第20話
※4月1日 文章見直しました。内容は変わってません。
奴は言いたい事を言ったかと思ったら『もっと君と一緒にこうしていたいけど――ああ、マズイ。もう時間がない。とりあえずまた枷は嵌めて貰うからね?』と急に言い出した。
そして不意にツツツと腕を上げると私の心臓の辺りに手をかざす。
へ?と思う間もなく、呆気なくタマは腕を下ろした。これだけ?もう終わったの?もっと神気を注ぐときみたいに何かやるのかと思ってたから拍子抜けだ。
胸に手を当てて見つめてみても変わった感じは全くしない。
『大丈夫、元通りにした。それより茉莉、戻るよ。もうちょっと止めておけると思ったけど保てない』
そう言ったタマは見慣れた発光体だった。
は?さっきまで美形だったのに?
驚いた私にかまわず、タマは空間に腕を這わすと小さくて丸い穴を作り出した。白い空間の中で向こう側が全く見えない黒い穴は見るからに異質な存在だ。
『さっきも言ったけど向こうは時間が止まってた。だからアレが霧散したところから、だ。話合わせろよ?』
そう言うと私の返事も聞かず穴の上縁に指をかけ軽く持ち上げる動作をする。
ギャッ!?
穴が勢い良く肥大した。周りの白が黒に侵食されていく。穴はそのまま私の体に覆いかぶさるように空間ごと呑み込んでいった。ブラックホール?!
どこかへ落ちるかとパニックになりかけた私だが、落下の感覚はなく一瞬視界が闇に閉ざされた後すぐに目の前は明るくなった。
そして戻ってくる聴覚。
「なっ!?」
「消え……?!」
ハッと周りを見ればあの天幕だ。ええっ?戻ってきた?なんちゅう出鱈目な穴だ。
剣を構えたままのフォルクマール達と、無様に尻をついて呆けた顔をしてるローゼル。
天幕内はひどい有様だった。調度品は壊れ床に散乱し、剣を振るった跡や焦げた跡まである。
黒いアレは綺麗さっぱりいなくなっていたが、名残のように濁った気配が立ち込めていた。
タマ?と思って探すがいない。どこへ消えたんだ?
『マツリ、モドッタ?』と心配げなロボ君が目の前に駆けてくる。
『クロイモノ、アフレタ。マツリ、ソバ、ダメ』としゅんとしたロボ君。様子のおかしい私の近くに寄れなかった事を気に病んでいるらしい。耳が垂れもふもふの尻尾がキュルンと後ろ足の間に丸まっている。
そのいじらしい仕草にノックアウトされた私。
ああ、あのもふもふの尻尾に顔を埋めたい。キューッと抱きしめてスリスリしたいっ。
悲しいかなこの大きい体じゃロボ君を潰すのがオチだ。私は奥歯に力を入れグッと衝動を抑えると、冷静な口調で大丈夫、ありがとうと答え、ロボ君の頭を爪を立てないようソーッと撫でる。
く~~~~~っ!控えめに揺れだした尻尾がカワユス!
「フォルクマール様、これは一体?」
低い声が私を現実に戻らせてくれた。自分を見失うところだったと、私はかいてもいない汗をぬぐう。
セウが途方に暮れたようにフォルクマールに近づいてきたが、彼にだってわからない筈だ。
「神竜様があれを消されたのですか?」と私に向かって聞いてくる彼に私は何と答えたらいいだろう。
そんな中、ざわめきが起こった。「大丈夫か?!」という言葉の先には顔色悪く額に脂汗をびっしりと浮かべ腕を押さえた人物が蹲っていた。
「カトルゼ!」
フォルクマールが声を上げ駆け寄った。
近くの兵士がギョッとしたように、ふらつく彼の背中を支えている。
そうだ、忘れてた!タマどこよ?!私は焦ってもう一度辺りを見回すがやはりタマがいない。あいつ!何とか出来るって言ってたくせに!
