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第22話

※4月12日 改稿:内容多少変更してます。

もっと恨み言を言いたかったのだが、私はすぐに諦めた。

嘆きと怨嗟の咆哮が森を揺るがせている。生き物や精霊達とは思えないその異質な声色に私は身震いした。

見える範囲では青々とした木々や草の葉が萎れ、花々は色と香りを失い、いつも清涼な水を湛えていた湖も辺りの空気でさえ澱みを帯びている。

森が、箱庭が悲鳴をあげていた。

陰の気は、そうこうしてる間にも外へ外へと広がっているのだ。

タマにもらった知識が容赦なく現実を私に突きつける。泣くのも悔いるのも後回しだ。

本日2度目の切羽詰った状況だが、今度は私の傍にタマが居ない。私は私の出来る事をしなければならない。


『ラジェス、お願いがあるの』


怪訝な顔で見上げてくるラジェスに私は手を伸ばした。






『で、付き添いか』

『そう。お願いだから絶対離れないでよ』

『ああ……』


深くため息をつき身じろぐラジェスに『動かないで!』と鋭く声をかける私。

私達が今どういう状況かと言うと、私の左腕に彼はピッタリ身を寄せ腕を絡めている。

これで頬を染め「仕方ないわねっ。勘違いしないでよっ?!」なんて口を尖らせて見上げられたものなら、このツンデレ野郎め!なんて悶え苦しむところなのだが、いかんともラジェスの眉間に刻み込まれた深さ3mmはあろうかというシワと見たくなくても見えてしまう状況に萌えさえ全て吹き飛ばされてしまう。


『ラジェス、もうちょっとギュッとして』

『お前いい加減にしろよ』

『そんなこと言ったって。もう、こんな時ぐらい優しくしてっ』

『お前の目は飾りか?』


真面目にやれ、竜だろうがと吐き捨てるラジェスに反論する元気も出ないっす。

お気づきかもしれないが、現在高度100?200?300?M上空である。高さの単位は意識的に考えたくないのだ。勘弁して。

ラジェスがいなければこんな所まで来ることは出来なかっただろう。

必死に羽を動かしながらすくみ上がる全身を宥めて下を覗く。あまりの高さに下っ腹がキュっと縮み、羽も足の力も抜けそうだ。


私達の目の前に広がるのは雄大な箱庭。険しい山脈に取り囲まれた起伏のある緑の大地は夕焼けに照らされ赤く燃える。

こんなに高い所から箱庭を見るのは初めてだ。点在する滝や湖、草原。遠くに見える白いものは雪だろうか?それとも砂?しっかり眺められない自分の体質が残念すぎる。

丸でも勾玉型であっても夕陽は変わらず美しい。後は任せろというように気の早い大きなアゴスも白く空に浮かびあがっていた。

なのに視線を少し下げると真下に広がるのは黒が蠢く森の姿。夜が間近に迫るのを今か今かと待っている。私がいた湖を中心に少しづつ円形に侵食が広がっていくのがここからならよく確認出来た。

自分がやった事とはいえ被害の範囲は想像以上に大きい。重すぎる責任が肩に圧し掛かり私は奥歯を噛み締め羽ばたきに力を込めた。どんな仕組みかわからないが私の6枚の羽はその場で滞空できる。出来る限り足場を安定させながら、私は右手を地に向けた。


『急げ、マツリ』

『うん。いきます』


見つめてくるラジェスに宣言しながら私はまず陽の気で陰の気を囲い込むことから始めた。

手の平から一気に陽の気を放出する。流れ星のような軌跡をひく陽の気が丸く円を描き、そこから袋の口を閉じるように上空へ壁を伸ばしていく。

陰の気は隙間から逃れようと津波のように高く伸び上がった。中には私に向けて長い触手を伸ばすものもあるが、ここまでは届かない。距離をとってて良かったと、その時だけは思えた。

