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第3話

あ――あ――あ――。


かなり久しぶりの自分の声。喉がチクチクと痛むが気にならない。

今なら羽なんてなくても空が飛べそうだ。風精霊にお願いしたらいけるんじゃないか?

ああ、未来は私の手の中にある。ヒロトよマーシーよ。心の友よっ。

息を切らせながら私は溢れ出る歓喜に身を任せていた。


ふふ。ふふふ。ふふふふふ。


駄目だ。笑いが止まらないではないか。

これじゃまるで危ない人だと思いつつ衝動は収まる気配を見せない。

ま、ココなら別にいいかといざ思いのままに高笑いしようと思ったその時。


「お前、もしや……神竜……なのか?」


呆然とした男の声がした。


「アーハハハハ、ハン?」


最後、中途半端な声が出たのは許して欲しい。

そこでようやく走馬灯のように昨夜からの記憶が頭の中に戻って来た。

酒飲んで話して良い気分になって寝たよね?で起きたら人間に戻ってて……えと、あれフォルクマールは?

どこ行った?と首を回して見た先には、目を見開いてこちらを凝視するフォルクマールが確かに居た。


「ほえ?そこに居たの?」

「……ずっと居たが」

「まぁ、いいや。見て!私、人間だよね?!」

「……人間だな」

「いやぁ~~!もう死ぬ!嬉しすぎて死ねる!今すぐ死ねるよっ!タマめ、修行しないと戻れないとか言って自然に戻ったじゃん!あの大嘘つき!若干元とは違って変だけど全然竜よりマシっ。ビバ人間っ!ああ、どうしよう!フォルクマール、私どうしたらいい?!」


思いつくまま機関銃のように話す。止まらないんだって。

ズリズリと這うようにして彼に近づく私に、フォルクマールが強張った顔で後退りしていくのがよく見えた。


「う~、もう!なんでこう力が入らないんだろ?やっぱり体の大きさ違うから慣れてないのかなぁ?慣れたら動けるようになるよね?ね?」

「あ、ああ多分……」

「そういや言葉が通じるね?そっかー、念話じゃないってこんな感じなのかー!異文化コミュニケーション?う~わっ、セウ達とも話し出来るって事?あのモヤモヤ感ともおさらばなのねっ!ペーターのKYな伝書鳩ともおさらば!ストレス減る!絶対減る!って何で離れるのよ?結構これ疲れるんだからそこに居てよね!あ、痛っ!くそー。また絡まった!」


口を尖らせ絡まった髪を枝から解きながらブーブー言う私に、口元を引き攣らせたフォルクマール。


「神竜、なんだな?」

「え?そだよ?ほらコレコレ」


若干顔色が悪いフォルクマールが搾り出すように確認してきたから、何を今更と私は髪をかき上げ額をツンツン突いて見せた。

私の額を穴が開くほど凝視したフォルクマールは、やがて肺に溜まった空気を押し出すように息を吐くと目を閉じた。

髪を解くのに奮闘していた私はそんな彼の様子に気が付かなかったのだが、その数秒後。

目を開けた彼は何やらお怒りなのか険しいオーラを纏い、綺麗に表情を消し去っていた。


「へ?」


徐に自分の上着に手をかけたフォルクマールがボタンを外し始めた。

1つづつボタンが外れていく度、引き締まった胸板が露になる。

突然に始まったピンクタイムにポカンと口を開けたままの私は、彼のステキな腹筋の溝を視線でなぞる事しか出来ない。

苛立たしげに脱いだ上着をバサリと手に持ち、彼が私の目を見ながらツカツカこちらへ向かって歩き出す。


「ちょ!何?!」


言い知れない彼の迫力に生唾を飲み込みヨロヨロ立ち上がる。

フォルクマールは立ち止まることなく私の前まで来ると跪いて手を伸ばした。ええ?!犯される!とギュッと目を瞑り身を縮めた私の上に降ってくる温もり。


「着ろ!」


驚いて見上げたら、すでに後を向いているフォルクマールの耳がほんのり赤い。その言葉でハタと自分の姿を思い返した。

丸いたわわな胸。贅肉の取れたお腹。うんやっぱイケル。って裸?




