第5話
※戦闘描写があります。
私は、声を、大にして、叫びたい。
現在進行形で繰り広げられている”白き風”vs”チームオイハギーズ”の戦い。
出会いが”あれ”だし、黒竜戦も覗いた。フォルクマール達の強さがその筋(どの筋?)ではトップクラスって事は知ってるよ?だけどさ?大丈夫だって信じてても、やっぱ心配するのが人情ってもんだと思うワケよ。
だから、”ど い て”?
遡ることしばし。
怒号と共に飛び掛ってきたオイハギーズ。
その御一行がゴオッという音で吹っ飛んだ。そう、飛んだ。壁まで飛んだ。
私が呆気にとられてる間に、フォルクマール達剣士部隊(って人数じゃないけど)が乱れた集団に風のように切り込んでいく。
「なるべく殺すな。捕らえろ。オーガスタ、頼むぞ」
怒鳴り声や悲鳴、金属音やら爆発音やら衝突音やら(以下略)。とにかく騒がしい中で、私はフォルクマールの低い声を拾う。その声はいつもと同じで余裕さえ感じられた。戦う事に慣れたとはいえ、流血沙汰は嫌いだ。だから彼の落ち着いた声とその内容に少しだけ安心した。
視線は白銀に煌く剣を追う。フォルクマールが剣を振るうたびディアヌが喜びに震えている。剣と人とが一体になったかのような、美しく力強い剣技。
柄を握った骨ばった右手に。少しだけ額に張り付いた白金の乱れた髪に。相手を凛と見据える眼光に。
ディアヌの魔力に魅入られたように、彼から目がそらせない――。
おおぉぉぉーー!!!!
ビクンと肩が跳ね上がった。比較的近くであがった怒声に我に返る。
あーもう!どこ彷徨ってるんだ私は!自分の頬をペチンと叩くと、戦場を改めて睨んだ。
のん気に観察してる場合じゃない。何もするなとは言われたけど、私にだって出来る事はあると思うの。皆が万が一ピンチになった時に、こうドバーン!って一網打尽にするとか、ラリホー唱えるとか。もっともラリホーは使った事がない。神聖魔法で出来るかな?
後れ毛をクルクルと指に絡ませながら考える。要は相手の意識がなくなればいいのだ。オリちゃんに頼んで顎を岩で一斉にかち上げるとかどうだろ?寝るのも失神するのも、似たようなものだ、うん。
どこか物騒な決意を胸に、私は一歩前へ出ようとした。
……したんだけど。私は突然覆いかぶさった目の前の壁に、あれよあれよという間に後ろに下がらされた。
「マツリ様、こちらへ」
こちらへも何も、既に私はズズイと壁際へ追いやられている。
咄嗟の後ろ歩きに転ばなかったのが奇跡だ。
「ちょっと!誰よっ。危ないじゃん、ってペーター?」
「ですから、私はオーガスタですっ。ペーターって誰ですか?!」
「オーガスタ。何してるの?」
「いい加減に私の名前を、ってあれ?」
「何?それより前が見えないんだけど」
「……もういいです……」
目の前に聳えるオーガスタの背中が少し震えているようだ。だが、背中を叩いても彼は振り向かない。
杖を構え辺りに目を配りながら素早く何かを唱えると、私達の周りに結界が出来た。
「触れないで下さいね?もうしばらくこのままでお願いします」
「何でよ。自分の身くらい自分で守れるわよ」
「念のため、です。フォルクマール様達が後れを取ることはありえませんから。ですが、マツリ様を故意に危険に晒す事もありません」
言い切ったオーガスタがようやく振り向く。
「だって、これじゃ何かあっても戦えないじゃん」
「戦う必要はありません。我らにお任せを」
「あー、わかったよっ。見てるだけにする!だったらいいでしょ?ちょっとそこ、」
「マツリ様」
凛とした声が私を遮った。
「駄目です。私の背中に隠れていてくださいね?決してお出にならないようお願いします」
真剣なオーガスタの顔。モノクルに隠れたあの草食動物に似た善良な瞳も今は強い力に溢れている。驚いてつい頷くと、彼は視線を戦場に戻した。
「これでも第一神官です。お任せください」
二度見してみたその顔は、いつもの見慣れた柔和なものに戻っている。
ビックリした。あんな顔もするんだ。
彼は時々呪文を唱え、倒れた敵を拘束している”らしい”。見えないからわからないんだ。
「てめぇら、何やってんだ!」
オイハギーズの頭らしき怒鳴り声にも焦りの色がみえた。オーガスタが言う通り戦いはフォルクマール達が優勢なようだ。
つい、とはいえ約束は約束。「ど・け・ろ、ど・け・ろ」とテレパシーを送りながらも大人しくオーガスタの背中に守られていた私だったが、やはり、この至近距離状態は落ち着かない。
それに聴覚からの刺激ってどうしてこんなに想像を掻き立てるかな?
