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第26話

フォルクマール達と私は思った以上に打ち解けた。


シークエンタの次に私に懐いた(?)のは意外なことにナーダだ。

ナーダは濃いフワフワの金髪で天使のような美少年だけど私に畏まった礼をとったのは最初の2日だけ。私がこんな性格なのも悪いんだろうけど、年下で小柄な、しかもやっと病床から出たような少年に「神竜様って変な竜。気品もないし」とか言われたのが切っ掛けだ。

恐縮するセウの話では彼は思った事を口にする直情的な性格で、その言動に悪気はないらしい。

正直気分は良くないが、ガキに売られたケンカを買うほど私はガキじゃないからね?

奴を見据えて思い切り鼻でフンって笑ってやると、鼻息でナーダは後ろに転がった。どうもそれを根に持ってるらしい。

チクチクと顔を見るたび噛み付いてくる彼は鬱陶しいけれど、そのやり取りを見ていた他の皆が一気に気安くなってくれたから結果オーライだ。

広い心で彼の成長を待ってやろうと頷いてる横で「変な顔」と通り過ぎてく嫌味。セウ、本当に悪気ないの?

いつか徹底的に泣かしてやる。私は心に決めていた。


「神竜様これ面白いですよ!」

私の肩を持ちながらナーダを保護者のように見守る兵士達とは木を使って良く遊んだ。兵士らしい厳つい顔した彼らのノリは見た目に反してとても良い。

ジェンガも輪投げもドミノも盛り上がったが、一番ウケたのは特大ダルマ落としだ。

巨木の輪切りを重ねた上に彼らを乗せ私がハンマー代わりの木で叩くという非常にシンプルな遊びだったのだが、自分の運動神経が試され且つ危険と背中合わせのスリルがたまらないと彼らに大好評だった。戦う男の考えることはわからない。


ペーターとは一緒に料理に使える薬草探しをしていて蜂に襲われた。私は上空に逃げたのだが『神竜様あぁぁー』と下から悲鳴が聞こえる。

第一神官だし大丈夫よね?と思ったのだが、『これは国から保護された虫なんです!殺せません!』と追い掛け回されていた。……結界張ればいいのに。


セウとは一緒に魚を捕った。私がバシャバシャ追い込んだ魚をセウが流れるように剣で突くという華麗なんだか地味なんだかわからない方法で。ペーターに世間話のついでに話したら、あの野郎伝書鳩してそのまま伝えたらしい。「地味ですよね、ええ、地味。本当地味ですから」と落ち込まれた。

悪口じゃないのにイケナイ事を言ってしまったようで気まずい。なんだろう地味という言葉にトラウマスイッチでもあるのだろうか?


シークエンタは、なんかもう顔を合わせれば「良いですか?神とは云々その竜ともあれば云々」とお言葉をいただく。

あなた魔術師じゃなくて神官ですか?と思いつつ、頭擦り付け攻撃で誤魔化していたのだがそれも慣れたようで「真面目にお聞きください」と真顔で返されつまらない。

なのであの時のように頬をベロリと舐めてやったら、「な、なっ!!」と真っ赤になって飛び退いた。これはまだ効果があるようだ。意外と遊ぶと面白い。


そしてフォルクマールとも前より仲良くなったと思う。

彼はみんなの大騒ぎを楽しそうに見ていた。時には一緒に声をあげて朗らかに笑う。

だけど私は知っていた。彼の目は時々北をジッと見据えているんだ。声をかければ何事も無いように振り向いて笑うが、彼の肩にはいろんなものが乗っているからきっとゆっくり休む心境にはなれないんだろう。