「ぎゃあぁぁぁ――――!」




HA・DA・KA!私、マッパじゃん!

何マッパであんな事そんな事しちゃってんのよう!隠せ!とりあえず隠せ!


「フォルクマール様!!」

「何事ですか!」


剣を構えたセウ達が私の色気の無い悲鳴に、森を掻き分け駆けて来る。

どうしよう!

パニックな私は肩にかけてもらった布の感触がなくなった事にも気づかず立ち上がり、私の悲鳴に反応して振り向いた上半身裸のフォルクマールにガバッと抱きついた。乙女のあられもない姿をタダで男共に見せてなるものか!

「うわ!」とフォルクマールが短く叫んだ気もするが、離されては困ると上手く入らない力でぎゅうぎゅう抱きつく。

セウ達がハッと息を飲んだのがわかった。


朝の光の中、キラキラしい若い2人の男女。

男は逞しい上半身を晒し、男の胸に縋りつく女の長い長い白銀の髪の隙間からは華奢な白い背中と腿がチラチラと見え隠れした。

男は真剣な目で女を見下ろし、女は潤んだ瞳で一心に男を見つめている。


――実際は『隠せ、隠すんだジョー!』と声もなく必死に哀願してただけなんだけど!


『マツリ!』

『どうしたマツリ!』

『マツリ、テキカ!』


面倒事はどんどん増えるものだ。オリちゃん、ラジェス、ロボくん、その他。

何で来ちゃうんだよぅ!?

一大事かと駆けつけてくれた彼らの気持ちはありがたいが、私にこれ以上どうしろというのだ。私の尻は今何人に見られているのだ?!

マジ泣きまで秒読み段階の私は顔を上げられない。

私は隙間無くフォルクマールにくっつくと彼の胸にフルフルと真っ赤な顔を埋めた。一生のお願いだ、フォルクマール助けてくれぇ!


フォルクマールは私の体の震えを感じたのか離す事を諦めたようだ。上から深いため息が落ちてくる。

グイッと体が持ち上げられると、私はフォルクマールの胸に抱き込まれた。

彼の大きな体が私を皆の視線から隠してくれる。


ドクン。


大きく心臓が音を立てた。


「おい、全員後ろ向け」


背中に回る逞しい腕の温度と、鼓膜に響く彼の心音と声が私の涙腺を決壊させた。


「フォルクマール……」


小さく名前を呼ぶ私の背中を宥めるように叩きながら、フォルクマールはもう一度みんなに後ろを向くよう言った。

目の前の光景に固まっていた全員がそれでようやく命に従ったようだ。

私は強張ったまま子供みたいに彼に上着を着せられ、セウから借りた上着を腰へ巻いてもらった。

涙で濡れた目で彼をそっと窺うと、フォルクマールは私から視線を逸らし憮然としている。


「……ありが、と」


私がようやく言えた礼にフォルクマールは頷くだけだ。彼はそのまま湖をジッと眺めていた。



**********



たぶんね?あれが良くなかったんだと思うの。我ながら大胆な事をしてしまったし。


私は悶えながら木の幹に抱きついていた。

ぐぬう。何度思い出しても死にたくなる。私の馬鹿馬鹿大馬鹿野郎!なぜにあんな醜態をっ!

混乱していたとはいえ、付き合ってもいない男に裸で抱きついてしまった。しかも向こうも半分裸。久しぶりに直に感じた人肌の感触を思い出して私は更に悶絶した。思い出すな!フォルクマールの広い胸板や硬い腹筋など早急にデリートしろ!

木の幹からミシッと音がしたような気がして私は驚いて体を離した。木に異常がない事を確認して息を吐く。

木の所為か(気のせいか)。ああ、オヤジギャグにもキレがない。出るのは深いため息ばかり。


フォルクマールが何だか意地悪になったのはあれからだ。

そりゃ、テンションMaxで素っ裸な女がアレコレしたんだ。男としては――ねぇ?