岩壁に反響する悲鳴と荒い息遣い。攻撃的な魔力の気配。剣の音に紛れて鈍く響くのは肉を切る音?
――――…怖いんだって。
貫かれるお腹。貫かれる肩。何となく思い出した映像がさっきから頭をグルグル回っている。
流れるのが例え悪人の血でも見たくないのは確か。だけど、それでもこの目で全て見届ける方がマシだ。体が自然にブルリと震えた。
「女性の方に怖い思いをさせてしまい申し訳ありません。ですが、必ず守ります。もう少しですから」
私の震えを感じたのか、背中越しに心配そうなオーガスタの声が聞こえる。
恐怖と不安はセットのようなもの。不安が恐怖を呼び、恐怖が不安を倍増させる。
違うんだよ、オーガスタ。一度浮かんだ想像が頭の中から出て行かないだけだ。
私の体の奥深くがキューッと締め付けられる。心臓もドキドキバクバクして苦しい。どうしてこんな思いをしなければならないんだ。
”大丈夫”が欲しくて皆の呼吸音を探しながら、込み上げてくるのは怒りの感情だ。
そもそも全面的に追い剥ぎ連中は悪い。真っ当なヴェラオ達が、命がけで持ち帰った物を狙おうとするなんぞ言語道断。腐った根性が気に入らない。おまけに女がいるぞ、ラッキー、やっちゃう?ってノリも気に入らない。女はモノじゃないっ。そんな下種なピーーなど腐れ!
フォルクマールもフォルクマールだ。私を何だと思っているんだ。何もしなくていい?守られてろ?バッカじゃないのっ。強い男に守られるお姫様シチュの携帯小説読んで、私もそりゃウハウハ萌えてたよ?萌えてたけどさ?あれ嘘だ。だって今の私、苦しいもん。
力がばれるのが問題っていうなら――。
(黙らせればいいよね?)
あらやだ、なんかタマっぽいかも?と自分の行く末を少しだけ心配しつつ、私は気配を殺してピョコリとオーガスタの背中から顔を出した。1歩横へとソロリとずれる。
目に飛び込んでくるのは想像通りのぶつかり合いだが、黒竜戦とは違いスプラッタな状況ではない。
皆はやっぱり強かった。訓練された無駄のない動きで奴らを捕まえている。
と、10mほど先に居たナーダが急に転びそうになった。その隙を見逃さず胸に迫ってくる剣先を危機一髪で弾いている。
私はヒヤッとして飲み込んだ息を深く吐いた。
どうやら魔法によって芋虫状態で転がってる男に躓いたようだ。そんな芋虫が10数人。邪魔だよね~と右手を伸ばし魔力を集めた私に、オーガスタがギョッとして振り向いた。敵さんに丸見え状態になっている私の立ち位置にようやく気づいたらしい。
「えっ、いつの間に?!何をするんです?!」
「いいからいいから」
「良い訳ないですっ!隠れててください!」
「ちょっとお掃除するだけだから」
「掃除って何ですか?!駄目です!下がって!」
「あ」
「そうだ!女がいた!!あの女を狙え!!」
「ええっ?!」とヒゲのお頭と私を交互に見つめる真っ青なオーガスタに、「ごめん、目が合っちゃった」と適当にペロリと舌を出して謝罪する。
オーガスタはくらりとよろめいたが、すぐに凛と杖を前方に構えて呪文を紡ぎ始めた。
舌打ちをしたフォルクマールは私を守るように指示を出し、シークエンタが私に向かって押し寄せようとする相手を風の魔法で吹き飛ばした。
あ、最初にオイハギーズが壁まで飛んだのってこれだ。
この洞窟では中級以上の精霊魔法が使えない。なんでも神の息吹がかかった神聖な場所なので精霊も畏敬の念から本来の力を出したがらないそうなのだ。
だからこの魔法も初級魔法なはずだが、それにしては綺麗に飛ぶ。
睨みつけてくる相手の数は私達より少し多い程度。でも残ったのはそれなりに腕の立つ連中らしく、身のこなしに隙がない。
偉そうなヒゲオヤジとガリガリの吊り目男、マッチョな大男が、私の視界の端でアイコンタクトしているのが見えた。
私は無意識に身構える。
1人の男が素早く呪文を唱えると、ボフッと辺りに土煙が舞った。
「今だ、やれ!」
残った連中が赤い石を何かに打ち付け一斉にフォルクマール達の頭上に放つ。石がボッと燃え上がり破裂すると無数の火の玉が辺りに降り注いだ。煙で更に狭まった視界の中、雄叫びを上げた男達が皆に襲い掛かってくる。オーガスタがすぐさま皆の頭上に強い結界を張った。
そして、私の元へは――吊り目男とマッチョな大男が一直線に駆けて来た。
「きゃ!」
皆に結界を張った時に、こちらの結界が消えたのだろう。大男がオーガスタを剣で退け、気づけば私の首と腰には吊り目男の腕が強く巻きついていた。
