう、鈴せんぱーい!!」と全身で遺憾を表現する麻陽。
「嘘だよ嘘。ごめんごめん、もう冗談だってー。麻陽はマイクミュートしっかり出来てるから、ね。どーどー」
「分かってましたけど! 分かってましたけどね! 鈴せんぱい高校生の頃に何度かわたしのお父さんと会ったことありますもんね。ノリに付き合ってただけですもんね」
ものの喩えではあるが、鈴花には、麻陽の頭上にプンスカという擬音が(某ネコ型ロボットの持つ道具で物質化された声の塊のような感じで)出てきては消え、出てきては消えを繰り返しているように見える。
「ちょっとからかい過ぎたか、ごめんね」
「いいですよーだ。その代わり今日はしっかりとエスコートしてくださいね」
「分かったよ。さあ、何なりとお申し付けください。姫様」
「えへへ、苦しゅうない」
にこっと笑う麻陽に、苦笑いを返す鈴花。このようなやり取りは二人にとって日常茶飯事であったが、直接会うのは久々ということもあり、実際に顔を合わせてみると、お互いに若干の気恥ずかしさのような、懐かしさのようなものを感じていた。
「そういえば、今日は『As』じゃないんですね」
「麻陽だってそうじゃん」
「たしかに」
高校時代に戻ったかのような感覚に心地よさを感じながら、二人は駅前広場を後にした。
………
……
…
駅から程遠くないところにある複合型アミューズメント施設、《ラウンズ》。
中規模のビルがそのまままるっと施設に用いられているここでは、ゲームセンターに加えてカラオケやボウリング、屋上には運動のできる空間を備えており、またレストランや喫茶店などの食事処や、雑貨や洋服などのショッピングも楽しめる。この場所は石美市で遊べる場所といえばド定番中のド定番だ。
「どこにエスコートしてくれるんですか?」と問う麻陽に、鈴花は「私らといえば、まずはこういった場所じゃない?」と、この《ラウンズ》を提案していた。
二人が一階入口の自動ドアを通り抜けると、ゲームセンターとしては慎ましい方ではあるが、多くの人の声やけたたましいゲーム音が鳴り響いてくる。
鈴花は何度かこの施設を訪れているが、こういった騒音が施設内部で反響したり、外に響いていかないのは、建物に何らかの仕掛けが施されているからだろうといつも感心していた。
建物一階にはクレーンゲームを中心とした景品が獲得できるタイプの筐体がずらっと並んでおり、学生と思しき集団や子連れ、男女のペアなど、たくさんの人々がそれぞれゲームを楽しんでいることが分かる。
またニ階までは吹き抜けとなっており、一階からでも多少ニ階の様子を伺うことが出来た。もちろんそちらにも多種多様のゲーム筐体が置いてあることは、初めてこの施設を訪れた麻陽であっても想像に難くない。
「結構広いんだー! 鈴せんぱい、何からやりますかー?」
周囲をキョロキョロと見回しながら、騒音に負けないように声をすこし張り上げて麻陽は言った。電車等で遠出すれば話は別だが、鈴花や麻陽が元々住んでいた地域にはあまりこういった大・中規模のアミューズメント施設は無く、遊ぶ場所と言えば専ら小規模のゲームセンターか、カラオケだった。
「麻陽、こっちだよ! カード発行しないとゲームプレイできないよ」
鈴花は入口付近に設置されていた専用の筐体に元々持っていたカードをタッチしてから現金を投入する。するとすぐに備え付けの液晶にチャージ完了と表示される。このように、前もってこのカードにお金をチャージしておき、各ゲーム筐体にタッチすることで小銭を使わずにゲームを遊ぶことが出来るという仕組みだ。
鈴花に説明を受けながらカードを新規発行し、麻陽も同様にいくらかの現金を投入してチャージを行う。
「一階から順繰り回ろっか」
「はーい!」
カードを持ったまま、施設の探索を開始する二人。
そんな二人が最初に立ち寄ったのはクレーンゲームのコーナーだった。
「わたし、このぬいぐるみ取ります!」
麻陽は啖呵を切ると、早速ゲーム筐体にカードをタッチしてクレーンを操作し始める。
鈴花が筐体の中を見ると、全世界で人気のモンスターを育成したりバトルしたりするゲームにおいて、麻陽が特に好きな赤と黄色の体毛に覆われた可愛らしいひよこ型モンスターの、かなり大きめなぬいぐるみがいくつも詰め込まれていた。
