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第24話

※残酷な表現が入ります。

私の寝床には、まだ葉の侘しい木々の隙間から明るい日差しがたっぷり差し込む。

寝ぼけ眼でそちらを見る。うーむ、なんか姫っぽいぞ、フォルクマール。

彼の白金の髪はその日差しに負けないくらいキラキラと輝いていた。眠ってるだけだというのに、存在自体が派手派手しい。

見た目モロ王子のくせにシチュエーション的には眠りの森の美女がピッタリ。口付けしたら起きたりして。しないけど。

そう徒然と考えながらうな垂れる。

夜が明けたばかりの今は鳥の声や風の音、セウ達の寝息しか聞こえない。静かなもんだ。

――今日も意識戻らないのかな?

私はトボトボと彼の元へ向かった。

あれから3日経っても彼は目覚めない。誰よりも重体だった彼は誰よりも衰弱していた。



彼の部下達の中では最後にセウが目覚めた。その前にはペーターとナーダも目覚めている。

彼らはシークエンタと同じく目の前の状況に混乱した後フォルクマールの安否、仲間の安否を気遣った。ここへ戻ってきた12人全員が、だ。目覚めてすぐ、満足に動けない自分の体を引き摺ってフォルクマールの元へ向かおうとする彼らを、シークエンタと一緒に何度も止める羽目になった。

フォルクマール達は余程強い絆で結ばれているのだろう。羨ましいほど彼は部下達に思われている。

だが、水色の髪のカトルゼは彼らの中には居なかった。気づいてはいたが、誰にも聞けない。聞いちゃいけないような気がしたから。

皆外傷は癒えても、中身は蓄積した疲労や飢えや見えない傷がいっぱいでボロボロだった。私にどこか距離を置いて余所余所しいし、フォルクマールの容態にイライラしてるし、一人で考え込んでいることが多い。

私に対する態度は別にいいんだ。だけど、壊れそうなほど打ちひしがれている彼らを見守っているのが辛い。ガタイのいい強そうな男たちが揃って背中丸めてるんだよ?こっちまで切なくなるって。

よし、言うだけはタダだ。

死ね。寝すぎて禿げろ。3段腹になってベルトの上に肉が乗る恐怖を知れ。

タマに呪いの言葉を吐きながら私は手を動かした。

彼らの力になりたかった。治療が済んだ彼らに必要なのは栄養と安静だという信念のもと、私はせっせと料理に励むことにしたんだ。

ケールの実とリンゴ味の実を使ってミックスジャムを作ったり、桃もどきを摩り下ろしてレモン風の汁と蜜のシロップをかけて渡したり。もっと胃の弱ってる人にはケール果汁を白湯で薄めて渡したりね。

とにかく少しづつでも食べて休んで回復してもらわねば。

がんばった甲斐があったのか元々体育会系で体力があるのか彼らの顔色は昨日より今日の方が良い。明日からは固形物を食べてみてもらおう。


フォルクマールも少しだけ顔に赤みが戻ってきた。

意識のない彼には少量の白湯や果汁くらいしか飲ませることが出来なかった。

と言っても直接世話してくれたのはシークエンタよ?彼が一番動けるからね。

シークエンタは目覚めた翌日から私の手伝いをしてくれるようになった。時々ふらつく彼を動かすのは少しだけ気が引けたけれど、文字通り人の手が欲しかったから私は快く了解した。

言葉は通じないというのに、料理が出来上がればサッと皆の分の器を差し出すし、汗を拭いてあげようと布を探せば水と一緒に持ってくる。

察しよく動く彼に私は舌を巻いた。いや、第一は伊達じゃない。随分と出来た人だよこの人。

歩けるようになって一番にフォルクマールの様子を見た彼は”王子へそ出しルック”に頬を引き攣らせていたけれど、さすがに魔法で着替えは出せないらしい。

ペーターに聞けば天幕に少し着替えが置いてあるそうだ。身一つで転移させられたらしいから、探せば残っている筈。今度ラジェス達と一緒に天幕ごと持ってこよう。動物達に荒らされていないといいな。


今日の予定を組み立てながらセウ達の寝床を縫ってフォルクマールの元へと歩く。踏んだりぶつかるようなヘマはしない。

もういい加減目覚めてくれないと体力が……。

そう思って彼の顔を覗き込んで私は驚いた。フォルクマールは脂汗を流しながら、苦悶の表情を浮かべていたのだ。

うあ、私の馬鹿っ!考え事に夢中になってこんな状態に気づかないなんてっ!


