C's コーリング《01.事の始まり》
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* @scene title 事の始まり
* @specified day 2024/03/20
* @arranged time 23:14
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あらゆる系統の銃声が響き、あらゆる場所から剛烈な爆発音が轟いている。
美しい緑と、各所から噴出するマグマと、それを緩和するために建てられた施設が崩壊した結果発生した凍土、そして元来の役割を果たすことを許されない様々な建造物や人工物。ここは地球とは異なるとある惑星だ。
そのフィールドは、本来同居するはずの無いこれらの要素が散りばめられることで、ある種の神秘性を醸し出している。
ここでは今、一部隊三人の能力者たちで構成された全二十の部隊によるバトルロワイヤルが行われている。
ゲームは終盤。健全に活動が可能であるエリア、いわゆる安全地帯は時間経過に応じて少なくなってきている。オレンジ色をした死の空間――通称リングがこのバトルロワイヤルが行われるフィールドを一定時間置きに狭め続けているからだ。
現在残存している部隊は三つ。
横に細長い建物の屋上を占拠している部隊ということで《屋上部隊》。
その建物の内部を占拠している部隊ということで《屋内部隊》。
建物の外に広がっている湿地帯の岩陰に潜んでいる部隊ということで《岩陰部隊》。
これら三部隊のメンバーたちは、それぞれがそれぞれの銃やグレネードを握りしめ、時に遮蔽から顔を出して敵に牽制の銃弾を浴びせつつ、勝機を伺っていた。
「せんぱい、あんまり顔を出さなくていいですよ」
冷静に状況を分析しつつ、そのようにメンバーに言ったのは《屋上部隊》に属するAsだ。
Asはマスクで顔を隠し、全身を戦闘装束で覆っているが、声質から女性ということが分かる。
「OK、屋内の連中が出てこないか入口見とくよ」
そう返すのは、同部隊のメンバーであるSuzu。
Suzuの見た目は筋肉質の巨漢で、銃弾や爆発から周囲を守ることが出来る球状のバリアを展開する能力を持っている。
《屋上部隊》は早期にメンバーを一人失ってしまったため、現在はこの二人のみで構成されている。
他の部隊と比べて、単純人数で言えばこの部隊の戦力は三分の二となってしまってはいるが、彼女たちの銃撃の精度が高いことや、高所かつ屋根の傾斜により身を隠せるため敵の射線に晒されない位置取りという点で地の利を得ていることから、他部隊は、人数不利となっているこの《屋上部隊》を攻めあぐねていた。
そして、さらにその状態に拍車を掛けているのが残存部隊数だ。
生き残っている部隊数は三つであり、それぞれの部隊が陣取っている位置はお互いに割れている。つまり自分の部隊が一部隊と戦闘し勝利したところで、体力や弾丸を消耗してしまうので、そんな消耗した状態で息つく間もなく残る部隊が攻めてくれば、全滅することは必至。これはいわゆる漁夫の利というやつだ。リングの収縮が進む中、敵部隊は早めに倒してしまいたいが、手を出した部隊はその戦いに勝利しようがしまいが、漁夫部隊に潰されてしまう。
「せんぱい、ULTは?」
「もう少し。リング収縮には間に合うよ」
「了解です。じゃあ打ち合わせ通りにいきましょう」
現在《屋上部隊》が陣取っている建物は、リングの収縮が開始されて十秒程度で死のエリアに飲み込まれてしまう。しかしそれは他の部隊も同様であり、《屋内部隊》は屋内を放棄し外に出るしか無く、《岩陰部隊》もその岩陰という遮蔽から出ざるを得ない。
Asの立案した作戦は、Suzuの能力を最大限活用するものだ。リングの収縮が開始されてから収縮に合わせてギリギリまで銃弾を受けない屋根上の位置を維持し、その後Suzuの能力でバリアを展開、そしてULTと呼ばれる一定時間チャージが必要となる大技『上空からの援護砲撃要請』を行い、敵に多大な負荷を掛ける。そして生き残った敵やSuzuのバリアに入り込んだ敵をAsが各個撃破していく。