私は空いた時間はなるべくフォルクマールの傍にいた。胸に摺り寄せる頭を彼は優しく撫でてくれた。




1週間は長いようであっという間に過ぎてしまった。

皆の中にいるのはとても楽しかった。言葉の壁なんてもう関係ない程に。


フォルクマールが自由に動けるようになってから2日。帰国すると彼に告げられたのは一昨日だった。





『眠れない……』


今夜もアゴスとアブリルが仲良く夜空を薄紫色に染めている。

この世界の夜はこの2つの月のせいで薄明るい。だから反対に星が少なかった。汚染のないこんなに綺麗な空気なら、星空は泣きたくなるほど美しいに違いないのに。

北斗七星もカシオペア座も。私がわかる星座はこの空のどこにも無い。


私は皆から離れた湖畔で月を眺めていた。

地球はあの星のどこかにあるんだろうか?タマはあの中のどこかで寝てるのかな?会いたいな。


『――タマ』


タマの気配が感じられない以上、答えが無いことはわかってるのにここ何日かは呼びかけるのを止められない。

2つの月は追いつかない鬼ごっこをするように西へと動いていった。東から昇って西へ沈むのは地球と一緒だ。

ったく、こんなに寂しさを感じるのはいつ振りだろうと私は苦笑する。


『ずっと一緒にいられないのは知ってたけど』


声に出したその内容にズズーンと落ち込む。

心配だから箱庭の出入り口まで送っていくと言う私の申し出は『俺達だけで問題ない。気持ちだけ受け取る』とフォルクマールに却下されてしまった。

だから明日でサヨナラ。きっともう会うことはないだろう。

別れは辛い。祖母が死んだ時、啓介と別れた時、日常から切り離された時、タマを感じられなくなった時。明日もう一つ別れが増える。




『こんな所にいたのか』


近づいてくるのはわかっていたが私はそちらを見なかった。

声をかけられて渋々振り返ると、そこには予想通りフォルクマールの笑顔がある。草むらを掻き分けてくるフォルクマールの腕には大きな樽と器が2つ抱えられていた。


『フォルクマール、寝てたんじゃ?』

『俺も眠れなかったんだ』


トンと地面に樽を置くと、隣に座るよう手招かれた。

私はまだ渋い顔で仕方なく彼の隣に座った。こんな姿なんて見られたくなかったのに。


『それ何?』

『これか。お前、果実を煮た物をくれた時に酒があればいいのにって言ってただろう?食料調達の時にササの木を見つけたんだ』

『ササ?』

『ああ、知らないか。節がありまっすぐ伸びる木だ。ササの若木の樹液を発酵させると酒になる。あまり発酵が進むと飲めたものじゃなくなるがこれは朝に採ったものだ。旨いぞ?』


そう言うと樽を開け、器に2つ中身を注いでくれる。


『お前と飲もうと思ってたんだ。今夜は月が美しいからな?月を愛でながら竜と酒を酌み交わすなどこの先あるまい?』


ウィンクして見せたフォルクマールは、少年のようで眩しかった。

渡された器にはプツプツと気泡の浮く白い液体が揺れている。促されて口を付けると、ほのかな甘みと微かな炭酸が口の中に広がった。

うわ、何これ!?「はい喜んでー!」のあのカルピスサワーの味いぃ?!