『フォルクマール!具合が悪いの?!』


体を揺らしてもやはり彼の目は開かない。奥歯を食いしばり身を硬くして魘されている。

慌てて水の精霊魔法を唱えてみるが、フォルクマールの身の内には回復魔法を受けとめる要因が見つからない。新たな病にかかった訳ではないらしいと安堵しながらも、大量の脂汗を浮かべる彼の姿はどう見ても尋常ではない。

どうしたものかとオロオロしていたら、彼の唇がかすかに言葉を紡いだ。オレノセイダ、と。

彼の長い睫毛が揺れ、閉じられた瞼から一筋涙が零れ落ちていった。

フォルクマール……。彼らの過酷な日々はきっとフォルクマールの心を大きく傷付けただろう。

悪い夢を見てるの?後悔してるの?

タマ、恨むからね。どうにも出来ない私の心がシクシク痛む。

彼の涙をソッと拭ったがそれが悪かったようだ。彼はビクリと体を仰け反らせると何かを払うように力無く腕を振り回す。彼の手の先には鞘が見当たらず抜き身のまま騒いでいる彼の愛剣が。


『危なっ……!』


彼の予想外の動きに咄嗟に剣の柄を避けようとして指を伸ばす。

だが少し遅かった。剣の上を掠る彼の腕の皮一枚がチリリと切れてしまう。

プクリと浮かぶ赤い色に目を奪われながら、気づいた時には私の指と彼の腕、彼の剣の柄が触れ合っていた。




そして私の視界はブレる。


************


ピチョンと水滴の音がした。四方を氷で覆われた岩壁に囲まれた広い空間だ。天井の一角に10cm程の丸い穴が開いており、差し込む僅かな太陽の光が周りの氷に反射して仄かに広間を明るくしていた。

薄暗い中、最初に見えたのは黒い山のような輪郭。

なんだろうこれ。目をパチパチさせても視界は黒い。

と、山が動いた。正確に言うと山が嗤った。黒い山の一部が裂け、何本もの白く長い牙が見えた。ゆっくりと2つの赤紫色の目が開く。禍々しいほどに美しく大きい。


「黒、竜……」


誰かの呆然とした声が聞こえた。

ハッとして辺りを見回すと後ろには大量の人間達。あ、ナーダ見つけた。

では、これは彼の部隊なのだろう。フォルクマールは?!左右を見ても彼の姿だけがない。


「皆、構えろ」


あろうことか求めていたフォルクマールの声は私自身から聞こえた。見下ろせば私の手にはあの嫌な剣が握られており……って何これ。


『どういうことっ?』


つい叫んでしまったが、その声に反応する者は誰もいない。

フォルクマールが淡々と皆に指示を送っている声はこんなに近くで響いてるのに。

この場合、私=フォルクマールというより私がフォルクマールにとり憑いてるってのが正解かも。何だよ今度は竜から霊かよ!と一瞬呆然とするが、状況を冷静に判断すればこれはシークエンタに聞いた黒竜との遭遇場面ではなかろうか?あそこでシークエンタが杖構えてるし。

ならこれはフォルクマールの記憶、もしくは夢の中なのかもしれない。フォルクマールとは剣を通じて以前も同じ記憶を共有したことがあった。今回もそうなのだろう。直前の状況を思い出して私は一人納得する。

だが、そんな事をのん気に考えている場合ではない。


動いたのは黒竜が先だ。

シュン。そんな風を切るような音がして、右側にいた人間が10人ほど空を飛んだ。壁に激突する音が生々しい。

間髪入れず左側の兵士達が切りかかるが竜の鋭い左手で薙ぎ払われ赤が飛ぶ。

私は小さく悲鳴をあげると身をすくめた。


「シークエンタ、オーガスタ!防御を!ドラゴンアームズを持ってない者は陽動と防御に回れ!魔法が使えるものは補助を中心に!洞窟を崩すな!」


皆、疲労の色が隠せないのに強大な敵に向かっていく。

フォルクマール達は良く戦っていた。黒竜の攻撃を普通の武器の者数人がかりで止め、ドラゴンアームズを持った者が太刀を浴びせる。術師達もサポートに徹し、大きな呪文は使わなくても小さな呪文で竜の気を逸らしたり仲間の負傷に気を配っていた。誰一人逃げる者はいず、自分が出来る事を確実にこなしている。

だけど、アレは違う。アレは最初から今もずっと嗤ってるんだ。ドラゴンアームズでさえ黒竜には浅い傷しか残せていない。駄目だ、逃げてよみんな!

