第12話
輝く光球は夜空を染め替えながらゆっくり降りてくる。
私の突然のレーザー発射にパニックになっていた皆が、見たことのない大きさの光球に息を呑んでいた。
フォルクマールもいつもクールなラジェスまで上空を見つめたまま青ざめた硬い表情をしていた。
ペーターは立っていられなかったのか座り込み上空を見ながら呆然としている。
私はギラギラした目で奴を睨んでいた。
早く。早く降りて来い。今までずっと振り回されてきたけれど今回の事は絶対に、絶対に許せない。私の前で説明でも言い訳でもしてみるがいい。
やがて光球は私とフォルクマール達の間に留まるように浮かんだ。
タマ。
私は無言でドロドロした感情をぶつける。煮えくり返るほどの怒り、悔しさ、そして悲しみ。
なぜ?
私気をつけたよ?タマが言ったんだからね?逃げろって。だから自分を傷つけられないようにヴェラオ達からすぐ逃げた。なのに彼らは神の罰を受けたという。おかしくない??私怪我なんてしてないよ?
ドラゴンハンター達の時は、そりゃ私の羽にちょっぴりかすり傷は付いたけど。ほんのちょっぴりだったよね?舐めときゃ治る程度のさ。彼らはオリオデガートから制裁を受けたようなものだ。私より酷い怪我させちゃって十分罰は受けた。重ねて追い討ちを与える必要はなかったのに。
その後タマとは何度か会ったけどタマは何も言わなかった。あんたはずっと笑ってるから、そんなこと言わなかったから油断してたんだ。彼らは無事だって。
タマが実は優しいところあるって知ってたから、私が本気で嫌がることはしないって勝手に思ってたんだ。コロッと忘れてたんだよ。あんなに嫌がってもタマにドラゴンでいるように強要されたこと。なんでかな?バカみたいだよね。大馬鹿。どこかで信じてたんだ、タマは決して私を悪いようにしないって。だって私この世界に来た頃縋れるのタマだけだったもの。タマ以外信じられるものなんてなかった。タマは何考えてるのかわかんない奴だけど、”神子”を慈しんでくれてるその気持ちだけは本物だと思ったから。
友達も出来て精霊とも会えて空も飛べるようになって魔法も使えるようになって襲撃者も簡単に追い返せて。箱庭生活が上手く行き過ぎて平和ボケしてた。
私の知らないところで神の罰が彼らに与えられたなんて。それも拷問まがいのむごい罰を。私があの時ちゃんと攻撃を避けていたら彼らはそんな目にあわなかったのだろうか。
ああ、吐きそう。彼らをむごい目にあわせてしまった。知らずのうのうと過ごしてた自分に吐き気がする。そんなこと平気でしたタマにも吐き気がする。
ねぇ私これから、タマのことまだ信じていられるのかな?
奴からは何も感じない。いつものふざけた調子も人を馬鹿にしたイライラさせる態度も、あの温かい感情も。何も感じない。ただ私を見つめてるだけ。
皆の視線が私とタマに向けられていた。
シーンと静まった空間で私とタマの視線だけが交差する。ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が響いた。
ふいにタマの両腕が前方に突き出された。
『邪魔』
その言葉と同時に、タマを中心に金色で半円形のドームが広がっていく。
金色の薄い膜のようなドームは私とタマ、フォルクマール達を内包し、それ以外の者達を遠方へと排除していく。
押され倒れる討伐隊の人達も、狼に似た4足の獣や角のある小型の魔物や馬もどきさん達も、皆が折り重なって鋭い悲鳴を上げて押し流されていく。
上空に飛んでいたラジェスや翼種のみんなも膜にぶつかり空を押されていった。
『タマっ!!』
制止しようと悲鳴を上げると『怪我なんてさせるか、バーカ』なんてのん気な声が返ってくる。
その声が知ってるタマのもので1mmくらい安心した。
そんな私を『相変わらず俺に対して不敬な奴』なんて呆れた目でタマが見てた。
『さて邪魔はなくなった』
見通しの良くなった湖で私とタマ、フォルクマールが向き合っていた。
ペーター?地面でスヤスヤお眠り中です。苦悶の表情だけど。
タマは徐にフォルクマールを見ると彼の腰の剣に目を向けた。
『聖剣か。ちょうどいい。細工するぞ?』
そう言うと返事も聞かず指先から剣に向かって光を放つ。
「なっ!!??」って慌てても遅いよ、フォルクマール。タマなんだから。
何をした!と怒鳴る彼に耳をほじりながら『細工』と言うタマ。そのふざけた態度にますますキレる彼。
というか彼にもタマの人をなめきった態度が伝わるものなんだね。丸い球のくせになんて器用なことするんだ。
『いいから、剣の柄握れ。剣の魔力をちょいと追加して念話出来るようにしてやったんだからさ』
言われなくても握ってる彼に、礼くらい言え礼儀知らずなんてボソっと呟くタマ。礼儀知らずはどっちだ。
真っ赤な顔で怒っている彼が段々自分に見えてきて不憫になる。
それでも奥歯を噛み締め腕の血管が浮き上がるくらいその手には力が籠もってるというのに、奴に斬りかからない彼はすごい。私には真似出来そうにない。
っていうかタマいつもより数倍意地悪くない?そう思ってたら睨まれた。
『俺が不機嫌にならない訳がないだろ?』
その視線に心底怒りが篭ってて、私は体を竦めた。だが、すぐにハッとする。
ちょっと待て。
タマのペースに流されてたけど、心底怒ってるのはこっちの筈だ!
