第22.5話 <ある不幸な竜の日々:療養編>
今日でフォルクマール達の姿が見えなくなって1週間が経つ。
私はいつもの寝床でケールを食べていた。
ラジェスにも情報は入ってこず、私自身思った以上に消耗しており、あれからほぼ寝て過ごす羽目になったため彼らの行方は今日になってもわからない。
『箱庭外かもな』とラジェスは言うが、私は何となく彼らがまだ箱庭内に居るような気がしていた。
一度制止を振り切って辺りを捜索してみたが私の優秀な目や耳を使っても彼らの気配は感じ取れなかった。
残った芯も放り込み、私は10個目になるケールの実に手を伸ばす。
捜索した後またぶっ倒れたため、ラジェスだけじゃなくロボ君やオリちゃんにまで安静を言い渡された。
中でも一番怖かったのはイクラちゃん。
『まつり……そ、んなにうご、き、まわりた、いの?』
笑顔の彼女の手に握られているのは私の大嫌いなクモ。次に倒れればこれを食べさせると言うのだ。
余すところなくびっしり毛に覆われたクモはタランチュラに似ているが色は黒にオレンジと黄色の太い縞模様。それバリバリ警戒色だよね?
心臓に効くと言い張るイクラちゃんだが、心臓止まるって意味かなぁ?ねっとりした手から逃れようとウヨウヨ動く8本の毛むくじゃらの足から目が離せない。
私は真っ青になって高速で頭を横に振った。無理!むしろ今すぐ心臓麻痺おこしそうです、先生っ!
『おいし、いのに。ではちゃ、んとあん、せ、いにし、なさい』
空は青く、イクラちゃんは手に握ったクモを口に入れニタアっとした笑みを私に送る。
私はこの時完全に白旗を振った。口から時々はみ出す足もプチプチした音も強烈過ぎます、助けて誰か。
かくして私の滋養強壮強制安静の日々が始まった。
入れ替わり立ち代りお見舞いに来てくれるみんなは体に良いとされる物を毎日手土産に持ってきてくれる。
ラジェス達はケールの実を。
ロボ君は物凄く苦いオオバコのような草を。
オリちゃんは真っ黒いキノコを持ってきたし、他の精霊達も白くて甘い小さな実や、美味しい魚やお肉なんかを持ってきた。
そりゃこの体格ですから、皆さんたくさん持ってきてくれますし基本貰った物はありがたくいただいてます。
しかし。
私は寝床の奥を恐る恐る振り返る。
反比例するように溜まっていくイヤゲ物の山。
白蛇。綱のようなミミズ。腐った匂いのするこげ茶色の貝。汁の滴るグジュグジュの実。カラフルなカビの生えたなんかの肉。バッタ。これ何?という泡だった液体。土の混ざった灰色の粉(骨粉?!)。こっち向いてるなんかの目玉。腹だけ膨れたカエルもどき。
お前ら、これマジで体に良いのか?食べたことあるんかいっ?!って突っ込みどころ満載だ。
引きつった笑顔で受け取りつつ、それらは密かに寝床の奥に穴を掘って埋めた。
匂いがしたら嫌だからその上にはこんもりと土をかけ落ち葉でカモフラージュしてある。
量が量なので最近では古墳っぽくなってきて気分が非常に悪い。
オリちゃんにはモロバレで『マツリも大変よねぇ~』なんて同情されているが、だからと言ってこの生ゴミ(あ。言っちゃった)をどこかへ運び去ってくれるような親切心は持ってないらしく口だけだ。
好意でもらったものなので命令で移動してもらうのも気が引けるしなぁ。
今更寝床を移動し皆に古墳がばれる訳にはいかない。
だがこのような寝床事情では健やかな眠りは訪れる筈もなく、最近の夢見は悪くなる一方だ。
はあぁ……。
強制寝たきり生活で自由になるのはため息くらいだと、本日62回目の息をつく。
それから11個目のケールに手を伸ばした。
こうなれば、早く体調を戻すしか手はないではないか。
確実に効果が見込まれるケールを私は毎日ムシャムシャ食べた。
そうしたら今度は私がケールが好物という噂が流れ、来る人来る人抱えられるだけケールを持参だ。
それがこの目の前にある雪崩を起こしそうなケール山脈。
こんなによく見つけてきたよ、うん……。
ニコニコしながら手渡してくれるみんなは本気で私の体を心配してくれている。
彼らの気持ちに嘘偽りはなく純粋な好意なのだ。
決して『魚や肉も食べたいなぁ~。あ、塩味もつけて!』なんて言えない雰囲気なのだ。
それゆえ今日も私は飽き飽きしたケールを『本当にありがとう』と笑って受け取る。
顔で笑って心で泣いて。
なのにやっぱり心は温かいときたもんだ。
ああ、今日の空も澄み渡るように青い。
ケールが腐ればこっそり埋めよう。
こうなったら治るのが先か前方後円墳が出来るのが先か賭けてみようじゃないか。
賭けに勝ったら今度はみんなに快気祝いを配ればいい。
うん、土産物には土産物。イヤゲ物にはイヤゲ物を。
くすくす。
皆の顔を想像すると楽しくなってきた。
実はみんなに内緒で木の精霊と一緒に植物の成長を促す魔法を1日1回だけ使っている。
今日は水の精霊が湖に小さな命が帰ってきたよと教えてくれた。
フォルクマールやタマが戻ってきたら彼らにも教えてあげよう。
立ち枯れた森に新しい営みが生まれつつある。