兵士が左腕を押さえる彼の手をよけさせ袖を捲り上げると、珍しい水色の髪をしたカトルゼと呼ばれた男はかすかに呻いた。
呻くはずだ。むしろ今まで声も上げずいられた事にビックリだ。
左手首に広がる黒い痣。ただの痣のはずが、ポコポコと泡立つように何かが皮膚の下で蠢いている。身の毛がよだつその光景が私の視力では鮮明に見えた。
「うわっ?!何だこれは?!」
「グルッ!?(ひいっ!?)」
私と兵士は同時に悲鳴を上げた。カトルゼも苦しいだろうにその光景を見てしまったらしい。より一層顔を歪め荒い息を零した。
癒しの術が使えるのだろう。真剣な顔をしたペーターが駆け寄ってくると痣の上に手を翳し呪文を唱えている。暖かなまばゆい光がペーターの手の平に生まれ、痣に吸いこまれていくが痣の蠢きは止まらなかった。ペーターの顔にも焦りの色が浮かぶ。
いつの間にかフォルクマールも彼の傍に膝をついて彼の名前を呼びながらその光景を悔しそうに見守っていた。
私の方をもの言いたげに見上げる周りの兵士達だが、私にもどうしていいのかわからないのだ。ソッと目を伏せる私に失望の色を浮かべる彼ら。心がチクリと痛んだ。
そんな手を尽くす人間達をあざ笑うように痣はじわじわと肘の方向へ侵食してきている。
「駄目だ、止まらない!」
悲痛な顔のペーターが呼吸を乱しながら荒い口調で叫ぶ。
下手に触れられない黒い痣を前に、フォルクマールはその言葉に唇をかみ締め俯くが、次に顔を上げたときは何かを決意したような鋭い眼をしていた。
彼が腰の剣を掴んでスラリと抜く。
「――許せ、カトルゼ。俺にはお前がまだ必要なんだ」
その言葉に脂汗を浮かべたカトルゼはかすかに笑う。嫌だ。何するの?
「そういう……セ、リフは……女に言ってください」
そう言うとフォルクマールのアイコンタクトで何かを悟ったのか、背を支えていた強張った顔をした兵士がカトルゼを地面に寝かせ肩を抑える。ペーターは涙を浮かべながら彼の足を、他の兵士が口を結んで彼の右手を固定した。
カトルゼは苦痛に呻きながら左腕をゆっくり地面に投げ出す。
抜き身の剣を構えたフォルクマールが、もう一度囁くように「許して欲しい」と呟いて左腕の横に立った。
駄目。こんなの駄目だ。
不吉な予感が当たったことに更に焦った私はタマを探すがやはりいない。
さっきペーターが唱えていたのは水系の精霊呪文だったと思う。精霊魔法が効かないなら精霊たちを呼んでも無駄だ。
どうしよう。タマ本当は治せなくて逃げたんじゃないよな?と疑惑が芽生えるがすぐに私は浮かんだ考えを打ち消した。奴は隠し事はしても嘘はつかない。
あれは私の陰の気らしい。陰陽の話を思い出し、それなら陽の気である神気を痣に注げば?と思いつく。
今にも剣を振り下ろそうとするフォルクマール。考えてる時間はもうない。
『待ってフォルクマール』
私は静かに彼を止めた。ピクンと体を強張らせるフォルクマール。
彼だってこんなことはしたくないのだ。その気持ちが痛いほど伝わってきた。
『出来るかわからないけど私に試させて欲しい』
フォルクマールは一縷の望みをかけるように私を見つめると、無言でその場を退いた。
固唾を呑んで皆が見守る中、私はゆっくり彼に近づいた。
肘まであと少しと言うほど侵食された蠢く黒い腕。近くで見るとやはりザワリと総毛立つ。だけど……。
もはや耐え難いのだろう。悲鳴のような呻き声を時々漏らすカトルゼ、彼の方がおぞましく辛い思いをしてるんだ。
これは私の中にあったもの。私の中に帰ってもらうのが望ましい。
私は彼のすぐ近くに座ると頭を彼の方に垂れた。
ごめんなさい。あなたを助けたいから私を怖がらないでください。
彼には念話が通じないから、そんな気持ちをこめて頭を下げる。
カトルゼは私が寄った時に一瞬体を引きかけたが、それ以上逃げようとはしなかった。逃げる力がないほど苦しんでいたのかもしれないけど、その事実に私はホッとした。
そしてもう一つ。私が彼に頭を近づけたとき、私を避けるように痣の蠢きが遠ざかった。気のせいじゃなく、私の何かを痣は嫌がっているようだ。
もしかして神石?フォルクマールは神石とは神気の結晶で魔を退けると言っていたし。
ならばやはり考えは正しいのかもと私は勇気付けられた。
さて残る問題は――。
出来るならやりたくないけど私は神気を注ぐ方法を一つしか知らない。
だけどええい!女は度胸だ!
