第8話 『出発』
様々な色の魔晶石、短剣の魔導器、それに魔装束。
ジェイルはナターシャから借り受けたポーチの中に、数々の道具を手際よく詰め込んでいく。
これらはどれも、『オルセントの流れ屋』に置かれていた逸品だ。
「こんなに沢山貸していただいて、ありがとうございます」
ポーチを腰に掛けたジェイルが、軽くお辞儀をする。
「いいんだよ。あたしとあんたの仲じゃないか」
ナターシャが笑って、
「その代わりと言っちゃなんだが……一つ頼まれてくれないかい?」
「――? はい、なんでしょうか」
「実は、少し前に剣の魔導器の発注を受けたんだけど、材料が足りなくてねえ。森の奥地で魔獣――角狼の角を十本ほど取ってきてほしいんだよ」
ナターシャは片合掌しながら、申し訳なさそうな顔で言った。
「ホ、角狼の角ですか!?」
普段は泰然自若としているジェイルが、珍しく大声を上げる。
魔獣とは、魔力によって体が変質した動物の総称だ。通常の動物より保有している魔力量が段違いで、個体によっては魔術に近い特殊能力を持つものもいる。
その中でも、角狼はハラル大森林の奥地――フォレスタ公国とレヴィエント王国のちょうど真ん中辺りに生息する魔獣だ。
大人二人分ほどの巨大な狼の姿と、一角獣のような角が生えているのが特徴である。単純な身体能力は魔獣の中でも上位に入り、魔力が集中している角からは強力な紫の雷を放出する。
さらに体内に循環する多量の魔力の影響か、通常の狼よりも極めて獰猛。銀氷狼や魔術士組合の中でも、角狼の討伐は一流になるための登竜門と言われている程だ。
それを――十体も。
「殺さずに、そしてできるだけ傷つけないようにね。魔導触媒としての効果が無くなっちまうから」
「け、結構な難題ですね……」
つまり、あの獰猛な角狼を生け捕りにして、一本一本角を切り落とさなければならないのだ。
調査の片手間にとんでもない難易度の依頼をされ、思わず顔を引きつらせるジェイル。
「アッハッハ! 一応あたしも商人だからねえ。儲けれるところは、がめつくいくさ」
ジェイルの反応を予想してか。ナターシャが笑いつつ。
「それに、あんたを信頼してるんじゃないか。かの"︎︎大公庁の懐刀"︎︎の実力をね」
ナターシャが片目を閉じながら、悪戯っぽく笑った。そんな様子にジェイルも諦めたようで――
「あはは……善処します」
苦笑いをして依頼に応じるのだった。
――――。
「――それでは行ってきますね。夕方には帰って来ますので」
準備を終えたジェイルが、『オルセントの流れ屋』の雑貨店の方から外に出ようとする。
「魔術士ローブも着ずに、魔装束一枚だけで本当にいいのかい?」
扉を開けたジェイルに、ナターシャが声をかけた。
ジェイルの服装は、朝から着ている長袖シャツとズボン――公国にありふれた普段着だ。
その上から、先程借り受けたベスト型の魔装束を雑に羽織っているだけだった。
カレンに着せていた魔術士ローブは、現在ナターシャに預けている。
「ええ。あのローブには認識阻害の魔術が付与されていますので、カレンに何かあった時の隠れ蓑にしてください。それと……カレンのことをよろしく頼みます」
「ああ、分かったよ。あの子は任せておきな。あたしがしっかり面倒を見ておくからね」
力強く胸を叩くナターシャ。
「――では」
その様子にジェイルが微笑んで、今度こそ店を後にする。
「……まったく。あんたがそこまで肩入れするなんてね」
店の中でジェイルの背中を見送りながら、ナターシャが静かに呟く。
「頼んだよ。現"︎︎煌燈十二軍"︎︎――公国最強の魔術士さん」
その表情は、まるで子供の巣立ちを見送るかのように、とても穏やかだった。