現在脅威があるとすれば、《屋内部隊》からの奇襲だ。この建物において屋内への出入り口は三箇所あり、建物の屋上を起点にリング外を背にするとそこからそれぞれ右方・左方・前方に位置している。前方の入口を使用すると《岩陰部隊》からの射線が通るので、事実上、奇襲があるとすれば右方と左方に限定される。SuzuとAsは、それぞれ担当する出入り口を監視しながらその瞬間を待つ。
しばらくの沈黙の後、フィールド全域に警報が鳴り響く。これはリング収縮が始まる合図だ。
SuzuとAsは傾斜に身を隠しながらも収縮していくオレンジ色の死のエリアに触れないようじわじわと前に進んでいく。
バリアはもって十秒前後なので展開するタイミングが重要だ。早すぎればバリアの終了を待たれるだけで、遅すぎればバリア展開の前に蜂の巣となる。
ひりつく空気と緊張感に手に汗握りながら自身の高揚をSuzuは感じていた。
作戦が成功するか失敗するかはSuzuの能力発動タイミングに掛かっている。
(五、四、三、二、一)と心の中でカウントダウンを行う。
そしてついにその瞬間が訪れる。
「バリア展開――――」
完璧なタイミングだった。
バリアが展開されるその瞬間。
Asが隠れていた屋根上が轟音とともに爆発した。
「直下グレ?! As!!」
「ぐっ……!」
Asが爆風に吹き飛ばされる。同時にガシャン!と体を守っていたAsの電磁シールドが砕け散る音が響く。
通常グレネードは爆発までに時間が掛かるため、転がってきたのを確認してからバリアを展開するなどして防ぐことが出来るが、このグレネードを遥か上空に投げ飛ばすことで爆発までの時間を空中で消費し、グレネードが空から降ってきたその瞬間に爆発させ、バリアなどを展開する時間を与えないようにするテクニックを『直下グレ』という。このテクニックを用いることで、命中率の高くないグレネードを必中化することが出来るのだ。
非常に強力なこの『直下グレ』というテクニックだが、投げる角度等が少しでもずれると爆発するエリアが大きく変わる。つまり、このテクニックを使いこなせる者は総じてかなりのやり手だということになる。
「無事です……っ!」
Asは屋根上から落下したものの、幸いにもリング外には吹き飛ばされていない。しかし遮蔽が無いためこのままでは敵の銃弾をもろに食らってしまう。あれほどの爆発だ、無事とは言えAsは電磁シールドを貫通して体力のほとんどを持っていかれてしまっている。それを理解しているSuzuは、直ぐ様Asのもとに向かって走り始める。
同時に、いまが好機と《岩陰部隊》が一斉に飛び出してくる。Asを吹き飛ばしたグレネードは位置的に考えてもこの部隊から投げられたものだということが分かる。
「OK!」
事前に打ち合わせた作戦は最早使えない。
《岩陰部隊》を牽制するため、Suzuは走りながらもULTを発動し、援護爆撃を要請する。
「シールド回復させます!」
「カバーする!」
空から爆撃が開始される。《岩陰部隊》はこの爆撃に阻まれ単純に前に出ることが出来ない。しかし爆撃の隙間から執拗に三発ずつの射撃による光弾がAsを狙って放たれている。
SuzuはAsの前に立ち、自身の電磁シールドに多少の被弾を許しながらも、自身の持つ軽機関銃で牽制射撃を行う。
回復には少なくとも五秒はかかる。その間にSuzuの電磁シールドと体力が尽きれば後ろのAsもやられてしまう。
たったの五秒、されどこの状況下においての五秒は短いとは言えない。
瞬間、Suzuの斜め前方の地面にフックが引っ掛けられる、同時に爆撃による煙の中から相手部隊の一人が勢いよく飛び込んでくる。
その敵部隊員は、片手から射出していたフック付きワイヤーを引き戻しながら、そのままの勢いで着地しスライディングしながらSuzuを一瞥、そしてもう片方の手に握られた近距離戦に非常に強い散弾銃の銃口を動かし――――。
(まず――――!)
Suzuは咄嗟に軽機関銃を捨て自身も散弾銃に持ち変える。
超至近距離でお互いの銃口がお互いを捉える。
ズドン!という重い銃声の直後にガシャン!という電磁シールドが砕ける音。
「くっそ……!」
銃撃を受けた衝撃でSuzuは後ろに仰け反る。
元々被弾していた影響で電磁シールドを貫通し、体力も一部失われている。
敵にもダメージは与えた。しかし倒せるまでには至っていない。
(敵は……?)