驚く私を笑いながらフォルクマールも口にする。


『甘いだろう?飲みやすいが度数は高い。酔うなよ?』

『酔わないよっ!』


久しぶりに口にしたアルコールに喉が焼ける感じがするが、私の場合酔いが回るには樽3つでも足りないだろう。

フォルクマールと並んで月を見上げながらチビチビとササ酒を飲む。

しばらくしてフォルクマールが月を見ながら話し始めた。


『お前には本当に救われた。命を救ってもらったのは勿論だが、この1週間、お前と過ごした日々は俺も皆も楽しかった。お前が傍に居てくれて我々がどれだけ救われたか……』

『へ?私、皆と遊んでただけだけど?』

『お前に自覚はなくとも、俺達は感謝してるんだ。礼ぐらい黙って受け取れ』


とはいえ覚えがないことに礼を言われると居心地が悪いんだけどな。モジモジする私をフォルクマールは笑って見ていた。


『こんな状況じゃなければお前とはもっと話したいことがあったんだがな。――残念だ』

『――うん、私ももっと皆をからかって遊びたかったな』

『……程々にしてやれ』


フォルクマールは意外と話し上手だ。明日の事を考えたくなくて私達は杯を重ね笑って過ごした。

だが、追いかけるアブリルが中天を過ぎた辺りからフォルクマールの口は重くなる。酔ったのかと思ったが違う。彼は考え込むように視線を器に移し手元の酒を回し始めた。


『――――なぁ、ここだけの話を聞いてくれないか?』


真剣な口調に私が頷くと、彼は微かに笑う。


『俺は……俺達は戦うのが仕事だ。国では勇猛果敢な王子やら常勝軍やら持ち上げられていた。自負もある。自分達の力を過信するつもりはなかったんだが、知らず慢心していたらしい。シークエンタから聞いたか?黒竜は、竜なら使えるはずの魔法を使わなかった。本来の力はどれ程なのか……考えると恐ろしいな。万全ではなかったというのは言い訳になる。だが、たとえ万全であってもあの竜に勝てるかどうかは、正直わからない。上には上がいる。そんな当たり前の事を失った今になって思い知るとは……』


失う前に道はなかったのかと今でも思う。

そう淡々と話すと杯を一気に飲み干す。自嘲したような笑みに胸が苦しくなった。

私は今まで怖くて聞けなかった事を気づいたら口に出していた。


『タマを……私達を恨んでる?』

『恨む?』


その問いにフォルクマールは目を丸くしていた。

フォルクマールは私の鱗をゆっくりと撫でながら言う。


『――人は弱い、な。故に誰かに責任を押し付け恨まねば自分を保てないこともある。ケインの事で俺が無実のお前を恨んだように。だが、恨んで憎んで――そんな生き方は苦しく空しいだけだ。それだけに目を向けていたら大事なものを取りこぼしてしまう。お前は後ろめたい事を何もしていないだろう?今回のことは俺達が引き起こし神が選択を示し俺がやると決めたことだ。それのどこを、何を恨む必要がある?だから俺の選択で他の者達が何かを恨まねば立ちあがれないというなら俺を恨めばいい。……もっともあいつらはお前や俺を責めるより自分の力不足に悩んでいるようだがな』


ククッと笑いながら責めてくれればいいものをと呟き彼は目を伏せると、すぐに前に向きなおった。


『――国や国民という大きなものを守るためあいつらは礎になった。ならば生き残った俺にはあいつらが守ろうとしたものを守る義務がある』

『うん……』

『……悪かったな、誰かにココに溜まったものを聞いてもらいたかった』


心臓を差したフォルクマールの眼差しはもういつもの強いものだった。

それに、と彼は言葉を続ける。


『俺はあの黒竜がケインを害したのだと思う。お前の神は意味を持って我らを奴の所へ転移させたのではないだろうか』

『タマが……?』

『俺の推論にすぎないがな』

                                               

ケインというのはあのハンターだよね。罰だといいながらフォルクマール達を手がかりへと導いたんだろうか。あのタマが?

俄かには信じられないものがあるが、そうだったら良いなという気持ちはある。結局彼らを地獄に突き落とした事を一瞬忘れ、私はちょっとタマを見直していた。我ながらめでたい頭だ。


『ただ、わからない。ヴェラオの殺害と失踪はあの黒竜の可能性が高いが、奴は否定も肯定もしなかった。背景に組織的な集団があるのかどうか。それに俺達に何故止めを刺さなかったのか』

