第7話 『手探る真実』
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ナターシャがカレンを二階に運んだ後、ジェイル達はバーのテーブルで話し合っていた。
会話の内容は、ナターシャが一週間前、ジェイルに依頼していた件についてだ。
「――『ラフ蝶の繭』に『ピリガの苔』、それと『スルト芋の髭根』です」
ジェイルは持ってきていたショルダーバッグの中から、次々と素材を取り出した。
「そうそう! これがいい薬になるんだよねえ」
テーブルに並べられた、薬の素材を見て喜ぶナターシャ。
「すまないねぇ。こんな使い走りみたいな依頼をしちまって」
「いえいえ、薬の素材を集める経験はあまりないので、良い勉強にさせて頂きました」
そう言って、ジェイルが微笑む。
「今の時代、治癒系の魔術で大概なんでもしちまうからねぇ。便利なもんだよ」
「それほど便利でもありませんよ。魔術でできるのは精々、自然治癒の能力を上げるくらいです」
治癒魔術は、外傷を直す効果のものが多い。これは魔術が古来より、戦いによって発達してきたことに由来する。
「病気を治したりする繊細な治療なら、今でも薬などに軍配が上がりますからね」
「それでも魔術が広まって、生活が快適になったのは事実さ。そのおかげで、あたしたちのような平民もその恩恵を受けられてる」
ところで……と。
「あの子……カレンのことなんだけど、いっそエレメンタに連れて行くってのはどうだい? 大公殿なら、上手く保護してくれると思うんだけどねぇ」
『エレメンタ』――フォルニカ公国が誇る四大都市の一つ、公国中央部にある首都だ。
エレメンタには現大公であるユリエス=アークロプス=フォルニカの名の下、公国の行政、労働、軍事などあらゆる公的機関の管理を担う『大公庁』がある。言わば、公国の意思決定の総本山だ。
「確かに、聡明なユリエス公なら便宜を図ってくれると思います。だけど今回の件、それだけで解決するとはどうしても思えないんです」
ジェイルが困ったような声で返す。
「どういうことだい?」
「まず一つ目に、カレンを捕らえていた奴隷商についてです。規模は分かりませんが、国境警備をしている『銀氷狼』の監視や、魔獣が跋扈するハラル大森林を抜けて公国に侵入するのは、並大抵ではできません。かなり強大な組織だと予想できます」
「なるほど……仮にカレンの安全を確保できたとしても、その組織を野放しにしておくのは不安だね」
ええ、とジェイルは言った。
「二つ目に、カレンが頑なに出自を言わない理由です」
「あたしたちをまだ警戒しているだけじゃないのかい?」
「それはそうなのですが……だとしても、出身国くらいは教えても良いはずです。一人で祖国に帰るのが不可能なのは、本人も分かっているはずなのに」
確かに、とナターシャは考えた。
ジェイルが言うには、カレンは保護して三日目だそうだ。それほど長い時間一緒にいれば、少しくらいは身の上を明かしても良い頃合いだろう。
だというのに、教えてくれたのは名前だけ。それ以外は沈黙というのは、多少違和感がある。
「カレンはあたしたちに、まだ何か重大な秘密を隠しているってことかい?」
訝しむような顔をするナターシャ。
「俺はそう考えています」
ジェイルは頷いた。
「そして三つ目、これが一番重要なんですが……」
そう言いながら、ジェイルは持ってきていたショルダーバッグの中から、大きな地図を取りだした。
今朝カレンに見せた、両面式の世界地図だ。
その地図の片面――世界地図の面をテーブルに広げる。
「ご存知の通り、イーンはフォルニカ公国の最果てに位置しています。そしてハラル大森林を挟んで更に東へ進めば――バラバ帝国がある」
ジェイルは地図を指差しながら確認する。
「カレンがバラバ帝国の方から連れてこられたって言いたいのかい? それなら、あたしも同じことを考えていたよ。ハラル大森林に面した大国はそこだけだからね」
「問題はその輸送ルートです。わざわざハラル大森林を抜けて公国の近くまで来たのは、どうしてだと思いますか?」
真剣な表情でジェイルが尋ねる。
「目的地まで運ぶ途中で、物資補給にでも立ち寄ったんだろう。イーンの街にさ」