普段フォルクマールの傍にいるような淑やかな女性達と比べたら月とすっぽん。てんでガキ。

まして前日まで竜だったんだもん。純粋な人間でもないイレギュラーな存在に普通の女性扱いなんて望めない。

頭ではわかってはいるのだが、少しだけ。ほんの少しね?寂しいような気持ちになるんだ。


夕食が終わって皆がそれぞれにくつろぐ時間。

私は今夜、焚き火の傍を離れた川沿いへ来ていた。

明朝はいよいよ箱庭と外界を繋ぐ洞窟へ入る。箱庭としばしのお別れだ。

私は幹に寄りかかって辺りを見回した。人間になっても私の視力や聴力は変わらないから夜に何の支障もない。

竜だったときと違うのはあの無駄なパワーがなくなったのと羽で飛べないのと尻尾で料理出来なくなったのとビームが出ないこと。

毎日の訓練が実を結び、魔力のコントロールは完璧ではないがイイ線までいっている。

普通の人間の魔力がどの程度の量なのかわからないから、シークエンタの魔力量より気持ち少なめに見えるよう調整しようと思っていた。

神子だから高い魔力があっても変に思われないだろうし、余計なトラブル防止のためにもある程度の力は示しておきたい。

幸い洞窟の入り口近くまで来ても他の人間に会う事はなかったが明日以降はいつ他の人間に会ってもおかしくない。

少しの緊張感と少しの高揚感。

私はそっと体を抱きしめて川原に向かって数歩進んだ。


北西門に近づくと岩場が増え、生えている木も広葉樹から針葉樹に変わってきた。

穏やかだった川も上流に近づいたから細く急流になり水面にゴロゴロとした岩を覗かせる。2日前に渡った川とは表情が違うがその水底だけは変わらず黄金色だ。

硫黄が含まれた鉱物らしくキラキラと陽に輝く優美な姿は、ため息が出るほど美しかった。

こうして月光で見てもユラユラと水面に映る2つの月が水底を微かに輝かせ、休みに来た羽虫や白い蛾をほのかに照らしていた。虫嫌いでも、離れて見ている分には美しいとしか感想が湧かない。『幽玄の美』という言葉がしっくりくるか?


「箱庭ってホントに綺麗なんだなぁ……」


竜の時にもっと色々回ってれば良かった。

そう後悔してたら間近に聞きなれた羽音が聞こえた。


『夜に飛ぶのは緊張するな』

『ラジェス』

『待ったか?』

『ううん、そうでもない』


わざわざ夜に会いに来てくれたラジェスに私は微笑んだ。

たぶん翼種で夜飛べるのは彼だけだ。彼は風精霊を目の代わりにして飛んでいるという。魔力が高くなければ出来る事ではない。


『日中でも良かったんだよ?』

『お前が一人でいるならな』

『フォルクマール達は襲ったりしないよ?』

『お前以外の人間を信じるつもりはない。それに明日だとお前が泣くだろう?別れがたい』


フッと笑ったラジェスはフォルクマール達を一刀両断だ。

ラジェスの気持ちはわかる。長という皆を守る立場からも軽々しく人を信じる事は困難なんだろう。


私が人間になったあの日、改めて集合した人間側と箱庭側は険悪な雰囲気がだだ漏れで――。

ナーダは「間者か?刺客か?」と初めからけんか腰だし、オーガスタは「逢引?!」と倒れそうになるしシークエンタはそれを見て「落ち着け!」と一番興奮してたし、セウは紳士面して最初「どなたですか?」なんて聞いてきたのに顔見た途端「我が国の者ではないな。何者だ」って悪魔顔で問い詰め始めたし。

