第5話
見るからに怪しい発光体をしばし観察する。
発光体は何やらプリプリ怒ってる模様。
気持ち悪いことに口らしき部分がムニュムニュ動いて言葉を紡ぎだす。
「ホントに君、女性?」やら「なぜこっちに噴き出す?」やら文句ばっかりだけど。
そんなん知らんがな。
存在自体が怪しいうえに嫌味くさい物体Xに言われても屁でもない。
そんなことより、ナンだコイツは。
これでサイズが小さいならホラー系のアレかと思うけれど、コイツは2mほどもある。
そんなデカイ光の球が重力無視してプカプカ浮かんでるなんて現象聞いたこともない。
となるとこの世界の生き物?それとも私の幻覚妄想?敵?味方??
そっちの方が今重要。
それによって
1.話してみる
2.全力で逃げる
3.滅する
と選択肢が変わる。つーか変える。
この世界の情報はすっごく欲しいけど相手は不審生物だ。
おすすめは3かな?なんかムカつくから。
さっきのやり取りとこの嫌味。私の勘が告げている。
コイツは合わない。
いつでもビームを打てるように下腹部に力を入れた。
それで出るかはわからないけど、なんとなく腹の底から気合を入れて打つべしって感じじゃない?
か~め~は~(以下略)っぽく。
まずは形からでしょう!
「ねぇ、ちょっと。なんか嫌~なこと考えてるでしょ?ホント失礼な娘だよ。嘆かわしくてため息も出ない。ふぅ」
出てるじゃないか!
球のくせに肩をすくめるイメージが頭に浮かびイラっとくる。
失礼なのはアンタでしょ?!名乗りもしない礼儀知らずめ。
体がまだ痺れてるのがつくづく悔しい。
動けるものならこんな重力に逆らう胡散臭い球など湖に向かって全力でファイアアタックだ。
睨み付けて唸ると、球は意味深な視線を向けた。
いや、目なんてないんだよ?球だし。
なのにそんな感じがするんだ。変だよね?
「まぁ人間が愚かなのは今に始まったことじゃないからいいや。僕は、そうだな。君の頭でもわかるように言えば『神様』だよ。話すのは初めてだから初めまして、だね。香坂茉莉」
「グァ?(はぁ?)」
かみって『神』?髪とか紙・・・じゃないよなぁ。
この俗物っぽいのが??それにちょっと待って、私の名前まだ言ってないよね?!
「グルゥグォォォ?!!(ストーカー?!!)」
「俗物で悪かったね。君には確実に負けるけどね。紙でも髪でもストーカーでもないから。ホントどこまで失礼なの?」
そう言ってムスっとする自称:神。
続けて「あーうるさいから鳴かないで。頭で考えてくれれば通じるから、『僕もこれからそうするよ』」なんて電波発言もする。
究極に胡散臭いけど、考えてることが伝わるのは本当らしい。
奴の言葉がクリアに頭に響く。これが世に言うテレパシーか~。なんか普通に話してるみたいで違和感があまりない。便利なものだなぁ。
だけど、そんな稀有な能力を持つ発光体に、なんか嫌な予感がしてきた。
『話すのは初めて』とコイツは言った。ってことは私とどこかで会ったことがあるということ。
こんなデカイ光る球なんぞ私は見たことがないが、向こうは私を知っている。そんでもって『神』だという。
この世界で、この事態に陥って、このタイミングでなぜ私の前に現れた?
目の前にフヨフヨ漂う発光体を射抜くように見る。
神と言って今一番思い浮かぶのは例のボロ神社だけだ。
奴は『だって仕方ないじゃないか。君目覚めたと思ったらまたすぐ気絶するし。出てくるタイミングがなかったんだよ』なんてぶつくさ言ってる。
テレパシーってのは相手の感情まで伝えてくるらしい。
今のは遠まわしにお前のせいだって言いたかったらしいな。よし、歯を食いしばれ。
ドロドロとそして沸々した怒りが腹の底から沸きあがって来る。
妙な球だがこいつには人には無い力があるようだ。そしてもっと早く私の前に現れるはずだったと言った。タイミングを図ってたと言うならば意識のある状態の私に何らかの用事があると言うこと。
私がこのタイミングでなぜ?と考えたのはさっきのような答えが欲しかったわけじゃない。
私は今回の騒動の一端をこいつが握っていると疑ったのだ。きっとその答えは間違ってない。私の勘は滅多に外れないんだからね。
へー!っと口笛らしき音と感嘆詞が脳裏に響いた。
『ピンポーン♪香坂茉莉は結構賢いね。君の家のご近所さんで神やってまーす』
いそいそと名刺らしき物を渡してくる自称:神。
手らしきものはないのに何故だ?!
名刺には『人には言えないあなたのお悩み解決します。24時間いつでもOK!安心の低料金!親身になって叶えます! 界開神社代表取締役:神様 Hallelujah-Yeah!@pinkheaven.nehan.jp』と書いてある。
私は無言で麻痺を免れた尻尾を近づけると、それを跡形もなく燃やした。
『ひどっ!!!』とか聞こえるが私は冷ややかに微笑む。
突っ込みどころは多々あるが、どこのピンサロだ、コノヤロウ!
