第11話
※後半に残酷な描写が一文だけ入ってます。お許しくださいませ。
私は今、湖のほとりで彼フォルクマールとペーター(オーガスタです)と10m程離れた位置で向かい合うように座っている。
身長差でお互い首が痛いだろうと思って私が先に座ったのだが、彼らは警戒を解かず、私が座るよう進めても頷きはしなかった。
ゆえに彼らは立ったまま。
ペーターはいまだ緊張しきった青白い顔だし、フォルクマールは硬い表情で決して剣の柄から手を離さない。別にいいけど今にも切られそうであんまり落ち着かない。
私達の周り100mには誰もいない。私達を挟んで右と左に100mの距離を置き、白い鎧の討伐隊20名余りとラジェス達がにらみ合っているのだ。
最初は全員の前で話すつもりだったのだが・・・。
「騙されてはなりません!」やら「危険にございます!」やら「フォルクマール様、お下がりください!」やら。
ワラワラと彼の部下?達があの後私達の間に割って入ってきたのだ。
果ては、「お前はフォルクマール様になぜ虚言を?!」とペーターにまで攻撃の矛先が向き、その場は怒号が飛び交う坩堝と化した。
その間、私もラジェス達も、動物達も魔物達もみーんな放置。おいおい、それでいいのか討伐隊。隙を突いて一気に殲滅出来ちゃうんだけど。まぁ、周りは敵対生物ばかりで異常な心理状態になるのもわかるし同情はするけどね。
ペーターも青い顔ながら「私は誓って真実を申し上げている。虚言とは私に対していささか無礼では?」なんて火に油注いじゃってる。
ペーターめ、そのヤギと戯れるの大~好き的な温和顔に似合わずなかなか直情的な性格ではないか(だからオーガスタです)。ストレートに言わずもっとオブラートにくるめ。つか空気読め。
ラジェスなんて『これもう攻撃していいか?』なんて青筋立ててるし、動物・魔物達も今にも飛び掛りそうになってるし、念話で必死に止めに入って。言うこと聞かない子には精霊達に足止めを頼んだ。全く私ばっかり苦労してるんじゃなかろうか?
『グルルアアルウ。グググギュルルアァ(みんな待って。私は人間と話し合いたいんだ)』
それでも私は私のために集まってくれた皆に切々と語る。私は戦うためにここにいるんじゃない。話し合うためにここにいるんだ。それを皆にはわかってもらいたい。
渋々ながらみんなの了解する意思が伝わり、雰囲気が和らいだかなぁと思った瞬間。
「”災い”め!悪魔のトカゲめ!」
鳴き声が刺激になってしまったのか。私を侮辱した見下す言葉を討伐隊の1人が震えつつ叫んだ。
ラジェスを始めとするみんなの殺気が一気に膨れ上がる。くそ~~!また余計なことを!!
私も気持ちに余裕が無い。イラっとして思わずそいつを吹き飛ばしたくなる。
このチキン野郎、よりによってトカゲだと?久しぶりに浮かんだ緑色のフォルムに私はゾワリと鱗を立てた。静かにそいつを睨む。いまだ私は蛇やトカゲは大嫌いなんだゾ。私は竜なのだ。あんなのと一緒にしないで欲しい。
視線を向けられたそいつはヒッと息を呑むとますます震え始めた。
「やめろ、見苦しい」
その場を収めてくれたのはやはり彼、フォルクマールだった。
彼はその隊員を見えないところまで下がらせると、「コンラドゥスの誇り高き白き風の名が泣くぞ?皆浮き足立つな」とその場をグルリと見渡した。
彼の鋭い目で射抜かれ、隊の皆様方がハッと姿勢を正す。なんて鮮やかに人を導けるんだろう。大多数の彼らのフォルクマールを見る目には尊敬と信頼が溢れている。彼になら自分の命を預けられる、そんな類の男の目だ。うん、熱いね!