『ディアヌの気配は突然現れたよ?ディアヌが転移させてくれたんじゃ?』

『ディアヌに我ら全員を転移する程の力はない。となると転移は奴の仕業だろう――狙いはなんだ』


フォルクマールが酒を口に運んだ。ゴクリと動く喉仏が鮮明に見えた。


『――帰国して、これからどうするの?』

『黒竜対策を整えるまでヴェラオの箱庭への通行を一時的に止めようと進言するつもりなのだが、な』


フォルクマールの口は重い。

箱庭の資源に人間は頼っていると聞いた。国の経済も人心も荒れるだろう。簡単にはいかないのが私にだってわかる。


『じゃ、もし――もしまた黒竜を討伐するって結論が出たらフォルクマールはまた箱庭に?』

『恐らくは。これでも将軍だからな』


彼は当然のように言う。嗤う黒竜と傷ついた彼の姿が頭から離れなくて、私はササ酒を一気に呷った。


『――私も行く。黒竜の元へ行くのならその時は私も連れて行って』

『……駄目だ、来るな。お前が関わることはなかろう』

『箱庭で起きてることだもの。私にも関係あるじゃない。それに……私あの竜と話してみたい』


多分、あの竜を抑えることが出来るのは私だけ。

何の感情も読み取れない濁った目が怖かった。

だけど『よくも』と絞り出した声は、ほんの僅かに悲しみを纏ってる気がした。だから。


『自分でもわからないけど……そうしなきゃ駄目な気がする。そもそも戦わず話し合いが出来るならその方が良くない?』

『俺は反対だ。黒竜は危険だ。お前に何かあれば神が黙っているとも思えない』

『タマは不在だもん。コッソリ行けばバレないよ、きっと。私、これ以上誰にも傷ついて欲しくない。何かあってもタマに文句は言わせないから連れて行って?』

『気持ちはありがたいが、出来る事ならお前の存在はこれ以上ヴェラオにも他国にも知られたくない。お前の力を利用しようと企む者が現れるかもしれないからな。神や友人達が付いている限りお前が利用される事態にはならないと思うが、態々争いの火種を持ち込むことはない。今なら――黒竜の存在がある今ならお前が存在するという情報を伏せることも可能なのだ。言おうと思ってずっと考えていた。人がここまで来ないよう手配をすれば、お前はここで争うことなく静かに暮らせ――――』

『こんなに巻き込まれてて、何もなかった振りして暮らせって?出来るわけないじゃん、馬鹿。大体もし討伐する事になって、フォルクマール達が全滅でもしたら黒竜野放しよ?黒竜がどうしたいのかわからないけど、好き勝手されたら人間だけじゃなく箱庭の私達にも火の粉かかるんじゃないの?』

『……まぁな』

『まぁな、じゃないわよ。結局巻き込まれるなら早くても遅くても一緒!なら、今私と協力した方が条件良いと思うんだけど?』


フォルクマールは苦虫を噛み潰したような顔をした。

なんでそんな顔するの?気に食わない。目の前で線を引かれて、私を切り捨てようとする態度が。

すぐに捨てられるほど私は無価値なの?

二度と関わりたくないってこと?

そう思ったら怒りと悲しみで目の前が燃えた。


『確かに私は面倒な立場だけど、一応力はあるよ?利用できるものは利用すれば?何も全部に首を突っ込ませろって言ってない。裏に人間がいるならそっちは任せるし。だけど相手が竜なら……。手を出されたくないなら皆を守ることに専念する。自分も怪我しないように気をつける。それでも駄目なの?』

『――駄目だ』

『どうして?!皆をわざと危険に晒す事ないでしょ?!』

『そうだな、帝国の将軍、王子としては間違っているだろうな。だが、駄目だ。そういう問題ではないのだ』

『じゃどういう問題よ!』


頑ななフォルクマールに感情が抑えられなくて涙が溢れた。


『みんなを守りたいだけなのに。それさえも駄目だって言うの?余計な真似するなってこと?』


ボロボロ流れる涙に彼は『おいっ!』と慌てるが、ただもう腹立たしくて悲しくて苦しくて、心の中がグチャグチャで私は泣きじゃくった。

その姿を見てフォルクマールは深いため息をついた。


『……すまない。お前を傷付ける気も苦しめる気もなかった。……どうも酔いが回ったようだ。考えておくからこの話はここまでにしよう』

『誤魔化さないでよ!私の存在が迷惑なら迷惑だって言えばいいじゃん!』

『そうではない――――――らだ』

『何よっ?ハッキリ言いなさいよっ!』

『~~~~だから、俺にはそれ位しかお前にしてやれることがないだろう?!』


ヤケクソのような怒鳴り声に驚く。私を見ないようにしてフォルクマールは頭をガシガシと掻いた。


『悪い――俺の個人的な我侭だ。俺達と関わればお前はいずれ人の世の醜い争いに巻き込まれる。お前がどう思っていようと、お前は神に近い存在だ。人の欲で汚したくない。それにお前には負い目も返しきれない恩もある。俺の力でお前を守ってやりたいと思うのは傲慢か?』

