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第8話 <ある不幸な竜の日々:2>

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※異世界17日目

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昨日からようやく雨が降りだした。ずっと晴ればかりでいつ降るのかな~って思ってた。雨が少ない割に拠点の湖や最近見つけた小さな池などが干上がる様子はない。ちょっと不思議だよね。湧き水なのかなぁ?

雨でも別に寒くはないし鱗だから濡れても問題ないんだけど、なんとなくまったりと私は寝床に篭っていた。昨日のうち食料は溜め込んだから一日ここで過ごしたとしても問題ない。頭上で交差させた木々の天蓋は雨をしっかり防いでくれた。雨音がかすかに聞こえる。

私は細い銀の糸が青緑白色の湖に吸い込まれていくのを眺めていた。湖からは白いモヤが立ち上り、時々赤い小魚が水面を飛び跳ねている。コンゴウインコのような鮮やかな尾羽の鳥が2羽、湖の水面に向かって突き出した枝の上で身を寄せ合って目を瞑っていた。月桂樹のような緑の葉と鮮やかな羽色のコントラストが美しい。群れている動物達はそれぞれ身を寄せ合って雨をしのいでいた。

自然は雨の日でさえ優しく輝くばかりの命の営みを見せてくれる。

そういえばゆっくり景色を眺めたことってあったっけ?清涼な空気に心が癒される思いだ。マイナスイオンたっぷりだね。母が居たら喜んだろう。

『はい茉莉、深呼吸してリラックスしよぉ~?』森林浴に凝ってた母の声が耳元で聞こえる気がして私は口の端を上げた。


額に嵌った石はやはり取れない。もう諦めた。

タマは私が怒ろうが泣こうがやりたいようにやるんだ。そういう奴なんだ。

だったらそれに一々目くじら立てたって疲れるだけだ。長いものには巻かれてしまえ。


私は思い切ってタマにもらった本を開いた。

もらった翌日、ふざけた内容にキレてからこの本を私は読まなかった。読もうか悩んだけどムカツクだけだと思ったし。

デコチューされた日から私はあまり落ち込むことがなくなった。タマにもらった神気のせいか、あの時身の内に刻み込まれた言葉のせいなのか。この世界に愛されてるかどうかは知らないけど、1人じゃないって言われた言葉は確かに心を照らしてくれたんだ。あの日のタマに少しだけ感謝を。あの日限定だけどね!

だからって訳じゃないけど、ようやくこの本を読む気になった。なんか読まなきゃいけないような気がしたんだ。

今日一日は読書にあてよう。

よし。読もう、うん、読むぞ!

なにやら不安な心地がするが私は気合を入れて1章から読み始めた。


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※異世界18日目

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朝日が輝く頃、雨がようやく止んだ。雨の混ざった朝露が寝床の端をポタリ、ポタリと濡らしてゆく。

私はパタリと本を閉じた。血走った目で寝床に突っ伏す。

あんの野郎・・・。私弄って楽しみすぎじゃないか?

昨日の感謝を撤回する。イラつく内容ばかりで奴に色々言いたいことはあるけれど、とりあえず疲れた。私は寝床の奥に本を置いた。


本の半分以上はふざけた内容だ。

何度破り捨てようと思っては留まったか。葛藤の連続で読了するには気力を異様に消費した。

今無事な状態で本が手元にあるのは奇跡みたいなもんだ(ページが破れたり、大部分シワが寄ってたりするけどね!)。

また一つ大人の階段を昇ったよ、よく耐えた、私。

重要な情報が書いてなかったら私は迷わずこの本を焼却処分してただろう。

そうしなかった理由、本の残りの部分には、この世界のことや私の能力のことが書いてあった。


結論からいうと、私は自分で思っている以上に稀有な存在で、いろいろ出来る可能性を秘めているらしい。私みたいな”竜”って種族はここの世界にいないんじゃないかと勝手に思ってたのだが、居るらしいのだ。お仲間だよ!ビックリでしょ?