問題は残りの少数。彼らは彼を血走った目でしがみつく様に見ている。どこにでもいるんだなぁ~。盲目的な追従って言ったら聞こえがいいけどさ。実際は狂信的に信奉したあげく、自分は何もせず苦しいことはみな彼まかせ。他人なんかより自分だけ助けろとその目が言っている。彼が失敗したら今度は彼を徹底的に糾弾するんだろうね。何しにここまで来たんだか、自己保身ばっか強そうな奴らー。あー考えるだけでやな感じー。
フォルクマールはそんな視線を一顧だにしない。
「竜が話があるというなら私は話してみたい。皆下がるように。命令だ」と隊に向かって話し、ついで私に目を向けると「こちらも兵を遠ざける。お前も彼らを離してほしい。私とオーガスタ、お前だけで話すというなら応じよう」と条件をつけてきた。
周りを囲まれた状況で自分より体の大きな私に物を言うのは胆力がいるだろうに。
どうやら彼はその剣の技量だけではなく、統率することや交渉事にも慣れている出来た人物らしい。
私はすぐに頷いた。
そして湖のほとりで3人で睨みあったままの状態が続いているのだが・・・。
このままだと朝が来てしまう。なんか気まずいけど埒が明かない。
やはりここは私が口火を切るべきなんだろうな。うん、まずは自己紹介してみよう。
『我は神と契約せし竜だ。人間よ。お前達は何者だ?』
なるべく本名は伝えたくない。神々しさのかけらもない庶民的な名前だからなぁ。
ペーターがフォルクマールに言葉通り伝えている。よしよし。
「私の名はフォルクマール・オル・コンラドゥス。コンラドゥス帝国の第2王子であり四軍のうちの一軍を率いている」
「私はオーガスタ・フランと申します。コンラドゥスの第1神官でございます」
2人はすぐに名乗った。
へ?
私は彼らを見つめた。王子様っぽいと思ったらモノホンの王子?!
おまけにペーターもあんなにボロが似合いそうな風体なのに神官に”第1”なんて称号がつくなんて。それってお偉いさんっぽくない?
嘘でしょ、それ何のフラグよ。なんかどんどんスケールがデカくなっていく。
私がジーッと見てるとフォルクマールが顔をしかめた。
ああ、いかん。そんなことより考えなければ。
彼らはコンラドゥス帝国っていう所の軍隊さんらしい。どこら辺にあるんだ?しかも王子ご一行だ。
国が率先して竜の血やら心臓やら欲しがってるってことか?王子の命の危険を顧みずにドラゴンとの戦地に差し向けるほど?
んー、どうも腑に落ちない。
けど、ドラゴンは魅力に違いないだろう。お金になるし不老不死も魔力もお好きな人にはたまらない。いや、人生かけても惜しくないと言われるかも。
もしかして飼うつもり?私皇帝のペットに降格?!考えてみれば私を飼うことが出来たなら魔力は常に採取し放題なんだ。権力者なら自軍を強くしたいとか、自分が強くなりたいとか常に思うはず。竜を飼いならす方法なんてあるのかな?あったら怖い。掴まったら終わりだ。
う~ん、だけどなぁ。責任ある役職付きの王子をいつ帰れるともわからない箱庭に送り出してるんだから、そんな私欲とかの理由じゃないと思いたい。ただの勘だけど、王様って事はこの王子のお父さんでしょ?やはり違うような気がするんだ。
はあ~知識が足りない情報も足りない。私は箱庭の外の事をほとんど知らない。この世界の人間のことを知らないのだ。
とりあえず事情を知る人物に質問してみる。
『コンラドゥス帝国の者か。王子自らなぜここへ来たのだ。我の魔力が欲しいか?不老不死が欲しいか?』
「竜は王子自ら何故ここへ来たのか?と。魔力や不老不死が欲しいのかと言っております」
フォルクマールが笑いながら吐き捨てた。
「そのようなもの要らん。魔力は自分で磨くもの。それでこそ価値がある。不老不死など鬱陶しいだけだ」
おお~、言い切ったフォルクマールは惚れ惚れするほど格好良かった。ウットリ。
そして、私の飼い殺しの線は消えた。このハッキリした性格の王子が王の命令だとしても浅ましい願いに素直に手を貸すはずがない。
そんな私を見て彼はまた眉間にシワを寄せる。
「私の顔に何かついているか?」
『私の顔に何かついてるだろうか、と閣下が』
『いや、すまぬ。人間にもお前のような者もいるのだと思ってな。お前のように思ってくれれば竜と人は共存できるだろう?』
『すまない、人間にも閣下のような者がいて嬉しいと。皆がそう考えれば竜と人の共存ができる、と言っております』
『嬉しいとは言っておらぬ』
「共存、ね」
「竜が嬉しいと言ってない、と。『閣下かがっぺっ。』
ああ、ペーター。通訳頼んどいてなんだけどとっても鬱陶しい。不便だ。おまけに噛んだな?
フォルクマールの言葉は理解できると伝えるとペーターは頬を赤らめ、了解した。
もどかしくて仕方ない。通じないのは私の言葉だけなのだから中途半端にストレスが溜まる。
そういえばなんで私この世界の魔物語も動物語も人間の言葉もわかるんだ?これもタマのサービスとか神竜の特典だとかいうのか?
