第16話
空が茜色に染まり森の空気が冷えてくる。いつの間にか辺りは夜の気配を漂わせていた。
いま私はラジェス達に囲まれている。
たぶんフォルクマールは彼の隊で私と同じように囲まれているだろう。
あの後タマは話し疲れちゃったからまたねと空に消え、3すくみ状態だった結界も消えた。
フォルクマールは心配だから、と仲間たちが押し込められた結界の方向へすぐに向かっていった。ちなみにペーターもそっちの結界に入ってるんだって。すっかり忘れてたよ、彼の存在。私が気絶した後、結界内に転がって寝てる彼を見たタマが『なんだこのゴミ』の一言で他の仲間もいるそっちに転移させたらしい。
いや、確かに邪魔だったのかもしれないけど、なんかみんなから雑に扱われて気の毒になってきた。
彼一応第一神官とかいう立派な立場の人なのになぁ・・・。
私も、森のみんながほぼ一日結界に押し込められたから疲労困憊で怒ってるんじゃないかと思って心配していた。でも予想に反して皆の私への第一声は『怪我はない?!』だった。疲れているだろうに・・・。
特にラジェスは結界に何度も魔法をぶつけていたようだ。皆より一層疲労の度合いが強い。
だけど、彼は結界が解けた瞬間真っ先にこっちに向かって飛んできてくれた。
心配そうな顔してたくせに私の無事な姿を見て『生きてるな?』なんて素っ気無く言う。
ラジェスありがと。私は彼にもみんなにも頭が下がりっぱなしだ。
一人一人に丁寧にお礼を言った私は、ゆっくり休んでもらうためにそれぞれの寝床に帰ってもらった。
みんな本当にありがとう。お腹も空いてるでしょう?また後で好きな食べ物でもたくさん持って行ってあげよう。
ラジェス達にももう大丈夫だから休んで欲しいと言ったのだけど、『今帰っても気になって眠れない』とラジェスや親しくしてた狼たち何人かが私の傍に残った。
今私は人間の討伐隊が来ることになった経緯とか、ヴェラオ達の死者と行方不明者のことなど彼らに説明している。
話を聞き終えたラジェスは『ヴェラオの大量失踪か・・・それに竜の影・・・』と顎に手を当て唸っている。
『我らも追われる身だからな。あまり外の事はわからないのだが、確かに普段より箱庭内のヴェラオの数は少ないかも知れぬな?』
そう仲間に顔を向け、頷く彼らに頷き返す。
『無関係かもしれないが、数年ほど前から精霊の動きがおかしい。オリオデガートに聞けば何かわかるかもしれないな』
人間達の魔法と違って、ラジェス達が使う風の魔法は自分の魔法力に風の精霊が後押しするように力を上乗せしてくれてるんだって。
だから精霊の変化にも気づいたらしい。精霊たちが徐々に力を失ってきているようだとラジェスは言う。そういえば確かに出会ったばかりのオリちゃんは弱弱しかった気がするなぁ。
ラジェスの言葉にオリちゃんを呼ぶが、例のお仕置きでへそを曲げてしまったオリちゃんは出てきてくれない。
仕方ない。もう少し時間を置いてから聞いてみよう。
『ケモノノナカマモヘンダ。サッキダッテイル』
そう言ったのは岩山出身、銀色の毛並みの大きい狼、ロボ君。彼の名前は私が付けた。名づけのセンスが欠片もないことは触れないで欲しい。
『ま、もの、おなじ』
片言で話すのは塩水湖出身、真珠色の表皮で指に水かきのある半魚人みたいな魔物の、イクラちゃん。へ?だって目が丸くて赤くてソックリよ?