ただこちらでは人間とドラゴンの戦いが繰り返されドラゴンの生息数は激減。今では箱庭と箱庭の外では一部の地域でしか生息していない滅多に姿を現さない生き物なんだそうな。

ドラゴンの血には魔力が、心臓には不老不死の力があるとされ(この辺は地球の神話と変わらないね)非常に高価に売買される。

だから、この”箱庭”に恵みを求めて『ヴェラオ』または『箱庭の守人』と呼ばれる人間たちが出入りしているが、その中にはドラゴンを傷つける専用の武器を持ったドラゴンハンター達もいるらしい。

戦えばほぼ最強ドラゴンの私でも傷つくかもしれないんだって。かもしれないってのがミソだよね。

ドラゴンハンターに出会ったときには武器を取り上げるか逃げろってタマは簡単に言ってくれるけど出来るかなぁ、不安だ。

なんでも神と契約してる私は別格な神竜。血も心臓もレア中のレアだそうで見つかれば追い掛け回されるのは確実である。マジで勘弁して欲しい。

勘弁してもらいたいのはもう一つ。奴はもし私が傷つけられたら神を攻撃したとみなしてその報復を徹底的に行うという。

力が入ったのかページにインクが飛び散ってたから本気なんだろう。タマって放置する割に割と過保護だよね。


正直やばかった。

知らなかったら孤独な時間を持て余してた私は、人間になら誰にでも懐いちゃうところだったよ。

私も危険だけどこっちの人も超危険。

良く見たら『目には目を』とか血のようなインクで隅の方に書いてたからさ。何に影響されたんだろうね。陰湿だよねぇ。あんなにネジ飛んでて神って大丈夫なの?

ってタマの事はもういいや。お腹いっぱいで本日終了。


まぁそんなことより聞いてよ!今私にとって一番重要だったのがコレ!

ある程度、高次の存在なら私は動物でも魔物でも念話で意思疎通が出来るみたいなんだ。読んだときには目から鱗でした。あんなに孤独に悩んだのはなんだったんだろう。人間にも通じるのかな?ちょっと希望が見えてきたよ。

賢い生き物は箱庭にいっぱいいるらしいから、知ってたら絶対話し相手を見つけに探索しまくったのに。それこそドラゴン仲間だって暮らしてるんでしょ、ここ?ああ、とっとと言って欲しかった!なんかすごく騙された気分。あの涙を返してほしい。

そう思ってページを捲ったら『だからこの本ちゃんと読めばよかったのに』ってため息の顔文字付きで書いてあった。


なんて恐ろしい奴なんだ。顔文字の部分ではない。それはもういい。考えたら負けだ。

奴は私が孤独でつぶれることも私がこの本を読まないことも見越していた、知ってたんだ。

タマは神だ。なら神とはどこまで見通せる存在なんだろう?

未来を読めるのだろうか?私の何もかもを握られているのだろうか?私の人生は私のものなのにそれさえタマは歪められる存在なんだろうか。私はあいつの操り人形じゃない。なのにこの魂そのものがタマに縛られてる感覚はどこからくるんだろう。

契約とはなんなんだ?神子とはなんだ??うやむやな事が多すぎる。

なのに、心の底から奴を憎むことが出来ないなんて!あんなのに情なんて持ったら泣きを見るのは自分だってわかってるのに、ね。

私は髪を掻き毟った(無いけど)。

ああ、もういいや。神とはそういう存在なんだ。・・・そういうことにしておこう。

不思議なことに3章は読めなかった。白紙だったのだ。書き忘れたか面倒になったのかな。どっちかといえば後者かな?


抗えないほど強烈な眠気が襲ってくる。徹夜だったもんなぁ。

明日から話せる生き物を探してみよう。この世界のドラゴンにも会ってみたい。

目標みたいなものが出来て私は嬉しかった。意識が柔らかな暗闇に飲まれていった。


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※異世界25日目

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積極的に箱庭を探索するようになって数日がたった。

なんと、わたくし!!今日初めて会話が出来る生き物に出会いました!!

普通のスライムの約10倍、気色悪さは10倍以上というスライムの王様みたいなモルグ君。彼は片言だったけど念話が出来た。

その時の私の喜びと感動、わかってもらえる?

