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第25話

高い所から落ちるような感覚に、ビクンと体が揺れた。

戻って、きたの?

見慣れた寝床で私はフォルクマールの腕に触れていた。傍でシークエンタとペーター、3人の兵士さんが心配そうな顔で私を覗き込んでいる。

フォルクマールの愛剣ディアヌは刀身の輝きを失い、力尽きたように沈黙していた。

彼に触れている手は確かに虹色の私の手。まだドキドキする心臓を宥めながらフウと息を吐く。私はぷるると全身を震わせて強張った筋肉をほぐした。イテテ。


「我らが起きた時には、このように神竜様が微動だにせず立っておられまして。呼びかけに気づかれないご様子でしたので心配いたしました」


背筋を伸ばし私への礼節を保ちながら、真剣に見つめてくるシークエンタ。きっと何度も呼んでくれたのだろう。

まだ起き上がれないセウとナーダも寝床からこちらを見つめていた。

心配してくれたんだろうか?心配してくれたんだと思っちゃうよ?

昨日までの余所余所しさが今はセウ達から感じられず私は嬉しくなってしまう。

シークエンタに向かって笑いながら頷くと、クルルと喉を鳴らして彼の頭に額を擦りつけた。途端にビクリと固まるシークエンタ。


「神竜様、私にそのようなことはしなくて良いとお教えした筈です」


憮然とするシークエンタに、私はつい笑ってしまった。その光景にセウ達が驚く。


「シークエンタ殿、随分神竜様に懐かれているのだな」

「神竜様ってオヤジ趣味だとか?」


懐くとかボソッとつぶやかれたオヤジ趣味だとかの発言に「セウ殿、ナーダ殿!不敬ですぞ!」と怒るシークエンタは無視して、私はペーターに向き直った。


『――もう大丈夫みたい。ごめんね心配かけて。ちょっと夢を見ちゃったの』

『夢でございますか?』

『うん、白昼夢みたいな感じ。時々あるのよ』


私は何か言いたげなペーターから視線を逸らすとフォルクマールに向き直った。

真実を――彼らの見た地獄を夢で覗いた事を話すつもりはない。知れば彼らは私に気を使うから。

フォルクマールは今、静かに眠っていた。額の汗がひかない彼は見た事のない男みたいに見えた。

本当は私の中はまだ大混乱だ。

あの状況でここにいる皆が生き残ったのは奇跡だ。

目を閉じれば暗い瞼の裏に朱が散る。それは名も知らぬ兵士だったり、知った人物だったり……。

込み上げてくる吐き気を無理やり飲み下す。作り物でしか見たことのなかった激しい戦闘も、人の死も、禍々しい黒い竜のことも整理なんて付く訳ないけど。


そーっと体重をかけないよう胸に頭を乗せたら、トク・トク・トクってちょっと速いフォルクマールの鼓動が聞こえた。大丈夫だ、フォルクマールは生きてる。ちゃんと温かい。早く、声が聞きたい。瞳を合わせて笑って欲しい。

感傷的な私の様子をいつの間にか皆が見ていたようだ。沈む空気が流れた。

我に返って慌てて頭を戻し、セウ達を振り返る。


『さぁ、朝御飯にしよう!食べたい物はある?食べれそうな人はケールと、あとリリスの汁も栄養があるんだって!』


明るく声をかけたのだが、わざとらしかったかなぁ。

ペーターが苦しそうにうな垂れ「申し訳ありません……」と拳を握ってる姿が目にとまった。ふと思う。


『ねぇ、ペーター。そういえばペーターって神官だから回復魔法とか使えるよね?』


夢で彼は私の知らない魔法を使っていた。


『えっと、オーガスタですけど使えます。今は魔力の切れた役立たずですが』

『水精霊に傷は治してもらったの。だけどフォルクマールまだ目覚めないの。どうしたらいいかな?』

『そうですね。神聖魔法ならあるいはお起こしすることが出来るかもしれませんが……。フォルクマール様が心配です。一刻も早く魔力を回復せねば……』

『神聖魔法?』

『ええ、私の使ってる魔法がそうです。精霊魔法は精霊の力を借りますよね?神聖魔法はルース様の力を借りるというのが一番近い表現でしょうか。ルース神の癒しの力ならフォルクマール様の深く沈んだ意識にも触れることが可能だと思います』

『それって私にも使える?』


律儀に答えるペーターの言葉を1つ1つ考えながら私は聞いた。

ペーターはしばし考え込んだ後、私の欲しい答えをくれた。


『我々は信仰の力によって神の力をお借りしています。神竜様は神に近い存在ですから可能性はあると思います』


今度は私が考え込んだ。信仰の力、ね。

ルース神は正直良くわからない。タマは腹が立つけど信じてる。でも今は頼りたくない気分だ。私の実家は浄土真宗だけどお釈迦様をめちゃめちゃ信じてる訳でもないし地球の神の力が借りられるかもわからない。

