第9.5話 <ある不幸な王子の憂鬱>
「申し上げます!黒いローブを着た怪しい人物が洋品店で目撃されております!女物の服を数着購入したそうです!」
「表通りでも黒いローブを着た小柄な人物の目撃情報が多数入っております!屋台街へ向かったようです」
「フォルクマール様、シークエンタの荷から無くなったローブも黒。やはりマツリ様では……」
「恐らく、な。しかし、マツリは金など持っていなかった筈だ」
白き風一行はマツリの捜索のためイスクの街を走り回っていた。
マツリは魔法で姿を変えられるし、この街に居るとも限らない。捜索は難航していた。そこへ戻ってきたのはオーガスタだ。
「その人物がマツリ様の可能性が高いです。ギルドで橙石を売っていますから」
「橙石か。箱庭で良く取れる玉石ですね」
「ああ。良し、黒いローブの女を重点的に探せ。どんな情報でもいい。足取りを追え」
フォルクマールは苛立ちながら窓の外を見た。
マツリが消えてから2時間が過ぎている。彼女に太刀打ちできる者は限られているとはいえ先日事があったばかりだ。
余りにも迂闊なその行為に、手の平をきつく握り締める。
そんなフォルクマールに報告される情報はといえば――。
「独り言を言ったり笑いながら歩いていたようなのですが……マツリ様、ですよね?」
「商隊のラグに頬ずりしていたらしいです!」
「装飾品店で”エロ!!”と叫んでたらしいよ、頭おかしいよね?」
「武器屋で剣を握り”牙突零式!”と振り回していたとか。意味はわかりませんが……」
極めつけは。
「では、マツリらしき人物が回ったのはマンドゥ、ササギ、ケバブ…………以上14店の飲食屋台で間違いないか?」
「フォルクマール様、それにカキー、ナムグの16店でございます」
食いすぎだろう。女とは思えないその品数に一同の心は一つになった。
「……あいつは何をしているんだ……」
フォルクマールは一層深くなった眉間のシワを揉んだ。
こちらの気持ちも知らず街を満喫しているマツリが腹立たしくて仕方ない。帰ってきたらどうするか。
部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
「フォルクマール様、失礼します!表通りから一本入った裏路地に転移の痕跡を見つけました!」
シークエンタだ。珍しく汗をかいている。
「その場に居た男達の話では無詠唱の転移で消えたらしく、マツリ様に間違いございません!行き先は追えませんでしたが、街の外に出たのは確かです!」
「外、だと?……あいつはっ!!」
敵に襲ってくれと言っている様なものだ。怒りのあまり手の中の紙の束を机に叩きつける。
フォルクマールは心を静める努力をしながら呟く。
「……転移を使ったなら、帰途も転移を使う可能性が高い。ならば人気の無い場所に現れるはず。宿に近い裏路地や廃墟を中心に魔力感知の網を張れ」
部下達が駆けて行くのを見ながらフォルクマールはゆっくりと部屋を出た。
「俺にこれだけ心配させるとは良い度胸だ」
薄く笑ったフォルクマールからは抑え切れない冷気が漏れている。
フォルクマールの怒りが冷めるのが先か、マツリの泣き落としが成功するのが先か。
――2人が再会するまで後6時間――