私はカトルゼの左腕にそっと手を伸ばすと傷つけないよう、だが動かないよう力をこめ押さえた。通じないだろうけど一応『ごめんね?』と彼に断りをいれ、私は。
思い切って黒い痣に口をつけた。
私が彼の腕を齧るとでも思ったのか悲鳴のような声が周りからおきるが、今は余計な雑音はいらない。集中だ。
口元に感じる蠢きが気持ち悪くて吐きそうだが、絶対助けるという一念で私は必死でイメージした。
タマがデコチューしてくるときは暖かいものが額の石に流れ込む感じがした。それを黒い痣に向かって流し込んでやればいい。
目を瞑って額に集中すると、石がほのかに熱を持ってきた。その場所に神気を感じる。後はこれを――と何度も顔に変な力を入れたり、鼻の頭にシワを寄せたりするが、焦れば焦るほど上手くいかない。
イメトレに必死のあまり、つい息が漏れ触れ合う肌の間からプピーーっと大きく間抜けな音が鳴った。
……泣きたい……。
誰もツッコミを入れてくれないのがまた泣ける。
と、頭の中で突然大爆笑するタマの声が聞こえた。
脳内に響くソレはひどく腹立たしいのに私はどこか安堵する。姿は見えないけれどタマはどこか近くにいるらしい。
脳内の声が笑いながら『命じろ』と言った。何に?と思ったのは一瞬だけで、私はふと落ちてきた考えをそのまま素直に試してみた。
神気に”彼の中へ”と。
すると、ゆるゆると神気が唇を通して黒い痣に入っていくではないか!
痣はタマの言ったように陰の気で出来ているようだ。入ってくる神気に取り込まれたものから動きが止まる。
しかし神気から逃げようと移動したのか肘まで一気に黒い痣は広がった。神気を注ぐスピードが遅いから逃げられてしまうんだ。
『命じ方が悪い。中へと戻れを一緒に命じろ』
楽しそうな声に従い”陽の気は彼の中へ、陰の気は私へ戻れ”とおずおず命じてみる。
あの黒い陰の気が私の言う事を聞くとは思えなかったのだが、意外とすんなり神気で中和されたものから私の中へ次々戻ってきた。
さっきは命令聞かなかったのに。何となく納得はいかないが陰の気の抵抗が弱まると神気の注がれるスピードも速くなる。一度広がった痣だったが、陰の気が私に戻るにつれ徐々に色を薄くしていった。気をよくして私は作業に没頭する。
戻ってくる陰の気がなくなり彼の皮膚本来の色が戻ったときもタマの制止が聞こえなかったくらいだ。
慌てたタマの声に気づいたときには……あれ?
彼の左手首にどっかで見たような桜貝くらいの石が嵌っていた。
『人間の器はキャパが小さいから……言うの忘れてたけど神気が余るとすぐ石になっちゃう』
さっきまで楽しそうにしてたくせに急に項垂れたタマ。なんで言わないのよ!勝手にこんなの埋めちゃってどうすんの、これ!
青ざめた私が顔を上げると、ウルフヘアのような水色の髪を乱し憔悴した彼と目があう。
『あの、いや、やっぱりこんな石あったら困りますよね?ちょっと待ってくださいねっ』
タマに石の取り外し方法を聞くが、奴によると切除するしか方法はないらしい。
だけど石は丸いんだそうだ。表面に出ているのは全体の3分の1。切除といっても、えぐるような――うああ却下だ、そんなの!