「これは中々大物だね……」
「わたしチャモ推しなんで!」
麻陽の動かすクレーンの先についたアームが、チャモと呼ばれたひよこ型モンスターの長いトサカ(ひよこ型モンスターだがトサカが付いている)を掴む。アームに耳を掴まれたままチャモが釣り上げられる様子は中々にシュールである。鈴花の脳内でチャモが「や、やめるチャモ……! 痛いチャモ! 姉ちゃんそこは、そこだけはやめるチャモ……!」と悲痛な叫びをあげている。ぬいぐるみなので表情は真顔である。
しかしアームが最も高いところまで上昇した瞬間、チャモはその反動を受けたかのようにそのまま落下してしまった。
「あぁー、だめかぁー」
麻陽は周囲を見回し、他の挑戦者が現れていないことを確認してから、悔しそうにカードをもう一度タッチして再びクレーンを動かしていく。
クレーンゲームには色々なテクニックや、筐体ごとのタイプ分類、知っているのと知らないのではプレイに差が出る知識があったりなかったりするが、鈴花も麻陽もそのあたりにはあまり詳しくなかった。どの部分を掴むと良いのか、どの位置にある景品を狙うべきなのかもよく分かっていない。
鈴花の脳内チャモが「姉ちゃんたちにボクたちは取れっこないチャモ」「チャモチャモ(笑)」と真顔のまま煽り始める。
三回挑戦した麻陽であったが、結果は一回目と変わらず、アームが上昇しきったら落ちてしまうを三度繰り返しただけだった。
「これかなり難しいですね……」
「…………麻陽変わって。私やる」
鈴花はそう言うと自分のカードを筐体にタッチして、クレーンを動かし始める。左右に動かすことのできるボタンと前後に動かすことのできるボタンをそれぞれ押して微調整を重ねた後で、鈴花はキャッチボタンを押す。アームがゆっくりとチャモのもとへと降りていく。最も下まで降りきったアームがターゲットであるチャモを掴むと思いきや、そのチャモの脇をスルリと抜けてしまう。
途端に、「この姉ちゃん下手チャモ!」「ド下手チャモ!!」という声が鈴花の脳内で響く。
「こんのひよこ共が……!」
「何か語気強くないですか?」
鈴花は再びカードを筐体にタッチする。クレーンを動かしキャッチボタンを押すも、アームは再びチャモの脇をスルリと抜ける。脳内チャモは「下手クソチャモ~!」「姉ちゃんに捕まることだけは無いチャモね(笑)」と煽りを増していく。
「くっそ……こんな産まれたてみたいなやつに私は負けるのか……!」
「鈴せんぱい?」
その後も何度も挑戦するがアームは空を切り続ける。その度に「クソ雑魚チャモ~!」「チャモチャモチャモ(笑)」などと煽り続ける脳内チャモ。
「チャモチャモチャモチャモ言いやがってよ……!」
「鈴せんぱい!?」
そしてついに、鈴花のプライドを賭したクレーンがチャモの頭を鷲掴みにする。掴まれたチャモの顔がアームによって押さえつけられグニャッと歪む。両頬を掴まれてクチバシをぷわっと広げたような形だ。鈴花は固唾をのんで見守る麻陽をチラリと見やり。
「ほら見て良い顔になった!」
「すごい変顔ですけど?!」
麻陽が「良い顔? 良い顔とは……?」とぶつぶつ言っている間に、アームが最も高いところまで上がりきる。直後に、やはりというかその反動でチャモはアームから外れ落下してしまう。
その様子を見て「やっぱり駄目かぁ」と落胆している麻陽だが、あれだけ煽ってきたひよこ型モンスターを変顔に出来たことで、彼女とは対照的に鈴花の表情は晴れていた。
「満足したから交代するね」
「今のどこに満足する要素が?!」
その後も麻陽が何度か挑戦するも、結局チャモのぬいぐるみを取ることは叶わず、名残惜しさがありながらも二人はクレーンゲームのコーナーを後にすることになった。
去り際、鈴花は筐体の中に積まれている真顔のチャモから、「いいファイトだったぜ、姉ちゃん」とこれまでの戦いの様を称えられているような気がして、少しだけ気分が良かった。
――――その後。