たとえ彼の種族がスライムでもいつか愛せるようになってみせると、そこまで覚悟を決め大喜びで話しかけていたのに、

モルグ君はあろうことか『タァアアエエェタイィィ』と私に襲い掛かってきた。

何を言われたか正直わからなかったんだが伸び上がったモルグ君の体の下に、粘液を垂れ流したイカの嘴みたいなのがカチカチ鳴っているのを見て、

反射的に尻尾で殴ってしまった。無意識に力を込めて。

友人(一方的)に向かってなんてことをしてしまったんだろう。

モルグ君は残念なことに煙たなびく黒い塊になってしまった。私はむせび泣いた後、その場に埋めてやり太い木の枝を立ててやった。

自分でもあれだけ他の生物を傷つけるのが嫌だったのに不思議なんだけど、『生き物は在る様にして在る』って言ったタマの言葉が頭から離れなくて。

なんかウジウジ考えるの止めたの。

他者の命をもらって生きてるんだって。そうしなきゃ生物は生きていけなくてそれは自然なことなんだって。そこから目を逸らさないようにしようと思って。

私は生きてるんだから私の命を害しようとするモノには抗う。相手も生きるために戦うんだ。どんな結果になろうとお互い糧になる命に感謝しながら生きていければいい。


私は狩りをして動物を食べることが出来るようになっていた。

ここで生きるための大きな壁を一つ乗り越えたんだ。

モルグ君、いつかまた会えたら今度は仲良く出来るといいね。


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※異世界45日目

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モルグ君の不幸極まりない事故の後、気を取り直した私はポツポツと動物の知り合いを増やしていた。

しかしどの知り合いもモルグ君よりは話せるがみんな片言で、普通に話せるレベルの者がいない。

この近辺にはいないのかもしれない、と捜索範囲を岩場の奥へさらに広げようとしたとき私は彼に会ったんだ。クールビューティーなラジェスに!


『来るな、虹色の竜よ。それ以上近寄れば攻撃する』と背に茶の混じった大きな白いふわふわの羽を持つ上半身が人、

下半身は羽毛に覆われた鳥の下肢という彼は警戒して鋭い声を上げた。

『あの、大丈夫です!私あなたに攻撃する気はありません!少し話したいだけなんです!!』

私は慌てて説得する。内心狂喜乱舞していた。白茶の髪と猛禽類の鋭い瞳を持つ男らしい美貌の彼。

タマ以外に初めて見つけたきちんと会話の出来る相手だ。ぜひともお友達にならねば!

『話などない。ここは我ら翼種の住まう地。すぐに出て行け』

見れば彼の後ろにある高い岩場に、心配そうにこちらを見ている翼を持つ者達が数名隠れていた。

彼よりどちらかというと鳥の姿に近い彼ら。彼は彼らをまとめる者なのかもしれない。


『・・・今日は帰ります。でもまた来るから。私があなた方に危害を加えないってわかってもらえるまで何度でも来るからね!私はマツリ。あなたの名前を教えて?』

私は我慢してそう伝えた。やっと見つけたんだ。今あせって追って逃げられたら困る。

なのに。

バサササと空に浮かんだ彼は『名乗る名などない。去れ』と私を睨むと岩場の天辺まで飛んでいってしまった。

なんてクールなんだ・・・。

私はますます燃え上がった。絶対彼と友達になって見せる!


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※異世界65日目

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あれから私はがんばった。

彼の気を引くよう、毎日訪れ声をかけたり魚を届けたり狩った動物の肉を分けたり。端から見ればまるで求愛行動だ。

それでも彼はクールだった。私はまだ彼の名前さえ知らない。

体の大きな私が彼(やっぱり翼種の長だった)にせっせと貢物を届けてたので、彼より下の者達の方が私に早く慣れてくれた。

彼らの何人かは片言で話せたが、できない人の方が圧倒的に多かった。彼の力は飛びぬけてるんだろう。

ああ、彼となんとか話せないだろうか。


そんなある日、いつものように彼らの住処に向かうと様子がおかしい。

ギャーっと悲鳴のような鳴き声や飛び散る羽毛に、彼らが襲われているのだと知る。なんてことだ!

私は風のように走ると一気に距離を詰め、襲撃者と彼らの間に立った。

突然現れた私に皆が驚いたようだ。


『虹色の竜、そこをどけ。手助けなど要らぬ』後ろから彼の声がしたと思ったら、襲撃者に向かって風の塊が唸りを上げて飛んでいった。

魔法?!!彼は魔法が使えるの?!

自然には発生しない風の塊に私は目を丸くした。私の血が沸き立つ感覚に、それが魔力を帯びたものだと知らずに理解する。

襲撃者は20名くらいの団体様で薄汚れた鎧を着けた人間達だった。

今日はなんて日なのだろう。

魔法と人間をこの世界で初めて見ることが出来るとは!