仮に与えた神気を私に戻したとしても、出来てしまった石は色と効力を失うだけで消失するわけではないという。
早く止めてくれればと思わずタマに当たりたくなるが、制止を聞かなかったのは私だ。どうにも出来ないこの事実。
私は破れた天幕から青い空を見上げた。
やっちまった……。どうすんべ。
神石は幻の石だというし、これ欲しがる人でもいたら彼の身が危ないよね?
THIS IS FOR YOU!(笑顔付き)でお茶を濁すんじゃ駄目だろうな、やっぱり。
タマは娘の初体験を知った父親みたいに『僕の茉莉が……男に初めてを……』なんてブツブツ繰り返し言っててちっとも頼りにならないし。
カトルゼが呻いた。陰の気は完全に取り払ったと思うが、体にかかった負担の影響が残っているんだろう。
私は慌てて水の精霊に声をかけた。瞬時に現れる天使のような半透明の子供達に彼の体力回復をお願いする。オリちゃん以外の精霊とは正式に契約していないから、これは彼らの好意にお願いしている形だ。
オリちゃんによると契約とはギブアンドテイク。契約主から魔力を貰って精霊魔法を操るので、貰った魔力に応じてバカスカ魔法を行使できるんだそうだ。
契約しない関係では精霊にとってテイクばかりになっちゃうので、彼らには正直きつい。
だけど、腐っても神竜だからなのか私に好意を持ってくれてる彼らは力を進んで貸してくれる。
だから私も時々お返しをする。契約してないと純粋に魔力だけ渡すことが難しいみたいだから、手っ取り早く血。なんか血を売ってるみたいで嫌だし、精霊全員吸血鬼化なんて怖すぎること勘弁して欲しいんだけど、今はそれ以外お礼する方法が浮かばないから仕方なく。
そんな面倒なことしてないで契約しちゃえって思うでしょ?
私が契約を避けている理由は2つ。契約しなくても特に不便を感じないのと、オリちゃん一人でさえ手に負えないから。
契約した精霊がオリちゃん2号3号となったら私の末路は白髪でシワシワのミイラである。
私の体の中にある魔力は結構な量で、契約した精霊は大きな呪文100連発も余裕で出来るほど好き勝手やれるらしい。
オリちゃんは出会った時には下級の小精霊だったのだが、私と契約したのと私の血を何度も飲んだから大精霊に近い存在になれたと胸をはる。大精霊に近い存在ならばそれ相応の品格をと思うのに、結果はアレだ。懐かれるのは嬉しいが、私に対する半端ない執着心を彼女は抑えようとしない。どこの世界に契約者の血や体液を隙あらば舐めようと夜這いする精霊がいるんだ。私が人の姿だったらビジュアル的にガールズラブだよね。
一人一人個性のある精霊達だからオリちゃんみたいな精霊はもういないと思いたいのだが、万が一契約して私に独占欲を持ってしまってオリちゃんと対立しようものなら……いや駄目だ考えちゃいけない、考えたら負けだ。
そんな未来を回避するため契約を挟まないギブアンドテイクを私はぜひとも確立するのだ。
つい力が入って話が横にそれた。
裸の子供達がカトルゼを取り囲み手を差し伸べている。どっかで見たなと思ったら天に召されるネ●(パ●ラッシュはいないけど)。死んでは駄目ですカトルゼさん。
地面に寝かしておくのも申し訳ないとしばし考え、オリちゃんと風の精霊に頼んで急ごしらえの寝所を作ってもらう。
地面からニョッキリ首を出したオリちゃんは、キョロキョロと辺りを見回し、ソーッと土を盛り上げる。
挙動不審なオリちゃんだが、ああタマかと納得する。いないとわかると妖しい笑いを浮かべながらスルリとモデル立ちで私の横に擦り寄った。態度変えすぎです。
その上に風の精霊が落ち葉をこんもりと運んでくれ、どこかから飛ばしてきた布を広げてくれた。
ソッとカトルゼを抱き上げ、その上に下ろす。水精霊達はまだ治療を続けてくれるようだ。彼の周りを取り囲んだ。