うーんうーんと首を傾げて唸って、そして。

わかんね、と匙を投げた。

そもそも私の存在は人間だけど異世界人で神子で竜で神竜でと、全てがあやふやなのだ。

こっちの人間と同じ方法で神聖魔法とやらが使えるかどうかもあやふや。ならば。


『考えるより動けってね』


『どちらへ?』というペーターにおざなりに答え、私は開けた空間まで移動すると、目を閉じた。

心を落ち着かせ、聴力をシャットダウン。自分自身の内に意識を向ける。

ザーッザザーッと寄せては返す音がする。波のように血潮と共に全身に流れる魔力と神気はちゃんと私の中に存在している。

思えばあまり意識して魔法を使ったことが無かったなぁ。意識を向ければ精霊達は私の思う通りに力を貸してくれたし。誰かの力を借りなくてもここに結構な量の力があるんだから、これをそのまんま回復魔法に変換して使えばいいんだよきっと。

なんかある筈なんだ、発動のkeyが。タマなんて呪文唱えてるとこ見たことないしさ。

そこでハタと思い出す。以前痛む喉をタマが治してくれたよね?手を当ててホイっと。記憶は『命じろ』という奴の鮮明な声を届けてくれる。

信仰の力……信じる力。意思の力が重要なの?


ガリリ。


指先の皮膚を思い切り齧ると、鮮血が流れ出した。

シークエンタもペーターもそれを見て何か叫んでるようだ。ペーターは驚いた顔、シークエンタは赤鬼みたい。

聴力をシャットダウンしといて良かったと心から思った。


**********


はあぁぁぁ。数回練習しただけで異様に疲れた。

自傷行為を繰り返すような練習方法は2度と御免だ。苦痛なんかより気分的にものすごく疲れるし凹む。

念のため毒や麻痺などの状態異常にも魔法が効く事を確認したのがダメ押しになったらしい。ペーターは震えながら泣きそうにしてるし、セウ達は揃ってドン引きだし、さっきチラリと青筋の見えたシークエンタは怖くて見れない。


仕方ないじゃん。ぶっつけ本番じゃ失敗したときが怖すぎる。彼らまだ体力戻ってないんだしさ。

一応1回目の彼らの反応で2回目の練習からは見えないよう結界を張ったんだけど、手伝ってもらったオリちゃんがわざとらしく泣きながら怪しい物体を持って結界内を出入りしたため状況は筒抜けだったらしい。

『私は嫌だって言ったのにマツリが自分を大事にしないのが悪いんでしょ!』と手伝いを強制した恨みもあってオリちゃんが吼えまくる。

わかってます。もう2度としないから見逃してください。土下座の勢いでオリちゃんに謝り倒し……ようやくため息を吐いたオリちゃんが『で、コツは掴めた?』と言うのに私は笑って胸を張った。


オリちゃんと別れ結界の外へ出てからも一悶着があったのだが、私は『全部後でっ!』とフォルクマールの元へ逃げた。

皆の小言を目線で止め、フォルクマールの額に指を乗せる。

ひとつ深呼吸。

フォルクマールがこのまま衰弱するのも死ぬのも私は認めない。ここには今タマもいないしルース神もどこにいるのかわからない。

だけど私が絶対に助ける。

フォルクマールのようにシャンと背筋を伸ばす。指先を通して私の意思がフォルクマールに流れ込んでいった。

癒しの波動が活動を低下させていたフォルクマールの細胞一つ一つに行き渡り、歯車が噛み合ったかのようにゆっくりと、徐々に勢いを増し新たな命を紡ぎだす様を私は指先から感じ取っていた。


『目を開けて、フォルクマール』


応じるように瞼が振るえ、久しぶりに見えた夜空色の瞳。

少しづつ夜空がハッキリとした意思を纏っていく様子に歓喜した。


『おかえり』


声は震えていなかったかな?