陽の気の結界を閉じたい私と、閉じさせまいとする陰の気が抵抗する。

異形となった者達が動いた。

ある者は陰の気の手足となって陽の気の不可視の壁を壊そうと激突を繰り返す。体表が触れた部分が中和され、損なわれようと彼らの体当たりは止まない。触手のような陰の気も彼らの背中を文字通り押していた。彼らが動きを止めようとその体は触手によって壁に打ち付けられる。

またある者は精霊であった名残なのか、濁った魔力を集めると私に向かって打ち出してくる。魔力は彼らの源ともいえるはず。ゆっくり閉じようとする陽の気に当たって大部分は霧散するが、私の元へ届こうとするものはラジェスが風を操り元の場所へと叩き落してくれた。変質したとはいえ魔力を失い原型を留めなくなった元精霊達は陰の気の一部へ融合してゆく。


私の右手に力が篭った。こんな光景はもう見たくない。

陽の気を一気に放出し力任せに結界を閉じる。そうして結界を小さくしていけば、閉じ込められ逃げ場のない異形の者達も陰の気も中央に凝った。後はカトルゼの時と同じで陰の気を私の中へ戻せばいい。

こんな遠くて大丈夫なの?って思うがタマからもらった知識は”出来る”と言っているから信じるしかない。

私はラジェスに抱きつかせたままの左手も結界へ翳す。

一気に放出したせいで苦しいが、心の中で大きく深呼吸。タマが言うんだ。私は出来る。

陰の気は私の中へ。これ以上森もみんなも傷つけることは許さない。

額の石が熱を持つ。尻尾の炎が一際燃え上がり、羽を大きく広げて私は叫んだ。


『来いっ!』


右手は陽の気を結界に注ぎつつ結界の更なる縮小を。

左手には吸い上げた陰の気を。

私の両手は光の球体に包まれ、夕闇迫る空を明るく染めた。

天と地の間では地上に降り注ぐ煌く白い光と空へ浮かびあがる煌く黒い影とが乱舞している。

その姿はテレビで見た夜の海底で光に群がるプランクトンの集団にとてもよく似ていた。


『――美しいな』


左手に吸い込まれていく影を避けるように私の肩まで這い上がったラジェスがポツリと言った。

必死に地を見つめる私にその言葉はいつまでも残った。

陰の気が消えても一度完全に破壊されたものは戻らない。

萎れた森はいつか再生する。

しかし。

最後の影を吸い込み結界が小さく消えていった後も、あの地上に倒れている動物や魔物達は起き上がらない。精霊達は体から陰の気が失われると、その存在がパチンパチンと泡のように弾けて消えた。

私の守るべき命たち。

空を乱舞した煌きが彼らの命の煌きに思えて、謝る事も出来ない私はただ静かに涙を零した。


*************


静かに泣く私の腕を引きながらラジェスは、地に降り立つ。

私は着地するやいなや、体の力が抜け倒れこんでしまった。


『マツリ!』

『ま、つり……!けが!』


ロボ君やイクラちゃんが駆けて来るのが見える。その後ろは、ああ、知ってる顔がたくさんだ。みんな無事でよかった。

オリちゃんと精霊達もこの非常事態に私を瞬時に取り囲む。


『かなり消耗してるわね』


顔をしかめたオリちゃんが寝やすいよう柔らかい土壌を提供してくれた。

イクラちゃんが、すぐにペトリと私の胸の傷に手を当てる。今回は呪文付きで体力回復もしてくれるようだ。水精霊たちがイクラちゃんに力を貸してくれる。

風精霊は私の体に労わるような心地よい風を送ってくれ、火の精霊はほのかに横たわる土を暖めてくれた。ああ、床暖みたいで気持ち良い。


『みんな、ごめんね?私また迷惑かけちゃった』


ポロン、ポロンと涙が零れ落ちる。泣く資格なんてないのに、バカ。

みんなは黙って私の体を擦ってくれた。暖かい感触に余計涙が溢れる。

あまり泣くなと種族入り混じりで代わる代わる私の涙をぬぐってくれるが止まらない。

ある程度の体力回復と治療が終わり、しばらく思うがまま泣いて落ち着いたころ、ずっと傍にいてくれたラジェスが重い口を開いた。


『マツリ、あまり気に病まないでほしい。こうなることは予測していたのだ。我らはそれに備え避難を急がせていたのだが……。我らの伝達も完璧とはいかなかったようだ。犠牲が出ればお前が気に病むのはわかっていたから、この事態は避けたかったのだがな……』