「形勢逆転だな。武器を捨てろ」
「マツリ!」
――ごめん。油断しました。
「とっとと言う通りにしろ。早くしないと手元が狂うぞ?」
男は私の首筋にひんやりする金属を当て、唾を吐いた。
調子に乗った奴らが皆に剣を向け脅しながら威圧する。向けられた剣先に脅えることなく、冷めた顔をしたフォルクマールが前へ出た。
「脅しには乗らない。マツリを放せ」
「武器を捨てたら放してやるよ」
「……これ以上俺を怒らせないほうが良い」
「はぁ?お前に何が出来るってんだよ!」
吊り目は余裕ぶってゲラゲラ笑っている。フォルクマールは無言で男を見ていた。いつもなら優しい夜色の瞳。今はそこに何の感情も浮かんでいなかった。
「は、はなしてっ……!」
「チッ。動くな!」
男の拘束がきつくなり首が絞まる。男の体臭と温度が気持ち悪くて、私は仕方なく体の力を抜いた。
「ハハッ、それでいい。安心しろ、俺たちは優しいからよ。大人しくしてりゃ命まではとらねぇ。…あ?よく見りゃお前、珍しい目だな。こっち向けよ」
フォルクマールから漂う冷気が一段と増した。尖りきった冷気が今にも刺さりそうだ。なのに、ニヤニヤと下卑た顔で私を覗き込んでくる吊り目男。鈍感なのか、ふてぶてしいのかわからない。私は男をひたすら睨んだ。見れば見るほどムカツク。なのにこの男は――。
「黄色かと思ったら金色か。こりゃいいや。男物着てるからどんな奴かと思えば、フフフ。ガキだし美人じゃねぇが愛嬌のある顔だ。肌も――悪くねぇ」
そう言って私の頬を無遠慮にベロリと舐めたのだ。ネットリと生暖かく湿った舌が這う。通り過ぎた名残が、冷たい。
(――今、何をされた?)
時間が止まり最低な感触がリフレインする。
(な、なめー――……)
時計が動き出した瞬間、私の脳内温度は光速で沸点を突破した。
「貴様っ「何すんのよ!このド変態野郎があぁぁ!!」」
地を這ってきた氷の蛇が男に襲い掛かるより早く、私の魔力が解放されるほうが早かった。吹き上がる魔力の奔流が覆っていた土煙を遠くへ押し流す。
それと同時に魔力を乗せた回し蹴りが男の太腿にヒットした。私からの攻撃は想定外だったんだろう。吊り目男は防御も出来ず、そのまま吹き飛ばされ真横の壁に激突。土煙が上がった。標的を失った氷の蛇が空しく空を噛む。
「ぎゃあぁー!汚っ!ヤダヤダヤダヤダヤダ!」
私は必死に服の袖で頬を拭う。ナーダの服だ。汚しとけ。いくら拭っても舐められた感触が消えず私のイライラもピークを保ったままだ。
ギラリと光る金の双眸で足を抱えてのた打ち回っている吊り目男を睨む。激しい怒りで目の前が歪んだ。
セクハラ男許すまじ!私は男に近づくともう一度足にこれでもかと魔力を込め、思いっきり男の股の間に振り下ろした。
ドゴーーーーン!
洞窟が震える程の大音量で、私の右足首が地面にめり込む。
「……次は……潰すよ?」
吊り目男は白目をむいて倒れた。
ゆっくり足を引き抜き振り返ると、先程までの喧騒が嘘のように場が静まり返っている。
「貴方達も大人しく降伏しなさい。2度は言わないわよ?」
私の言葉に我に返ったらしいヒゲオヤジが「お前は何者だ!」と怒鳴りだす。
馬鹿な男。こんなのが頭だなんてご愁傷様。怒りに支配された私の視界が燃える。
「言う必要がない。私の質問に答えて?」
「ハ、ハハハ!何ふざけた事ぬかしてやがる!お前たちが強かろうが、生き残れば勝ちなんだよっ!」
「ふーん。2度は言わないと言ったのに……」
「マツリ!もういい!」
フォルクマールの制止を聞こえない振りして私はオリちゃんを強制的に呼んだ。
『オリオデガート』
『……わかってる』
強制的に呼ばれ不機嫌なオリちゃんが、美しい眉間を揉みながら地面からゆらりと立ち上がった。連中が具現化した精霊にどよめく中、私は真っ直ぐオリちゃんを見た。
『オリオデガート、殺さなければ方法は任せる』
『了解。――そんな気分じゃないのに』
どこか恨めしそうに私を見た後、無表情に連中を眺めるオリちゃん。
『それもこんなゴミ掃除。面倒ね』
勝負は呆気ないほど一瞬だった。オリちゃんが腕を動かしただけで、地面が裂ける。
奥の手らしい緑の石を懐から出す前に。「馬鹿な!」という悲鳴が綺麗に地の底へ飲まれていく。
この場に残っているのは私達と芋虫状態の男達だけだった。
長くなったので分割します。