「だとすれば、わざわざこの街に立ち寄る必要はありません。エリオス平原やエリオス海を通って、ラザビア南方諸国連合に行った方がいい」
それは確かに……と、ナターシャは唸った。
フォルニカ公国の南部にはハラル大森林と隣接するような形で、エリオス平原とエリオス海が広がっている。その南には、十数ヶ国から成る巨大政府間組織『ラザビア南方諸国連合』がある。
物資補給をするのであれば、港町の多いそちらに向かった方がいい。
わざわざこんな、小さな辺境の街に来る必要など無い。
「……おいおいジェイル! まさか――!」
やがてナターシャは何かに気づいたように、ジェイルに詰め寄った。
「ええ。カレンを連れてきた奴隷商の目的地は、最初からここ――イーンの街だと思います。街に来た目的は恐らく……カレンを買い取った者との接触」
ジェイルは深刻そうな顔で頷いた。
「馬鹿な!」
ナターシャは声を荒らげ、両手で机を叩いた。
「馬車で運んでいただけで、買い取り手がいたかどうかなんて分からないだろう!?」
いいえ、と。
ジェイルは首を振る。
「カレンが捕らえられていた馬車の中は、最初から彼女一人しかいなかった様子でした。わざわざ馬車で奴隷を一人だけ運び出すのは、出荷の時くらいです」
ジェイルが冷静に、自分の推理を告げる。
「それに、中に詰められるスペースもそれほど多くなかったので、これ以上カレンを乗せて遠くに向かうとは考えられません。物資を補給する前提ならば、先ほど言ったようにイーンの街に訪れる価値は薄いので」
「確かにそれなら辻褄が合うけど……。まさか、誇り高き公国の民が、奴隷の売買をしているなんて……」
目眩をしたような表情で、ナターシャは頭を抱える。
「ナターシャさん……」
ジェイルが同情しながらも、神妙な面持ちで続ける。
「――フォルニカ公国は四年前の大規模な掃討で、外道魔術士や裏組織をほとんど壊滅させた……そうでしたよね?」
「あ、ああ……大公殿をはじめ、当時の煌燈十二軍の魔術士たちが命がけで戦ったよ。あたしの夫もね……。だけど、それが一体何だって――」
「はい……ですが、偉大なる先達たちでもついに打倒しきれなかった、闇の秘密結社がいました」
「――ッ! 『ヨルムの括り』かい!? まさか奴らが――」
次の瞬間、ナターシャが驚愕の声を上げる。
ヨルムの括り――古来よりフォルニカ公国のみならず、レヴェナ大陸全土に渡って暗躍する謎の秘密結社だ。
構成人数、不明。組織規模、不明。最終目的、一切不明。
その全貌はまるで謎に包まれているが、世界中で起きた魔力絡みの重大な事件、暗殺、あらゆるテロに関与しているとされている。
唯一分かっている情報は、組織内の序列が『第一階』から『第五階』という階層で分かれていることだけ。
長い歴史の中で、大陸全土の国々と裏で争ってきた最凶最悪の組織だった。
「まだ推測の段階ですけどね。ですが、誇り高き公国の民が奴隷の売買に絡んでいるなんて、信じたくはありません。」
「確かに件の組織なら、裏で暗躍していてもおかしくない……だけど、これからどうするんだい? いずれにしても、事態の収拾はかなり厄介だよ」
カレンを買い取った人物が、公国の民であれヨルムの括りであれ、本来ならとても一人の手に負える案件ではない。
「……これから、ハラル大森林にもう一度行ってみようと思います。駄目元ですが、馬車があった場所に何か手がかりが残っているかもしれません」
「あんた一人で大丈夫かい? 銀氷狼や、魔術士組合にも協力を求めた方がいいんじゃ……」
心配そうにナターシャが言う。
「いいえ、今回の事件は不確定要素が多すぎます。当事者を増やしても、混乱が広がるだけです」
ジェイルは頑なな表情で首を横に振った。
「もしこの国に、再び魔の手が迫っているのだとすれば、俺が必ず守り抜いてみせます。……それが、今の俺の役目ですから」
力強い瞳でナターシャを見つめる。
そんなジェイルの意志を感じ取ったのか。
「……そうかい」
観念したようにナターシャが言った。
「――どうやら、あの人たちの信念は脈々と受け継がれているようだね……」
そして、どこか懐かしむような声で呟いて。
「よし、よく言ったジェイル! あたしもあんたに協力は惜しまないよ! 店にある魔導器や魔装束は、好きなだけ持っていきな!」
快活な声でジェイルに激を飛ばすのであった。