皮肉げに肩をすくめる。周りを見ればラジェスも彼らも救えなかった命を私以上に惜しんでくれているのがわかる。

こんな厄介ごとばかりの私に寄り添ってくれてありがとう。彼らになんて感謝したらいいのか言うべき言葉が見つからなくて私は黙って頭を下げた。

だけど、こうなることを予測してたってどういうこと?疑問の色を浮かべた私にラジェスが話を続ける。


『お前の神だ』

『タマ?あ、タマどうして居なくなっちゃったの?!』

『落ち着け。最初から話す』


慌てる私にそう言うと、ラジェスは一度目を伏せてから私に向き直った。


『お前が人間のところへ行って気が大きく乱れることがあっただろう?俺は護衛の報告待ちをしていたのだが……』

『え?ねぇ、護衛ってロボ君?』

『――絶対何かすると思ったからロボだけじゃなく我らの眷属も秘密裏に付けた』

『へっ?』

『お前のような穴だらけの竜がボロを出さない訳がない』


初耳だ。っていうか何気に失礼なこと言われてる気がしてきた。


『実際騒ぎが起きただろうが。怒るのは後にしろ。騒ぎの後しばらくして俺の元に神が来た。あのようにはっきりと降臨されるとは思わなかったが……』

『タマがっ?!』


タマはラジェスを良く思ってない。ぶっちゃけ下等動物扱いで嫌いの域だ。その相手にあのタマがすんなり姿を現すなんて普通じゃない。


『うわ、ごめん。あいつ失礼な事言わなかった?何かされなかった?!』

『……まぁ、それなりに言われたがそれは今重要ではない。俺が神に託されたのはお前に力と宝玉を渡す事、マツリの傍に付いている事、事態の説明を含め収拾を図る事だ。俺も事情全てを知ってるわけじゃない。が、神の言葉を借りるならあの方は力を使いすぎたらしい』

『力って……』


あの白い空間でのやり取りを思い出す。

タマ、時間を止めるのに苦労してたようだった――あれか?


『あの馬鹿、それであの時も出てこなかったんじゃ……』

『ああ、声にも疲れが滲み出ていた様に思う。だからああも不機嫌だったのかもしれないな』


それは”素”です。だけど、可哀想だからラジェスに言うのはやめる。


『神には休息が必要で、お前の傍をしばらく離れる事になる。神の不在にお前がどういう反応をするか知っていらしたあの方は、不本意ながら俺にお前のフォローをするよう宝玉と力を分け与え、出来る限り被害を最小にするよう託していかれた。余計なことはするなとも釘は刺されたがな』


お前は神に愛されているのだな、と笑うラジェスに私は頭を抱えたい思いだ。

宝玉ってもしかしなくてもガラスのアレ?タマめ、しっかり牽制かけてから休息に消えた訳か。

ラジェスも鈍い。不本意と言われ、釘まで刺されたくせにマウストゥマウスかよっ。

前から思ってたが男女の事になると途端疎くなるよね、この人。


『ラジェス、助けてくれて感謝してる。だけどごめん。覚悟しといた方がいいかもしれない……』

『何の覚悟だ?』

『まかせてっ!次は私がラジェスを助けるからね!絶対に!』

『あ、ああ。わかった』


キョトリと首を捻るラジェスに私は心の中で手を合わせた。

それにしても神の休息って何するんだ?寝るのか?それとも温泉でのんびりとか?