うわぁ、どうしよう。彼は助けたい。でもやっと出会った人間達だ。彼らとも仲良くしたいではないか。これは困った。

悩んでるうちに塊が人間達に直撃し、彼らの数人が吹き飛んで岩場に叩き付けられた。

痛い!あれは痛いっ!!あ、動いた、良かった命は助かったようだ。考えてる暇は無いらしい。


『グララルルーー!(争うのはやめて!)』

私は叫んだ。翼種の長がピタリと動きを止める。人間たちも大声に驚いたのか腰を抜かしてる者まで居た。

『グアアルル!ゴルルアルルゥゥ!!(何事ですか?!彼らが何をしたっていうの?!)』

人間達と対峙する。彼らは私を見上げて蒼白な顔をしていたが、やがて1人2人と武器を構え始めた。


「何たる幸運・・・」

「俺達はついてるぞ!竜だ!あれを狩れば一生遊んで暮らせるぞっっ!」

「縄だ!縄をかけるんだ!」

「魔法使える奴はありったけ叩き込め!」


・・・マジっすか?標的が私に代わったようです。

『グ、グガアァルル!グルル、ギヤアアルルゥ!(ちょ、ちょっと言葉通じてるかな?!私、あなたたちと戦おうなんて!)』

「あいつの心臓は俺がもらった!!!」

血走った目の壮年の男が私の懐目掛けて飛び込んでくる。銀のきらめきが目の端を走る。

やっぱ、通じてないっ?!いや、そんなことよりヤバイ!タマが怒る!!


私は思わず6枚の羽を体に巻きつけた。

体を守るつもりだったんだけど、その瞬間私の前方に竜巻が起こる。え?げ?!

私に切りかかってきた男は体を天へと吹き飛ばされた。

ヤダ、あの人死んじゃう!私はあわてて手を伸ばし、その体を受けとめようとする。

が、タイミングを見てたらしい別の若い男が私の背中に切りかかってきた。この馬鹿、なんで邪魔しやがるっ!

あああ、終わった・・・(泣)

私は背中の痛みを覚悟したんだけれど、一瞬熱い様な衝撃の後キンッッツ!とした音と共に剣先が飛んでいくのが見えた。剣が折れた?!

とりあえず、飛んでったおっちゃんをその隙にキャッチする。

鱗、ぶつかったよね?つか切られたんだよね??首を回して背中を見るが鱗には傷一つ付いていない。

どんな出鱈目素材ですか、この鱗。助かったけどさ?ほぼ最強の竜ってタマの本で読んだのは嘘ではないらしい。

手の中のおっちゃんは目を回しているのかぐったりしてる。

周りの人間たちが蒼白通り越して紙の様に白い顔しながら震える武器を構え私を囲んでいた。

ついでに鱗がチクチクするような魔力が体にまとわり付いてたけど体に力入れたらバラバラと霧散。魔法を使ったらしい人も倒れこんだ。

いや、あの~~この人返したいんだけど。手当て必要な人あちこちにいるじゃん。今も1人倒れたし。そっち見てやってよ。

私が一歩進めば包囲網も一歩下がる。手に持ったおっちゃんを前に出してもザザザと後退される。


どうすりゃいいんだ。


『グググキュルル?(あのこの人受け取って欲しいんだけど?)』

一応声をかけるが通じないので誰も返事しない。むしろ警戒されすぎて見てるこっちが辛くなるっていうか・・・

ほらあのちょっと女顔の青年なんて腕に力入りすぎてプルプル通り越してガクガクしてるし、向こうのおっちゃん。・・・漏らしてないですか?・・・見ないでおこう。

仕方がないのでおっちゃんを地面に置き、静かに後ろに後退する。追ってこないことを確認して翼種の彼らの方へ向かうことにした。

だが背を向けた途端飛んでくる矢の気配がする。いい加減にして欲しい。

ため息をつくと私は羽をバサリと動かした。

突風で矢は全て地表に落ちる。もう一度羽を動かせば辺りの人間を怪我させない程度に軽く吹き飛ばした。

力のコントロール?ぶっつけ本番に決まってるでしょ?!

それでようやく意味不明な奇声を上げながら人間達は逃げていった。

とことん愚かだ。倒れてる仲間は置き去りである。ため息しか出なかった。


翼種の彼らもまた息を詰めていた。

ずっと攻撃しないで居てくれた長に感謝だなぁ。

『・・・さすが竜、というべきなのか・・・』長は呆然としたように立ち尽くしていた。

その目に脅える色を見つけ私は目を伏せる。

駄目かな?竜じゃやっぱり仲良くはしてもらえないのかな?

