表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/45

第19話

『さーて、盛大に枷ぶっ壊してリミッター外してくれちゃって。困るな、もうっ』


そういうタマの声はちっとも困った感じじゃなくウキウキしてるけどね。

何が起こったのか把握できず呆然としてた私を、いつの間にかタマはどこかへ連れてきたらしい。

霧のような白い空気が私を取り囲んでいる。見回すが、この白い空間には私以外の物がない。現実感のないフワフワしたような空間に私は一人佇んでいた。一体ここは何なんだ?


『タマ、ここは?』

『うーん?時間の狭間だよ?』


声だけのタマに不安になったとき、周囲の霧が薄らいだ。


『タマ?』

『ここだよ』


ここってドコだよ!あんな派手な発光体がなかなか見つからない。

グルリと周りを見渡し、もう一度最初に向いていた方向を見た時、霧の中にポツンと立っている人影を見つけて私はドキッとする。

目を凝らしてみると足元に広がる霧と同化しているようにも見えるほど長い長い白い髪の人物だ。白い髪に所々黒髪のメッシュが入っている。こちらを見つめる金色の双眸は私と同じ。着崩している着物のような和風の衣装は袖も裾も呆れるほど長い。一見女性のように見える衣装だというのに、男性的な容貌の彼は問題なく着こなしている。

なんだこの人……私の少ない語彙では絶世の美貌としか形容できない。

そこらのアイドルや俳優なんて目じゃないよ?密かに憧れていたジョニデ様も遠くへ霞む人外の美貌。理想の男フォルクマールでさえ、この顔と並べば見劣りしてしまう。

見惚れてしまった。こんな綺麗な人産まれて初めて見たから。なのに……。


『お、もしかして見えてる?ヤッホー!』


あ、駄目。今脳が拒絶反応を示した。

ほら私こっちに来て急激な変化でストレスが溜まりっぱなしだったから。だから幻聴なんて聞こえるようになっちゃったに違いない。小首かしげて手を振るあの仕草も幻視だ、幻視。目が滑ってるんだ。こんな綺麗な男がタマのはずがない。こんなふざけた口調のはずがない。

必死になって否定しているというのに『お姉さんお暇ー?』とか『こっち向いてー!』とか横からゴチャゴチャうるさい声。どこでナンパも覚えたんだよ!

脳内を凍結させようと頑張ってる間に、怪訝そうな顔をした男がフヨフヨ浮かんで傍までやってきた。

ぐおお、寄るな来るな顔を近づけるな!うっかり惚れたらどうしてくれるっ。

そんな私の心境をわかってるだろうタマはフッと笑い人の悪い顔をすると、勢いよく私の頭を胸に引き寄せた。

ふぬうううう!脳内大パニックでギュッと目を瞑る。コイツはタマ、タマタマタマ。念仏のようにタマを連呼する。乙女としてどうなんだ?

仕舞いには耳元で『無視しないで?』とか『僕みたいな顔、好きなくせに』とか。セクハラだ。声までエロイ。大体人の男の好みなんていつ把握しやがった!

うう、信じたくなかったのに。日本全国推定約575万人のお年頃の乙女の皆さんに即行謝れ!土下座で謝れ!夢を壊してごめんなさいだっ。


『君はホント面白いよねぇ。頭に何詰まってるんだろ?』


クスクス笑うタマは私をソッと放してくれた。長いサラサラの白い髪が私の長い首をくすぐっていく。

脳みそ1.2キロに決まってます。あ、竜の場合もっと重いかも。私は諦めの気持ちで息を吐いた。


『信じたくないけど、やっぱタマなの?』

『間違いなく僕だね。この姿では初めましてって言うべき?』

『あんた球じゃなかったの?』

『……ただの球体だったらイノシシ食べないよ』


いや、こんな美形がモリモリとイノシシ食べてるの変だからっ。そもそも神が食べるって行為も変だからっ。仙人みたく霞食ってればいいじゃん。

もとい!