しかしそれよりも何よりも、さぁどうしてくれようか。
怒りゲージが今にも振り切れそうだ。体はまだ麻痺したままなので私は奴を射殺すように睨む。興奮で息が荒くなってきた。
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとする。
そうしないと辺り一面酷いことになる。それはなるべく避けたいのだ。自然に罪は無い。
だが。
この・・・この混乱に満ちた状況に私を叩き落としたのがコイツだと思うと。それも大嫌いな爬虫類に似たドデカイ生き物に変えて。
この世に生を受けて21年。その人生の中で一番、辛く切なく途方に暮れさせた。
その犯人がこんな嫌味くさい目の前の発光体だと思うと・・・。
『やだなぁ~。君もしかして発情しちゃった?ハァハァされるとこっちも変な気分になるんだけどぉ』
そう言ってモジモジ身をよじる物体X。上目遣いにこちらを見ればピンクの光が明滅する。
ああ、駄目だ。落ち着く訳がない。
「グゴゴルルルアアアァァーーー!!!(お前の仕業かーーー!!!)」
私の口から尋常ではない熱量が生まれる。
マズイ!奴死んじゃう!と思いつつ止められない私はそのまま特大の光線をど腐れ自称神に向かって発射してしまった。
先ほどのレーザーの倍はある光線は地面も木々も一瞬にして炭化、あるいは蒸発させ進む。
大気と大地はビリビリ震え、あちらこちらを見慣れぬ生き物達が恐慌状態で逃げ惑う。
私の心臓も凍りついた。このままでは罪の無い生き物の命にまで手をかけてしまう!焦ってみても一度発射された光線を戻すことなんて私には出来ない。
しかし、攻撃は相手に届くと見えたところで霧散した。
驚きもしない風体で『危ないなぁ、もう』なんてのん気にのたまう発光体。
強張ってた全身の緊張が解けた。
どうやらこの球が神、もしくは神らしきものだってことは真実らしい。
でなければあの攻撃を一瞬で防ぐなんて出来る筈がないではないか。
防がれてイライラしつつも相手や関係ない生き物達を傷つけなくて私はホッとした。
こんな目にあってるのに我ながら甘いと思うけど、他者を傷つけるのは心底嫌なのだ。
『まあまあ落ち着いてよ。僕だから良かったけど気をつけてね?話すために来たんだからさぁ。ちょっと失礼』
そう言われ気が付くと口と体に目に見えないロープのようなものが巻きついてきた。
何?!ナニコレ?!冷たい感触に暴れようとするが体は重く言うことを聞かない。
ろくな抵抗も出来ずグルグル巻きにされてしまった。
コイツ!乙女に向かってなんてことしやがるっ!このムッツリスケベ!
私は手も足も出なくなった。なんて屈辱だ。
『何すんのよ!とっとと外してちょうだい!』
『んー、なんかイイかも♪駄目~。僕は落ち着いて話がしたいからね。ちょっとの間拘束させてもらうけど我慢我慢。香坂茉莉、いろいろ僕に聞きたいことあるでしょ?なんでも聞くことを許すよ~?』
神というものは皆こうだというのか。
球はフフンとふんぞり返りながら楽しそうに言った。
まるで小さな子ども扱いだ。
こいつ、やはり性格が非常によろしくない。
私の米神らしき場所にピキピキと青筋が立つ。こいつは私を一体なんだと思ってるのか。
遊ばれ軽くあしらわれてるのがわかるだけに一層腹が立つ。だが私は意志の力を総動員して内心の憤怒を押し込めた。
これだけは奴から聞かねばならないのだ。
『とにかくどうしてこういう目に私があってるのか、一から十までキッチリ説明しやがれ!』
奴はニッコリ微笑むと『もちろん。そのために来たんだから』なんてすぐに答えた。
その微笑が父のと酷似していて背筋に悪寒が走る。お前も阿修羅属性か?!
とはいえ、私の怒りも簡単に収まる類のものではないのだ。大丈夫こいつは父じゃない、なめんな。
強気なんだか弱気なんだかわからないことを考えつつ、私と奴は一定の距離を置いて対峙していた。
ああ、どうせなら目からもビームが出たらいいのに。
視線で人が殺せるものならすでに私はコイツを百回は殺している。
『目からビームって。出たら危なくてしょうがないじゃない』って笑いながら余裕で言う奴に向かって私は必死に念じた。
くそぉ、目にもの見せてくれるわっ!出ろ~出るんだビーム!奴に私の痛みを!!正義の鉄槌を!!
必死に目に力を入れ力みすぎた私の尖った鼻面からパフッと煙が出た。うぬー!!おのれ、鼻の穴が痛いっ!!!
それを見て奴は転げまわって爆笑するし、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
奴の笑いはいつまでも止まらない。笑う傍ら『やっぱり君いいよ!』『最高だ!』なんて息も絶え絶えに言いやがる。
バカバカしくなった私は、とりあえず奴の話を聞こうと抵抗を一時諦めたのであった。
一応ラブコメなんですけどね・・・ラブはもうちょっと先になりそうです。