やっと見つけた会話のできる人だったのに・・・。


『長、あの・・・図々しいお願いなんだけど、倒れてる人間達を箱庭の出口あたりまで運んでくれないだろうか?

私、まだ道がよくわからないし、それに私が人に見つかると今回みたいな騒動になると思うし。駄目、かな??助けてあげたいんだ、あの人たち』

長は顔をしかめた。

『我らやお前を攻撃した奴らだぞ?正気か??』

『うん。長達は怒ってると思うけど、大きな被害がないようなら助けてあげて欲しいの。彼らにも待ってる人がいるから。

今まであげた貢物に免じてお願い聞いてくれないかな?人間と余計な争いをする気はないんだ。彼らはこんな怪我してもう十分報いは受けたと思う・・・』

長は少し考えてから『こいつらも含めたあの人間達をそのまま帰すとお前の存在は他の人間達にも知れ渡るぞ?良いのか?』と言う。

私は即答した。

『かまわない。追われても逃げられるんじゃないかなぁ、私丈夫みたいだし』

その他人事みたいなのん気な返事に呆れながらも、長は怪我人達を運ばせようと約束してくれた。

私は心から安堵する。

『ほんとにありがとう。それじゃ私は帰るよ。迷惑かけたくないしもうここには来ないから。みんな元気でね?怪我した人は体大事にしてね』


これから私は人間達に追われることになるだろう。

私の心は人間のままなのに。同じ人間に追われるなんてなんの因果だ。

でもまぁ、タマもいる。役立たずだけど、何とかなるに違いない。

私が近づくと彼らの、翼種の平和な生活を脅かす。それはしてはいけないと思うんだ。

湖に向かって来た道をトボトボ歩く。


『おい』


急に近くで声がした。

驚いて振り向くと耳の横を長が飛んでいた。


『竜で大いなる力を持つというのに、お前は面白い考え方をする。そのままではいつか命を落とすぞ?』

そう言われても生きるために殺すのと無駄な殺生をするのでは違うと思うんだ。

自分より弱いものをいたぶる趣味は無い。むしろ守るべきだ。そう言うと彼はクツクツ笑った。驚いたな。彼の笑い顔なんて初めて見た。


『ラジェス』


呪文か?しかし血のざわめきはない。

ラジェス?と聞きなおすと俺の名前だという。


『マツリ、と言ったな?その理屈で言えばお前より弱い俺はお前の守る対象になるな?』

『へ?』

寝耳に水だ。だが、ラジェスが言うのは正しい。

『や、そんな意味ではなくて、えっと私は無駄な争いは避けるべきだと思ってるだけで!』

慌てて言い訳するが自分でも何が言いたいのかわからなくなってしまった。

アワアワとしながら失礼なことを言ってしまったか?!と小さくなっているとラジェスは地に降り立ち私の前で膝を折った。

『一族を救ってもらい感謝する。虹色の竜よ。これより我が一族はお前の良き隣人となろう。いつでも来るがいい。歓迎しよう』

見上げてくるラジェスの鋭い瞳が今日は優しく笑んでいて。

私は嬉しすぎて死ぬほど泣きたかった。だが。

『駄目だよ。追っ手が来るかもしれない。ラジェスたちに迷惑がかかるからもう会わない方がいいんだ』

私は振り絞るように声を出した。精一杯の拒絶。

なのにラジェスはまた笑った。笑うと印象が変わるね?見惚れてしまった。コンチクショー!

『お前は知らないのだな?狙われるのは俺達も同じだ。俺達のこの風切り羽には風の魔力が宿っている。お前ほどではないが人間の世界では高値で売買されていると聞く。

今更追ってが増えたところでどうということは無い』それに、と彼はニヤリと笑いながら続けた。

『我らが困ったときはお前が守ってくれるのであろう?お前が困ったときは我らが手を貸そう』

なんて温かい言葉なんだろうか。

ポロロとまた虹色の涙がこぼれた。ラジェスが『何を泣いている!!』とオロオロしながら怒鳴り声を上げた。

『大体竜という神に近しい生き物が些細なことで涙など見せるな!』と彼の説教は続く。

馬鹿だな、ラジェス。嬉しいときにも涙は出るんだ。

涙は溜めると体に良くないんだぞ?


タマ、見てる??私、異世界に来て初めて友達が出来たみたいだよ。

これで日々編は終了。長かった・・・。

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