『なんでそんな姿に変身したのよ?何の嫌がらせ?!』

『嫌がらせってどういう意味かわからないんだけど?変身したんじゃなくて僕は元々この姿なのっ。君が見れなかっただけ』


完璧な美貌なんて嫌味なだけだ!おまけに中身がタマですよタマ。詐欺ではないかっ。こんな美形にデコチューされてたんだと一瞬ときめきそうになった乙女心を返してくれ!

フルフルと頭を振ったタマが憂う声音で『話を進めよう』と言う。くそう、絵になる。なんだこの敗北感は!

脳内で超絶美形タマフェイスの眉毛を繋げて某コックのようにグルグル巻いて目と両鼻の穴に画鋲を刺し全身タイツを装着させたところでようやくスーッとする。

って、んあ!タマの顔なんかにかまってる場合ではなかった!


『……お前今何考えやがった?』

『向こうどうなったの?!いつの間にこんなトコに来たのよ?!黒いアレちゃんと消えたんだよね?フォルクマール達大丈夫だったよね?!』

『うっわー。スルー?!そこでスルーしちゃう訳っ?!』

『聞いてるのよっ!』


タマに詰め寄り胸倉を掴む。初めてタマを掴んだんだけど慌てた私はそれに気づかなかった。


『怪我人とか死人とかいないでしょうね?!』


咄嗟にまたタマを呼んでしまったけど、あの黒いのが霧散したところでここへ連れてこられたように思う。

タマのことだ。どうせ上から一部始終見てたに違いない。あのローゼルをタマが気に入るわけもなく、あの場にいた人たちをきちんと助けたかどうかはかなり微妙なのだ。フォルクマール大丈夫かな?

タマは憂鬱そうな顔で答える。


『一応、みんなまだ無事だよ』

『まだ、ってどういう意味よ?』

『向こうの時間止めてきたから。危機一髪で助かってるよ。もっとも奴は足首、他の奴では腕掠ってた奴がいたか?あれ時間動き始めたらその部分からドロドロに腐り始めるんだけど』

『腐る?!大事じゃないの!』


私は頭を掻き毟る。大体あの黒いのってナニ?!この世界に来てあんな禍々しいもの初めて見た気がする。あんなモノが私の中に?あれは私が外に出しちゃったの?


『とにかく腐る前になんとか出来ないの?』

『出来るけど、面『お願いします』……ウン』


私の口だけの微笑でタマは渋々返事する。


『言っとくけど君が嫌がるからやるんだからね?とばっちりの奴はともかく、あの馬鹿はどうなったっていいと思うけどねぇ』

『良くないっ!あんな奴でも上の方の貴族らしいんだよ?!』

『貴族だからナニさ?』

『敵討ちにワラワラ来るでしょうが!面倒くさい!それに全身腐って死なれたら私の寝覚めが悪いじゃないの!』

『……君、案外黒いよね』


ローゼルの為じゃない。私があんな奴のために苦しむのが嫌。私を利用することしか考えてない、あんな男の死に様でうなされるのは真っ平御免だ。

タマはそんな私をうんうん頷きながら見ている。


『そうだね、アイツの処遇は後で考えるとして。わざわざここに来たのは、君に話しておかなければならない事があるからだ』


タマの言葉に胸がざわめく。ボーっとしてたけど最初になんか言ってたような気もするし。


『タマそういえば枷とかなんか言ってたよね?』

『そうそれ。まぁ、そんなに話は難しくないんだよ。君も薄々感づいているからさ』


私が?

そう思って考えるが、タマが何を言いたいのかわからない。枷って黒いアレが出ないように何かの力で止めてたとか?


『近いけど惜しい。そうだなぁ。例えばさ?何も知らない人間を何もわからない場所に放り込んで世界を滅ぼせるほど大きな力を与えるよね?どうなると思う?』


……それまんま私の事じゃん。だけどまぁ、考えてみると、んんん?ちょっとやばすぎる事にならない?