もう過ぎてしまった時間の事であっても、私は声をあげずにはいられなかった。だけど……。

黒竜が興ざめしたように尾を大きく振る。


空気が変わった。


気づいたときには竜の足元に赤が散らされていた。フォルクマールが息を飲む。鎧や守りの魔法など何の役にも立たない。

口を歪め牙を見せつけながら自分の足元に爪を立て貼り付けにした命をゆっくり1つの爪で裂いていく。そうして取り出した痙攣する拳大の器官を爪で貫くと無造作に壁に投げつけた。

ナーダの指示が飛び兵士達が怒声をあげて向かっていくが、黒竜は次の獲物、次の獲物とたった1本の爪で遊ぶように命を奪っていった。奪われた者は惨たらしく踏みにじられ弄ばれる。

フォルクマールが剣の柄をギュッと強く握り締めた。


「なんという……」

「セウ、奴かもしれない」

「フォルクマール様?」

「奴がケインを殺した」


言うと同時に「お待ちを!」というセウの言葉を無視してフォルクマールが駆け出す。後ろから「ああ"~もうっ!」とセウの駆けてくる足音がした。ちょっ待っー!

フォルクマールは尾で払われて人垣が切れた隙間へ飛び込むと、黒竜の翼の付け根目がけて剣を振り下ろした。相変わらず速い。

なのに振り向いた赤紫色とまともに目が合ってしまう。濁った眼球が震えるほど怖い。ヤダ。やっぱりこれは普通と違う。

ガギンという音が響き竜の中指と薬指の爪がボトリと根元から折れた。『ほう』という声が聞こえた気がしたが、次の瞬間横なぎに胴を払われ吹き飛ばされるフォルクマールに私も一緒になって悲鳴をあげた。

ゴロゴロ転がったフォルクマールがすぐに体勢を整えるとセウが彼の変わりに黒竜の爪を弾いた所だった。


「お怪我は?!」

「大丈夫だ、すまん!」


声をかけながら今度は2人で向かっていく。

なるほどセウも強い。フォルクマールの速く力強い剣とは違う流れるような剣さばき。

徐々に黒竜にも傷が増えてきたが2人に出来る傷の方が多いし、味方を庇いながらのジリジリとした戦いだ。おまけに攻撃を受けるたび2人を包んでいた風の精霊魔法の防御効果が薄くなる。