『みんなありがとう』と労う私に、精霊達からの喜びの感情が伝わる。本当にありがたい。
褒めて欲しがり私の周りを飛び周る半透明で小学生サイズのキラキラ眩い風精霊(男の子)。オリちゃんは寄って来た彼を手足で優雅に追い払っている。優雅だが、米神に青筋が浮いていては台無しだ。大人気ない。実に大人気ない。
男の子はオリちゃんの牽制をスルリとかわし、私に『お姉ちゃん僕役に立ったでしょ?僕と契約しようよ』とお日様みたいに笑う。うっ。ショタでもないのに鼻血が……。
水精霊の天使ちゃん達も治療の合間にこちらをチロチロ見ては『ふえぇぇ~』と今にも泣きだしそうだ。
何故ここで泣く?と思うがしかし、潤んだ大きな瞳はなんて稚く愛らしいのだろう。ああ、みんなまとめて頬ずりしたい。
癒しのエンジェル達に駆け寄りたくてソワソワする私にオリちゃんと風精霊がギュッと抱きつき、精霊達の視線の間でバチバチと火花が散った。
私の周りで起こるつむじ風や低い地鳴り。険悪な雰囲気に慌てたのは私だけじゃない。
人間達の脅えと緊張感に『ありがと!水精霊以外もう帰っていいよ!』と焦って何度も訴える。
なのに興奮したオリちゃんも風精霊も言う事を聞かない。
『マツリは私の主よ?!あんたもう帰りなさいよっ!』
『僕もお姉ちゃんといたいのにずるい!』
どう見ても大人が子供をいじめてるようにしか見えない。
と思えば脳内のタマからもゾワリと不快な波動が送られてきた。これ以上やるとタマも出てきそうだ。
『2人ともそこまでにしないとタマ呼ぶよ?』
情けない私は、一番手っ取り早い方法をとった。まさに虎の威を借る狐だが、ここには怪我人がいる。決して自分が疲れたからではない。本当だよ?
2人はその言葉でそそくさと退場していった。
それにしても、やはり私は一度精霊達との関係を見直したほうがいいだろう。先の想像は甘かった。このままでは契約の有無に関わらず、私の白髪と深いシワが約束されたようなものだ。
癒されたカトルゼが深く眠っているのを確認して水精霊達にも帰ってもらう。素直に消えてゆく彼らは私の心のオアシスだ。
『お騒がせしました。彼はもう大丈夫です』
なんということだと誰かが小さく呟いた気がした。
ようやく喧騒から開放された私は、その言葉でずっと放置プレーだったことに気づき笑顔で人間たちに向き直った。
どこか呆けていた彼らは瞬時に皆その場で片膝をつき頭を下げ固まって動かない。ローゼルでさえ尻餅ポーズのまま目を見開いて愕然としている。
彼らの雰囲気に首を捻りながらも、私はまず彼らの責任者であるフォルクマールに説明しようと思った。
『フォルクマール、実は、その初めてのことでちょっと失敗しちゃって、あの彼ね?大丈夫なんだけど左手首に……』
「神石――ですね。祝福をいただいたのですか?」
『そんなつもりではなかったのだけど、痣を止めるのに神気を使ったの。なんか入れた神気が多かったみたいで……。もちろん本人にも説明して謝罪はしようと思うんだけど、あれ取るには切除するしかないみたいなの。やっぱり彼が神石持ってると何かと問題だよね?ごめんなさ……』
謝罪しようとした私をフォルクマールはそっと止めた。
「あなたがいなければ、彼は左腕を失っていました。神石の事は彼が自分で決めると思いますが、これほど名誉なことはありません。いえ、ありえないほどの僥倖です。私はあなたに……神竜様に深く感謝いたします。カトルゼを私の部下を救っていただき本当にありがとうございました」
フォルクマールは片膝をつくと、額に触れた後心臓に手を当て深々と私に頭を下げた。
「「「神竜様」」」
ローゼル以外の全員が同じ所作で私に礼をする。
その所作が神への祈りの所作である事を私は後日知った。
この日私は、フォルクマール以外の人間に心から神竜として受け入れられたのである。