2人とも片言で細かいことはわからないんだけど、伝えようとしてくれる内容はわかる。
『何か・・・怖いね』
この世界に大きな異変が起きているのだ。
砂で作った小さな世界を波がちょっとずつ削り取っていくように。少しずつ何かが変わっていく。
『ふん、我らが揃って何を気弱なことを!』
お前も竜なら竜らしく堂々としていろとあれほど言ったのにと憤慨するラジェスがいつもと変わらなくて、私はついつい笑ってしまった。
ラジェスらしい慰め方がくすぐったい。そうだよね。みんなが傍に居てくれる。
いつか今日みたいに。私がみんなに勇気をもらったように、みんなに勇気をあげられるようにならないとねっ。
『人間達はどうなった?』
『私が犯人ではないとわかってくれたよ。多分この後真犯人探しすることになるんじゃないかなぁ』
だけど相手が竜だとしたら。
今彼らの隊で無事なのはドラゴンアームズを持ってた人が15人弱。あとはペーターみたいな神官系と魔法使いの人を入れてようやく20人とちょっとだ。怪我人もいると言ってたし、癒しの魔法を使ったってこのまま犯人探しをするのは無理がある。箱庭にはそれ以外の危険な生物もいるのだから。
一度国に帰って体勢を整えてからもう一度、ってところかな?うーん、長期戦になりそうだね。
『ふん、傍迷惑な人間共め。身の程を知りさっさと箱庭を出ればいいものを』
ラジェスのその怒りを帯びた冷たい口調にビクリとする。
そうだった。ラジェス達翼種のみんなは風切り羽を巡ってきっと何度も人間と戦っている。それも私が想像も出来ないくらい長い間。長であるラジェスは誰よりも同族が捕らわれ殺される様子を見てきたに違いない。どれだけ苦しかっただろう。どれだけ悲しかっただろう。
人間に好意を持ってるはずがないんだ。周りのみんなもラジェスの言葉に同調している。動物達も魔物たちも人間たちと出会うと戦闘になることが多いから、彼らが人間を見る目は冷たい。
みんな人間は嫌いだよねって口から出そうになって私は言葉を飲み込んだ。私が言ってはいけない気がした。
私も半年ここで暮らしてて思ったことある。人間って自分が一番大事な生き物だよなって。
だってね?箱庭に住んでいる私達はこの範囲だけで生活してるからぶっちゃけ人間なんて襲わなくても生きていけるのよ。人間なんて食べなくても他に食べ物豊富だから、わざわざヴェラオを狙って食べるってことはあんまりないし。
なのに人間は自分の命を守るため、生活の糧を得るため私達を襲ってくる。
それってもう箱庭に住むもの達の自然な生存競争とは違うよね?
本当はヴェラオ達に自分が襲われるたび思ってた。何もしてないのになんでそっとして置いてくれないんだろうって。彼ら人間たちが醜悪なモノに見えることに怖くなった。
箱庭に住む私達から見ればやってくる人間は自分達の生活を脅かす侵略者だ。彼らは私達の縄張りを荒らし、自然を荒らし、命を荒らす。
フォルクマールには言いかけて言えなかったよ。
箱庭に来なきゃいいじゃんって。
究極の解決法だとは思ったけど。
人間側は犯人退治して気が済むのかもしれないけど、そんな問題じゃないような気がするんだよね。
地球みたいな魔法のない星だって、日本みたいな自給自足率の低い国だって人間は生きていけるんだ。
箱庭に頼らない生活だってありでしょ?
言うのをやめたのは上手く言えないけどフェアじゃない気がしたからだ。
私はこの場所しか知らないから箱庭寄りの考え方だし、この世界全体が箱庭とどう向き合ってきたのかを知らない。この世界の地理も歴史的な背景も、国々の考え方も、ひょっとしたら神とかも関係あるのか?バックボーンを何も知らないのに「こうしたらいいんじゃない?」って無責任なことを言うのは嫌だったんだ。
特にフォルクマールは実情はどうであれ私が神竜だって知ってるから、そんな適当な言葉を重く受け止められたら私が責任を取れない。
ようは見栄っ張りな私が、見当違いかもしれない意見を言いたくなかっただけ。
そうです、私は自分第一なんですっ。もう開き直ってやる。
『それはそうとあの光の球は何なのだ?力のある結界を3つも同時に作り、我ら全てを退けた。只者ではないだろう?』
う、ラジェス。そこはこのままスルーして欲しかったヨ。
今考えていたことを当てられたようでドキッとする。
やはりみんなに伝えなきゃだめかな。みんなとの間に嘘で壁なんて作りたくないし。人間だったって事言うべき?秘密にしとく?
タマのこと、知り合ったきっかけや関係を私は上手に誤魔化せる自信がない。中身が人間だっていうこと話したらみんなさっきのような冷たい目で私を見る?神竜って立場だってみんなにどう思われるかわからないのに・・・人間だからって嫌われるのは嫌だ。
うう、どうしよう。
躊躇してる私の後頭部に遠慮のない風の塊が叩きつけられた。
ゴツン。
ああ、懐かしいこの痛みは飛行訓練振り・・・。
ちょっと意識が飛びながら目を回した私の頭をラジェスはガッと掴み揺さぶる。
『何を思いつめてるのか知らないが、あれが尋常な存在ではないことくらい皆わかる。だが、あれとお前は違う存在だろう?我らと毎日声をかわし毎日笑いあい我らが友になったのはお前だ、マツリ。例えお前があれと同じく尋常な存在ではなかったとしても今更その関係を変えようとは思わん。そんなに我らが信用できないか?この愚か者!』
ラジェ、ちょっ!