『いや……、傲慢じゃないけど……。それであんなに駄目って言ったの?』

『お前が強いのはわかってる。だが、お前の望みは平穏な生活だろう?例え俺の力が及ばなくても、やるだけやってみようと思った。お前の力になりたかった』

『……変な意地張って死んだらどうするのよ』

『一度死んだようなものだろう?軍人はいつでも死ぬ覚悟が出来ているものだ。刺し違えてでも奴は止める、とそれは今いい。……理性ではお前の言うことが正しいとわかるのだが、お前には不甲斐ない所しか見せていない……最後ぐらい格好つけたかったんだ……』


呆然とらしくないと呟けば、そんな事俺が一番わかってる!と吼えられた。

クソッとフォルクマールは頭を抱えてしまったが髪の隙間から見える耳は死ぬほど赤い。

なんだ、この人は。

物凄く大人だと思ってたのに、こんな風に拗ねるなんて。口の端がフニョっと緩んだ。


『……あは。あはははっ!フォルクマール可愛い!』

『黙れ!笑うな!』

『私みたいな竜に格好つけてどうするのよ、馬鹿じゃないの』

『うるさい!』


呼吸困難になるかと思った。箍が外れたように私の笑いはなかなか止まらない。

完全にフォルクマールはソッポを向いて臍を曲げてしまった。その姿でさえ妙に笑える。

ギリギリと唇を噛み締め鋭く睨まれて、ようやく私は笑いながら息を整えた。


『ひーはー!こんなフォルクマール初めて見たぁぁ~』

『言うな!お前といると調子が狂う!そのせいだ!』


真っ赤な顔で自棄酒を飲もうとしたフォルクマールが『っつ!』と短く呻いた。

見れば唇の端に血が滲んでいる。


『な~んで血が出るまで噛むかなぁぁ……』


呆れた声に返事はない。

とうとう背中を向けて飲み始めた姿に、ムッとしたのが半分、面白がるのが半分だったのだが、頑固に無視を続ける彼を見ているうちに悪戯心がムクムク刺激されてしまった。

ちょいっと指の腹でフォルクマールを後ろに引っくり返す。見事仰向きに転げ『何をする!』と怒るフォルクマールの唇にチョンと唇を合わせた。

目を剥く彼にかまわず傷の部分を念入りに舐める。

治るように強く念じると呆気なく傷は閉じていった。これ本気で便利だよねぇ。

治り具合を左右から確認し『痛い?』と首を傾げて聞くが答えが返ってこない。

ちょっといつまで拗ねてんの!と見ればポカーンと口を半開きにしたままフォルクマールは固まっていた。目の前で手を振っても呆けている。

なので、ついでだと口内にも舌を入れ歯列をペロリとひと舐めしたらそこでようやく正気に戻って悲鳴をあげた。乙女か己は。


『ふふふ~!ドッキリした?』

『お、お前は!』

『傷治したのよぉ?何か文句でも?』


グッと詰まったフォルクマールにしてやったりと満足してたら、急に頭の芯がグラグラし出した。

あれ~~?なんかフォルクマールがいっぱい居て拳を振り上げて怒ってるんだけど。

オーエス、オーエスと手が上がったり下がったりする回数を数えながら、分身の術かぁ、異世界は何でもありだなぁ、って思ってるうちに欠伸が出た。ぐぅ、眠い……。

『ま~いいか~。みんなぁ、寝ましょぉ~』といっぱい居るフォルクマールをそっと掻き集め、私は幸せな気分で眠りについたのだった。



**********



「クシュンッ」


肌寒さを感じて私は傍にある温もりに擦り寄った。

身じろぎにサラサラとした感触が肌を撫で、ついでグッと背中を抱き寄せられる。

あ~~ぬくい。背中に回った手が労わるように肌を這うのがマッサージみたいで気持ち良い。

