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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第二章《水の都市マージェス》
72/73

(挿)エピローグ③ 『若き少年の深淵』★



 マージェスを襲った、ヨルムの括りによる未曾有のテロは幕を下ろした。

 建物の過半数が倒壊し、数多くの怪我人を出した今回の事件だったが、幸いにも民間人・魔術士ともに死者は一人も出なかった。

 銀氷狼、組合(ギルド)――そして煌燈十二軍の活躍によって、マージェスの平和は守られたのである。


 ルーガンやニナ、カレンらは現在、タイタス達と共に、都市の復興に勤しんでいる。

 一方、事件解決の立役者であるジェイルは、ティタノボアと戦った時計塔『ヒルメス』に訪れていた。



「…………」



 ティタノボアと戦った展望場で、ジェイルは街下を見下ろす。

 街では組合と銀氷狼の魔術士たちが先導して、瓦礫の撤去や住居の新設を行っていた。

 これほどの惨事だったにも関わらず、誰一人不満を言うことなく、団結して再興をはかろうとしている。

 皆、公国が誇る力強い民達なのだ。



「…………」



 ジェイルはそれを、ただ無言で見下ろし続ける。

 ――その瞳は、いつもより暗い。



挿絵(By みてみん)




 (くら)く。


 (くら)く。


 (くら)い。



 その表情は、普段の温和な好青年の雰囲気とはかけ離れた、何を考えているのか分からない"虚無"。


 そこへ――


「やあ、ジェイル。こんなところにいたのか」


 不意に、背後から声が聞こえる。

 声の主はリディアナだ。


「……リディアナ公。どうしてここに?」


 ジェイルは、穏やかな笑みでリディアナの方へ振り向く。

 その表情は、いつもと変わらぬ好青年そのものだった。


「いや。君に用があってな」


 リディアナは気付いていないのか。

 特に気にすることなく、周囲の様子を見渡した。


 塔上の広場は、ティタノボアと戦った時のままだ。

 大鐘が地面にめり込み、石造りの床がひしゃげている。

 石床は一際分厚く、『空間固定』の魔術で補強されているので、崩れ落ちるということはないだろうが……

 そして、その周りには【ゼロフィーラ】の氷塊や霜が、未だ溶けずに残っていた。



「ここで、ティタノボア(あの魔獣)と戦ったのか。この街のシンボルともいえる大鐘を叩き落とすとは。――ふ、相変わらず派手にやったな?」


 リディアナは含みのある顔で言う。

 

「すみません。この狭い空間じゃ、【ゼロフィーラ】を唱える余裕がなかったので、仕方なく……」


 痛いところを突かれ、ジェイルはバツが悪そうに苦笑いするしかない。


「ふふふ、冗談だ。一向に構わんさ。こんなもの、また作り直せばいい」


 そう言ってクスクス微笑むと、ジェイルの隣に立ち、復興中の街を見下ろした。


「ここから街を眺めるのも久しぶりだ。……父上と母上の葬儀以来か」


「葬儀……ですか?」


「君も知っているだろう。五年前、公国の上級貴族やその当主たちが、『刻印病』という謎の病で次々に亡くなった。……私やユリエス殿の両親もな」


「ええ。ユリエスからある程度は聞いています。当時、貴族たちの不審死と共に、大陸中の名だたる犯罪者が、次々と密入国して暴れ回った……と」


「本来ならありえない話だ。公国の国境には、銀氷狼によって高度な魔術結界が張られているのだからな」


 リディアナが小さく嘆息する。


「当主たちの死に、犯罪者による事件の増加。公国は大混乱に陥った。結局、私やユリエス殿は繰り上がりという形で当主の座につき、多くの犠牲を払いながらも、国内の治安をどうにか取り戻した。