箱庭の皆はその間我関せずで助けてくれなかった。その癖フォルクマール達を見る目は冷ややかで……。

神石があったのとフォルクマールの説明でなんとかセウ達も私の変化を受け入れてくれたのだが、ラジェス達に言わせるとそれは”馬鹿馬鹿しい”んだそうだ。

姿かたちがどうあろうとその者の本質は変わらない。纏う魔力もオーラも変わらないのに見た目でしか判別出来ない人間共は愚かだ。彼らはそう吐き捨てた。

精霊であるオリちゃんも「ま、そうよねぇ」とフォルクマール達の肩を持つ気はないようだった。

一緒に看病してくれたのも歩み寄りではなく”私”を手伝ってくれただけ。両者の溝はまだまだ深い。

みーんな仲良しだなんてありえないと知りながら、現実が寂しくて私はソッと目を伏せたっけ。



『ちょっと箱庭を留守にするだけで泣いたりしないよ』


笑って答えた私にラジェスはフンと鼻を鳴らすと、ギューっと私の頬を摘み上げた。


『いひゃい』

『嘘つきが。そんな顔で笑うからだ』


そうだけど抓るな!手を振り払おうと暴れる私をラジェスは軽くあしらう。

くっそう。竜の時と立場が逆転してしまった。

女としては166cmの私はでかい。だがそんな私をラジェスは”チビ”と笑う。まぁ、2mを超えているアンタから見れば大抵の女はチビでしょうよ。

フォルクマールだって185cmは超えてるし、セウ達も大体その辺。ナーダが170cm位だろうか?一番チビだ。本人に言えば「俺はまだ成長期だ!」なんて言いそうだけど。

おそるべし異世界人。「でかい女」呼ばわりされた事もある私のコンプレックスの一つがここでは感じずに済んで気が楽だ。


散々弄ばれて私の左頬は解放された。痛いって言ったのに!と怒る私にラジェスは知らん振りをする。

訂正だ。フォルクマールだけじゃなくアンタも意地悪に拍車がかかったよ!

左頬を擦りながら見上げたラジェスは、フォルクマール達の焚き火を目を細くして睨んでいた。

険しい横顔に私も姿勢を正す。


『人間共にお前を任せることになるとはな。俺が付いて行ければいいのだが……』

『もう、フォルクマール達なら大丈夫。皆良い人だからね!ラジェスは箱庭の皆を頼むよ?』

『ああ。任せておけ。……あいつらも寂しがってた。ロボだけでも付いて行ければ良かったのだが……』

『うん。私も寂しい……。でも仕方ないからね』


魔物のいくらちゃんや大きなロボ君を人間の世界へ連れて行くことは出来ない。

人間嫌いな彼らに、何があるかわからないのに一緒に来てとは言いたくないし巻き込みたくない。

心配性の彼らの何人かは一緒に行くと言い張ったのだが、私が断った。


『本当にいいのか?ロボは変化するつもりもあったんだぞ?』

『うん。オリちゃんがいるし!心配しなくて大丈夫!』

『……それが一番心配なんだ。大体あいつは説得出来たのか?』

『……まだ』

『お前っ!』

『ラジェスなら説得出来る?』


途端に苦々しい顔をするがラジェスは頷いた。


『――そうも言ってられないだろう。あいつを呼べ』

『来ないよ?』

『何?』

『言われる事わかってるから緊急事態じゃなきゃ来ないって』

『あの馬鹿精霊が!』


激怒するラジェスに肩をすくめた。


『そんな怒らないであげて。オリちゃんまだ子供なんだからさ』

『あれが子供か?!甘やかすな!』


ラジェスが怒るのは私を心配してくれるから。だけど私はオリちゃんの気持ちもわかるから。

嫌だ嫌だとあんなに泣くオリちゃんは私だって初めて見た。

たぶんオリちゃんはきっと頭ではわかってくれていると思うんだ。だけど感情がついていかない。

私はオリちゃんに気持ちを整理する時間をあげたいと思う。


『……やっぱオリちゃんだけじゃ駄目なんだよね?』


私は何度も考えた事を口にする。

私の真剣な表情にラジェスは怒りを飲み込んでくれたようだ。ため息をつくと私の頬に手で触れた。


『マツリ。何度も言ったが今のお前は竜ではない。身を守る鱗も逃げるための羽もない。魔力だけが身を守る術なのに、契約しているのが土精霊だけだ。他の精霊達はお前を助けるだろうが力に限界があるのは知っているな?』