銃口を動かし、敵に照準を合わせようと相手を見た時、敵は既に銃口をこちらに向けており。
敵の口元がにやりと歪んだ気がする。
「しまッ……」
(間に合わない)とSuzuが思ったその瞬間。
「足並――――」
Suzuの肩越しに声が響く。そして銃声。
「――――揃ってないですねぇ!」
シールド回復を完了したAsの持つ拳銃から放たれた弾が敵の眉間を貫いていた。
「As! ナイス!」
「せんぱいこそナイスです!」
お互いを称え合う二人だが、ここで先程から続いていた空からの爆撃が終了してしまう。
これ見よがしに《岩陰部隊》の残部隊員たちが勢いよく飛び込んでくる。
「相手になってやりますよ」
「やれるところまでね」
もはや回復をしている時間はない。
Suzuは散弾銃、Asは両手に拳銃を持ち、相手に向かって突っ込んでいく。
複数の銃撃音が鳴り響き、そして一瞬の静寂の後、再び複数の銃撃音がしばらく鳴り響いていた。
………
……
…
「いやー、負けちゃったけど私たち強かったでしょ。流石に」
「確かに。メンバー欠けてるんだぞ!って言いたかった」
「野良の人がね……回線落ちしたからねぇ……」
「というかあのグレ、あの神グレですよ! 嘘でしょ!?って!」
「ほんとそう。あれはガチで完璧な直下グレだった」
アパートの一室に設置された箱型の防音スペース。
デスク下に鎮座しているハイスペックゲーミングPCと、デスク上に置かれた大きなモニター。モニターにはFPSのゲーム画面が映し出され、巨漢のキャラクターが清々しい笑顔を浮かべており、その上部に表示されるプレイヤー名の項目には『Suzu』と記されている。
そしてゲーミングチェアに腰掛けて画面に対して喋りかけている女性が一人。
女性は「ちょっと待ってね」と言うと、コンデンサーマイクのミュートボタンを押してからヘッドホンを外し卓上に置く。長い時間ヘッドホンを付けてゲームをプレイしていたため、先日美容室でワンレングスのショートボブをベースにお任せで軽くアレンジしてもらったばかりの綺麗な黒髪が若干凹んでいる。
彼女は髪を軽く整えて、「うーん」と伸びをしてから、自身が座っているゲーミングチェアの背に掛けていたジャージを羽織り、再びヘッドホンを付ける。再び髪が若干凹んでいく。
そのような一連のルーティンを終え、彼女はコンデンサーマイクのミュートを解除する。
「いいよ、As」
「はーい」
再びモニターに喋りかける彼女――友枝鈴花はインドア派の人間だ。
インドア派にも色々とあるが、鈴花はどちらかと言えば外に出たくないなぁと思うタイプのインドア派だった。
どうして外に出たくないのかと問われると、大抵は効率的でないからと鈴花は答えている。しかし効率的とはどういうことかと追撃されると、彼女は口を噤む。
効率的だ非効率的だなんだと格好つけてはいるものの、そこに理由があるとすれば単純に出不精なだけで、鈴花は効率的かどうかよりも面倒くさいかどうかで物事を判断するような人間だった。
中高生の頃は「今の世の中、ネットで買い物もできるし」とか、「晩御飯を配達してくれるサービスもあるし……」とか、「というか実家暮らしだし……」とか、色々な意見、もとい言い訳をしてその場を取り繕っていたが、そのような会話をしたがる人間の大半は最終的には自分を外に出そうとしてきて面倒くさくなることを学習し、大学生となった今では適当に話題を変えたり黙って聞いていなかったふりをしたりで、のらりくらりと躱している。
しかしそんな鈴花でも、出不精なだけで引きこもりというわけではない。たまには外の空気を吸いたくなる時もあるし、大学の最寄りにあるアパートで一人暮らしをするようになった今では、少し遠出して好きな御飯処まで行くこともある。
趣味はネットとゲーム。現実の友人は多くないが、ネット上の友人は少なくない。鈴花が出不精になっているのはこの趣味の部分に起因するところが大きいが、しかし今の友人たちも大体似たようなものなので、自身はそれが問題であるとは認識していない。