どっちにしても長時間対話は続けられそうにない。忍耐力の関係で。
「神だ聖だと嘯く(うそぶ)竜よ。茶番はもう良い」
ため息をつくと私を恐れる様子なく、フォルクマールは言葉を続ける。
「俺達の目的はただ一つ。お前の討伐だ。俺がここへ来たのはお前を狩る力があるからだ」
先ほどのような統率者の顔ではない。今の彼は戦士の顔になっている。余程自分の腕に自信があるのだろう。言葉にも態度にも力が満ちていた。
反対にペーターはもう血の気の無い真っ白な顔で倒れそうになっていた。この距離でドラゴンを挑発するのだ。そりゃ恐ろしいことこのうえない。
彼に同情しつつ、私はフォルクマールの言葉に引っかかりを覚えた。
『神竜の討伐、とな?ならば聞こう。我を討伐する理由はなんだ?』
「それをお前に言う必要があるのか?今更命を惜しむか?ヴェラオの”災い”よ」
フォルクマールは私を嘲るように笑った。薄い唇が酷薄そうな笑みを浮かべる。
いやん、そんな彼も鬼畜っぽくてステキ。いやステキなんだけどやっぱりわからない。
茶番だと言われたり今更とか言われたり。これって憎まれてるというか恨まれてるというか、マイナス感情ぶつけられてるよね。
そりゃドラゴンハンターやヴェラオ達は撒いたりどっかに追い返したりしたけどさ?あ、多少怪我もさせてしまったけど・・・。
国が出てくるほど彼らになぜ憎まれるのかはわからない。災いとまで言われる理由はなんだ?
『わからぬから言っている。我を”災い”と呼ぶ者よ』
「まだ茶番を続けるというのか?ドラゴンとはもっと賢い生き物だと思っていたのだがな」
話し合いは平行線をたどる。
おまけに耳のいい友は度重なる私への侮蔑にまた殺気立ってきた。おいおい、頼むよ、ほんともう泣きたい。
『我を追うのを止めよ。我は人間達と争うつもりは今までもこれからもない。我の望みは平穏に過ごすこと。我に手を出すことは神に手を出すことと同じなのだ』
私は心をこめて言った。ペーターもしっかり伝えてくれた、それこそニュアンスまで似せて。
ああ、なのに。
「勝手なことを!!!」
フォルクマールは激昂した。
「共存などと心にも無いことを言うな、悪しき竜!何が聖なる竜だ!今までお前と対峙した者がどんな目にあった?ある者は炎にまかれ、ある者は転落し、ある者は浅い泉で溺れる。すでにヴェラオの被害は甚大だ。なぜお前を襲っていない罪の無いヴェラオまで巻き込んだ。先日はドラゴンハンター達が廃人となって帰ってきた。体は雷に打たれたように焼け焦げ、奇跡のように焼けなかったのは頭部だけだ。手足の指は全て逆向きに折られ、彼らは皆、世にも恐ろしい苦悶の表情で涙していた。自分がしたことを忘れたとでも言うのか?自分を襲ったとはいえ、なぜあそこまで人を痛めつける必要がある?平穏?ふざけるな!このような残虐な竜を北西のヴェラオを預かる我が国は決して見過ごすことなど出来ない。当然だろう!」
フォルクマールは感情を抑えながら私を射殺すように睨む。
彼の国民、ヴェラオ達が被害者だという。私が関わったため多数の人が死んでいる、と?あのドラゴンハンター達が?オリちゃんはちゃんと転移させたはず。
どうして。
私は呆然としていた。彼の話は寝耳に水と言うか、私の全く知らないことで。
他の魔物に襲われたのかとも考えたが、私の脳裏に強く浮かぶのはあのフレーズ。
”報復を徹底的に行う”
私は呆然と言葉を搾り出した。心当たりなど奴しかいないではないか。信じたくない。信じたくないのに。
『ごめんなさい・・・。少し離れてくれない?』
口調の変化に驚いたペーター。フォルクマールはその様子を見て首をひねった。
私は薄明るくなってきた夜空を見上げる。空はこんな時でも美しい。お前はそこで高みの見物でもしてるのかっ?
私の全身を怒りが覆い尽くしていく。大きく息を吸い込む。
『グラララアアァァァァァ!!!(出て来いコノヤロウ!!!)』
バチバチと放電しながら大気を震わせ夜空を昇っていくレーザービーム。まるで金色の竜が昇っていくようだ。
遠く、空のかなた。そのビームの届いた先にポツンと光の塊が生まれる。
塊は次第に大きくなってゆく。やがては肉眼で確認できる位、丸く輝く大きな球へとなって。光を明けかけた地上に降り注ぎながら。
光球は輝きを増しながら地上へゆっくり降りてきた。