瞼に朝の日差しを感じるが、まだまだ私は眠いのだ。

更に睡眠をむさぼろうとフワフワと意識が沈んでいく途中で、寄り添っていた温もりがビクリと微かに跳ね、私の意識は浮上させられた。


「んむ~~」


顔をしかめて唸り、離れようとする温もりを手繰り寄せる。

だが、今度は肩を掴まれ剥がされてしまい「起きろ」と硬い声がすぐ近くで聞こえた。

声の険しさに仕方なくゆるりと目を開けると、フォルクマールの強張った顔の前に眩しい白銀の糸がバサバサと垂れ下がっていた。


「……なんで糸がこんな所にあるの?」


取り除けようと摘もうとして私は思った通りに動きにくい手足に気づいた。

目の前を掠めるのは白い肌に桜色の爪。

視覚を脳回路が受け取った瞬間、私はカッと目を見開き飛び起きた。否、飛び起きようとして無様に転げた。


「な、な、なっ!!」


声が出ない驚きとはこの事だ。転げたまま力が上手く入らない四肢に鞭打ち震える腕を目の前に晒す。

ゆっくりグーパーするのは紛れもなく人の腕。

こうしてはいられない!

立てない私はズルズルと体を引き摺るように土を掻いて進む。

目の前に垂れ下がってた白銀の糸はどうやら髪の毛だったらしい。体の下になり枝に絡まり頭皮が痛いしブチブチ切れる。

必死にもがいて湖畔へたどり着くと私は身を乗り出して水面を見た。

爛々と光るのは長髪の隙間から一つだけ見える金色の瞳と額に埋まった虹色の石。色彩は180度違うのに面影が、ある。

ギュっと脇の木に捕まって震える足を叱咤しながら立ち上がった。水面からは一瞬たりとも目が離せない。


映るのは足首まで白銀の髪に覆われた自分。


背を幹に預け、そっと体を隠す髪の毛をずらす。

身長は変わってないようだ。随分スリムになっているけれどそれは天然ダイエット生活の所為だろう。

お椀型の胸を持ち上げるとすべすべで心地よい重量感。減ってなくて良かった。

手を体のラインに沿って下ろしてゆく。

文庫本サイズで摘めたお腹は今は摘んでも肉肉しくない。クビレが愛しくて何度も手の平を上下させた。

下半身にあった肉もどこかへ消えたらしい。この滑らかな脚線美はどうだっ!無駄毛の一本も見当たらないぞっ!

見て触れて確認して私は顔にかかった髪の毛を全部後ろへ流した。

白銀の髪と金色の双眸と石は見慣れないけど、それ以外は”自分”だ。


力が抜け地に膝をつく。肩が知らずに震えた。


「ふっ……ふふっ……」


私は両手を高々と頭上に上げると天を仰いだ。


「ざまあみろ、タマめ――!戻った――――!」



この時点でフォルクマールの存在は私の中から綺麗さっぱり忘れ去られていた。

乙女としてあるまじき姿に彼は一体何を思っただろうか。

後に快哉を叫ぶ私のポーズが某映画の名シーンであることに気づいて赤面した。

しかし残念なことに湖畔まで片目で這って行った姿が某ホラー映画を再現していたことに終生気づくことはなかった。




 <ドラゴンメイド>第1章  了

これにて第1章終了です。

長いお話にお付き合い下さいましてありがとうございました。

第2章にもお付き合いいただけますと嬉しいです。


ササ酒のモデルはタンザニアの「ウランジ」というお酒がモデルです。

竹の子断面から染み出る樹液を発酵させたもので、本当にカルピスに似た甘さで炭酸が含まれているようです。ああ、飲んでみたい。

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