 それが四年前。"掃討戦"と呼ばれる一連の戦いだ。……だが、ここで問題が生じた」


「死した英雄たちの後釜、ですね」


「ああ。ユリエス殿による政権が発足した後の、次代の若手魔術士たち――俗に言われる第二世代は……濁さず言えばまだまだ未熟でな。

 そこで三年前からは、ユリエス殿自らが国を巡って、有望な人材をスカウトしていたんだ」


「俺がユリエスに出会ったのは二年前です。確かにルーガンもニナも、当時は酷かった」


「あの二人は、当時でもかなりの上澄みだったんだがな。君から見れば無理もない。

 何せあの『オルセント一家』に育てられて、直々(じきじき)に魔術の手解きを受けたんだ。

 その上、当時の君は魔獣狩りに明け暮れて、実戦経験も豊富だったろう?」


「う……」


 ジェイルはバツが悪そうに目を逸らした。


「ふ……まあ紆余曲折はあったが、今は君のお陰で公国が守られている。感謝するぞ、ジェイル」


 リディアナは穏やかにそう告げる。

 二人の間に、風が吹き抜けた。



「……ところでリディアナ公。ヨルムの括りの動向は?」


「駄目だな。あの後、私一人で奴らを追い詰めたが、結局()かれてしまった。相変わらず、底の知れない連中だよ」


「そうですか。ニナが、第二(ターム)を捕らえたことは聞きましたが……」


「ああ。第二階『魔毒』のヴェレーノ……奴は地下牢に幽閉してある。後で部下に記憶を覗かせてみるが、徒労に終わるだろうな。

 やはり準幹部クラス……第三階以上を捕らえない限り、奴らの真の目的を探るのは難しそうだ」



 『ヨルムの括り』という組織は、依然として謎に包まれている。

 今回のテロにしても、目的が全く分からない。何かを要求する訳でもなく、誰かを人質に取る訳でもない。ただただ街を破壊し、魔術士たちに戦わせただけ。

 そこに何の意味があるのか……



「いずれにせよ、奴らがこれほど表立って行動を起こすなど前代未聞だ。カレンの件を含め、我々の知らない所で何かが動き始めている。

 諸外国はなりを潜めているが、この仮初の沈黙もいつまで続くか分からん」


「……」


「だが、暗い話ばかりではない」


 リディアナは懐から巻物を取り出し、ジェイルに渡した。


「カレンの国民証だ。あとはユリエス殿が押印すれば、晴れて公国の民になれる」


「なるほど。用というのはこれでしたか」


 ジェイルが微笑みながら、巻物を受け取る。


「カレンに魔術学院の進学を勧めたが、断られたよ。どうやら君の巡回任務に同行したいらしい。随分と気に入られたな」


「ははは、そうですか。まあ彼女の実力なら、ユリエスもきっと許してくれるでしょう」


「恐らくな。とはいえ、戦闘面に関してはまだ素人だ。最低1ヶ月はエレメンタに滞在して、体術と魔術を覚えてもらうぞ」


「わかりました。ムーンエル辺りに頼んで、カレンの修行をつけてもらいます。そうなると、次の巡回任務は……」


 ジェイルは顎に手を当てて、今後の予定について思考を巡らせる。

 と、その時だった。


「ジェイル。最後に一ついいか?」


「? はい」


 リディアナが穏やかな表情から一転。いつになく真剣な眼差しで言った。


「カレンの才能は本当に凄まじい。令束(イルバ)と魔術を同時に扱える者など、公国にもほとんどいない。その上、特異魔力体質者(フロート)による人智を超えた治癒能力。修練を積めば、我が国でもトップクラスの精鋭になるはずだ。

 だが……その前に、彼女の素性について情報を共有しておきたい」


「カレンの素性……ですか?」


 現状、カレンには謎が多い。

 本人曰く、フォルニカ公国より東側――バラバ帝国近くの草原地帯出身らしいが、詳細は以前不明。


 というのも、カレンは自身の故郷について、なぜか大半の記憶が欠落している。

 母の名前や一族の名前、故郷の場所についても、全てが曖昧なのだ。

 

 ゆえに、このカレンという少女が何者なのかは、ジェイルも気になっていた。

 カレンを奴隷商から買い取ったヨルムの括りの末端構成員であるフォンスが、どこからカレンの情報を得たのかについても、結局分からずじまいだったのである。


「カレンは遊牧民族の末裔で、広大な草原に住んでいた……彼女本人はそう言っている。

 だがな……バラバ帝国の周辺――というより大陸の東部に、カレンの故郷とみられるような草原地帯など、存在しない(・・・・・)


「!」


 ジェイルは、はっとさせられたような表情をした。


「オルセント一家と共に、大陸中を旅してきた君なら分かるんじゃないか?」


「……ええ。帝国周辺に広がっているのは、砂漠や荒野、山岳などの険しい地帯です。広大な草原を見た記憶はありません」


「そうなると、途端に彼女の素性が曇ってくる。私はな、彼女のあの力と、欠け違った記憶……この二つが関係ある気がしてならないんだ」


「カレンは一族を殺されたショックで記憶を失ったのではなく、人為的に記憶を消された、あるいは改ざんされた(・・・・・・・・・・)。仮にそうだとしても、誰が何のために……?」


 両者の間に、再び沈黙が通る。


「……いや、詮索はこの辺りにしておこう。今は情報が少なすぎる」


「ですね。それでも、あの子は俺に助けを求めて一人泣いていた。俺は、彼女が嘘をついていると思いたくはありません」

 

「無論だ。それに魔術士になるには、大公庁であの"儀式"を受ける必要がある。当分、心配はないだろう」


 リディアナはジェイルの方を見て、話を切り上げるように言った。


「時間を取らせたな。今日は本当にご苦労だった。明日の早朝に出られるよう、馬車の手配もしておこう。あとはゆっくり休んでくれ」


「ありがとうございます。では、俺はこれで」


 ジェイルは踵を返して、階段を降りていく。

 その姿を、どこか引き締めた表情でリディアナは見送って――


「ジェイル……」


 リディアナは、誰にも聞こえないように小さく呟く。


「……カレンの経歴は、君とよく似ている。一族を悪魔に皆殺しにされ、たった一人生き残った。それでも、カレンの瞳には希望がすでに宿っていた。

 だがジェイル……君の瞳だけは読めない。心の内で、何を考えているのかも。果たして我々は……本当に君を救えたのか……?」


 一年半前、ジェイルはとある大きな戦い(・・・・・・・・)の後、煌燈十二軍の第一軍団になった。その頃からジェイルは変わった。当時の粗暴な性格はなりを潜め、別人のように穏やかになった。


 心のどこかに残る、一抹の懸念。

 それでも今は、彼に頼るしかない。

 全ては……公国を守るために。

 

 リディアナの内に秘めた不安は、誰に知られることもなく、心の底に沈んでゆくのであった――



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