『うん』


それに今の私は人間だから、力を貸してくれる彼らに返せるものもない。一方的な関係はいつか崩れそうで怖い。


『魔法は万能ではない。お前のこの柔らかな肌は簡単に傷がつくだろう?刃でも、魔力でも――。そうなった時、神聖魔法はお前を救わないぞ?あれは自分の魔力や生命力が減れば減るだけ効果が薄れる。お前の存在は確実に人間共に狙われるんだ。自分のために、お前を守りたい俺たちのために……せめて上位の水精霊とだけは契約しろ』

『――うん。わかってる』

『オリオデガートもわかってる筈だ』

『うん』

『必ず契約するんだぞ?お前の神だっていつか戻るんだ。その時にお前の怪我がばれてみろ。わかるな?』

『う、うん。約束する』


これから行く所では自分とフォルクマール達だけが頼りなのだ。

頬を包む心配性のラジェスの手は暖かかった。

その手が離れていくのに体が震える。それを見たラジェスが苦笑して私の頭を叩いた。

やっぱりラジェスはすごい。私の気持ちが全部わかるみたいだ。

ラジェスを見上げるのも慣れた。いつも傍にいてくれたのに。明日から彼とはしばらく会えない。


疾風ハヤテをそのままお前に付ける。連絡して来い』

『え?ハヤテ連れてっていいの?』

『ああ。アイツなら行き来するのに問題はない。急ぎの時は精霊を使え』


ラジェスの眷属だという疾風ハヤテは私が名付けた大きな鷹もどきだ。

猛禽類の癖に尾羽が真っ赤で優雅に長い。今日会う約束をラジェスに伝えてくれたのも彼だ。

伝書鳩のように言葉を直接相手の頭に伝えてくれる彼は、簡単に言うと魔力を餌にするテレパス鳥なのだ。


『いつでも会いに来い。お前一人なら簡単だろう?それにお前の事だ。また突然竜になるかもしれないしな。とっとと戻ってくれば良い』

『……会いにくるのはいいけど竜に戻るのは複雑な気もする』


ククッと笑うラジェスに私は眉を下げる。ああ、本気で寂しいこの気持ちをどう伝えたらいいんだろう。


『絶対また戻ってくるから。その時は私うんと美女になってるからさ!ラジェスの女嫌いが少しは治ってればいいね?』

『……お前はそのままでいい』

『そのままでも最初引いてたくせに』

『何のことだ』


人間になってからしばらくの間、目を合わせなかったのは誰だっけ?

惚けて認めようとしないラジェスの顔に噴出してしまう。どんだけ女苦手なんだろ、この人。

ゲラゲラ笑ってもラジェスは無言だ。怒ったかな?と見上げてみれば優しい瞳で私を見下ろしていた。


『しばらく会えないだろうからな。その顔が見たかった』


絶句だ。

一気に赤くなった顔を逸らす。

ラジェスは女嫌いの癖に殺し文句を吐いてる自分に気づいてないらしい。天然たらしめ。


ああ、行きたくない。ぬるま湯のような温室のようなココにずっと居たい。


そんな言葉を私はゆっくり飲み込む。

言ってはいけない困らせるだけの言葉。それに――。

きっと私は世界を知るべきなんだ。何かに導かれてるようなこの感覚はそうだよね、タマ。


『自分のこと爆笑されてるのにそれが見たいだなんてラジェスってドMの変態なん……』


素直に礼を言えない私に、ラジェスは見惚れる様な笑顔を見せながら拳骨をくれた。

私が『痛すぎる』と頭を抱えると、ラジェスは『餞別だ』とせせら笑う。

だから悔しくて抱きついてやった。

珍しく『離れろ』と慌てないラジェスに涙ぐむ私は深く感謝した。

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