『でしょう?普通、違う世界に来ちゃったー嬉しいわぁーなんて思わないよね?パニックで暴走してもend。世界を恨んで暴れてもend。開き直って覇王の道に進んでもend。それだけの能力は持ってるから厄介だよね~。すぐに世界が終わっちゃったらつまらないでしょ?せっかく違う世界に送り込んでるんだからさ。その点君は上手くやったよー。気絶で最初の山乗り越えちゃったし?』


ちっとも褒められてる気はしませんよねっ?!私の間違いじゃないですよねっ?!

つまるつまらないで人間放り込むほうがどうかしてると思いませんか、ねぇ?!

上手くやったとかじゃねぇよ!こっちは気絶なんて人生初だよ!


――とはいえ、私が気絶してなくてあちこちに悲鳴と共にビーム発射してたら、今頃箱庭は壊滅。みんなも無事だったかどうか……。

それにあの時何度も気を失ってなかったら、私は正気でいられたかどうか自信がない。時間を置いたからこそ事態をある程度受け止める気になれたのだから。

轟々と燃え盛る炎の中狂った竜が一匹だけ立ち竦んでる光景が浮かんで私は体を震わせた。どこの世紀末覇者ですか?


気絶しといて良かったのかも……。悔しいからタマには言わないけどねっ。


『だからね?』


タマは不意にツツツと腕を上げると私の心臓の辺りを指差した。

胸を指差されて思わず両手で隠す。や、別に乳がある訳じゃないんだけど何となく。


『何よ?!』

『ここに。種を仕込んだ』

『種?』

『保険だよ。君の感情にね。世界の敵に回らないようこの世界のモノを愛する感情の種を仕込んだんだ』


その言葉に目を見開いた。この世界のモノを愛する種?

なんじゃそりゃと思う一方、私は心当たりがあるような気がする。

この世界の、箱庭の弱い者達を守らなくてはと、使命感にも似た思い。あれは一体どこから湧き出てくるのか?


ここの所、人間と会った時は何で私がと怒りを自覚しながらも端からその気持ちが萎んでいくような変な感じだった。

度重なる襲撃や暴言。正直なところ私は自分勝手な人間達にうんざりしている。

私は自殺願望もなきゃ博愛精神が豊かな人間でもない。どちらかといえば口より先に手が出る人間だったし。

同じ人間同士だったらきっと殴り合い掴み合いの喧嘩してただろうな。例え相手の力に適わなくても感情を爆発させて怒鳴り散らすくらいしてたと思う。

それでも私は竜だから、人間と素手の喧嘩なんて出来ない。そもそも私と彼らは対等の力関係ではないのだ。いくら対等にやり合いたくても、どこかフェアじゃないと感じてしまう。

武器を向けられるのを理不尽だと憤ったことだってあるし、人間たちが私を獲物としか見ないことが苦しくて悲しくて泣きたくなったこともある。

だけど私は彼らを傷つけようと思ったことはなかった。むしろ傷つけてはいけないと思った。


私は竜だけど人間だ。竜だけど神じゃない。神子だけどタマじゃないもん。

そこを勘違いしちゃうと私はもう人に戻れなくなる気がした。無理やり押し付けられた状況だけど、ね。

人間が愚かなのは知っている。でも完璧な人間がいないことも私は人間だったからこそ知っている。

中途半端な存在の私だが、心だけでも香坂茉莉という人間でありたかった。

そう思ったらやっぱり大人が赤子の手を捻るようなことは出来ないではないか。

そんな私の思いのどこまでが自分本来のものでどこからが種とやらの影響だというのか。

タマに聞くと奴でもそれはわからないらしい。


『仕込んだ種を君は少しづつ育て、種は君の中でゆっくり芽吹いていった。すでに種は形を変え君と融合している。もう僕にも種を取り出すのが困難なほど、ね。普通にしてれば思いに守られ枷は役目を終えるまで安定してる筈だったんだけど、今回君の思いを揺さぶる愚か者が居たからね?』