鈴花は専らネット経由で音声通話が出来るソフト《Disread》上に作成した専用サーバー《*いかりんぐ*》の通話チャンネルに友人たちと数人で集まってはFPS・パーティゲーム・テーブルゲーム・麻雀といった様々なゲームを楽しく会話しながら嗜んでいるので、社会的に孤立しているだとか、長らく人と話していないだとか、そのようなことは微塵も無く、むしろ鈴花は気の合う者同士だけで気兼ねなくオンラインで遊ぶことが出来る今の環境にはとても満足していた。
「せんぱい、今週の土日って空いてませんか?」
高校時代の後輩であり、現在もオンラインで遊ぶことの多い『As』こと碧海麻陽がそう切り出してきたのは、《*いかりんぐ*》の通話チャンネルに接続しながら麻陽とプレイしていたFPSのゲームを終了した直後だった。チャンネル上には現在、鈴花と麻陽のアイコンのみが表示されている。
「空いてるけど、どうしたのさ急に」
ゲームに誘うときは「せんぱい♡ @1」とか「クイーンズキャニオンデートしませんか~?」とか「今日はイカが熱いんですけど!」とか雑にチャットを送ってくる麻陽が改まって予定を確認してきたので、鈴花の頭上に大きな疑問符が浮かんでいた。
(これで限定販売のグッズ買って送ってくれとかだったらどうしよう……)
鈴花は少しだけ後悔していた。
普段の鈴花であれば相手を問わず、空いているかどうかを曖昧にして内容を聞いた後で突然ニョキニョキっと無い予定が生えてくることもあるのだが、何やら真剣そうな口ぶりだったので、今回は思わず正直に『空いている』と答えてしまったからだ。
別に麻陽のことが嫌いというわけでもないし、むしろ好ましいと思っているが、流石に自分が全く興味のないグッズのために販売会場に出向くほどお人好しな人間ではない。
少しの間の後、麻陽はおずおずと喋り始める。
「わたし、ちょっと予定があって、今週末に石美市に行くんですけど」
石美市とは鈴花が現在住んでいる街の名前である。
「久しぶりにせんぱいに会いたいなぁって」
自分の心配が無用であったことに安堵と多少の罪悪感を抱きつつ、(確かに久しぶりかも)と鈴花は思った。
麻陽とはネット経由で頻繁に遊んではいるものの、鈴花が高校を卒業してから、現実ではもう一年以上会っていない。それに実際のところ、今週末は予定も入っていないし、これといって何かやろうと決めているわけでもない。(直接会って話すのも新鮮で楽しいかもしれないな)と鈴花はぼんやり考える。
「私はいいけど、その予定っていうのは大丈夫なの?」
「土曜日は午前中にちょっとだけ。それから日曜日は、あの、えっと…………」
「あー、なるほど、日曜は忙しいんだ」
「…………えーっと、あの、はい…………」
またしても多少間が空き、「そうなんです……」と答える麻陽。(そんなに言いづらいことかな)と鈴花は麻陽との過去のやり取りを思い返す。
(特段思い当たる節はないけど、でもこういうのは自分では分からないものだし、それにほとんど年は変わらないとはいえ、年上であることに変わりはないし、知らず知らずのところで圧をかけてしまっていたのでは……?)
鈴花がそのような脳内反省会をしていると、「日曜日も用事が終わり次第、夕方に連絡するのでもしよかったら……」と可愛らしいお誘い。
またしても杞憂であったことに安堵した鈴花は(心配性か私は……)と自分に呆れ、少し笑ってから快諾する。
「せんぱい好き。結婚してください」
「いやそういうのはいいから」
「えー、なんでですか! こんなにも愛してるのに!」
こうなればいつものノリなので、鈴花はわざとらしくため息をついて見せる。
「はいはい、もうわかったからー」「あしらい方が手慣れ過ぎ!」「ソ、ソンナコトナイヨ」「もう棒読みだからぁ」「棒読みじゃないでしょー」「棒読みだったぁ」「ソウカナー」「またぁ!」
そんな他愛のない話で笑い合う二人。
このような極度の面倒くさがりである鈴花だが、なんだかんだ麻陽からの真剣なお願いを断ったことは今まで一度もなかった。
もちろん、しょっちゅうされている求婚以外の話である。