家庭用ゲーム機でも有名な国民的キャラクターによるレースゲームのアーケード版――――実際にカートの操縦席に座るような形でハンドルを両手に持ち、アクセルとブレーキを足で操作するゲーム――――で、今日の昼食代を賭けて本気でぶつかるも僅差で麻陽が勝利したことで、鈴花のおごりが決定してしまうといった一幕を経て、二人は施設の二階まで足を運んでいた。
「麻陽は次何したい?」
「…………」
「麻陽?」
後ろを歩いているはずの麻陽から返事がないので鈴花が振り返ると、麻陽は歩きながらも上の空で、何かを考えていると言わんばかりに口元に手を添えていた。
「あれ? 鈴せんぱい、もしかして何か言いました?」
「いや、次はどうしようかなって。どしたの、何かあった?」
「ごめんなさい、周りの音で聞こえなかったんです」
そう言うと麻陽は周囲をぐるりと見渡す。
「あっ、あれ! あっちのガンシューティングとかどうですか?」
「ゾンビのやつね、いいよ。行こうか」
鈴花は様子のおかしな麻陽を訝しみながらも、麻陽が指さしたガンシューティングゲームの前まで移動する。麻陽もその後ろをトコトコと付いてくる。
それは最大二人プレイが可能な、昔ながらのゲームだった。拳銃型のコントローラーを手に、筐体に備え付けられた画面に次々現れるゾンビを撃ち倒していくというものだ。
雰囲気が出るようにするためか、ゲーム筐体の前、プレイヤーが立つエリアの後ろには黒い板が設置されており、このプレイヤーエリアを覆い隠すように鈴花の胸下あたりまでの長さの黒い布地の幕が降りている。
鈴花と麻陽がその幕をくぐると、中は若干薄暗く、周囲の騒音も板や幕に遮られて少しだけ緩和される。筐体にカードをタッチすると、カチリとロックが解除される音がする。その後二人は画面に表示された手順通りに、それぞれ自分から近い方にある拳銃型コントローラーを手に取った。
「中々こだわって作られてるね。薄暗くて雰囲気もあるし」
「鈴せんぱい」
ゲーム画面には二人の男が映し出されている。どこかの寒村へとやって来た二人は、村民が誰一人として見当たらないことにそれぞれ疑問を口にしている。それを見つめながら麻陽は言った。
「画面に出ている左のオーバーオールの男の人を仮にAさん、右のスーツの男の人を仮にBさんとします。そしてまだ登場していないとある敵をCさんとします」
「いいけど、急にどうした?」
画面では二人の男が寂れた協会の扉を開け、恐る恐る中に入っていくシーンとなっている。
「わたし、このゲームやったことあるんですけど、さっき言ったCさんってこのゲームではかなり厄介な敵で、最初からこのAさんBさんの後ろに隠れてるんですよ。今はオープニングムービー中なのでAさんとBさんは画面に映ってますけど、基本的にこういうFPSのゲームって一人称視点で進行するじゃないですか。このゲーム、途中で画面が後ろにぐうっと回り込んで、超至近距離からその厄介な敵である恐ろしい形相のCさんにいきなり襲われるので、結構トラウマになりがちなんですよね」
「プレイ直前にめっちゃネタバレするじゃん」
呆れつつ鈴花が麻陽の方を見ると、彼女は神妙な面持ちで画面を凝視していた。
ゲーム上では、協会の中で無数のゾンビたちが主人公たちのもとに迫ってきている。ゾンビたちが大きなうめき声を上げると、その後すぐに主人公たちの姿が消え、ガンシューティングの画面に切り替わる。
「ここからが大事なんですけど」
ゲームスタートと同時に、ダンダンダンと、麻陽はゾンビたちが出てくる場所を記憶しているかのように素早く敵を殲滅しながら次のように続けた。
「わたしたち、今このゲームと同じ状況かもです」
麻陽が言い放ったその言葉に、鈴花は拳銃型コントローラーを構えたまま固まってしまう。
何を言っているのか理解できるはずなのに、理解を拒んでしまっている自分がいることを鈴花は強く認識する。この先を聞きたくない。しかし聞かずにはいられない。
鈴花はやむなく「それってつまり」と聞き返す。
麻陽はあくまでゲーム画面から目を逸らさずに、眼前のゾンビたちを一掃しながら、ただゆっくりと事実だけを口にする。
「わたしたちのすぐ背後。この黒い板を挟んだその後ろにも今、厄介なCさんが控えているってことです」