私は腹に力を籠めてグッとタマを睨む。
今日という今日は絶対に許さないんだからっ!すでにこういう時点で怒りやショックのボルテージが下がってきている事に私は気づいてない。
『なんで人間を殺したりするのよ!それだけじゃなく拷問まがいの残酷なことまで!いくら神だってやっていいことと悪いことあんのよっ?!人間はあんたの玩具じゃない!ボコボコ殺しちゃったらただの人殺しじゃないか!命は大切なのよ?死んじゃったら生き返らないのよ?なんで神の癖にそんな簡単なことわからないのよっ!あんたホントに神なんでしょうね?!』
タマに頬があったら張り倒してやるのに。私はタマを激しく罵った。触れなかったけど光球をバシバシ叩いた。
これは私の責任だってどうしても思ってしまう。弱き人たちを護れなかった苦しさが胸のどこかに痞えてる。だからタマの性根を叩き直さないと死んでしまった人に顔向けできない。
ちっぽけな私に神を変えるそんな力はない。特にタマは私の産まれるずーっと前から果てしなく自由な神で人間の理に縛られるような奴じゃないんだから。
だけどわかっていても止められない。以前もあったよね。今のこれも私の八つ当たりなんだ。タマに責任を押し付けて逃げようとする弱い自分の醜い行為なんだ。
ピタリ。タマを叩くようにしてた手を止める。
本当に責任を取るべきなのは自分だ。私が彼らや彼らの遺族に誠心誠意謝らなければならないんだ。
私が存在してたから彼らは死んでしまったり怪我してしまった。彼らは私より弱いものなのに。瞳からポタポタ雫が落ちた。
『あ~~~、もうっ!!』
そんな私にガシガシと頭をかくとタマはフヨフヨ寄ってきた。
『だから嫌だったんだ』とか『あー、こんなに漏らしちゃって』とか『お前影響されすぎ?』とかブツブツ言いながら私の雫を拭い取る。
その仕草は乱暴なくらい痛かったが、慣れた神気を伴う温かいものだった。
一部変な表現があるが、タマによるとこの虹色の雫は涙じゃないんだって。
私が心の防御反応的に無意識に涙に似た形態のものを魔力で生成して瞳から溢れさせてるらしいんだ。
だからこれは魔力の塊。タマがよく”漏らす”っていうのはそのためだ。
だけど、他人が聞いたら私がお漏らししてるみたいじゃん。いい加減その表現はやめて欲しい。
そこでハタ、と”いたじゃん他人”なんて気が付く。
そろり。後ろを振り返るとどこかぼんやりと意識を飛ばした顔のフォルクマールが・・・。
『・・・これが、神?と竜??なの・・か?・・・』
念話が可能になったのは本当だ。これでペーターのわずらわしい通訳が必要なくなった。
魘されながら寝そべるペーターをチラリと見るとつい”役立たず”なんて言葉が浮かんできて仕方ないが、私はそっと彼に礼をする。
ありがとう、ペーター。君の事は忘れないよ。本名は忘れたけど。
そして、まだ呆然としてるフォルクマールの存在を忘れるとは私も迂闊だった。
この世界の神がどんな存在でどれだけ信仰が篤いのかもわからないが、彼の理想の神像をさぞや壊してしまったのではなかろうか?木っ端微塵に。
ごめんね。私も信じたくなかったけど、こんなんだけど一応神らしいんです。
フォルクマールなんて目に入らないようにタマはベタベタしてくる。
挙句には何の脈絡もなくまたデコチューとかしやがった。額の石が熱くなったのは気のせいじゃないだろう。またついでに神気注ぎ込んだんだ。
人前で、それも超好みの王子様の前で何してくれるんだこの野郎は!!そして私お漏らしなんてしてないからねっ!!