ふとフォルクマールが視線を左右へ向けた。

右手ではペーターが私の知らない呪文を唱えながら負傷者に後退の指示を出していた。

そして左手ではひどい顔色のシークエンタが今にも倒れそうになりながら両手を上に掲げ目を閉じて呪文を紡いでいた。

シークエンタは皆を守るため魔力を放出してきたが、もう限界が近いんだ。

黒竜がフォルクマールの視線の先を見てニヤリと口の端をあげた。


『っ、駄目!フォルクマール!』


この先の展開を知っていながら私はそれを止めることも出来ない。

スローモーションのように夢は進む。

気配に目を開けたシークエンタが眼前に迫る黒竜の爪を見て強張る顔、避けられる筈もなかったのに急に視界を遮るフォルクマールの背中、彼の顔が苦痛に呻く瞬間。

空しく制止の声が洞窟に反響する中、シークエンタを庇ったフォルクマールはわき腹を黒竜に貫かれていた。

黒竜はまるで知っていたかのように機嫌良く鼻を鳴らすと、すぐに爪を捻りながら抜いた。流れ出る血の量の多さが私の心を凍らせる。


「馬鹿な!!」『いやああぁぁーー!』


シークエンタと同時に悲鳴をあげるが、背中からも血を溢れさせるフォルクマールは振り向かない。


「国へと戻る我が兵士達のため、お前は死ぬな」


ああ、この戦いで生き残ったとしても魔力がなければ全滅なのだ。フォルクマールは自分の命を賭けて皆を生かす事を選んだんだね。

その背中は想像した通り凛と伸びていて私の眼からは涙が止まらなくなった。

竜の尾が迫り、オーガスタが弾かれ壁に頭を強打して動かなくなる。返す尾ではシークエンタが地に叩き付けられた。

横に飛び避けたフォルクマールはふらつきながらもそのまま竜の懐に向かっていく。

「ディアヌ、力を」握りなおした彼の愛剣が光り、刀身に氷を纏った。

鋭い爪を避けきれず太腿に大きな裂傷が出来るが、かまわず竜の背を駆け上がり驚く底光りする目に躊躇いなくその刀身を沈ませる。ディアヌが一際眩く光った。

パキパキパキリ。小気味良い音をたてて竜の左目が凍りついていく。

辺りに鋭い竜の咆哮がビリビリと響き、フォルクマールはディアヌと共に振り落とされ地面にたたきつけられた。


「まずい、気をつけろ!」


注意を促す声が聞こえないほどの轟音の中、のた打ち回る竜の体で洞窟が揺れ壁が削られる。

崩落する天井、四肢や尾で弾かれ飛んでくる岩塊に潰される兵士達。

狭い戦場は混乱を極めた。


「フォルクマール様を守れ!」

「ナーダ隊!竜の右手を引きつけろ!」


セウとナーダの大きな声。フォルクマールを守ろうとぶつかる度に命が散っていく。

狭い空間ではお互いに攻めきれない。だが、確実にフォルクマール達は数を減らし追い込まれていった。

出血が多すぎて朦朧とし、セウが支えても立ち上がれないフォルクマールの「ここから逃げろ」という声に誰一人として従わない。


「な、ぜ命令に従わない!」

「自業自得です。国を背負う責のあるあなたが真っ先に犠牲になろうとしておいて、なぜ我々が従う必要があるのですか?」

「少し、でも民、生き残る、策……が俺の役目だろう?セウ……生き残りを連れ、退避、しろ!」

「まったく貴方って人は……。良いですか?『白き風』は貴方の剣で盾でもある。我々にも譲れないものはあるということです。っ、ナーダ!」


セウの絶叫が響いた。

ナーダの胸に大きく朱が散り、黒竜に片足を握りつぶされた彼は天井に叩き付けられた。ボロ布のように落ちてきたナーダはピクリとも動かない。

フォルクマール達と黒竜の間にはもはや立ちあがり阻むだけの力が残っている者は一人もいなかった。

『よくも』低い声で黒竜が唸った。一つだけ残った瞳が射殺すように爛々と光る。『よくも』もう一度黒竜が言った。

守るように前に出たセウの体を、黒竜は拳に剣がめり込むのにも関わらず素早く握りこんだ。セウの悲鳴が響き、骨がミシミシ砕ける音がする。


「セウを!離、せっ!!」


ディアヌを支えに無理やり体を起こしたフォルクマールが荒い息で叫ぶ。


『離してやろうとも』


最後に爪を立てるように握りこんだ黒竜。握った拳の間からポタポタと竜のどす黒い血とセウの赤い血が混ざり合って滴り落ちた。


「やめろ!!セウ!!」

『つまらぬ』


飽きたようにセウの体を放り投げた黒竜は、フォルクマールの目の前で拳の血を舐め始めた。

ガクガクと震える体で彼は剣を構える。目の前のセウはまだかすかに息があるようだ。しかし時間の問題かと思われた。


「お前が、ヴェラオを……」


またグラリとよろめくフォルクマールを舐める手を止め憎憎しげに見下ろす竜。その左目はまだ凍りついたままだ。

もうフォルクマールには戦う力は残っていない。だが彼の瞳だけはまだ戦意を宿していた。


『忌々しいことよ。だがこの目の代償は貰う』


もう嫌だ。皆が死んじゃうよ、やめてやめてやめて!フォルクマールのようにガクガク震える私は黒竜に懇願するが、無意味なことは私が一番知っていた。

そうしてフォルクマールの左肩は血塗られた一本の爪に容赦なく貫かれたのだ。お腹の時と同様にグリッと捻りながら爪を抜く黒竜は楽しそうに嗤っていた。

ただ泣きながら皆の姿を見ていることしか出来なかった私は、フォルクマールの体が崩れると同時に、意識が彼から剥がされていくのを感じていた。


『間に合えばいいな』


何が間に合えばいいと?問う声にやはり答えは無く、クククと嗤う黒竜の声が次第に遠くなっていった。

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