だから枷が外れてしまった、と眉間にシワを寄せたタマが言った。


『もともと竜は気性の荒い生き物だ。君自身の生物としての本能を抑えるためにも枷は必要なんだ。特に君は神竜だから、本能に引き摺られれば大きな被害が出ることになる。地球には確か陰陽という考え方があったね?君は他より多い陽の気を持っているから他よりも多い陰の気も持っている。あの黒い気は君の持つ陰の気だ。枷が外れたことで君の感情に合わせて溢れ出したと思っていいよ』


なんだか小難しい話だが陽の気が神気なら陰の気はそれと真逆の気という意味なんだろう。

常にその2つが私の中にあるということか。


『そんな危ない陰の気の方は封印とか出来ないの?』

『陰陽だと言ったろう?遠い昔澄んだ気は天になり重く濁った気は地になったという。勘違いしないでほしいが陽の気は善ではなく陰の気は悪ではない。どちらも君を構成するのに必要な要素だ。王子が謝罪したとしても、あの男がいなくなったとしても。君はこれからも人間に狙われるだろう。君自身も君の力も魅力的過ぎるからね。悲しいことに人間はそういう愚かな生き物なんだ。一つを得ればまた一つ。彼らの欲望に際限はない。君の感情がその度揺らげば枷も揺らぎ今日のようなことは簡単に起こる。ハッキリ言えば君の力は思い一つでこの世界の命運が決まると言ってもいい程の力だよ。俺としてはこんな世界の一つや二つ、どうなろうと知ったことじゃないから壊すもよし、守るもよしなんだが、困ったことにあまりお前の苦しむ姿は見たくない。だから俺が傍にいるときはお前を全てから守るよ。俺のただ一人の神子はお前がいい。だからまだお前を放す気はない。俺のことをどう思おうと、そこはもう諦めろ』


いつになく真剣な口調のタマ。こうしていればビジュアル込みでタマも神らしい。

そしてやっぱりタマはずるい。

女口説くような最後のセリフでニヤリと笑ったその顔に水をぶっ掛けたいほど腹が立つ。

でも、私知ってるんだ。タマが”俺”って言う時って素に近いんだよね?

まだ隠してる顔があるかもしれないけど、タマが”俺”って言うと私は弱い。なんでか信用してしまうんだ。

奴がさっきのような裏がある笑い方じゃなく、ほんとに楽しそうに笑ってるから。私はまた何となく絆されてしまう。


それにしても、やはり私は稀に見る貧乏くじを引いたらしい。

男に振られて強くなりたいと思っただけの女が、竜になっただけでも人間レベルを超えたと思っていたのに、それ以上、全世界レベルの事態にまで巻き込まれてしまっているということか。

平凡な普通の女にどんだけ重いものを背負わしてるんだよこの鬼畜男。タマ、どんだけ暇だったんだ。で、どんだけ私で遊ぶつもりなんだ?


青ざめた私は必死で考えるしかない。

今更隠遁生活は送れまい。私も孤独生活に戻るのは嫌だ。

どうしてこうもただ平穏に暮らしたいだけの願いがかなわないんだろう?

こいつに出会った時にすでに私の人生は終わっていたのか。

タマはそんな私をキラキラした目で見つめている。


『僕の枷を破れるくらい君自身の神気や力が上がってきてるのかと思うと楽しくてならないんだ。いずれ枷がなくても陰と陽、本来の力を兼ね備えた竜に君はなる。この状態の君なら僕もこうして会えるし。なんだかワクワクするねっ!これから君は一体僕にどんな光景を見せてくれるんだろう?』




ラジェスと日がな一日茶を飲む隠居生活じゃ駄目ですか?

茉莉さんの裏事情です。タマが出しゃばり過ぎですがそういう性格なんです。1つの事を2回3回に分けて話したがるような嫌な奴なんです。許してやって下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