『いい加減離れろ!!腐れ神!!!』
え~~なんて不満そうにしてる奴など知ったことか!
フォルクマールは引きつった顔をしていた。あ、こんな顔も出来るんだね。
2枚目の顔もいいけどまたこの顔とのギャップがイイ。
『えっと、フォルクマール?』
『神の祝福。額のその石は神石か。あれは想像上の物ではなかったのか・・・』
『親戚?』
『神石、だ。神に祝福されたものは神気の結晶をその身に宿すという。魔を退ける莫大な神力を秘めた聖なる石と伝えられているはずだ』
『ハアァ?!タマ?!』
タマは肩をすくめると『だって説明したら要らないとかいうでしょ?』などと悪びれなく言う。
アンタいい加減にしなさいよっ?!神力ってなにさっ?!これ以上余分な力は要らないんだってば!そんなものもらったってお腹の足しにもなりゃしない。
大体逃げるんだから戦闘なんて非常時以外しないというのに、強くなって何と戦えって言うのよ?!邪神でもいるっての?!
『居るけど?邪神?』
居るんかい!!じゃいつか戦うことに・・『戦うことはないと思うけど』はい、消えた!!
あああああ~~~~~~、もうっっ!!!!!
ジェットコースター並に上げられたり下げられたり。
精神の疲労はすでにピークを越えた。
そんな疲労困憊で項垂れる私を笑いながら指差し、タマはフォルクマールに言う。
『一応神と神竜ってのを証明してみたんだけど?まだ信じない?悪しき竜とか災いとかってコイツいじめるなら俺も考えるけど??』
そう言って手の中にバチバチ音のするものを集め始めた。
あれってさっき私が放ったビームっぽいかも??リサイクル?再利用はいいのだけどタマ?それ脅迫って言うんだよ??
疲れた私はタマの脅しを止める元気もない。がんばれ、フォルクマール。
案の定何ともいえない悲壮な顔をした彼は『神が・・・脅しなど・・・』と頭を振っている。
でも顔を上げた彼はもういつもの彼だった。切り替え、はやっ!
『いや、あなたが神であり、彼女が神竜であるのは確かなのだろう』
おお!竜の私の性別に気づいてくれたのね!なんとなく顔が赤らむ。だってこの姿で女と認めてもらえると嬉しいよね?私だって腐っても女なんだもの。
タマはそんな私を面白くなさそうに見てたけど手の中のエネルギーをシュンとどっかに消した。
『だが、その。神とは皆あなたのような個性的な存在なのだろうか?』
うん、いい質問だ。フォルクマールはこんなんは一部のはずだと一抹の期待をこめているようだ。
私も知りたいところだったよ。特に神って何人くらい居て、神の世界の上下関係はどうなってるとか、さ。
もしタマより位の高い神様が居るなら絶対タマをどうにかしてもらうんだ。
『んー?俺も顔見知りは少ないけど真面目な奴も結構居るよ?』
その言葉を聞いて『おお、神よ』なんて言ってる彼は純粋だなぁ。
私なんてやっぱコイツ神友少ないじゃねぇかなんて、生ぬるく見ちゃったよ?
2人から失礼な目で見られたタマはブルブル震えてたけど知らない。
とにかく。コホンと一度咳払いして彼を見つめる。
これでタマがどんなに迷惑な奴か、私がどんなに不憫な目にあってきたか彼は少しばかりはわかってくれると思う。
ラジェスやオリちゃんにはタマの事は言ってないから、この世界でこのことを知ってるのは彼だけだ。
いわば、このことに関して彼は私の一番の理解者であり心強い同志になってくれたようなものだ。
おいでませ、あなたの知らない世界へ。もれなくタマ付き。
私は予想外の仲間?獲得に浮かれ、忘れていた。問題が何一つ解決してないことを。