彼が心からそう思って言ってくれてるのはわかる。よくわかる!だけど落ち着け!これじゃ話せません!
竜は首が長いから、普段から安定性に欠けるというのにこの仕打ち。
目が回って気持ち悪いわ声も出ないわ。恨みでも込めてるかと思うほど彼は力強く私の頭を揺さぶる。
『・・・オサ、マツリシヌ』
見かねたロボ君が口を挟んでくれなかったら、私揺さぶられながら吐いてたかも。前後左右に。頼むよラジェス。人間スプリンクラーなんて勘弁してよ。醜態を見せなくて心の底からロボ君に感謝だ。嫁入り前の娘として世間様に顔向けできないような伝説をまた作るのだけは御免だ。
イクラちゃんに癒しの魔法をかけてもらいながら、私は皆にこの世界に来た全てのことを話すことに決めた。
もう彼らが私の事どう思ってもいい。また一から仲良くなるよう努力すればいいじゃないか。私は彼らに嘘を付きたくない。その気持ちを大事にしたかった。
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大雑把にタマとの関係を話し終えた私に皆は無言だ。
やっぱりみんな嫌なのかな。神竜と言われても中身はただの人間だし。もう気軽にお付き合いなんて出来ないかな。
私はラジェスと仲良くなった時のことを思い出していた。あの時もなかなか受け入れてもらえなかった。思えば最初に私の身の上をカミングアウトしておけば良かったのかも。嘘をついてた訳じゃないけど大きな秘密のあるまま私達は友達になった。
歪んだ土台じゃ建物は立たない。
今ここで全部話したことを後悔はしない。みんなの反応が怖いけど、そう言い聞かせるしかない。
『みんな今まで黙っててごめんね?』
私はなるべく明るく言った。みんなをグルリと見回す。どの顔も嫌悪はないが困惑気味だ。その表情にチクリと胸が痛む。
『私、神竜って言ったってタマの力で竜にさせられただけの人間だしさ。そんな中途半端な存在と付き合うの嫌だと思っても仕方ないから』
これが私なんだから仕方ないじゃん。今更ウジウジしたってどうにもならない。
だけど項垂れてゆく頭を私は止められなかった。後悔はしないけど、やっぱり言いたくなかったな。
みんなの表情を思い出し、心臓がシクシク痛む。
目の淵に雫が盛り上がってきた。やっぱ学習しないよね、私。強くなるんだよね?こんな事くらいで泣いちゃだめ。みんなだって私が泣いたら気にするでしょ?
そう思ったとき両手に温かい感触がした。
右手はロボ君が頭を摺り寄せ、左手はイクラちゃんが小さい手で指を握ってくれている。そして頭にも温かい感触が。
・・・。
ちょっとラジェスさん。私の頭はあなたの肘置きじゃありません。
『マツリ、ソノママ、イイ』
『わた、し、そば、すき』
ばか。惚れてまうやろーー!
目を潤ませた私にラジェスが『だからお前は竜の高貴さに欠けるんだな』って嫌味を言う。だけどラジェスは続けて言った。
『お前が元人間であっても神竜であっても我らはかまわん。我らが出会ったのは生意気な割にすぐメソメソ泣くマツリだ。出会いに神竜も人間も関係なかろう。我らは友になった。何度同じことを言わせる』
うん、そうだったね。私、馬鹿でごめん。自分に自信なくてごめん。
『だが、お前にしてはがんばったんじゃないか?』って横向きながら頭ゴンゴン叩いてきたラジェスは『腐ってもお前みたいなのが神竜なら交友してる我らも箔がつくってものだしな』とニッと笑む。
私は今度こそ満面の笑みを見せた。
『何度も叩くな!』ってラジェスを指でペイっと摘み上げ放り投げながら。
まさか異世界で第2の親友に巡りあえるとは思わなかった。
今ならおお、心の友よ!って土管の上で歌ってやってもいいよ。
歌下手糞だけど、亜里沙には超音波って言われる私の歌だけどアンタのためだけに歌ってやるから耳の穴かっぽじっとけ。
最大の感謝をあんたに。ラジェス、ありがとね。