タマの場合さっぱりわからないけど、とりあえず奴が私を捨てた訳ではない事はわかった。奴のことだ。暇すぎ!ってすぐに休息から戻ってくるはず。

私は胸に手を当てる。大丈夫、タマは戻ってくる。


『そうだ!フォルクマール達のこと何か聞いたんだよね?』

『人間達か。神からはお前を害した罰を与えていると聞いた』

『へ?それだけ?』

『うむ。天幕のあった場所に今人影はない。神の力でどこか別の場所へ送られたのだろう』

『……心配だなぁ。タマ無茶するから……』


彼らには怪我人が多かった。その状態で罰とやらを受けているのだろうか。

足手まといが多ければ、強い彼らもいつものようには動けまい。

大体慇懃無礼だったのはローゼルだけで、フォルクマール達は悪くない。

今すぐ助けに行きたかったが、治療が済んだとはいえ体が自由に動かず魔力もほぼ底を尽きた今の私にはどうすることも出来ない。タマに聞くことは出来ないし、なんて歯痒いんだ。

フォルクマール、セウ、カトルゼ、ペーター。顔を覚えたみんな、どうか無事でいて欲しい。

ローゼルは……まぁ、タマが関わった以上なるようにしかならないだろう。


『――ラジェス』

『わかってる。もう捜索の手は打った。箱庭内にいるのならいずれ報告があるだろう』


すでに仲間を動かしてくれたんだ。人間嫌いなのに、ね。

礼を言う私にソッポを向くラジェスの横顔があまりにも綺麗だった。

すでに夜の帳が落ちた。私を囲んで皆が三々五々座り食事やら談笑やらしめやかに過ごしている。

ラジェスは夜目が利かないから今夜はここに泊まるそうだ。それだって本当は私への配慮だろう。

落ち着いてくるとさっきのキスが脳裏に蘇って気になりだす。

なのに彼の態度はいつもと変わらず、唇を合わせた事など何とも思ってないようで面白くない。

聞けばタマから神気を吹き込めと言われたらしく、吹き込む=口、になったらしい。納得はしたが、気持ちは複雑だ。ちょっとはフォローが欲しかったと言うか。

そういえばラジェスって女の子苦手そうだよね?

切れるし出来るし性格も――まぁ良いし権力あり。こんなお買い得な男なのに、なんで女ができなかったんだろう。


『まさか男が好きとか……』


私の悪い癖。つるっと口から出てしまい、干し肉を齧ろうとしていたラジェスがポロリと肉を地面へ落としてしまう。


『……念のために聞くが私の事ではあるまいな?』

『いや、ごめん。ラジェスこんなに優しくて良い男なのになんで結婚しないのかなぁ~とか思ってさ』

『で、男色の気があるのではないかと考えたのか、なるほどな』


激怒し真っ赤になったラジェスが落とした肉を私の顔目がけて投げつけた。

すまない。私も悪かったが女にこれはないだろう?鼻面に肉を乗っけながら首をすくめる。

『女が嫌いなだけで男が好きな訳ではない!』と怒鳴る彼。純粋な疑問だがあんた私が女だって知ってるよね?そう言ったら怒りの収まらない彼は『お前は女らしくないからいいんだ!』ってまた怒って行ってしまった。

今怒っていいの私だよね、ねぇ?



息を吐いて一人そっと周りを見回す。

立ち枯れた森が生き物の死んだ湖が、今日の全てが夢ではないと知らしめる。

この景色を見るたび暴走で犠牲を出した事実を私は思い出すだろう。誰も私を責めないことが余計に苦しい。

ギュッと手を握る。

犠牲になった者達の最期を思い出す。もう2度と……2度と同じ過ちは繰り返さない。

静かな決意を胸にアゴスとアブリル、大小の月を仰ぎ見た。

そんな私の横顔を皆も静かに見つめていた。

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