固唾を呑んで見守っていたみんなから歓声があがった。自分の名を呼ぶ大きな声にフォルクマールは瞬きすると怪訝そうな表情になった。


「ここは……」

「戻れたのです!ご無事でフォルクマール様っ!」

「死んだ……のでは、な、かったのか……」

「我々は荒野に倒れていたそうです。神竜様が我らをお助けくださいました!」


感極まったペーターが男泣きに泣く。シークエンタも唇を震わせながらそっと礼を取る。セウ達が、生き残った全員が弱った体を引き摺ってフォルクマールに片膝を付いた。

フォルクマールは体を起こそうとしたのだが、その腕は寝床の上を滑るだけ。思うように動かない体に顔をしかめ、四肢の動きを確認しだした。


『体は回復させたんだけど飢えによるエネルギー不足はどうにもならないの。しばらく体に違和感があると思う』


私は白湯を持ってくるとシークエンタに渡した。心得たような彼がフォルクマールに飲ませてくれる。

ゆっくりと一口づつ嚥下する彼の姿に、一同揃って安堵の息を吐く。もう大丈夫だ。


『具合はどう?』

『変な感じだ。苦痛はなく意識もハッキリしているのに体が重い』

『私が発見してから3日経ってるの。あなた達の姿が見えなくなってからは13日目になるよ』


その日数に彼は目を丸くした。


『そんなに経っていたのか……』

『ん。もうちょっとお水飲む?果汁は飲めそう?』


フォルクマールは少し考え『あればケールかマンバの果汁をくれ』と言った。

言い方が彼らしくて私は笑う。

シークエンタやペーターがその言葉に動き出した。用意しに行ったのだろう。


『マンバはわからないけどケールは山のようにあるよ。回復する気満々だね?』

『当たり前だろう。ここで寝込んでいる暇はない』


起き上がれないほどやつれていても彼の瞳は意思を宿し力強かった。先程の涙なんて見間違えかと思わされる。

いつの間にか彼を凝視していたらしい。

『何かついているのか?』と頬を撫で、さりげなく目元を擦る自然な仕草に私は気づかない振りをした。彼はずっとこんな風に生きてきたんだ。


『またお前に助けられたか……。礼を言う』

『――私は何も出来なかったよ?』


本心だった。

私がした事といえばこの森を見ればわかる。


『何かあったのか?』


聡いフォルクマールは私の視線を追って気づいただろうに直接問うことはしなかった。

その心遣いが嬉しくて私は微笑んだ。


『うん。私は馬鹿だって気づいただけよ』

『何だ、それは』

『いいの、私がわかっていれば』

『意味がわからん』


フォルクマールは顔をしかめたがそれ以上聞いてこなかった。


『色々聞きたいとは思うけど、みんなの朝御飯もまだなの。話は後にしない?』


私の提案にフォルクマールは『皆を頼む』と頷いた。

踵を返した私の背にフォルクマールの聞こえないほどの小さな声が聞こえた。


『それでも意識の無い俺を、部下達をここまで世話してくれたのはお前だ。俺の感謝は変わらない。それに――』


振り返って見たフォルクマールは悲しげに笑んでいた。


『俺も馬鹿だ』


重い一言に、グッと奥歯をかみ締め零れそうになる涙を堪えた。ゆっくり5まで数えてから私も笑う。


『知ってる。フォルクマールみたいな格好付けのお人よしバカ、私初めて見たよ』

『お人よしバカ……』


面と向かって悪口なんぞ言われた事がないんだろう。

キョトンとした顔をしていたフォルクマールだったが、次には片手で顔を覆って笑い出した。


『お前、神竜の癖に口が悪すぎではないか?』

『遠慮はやめたの。タマもあんなんだし』

『だが、お前まだ若いのだろう?発情期が来た時にそれでは貰い手がいないぞ?』

『あ、あ……!』


は、は発情期いぃぃ?!

彼の口から出た下世話な言葉に愕然としてしまったが、彼の表情は平然としており生物学的な意味合いで使ったことが窺えた。

あるかボケ!と返そうと思ったのだが、半分は竜なのだ。そんな恐ろしい時期がもしや――という衝撃の事実に私は言葉を失った。

どうしよう?!猫の発情期みたいに「グルウウウアアルル~~~」とか鳴きまくらなきゃならないの?!雄を捜し求めてフラフラしてラジェスとか目に付く男押し倒したり?!

赤くなったり青くなったりする私に、フォルクマールがまた噴出した。


『冗談だ。真に受けるな』

『冗談ーー?!』


冗談じゃないよっ!こっちは死活問題だ。ラジェスに聞いて早急に対策を練らねば!


『冗談は格好だけにしろ!』


格好?と訝しむフォルクマールが自分の姿に怒鳴り出すまで後3秒。

私は『さ、ご飯ご飯』と呟きながらさっさと戦線を離脱し、後のことはいそいそとジュースを運ぶペーターとシークエンタに任せた。

迷わず逝けよ、と心の中で2人に合掌してたら「神竜様」と別のところから声がかかる。

柔らかい顔をしたセウと安堵顔のナーダが私に礼をとっていた。


「神竜様、心より感謝いたします。フォルクマール様を目覚めさせていただいたことも、また我々の命をお救いいただいたこともどれだけ感謝しても足りません。あの方があのように笑う姿は久しぶりに見ました――」


セウが震える低音の美声で続きを述べようとするのを遮って、彼の頭に指を添えた。


『礼は要らないし、まだ早いわよ』


言葉が通じないからビックリしたんだと思う。私の指から温かいものが流れ、セウを中心に広がっていく。

突き詰めれば私の望みはシンプルなんだ。悲劇は2度と見たくない。

ここに生きるもの全てが健やかにあることを。

何かを救うそのための力をタマがくれたのなら悪くない。

柔らかく草が伸び、歓喜して花々が咲き乱れ、光を受けとめるように木々の葉がみるみる茂る。

私の呼びかけに世界が答えてくれたかのような感覚に私は自然と喉を逸らし旋律を紡ぎだした。

途切れることのない旋律が波紋のように広がっていく。

抑揚に合わせて精霊が舞う。鳥や動物達が歌い、魔物は地に伏せ目を閉じた。

聴いたことのないそれが大地と生命を称える歌であることを私は理解した。胸の中で何かが動く音がする。

最後の低音が響き澄んだ空気に目を開ければ、精霊魔法とは桁違いの効果で私自身が驚いた。



「――信じられない」


夢から覚めたようなナーダの呟きが静かに消えていった。

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