第66話 『人形操者 ―ラ・ドーラ―』
「……此度の侵攻、流石にくたびれましたわね。総勢6万を超える魔獣召喚。むこう五年分の魔力は持っていかれましたか」
復興の始まった、マージェスのとある人気の無い路地裏にて。
特濃の闇を纏う、黒いゴシックドレスの少女が歩いていた。
「それにも関わらず、この体たらく。第二階のヴェレーノ様は残念でしたが、まさかリンゲル様まで撤退を余儀なくされるなんて」
少女は変わらず、おぞましい人形を抱えながら、散歩でもするかのように奥へ進んでいく。
「極めつけは……あのカレンという少女が最後に見せた令束。私の術式が見破られるなんて初めてですわ。うふふ、一体何者なんでしょう?」
くすくすと。
愉快そうに嗤いながら。
「フォルニカ公国。"100年前"には及ばずとも、国家として磐石になりつつある……ということでしょうか」
そうして奥に進んだのち、やがて、突き当たりに辿り着いた。
薄暗い路地の一角には、どす黒いアーチ状の法陣が配置されている。
「ふふふ。良い収穫も得たことですし、私もこの辺りでお暇させていただきましょう」
誰にともなくそう言って、少女がアーチに潜ろうとした……
その時。
「ようやく尻尾を掴んだぞ。ヨルムの括り」
少女が振り向くと、藍色の魔装束を身に纏った、白銀の淑女が佇んでいた。
リディアナだ。
「おや……」
少女はかすかに驚いたように目を見開く。
が、すぐに艶然と微笑んで一礼した。
「これはこれはリディアナ様。先ほどの戦い、お見事でした。私の用意した大魔獣を2体も、あれ程簡単に退けるなんて」
「ほざけ。よくも我が領地を土足で踏み荒らしてくれたな。その蛮行、きっちりと償ってもらうぞ」
リディアナが静かな怒りを込めて吐き捨てる。
「申し訳ございません。ですがこれは全て必要な過程なのです。他ならぬ、我らが"大いなる主"様のため……」
鋭い視線をさらりと受け流して、少女は艶然と一礼する。
「それにしても、どうしてこの場所が分かったのでしょう? 私の魔力隠蔽は完璧でしたのに……」
「確かに。貴様からは魔力の一切を感じない。いかなる手段かは知らんが、魔力感知を欺く術があるのだろう。
だが……痕跡というのは、魔力だけを言うのではない」
リディアナは淡々と告げる。
「今までの魔獣の出現場所、魔力点の設置場所、そして我が領民の動き……目に見えるもの全てが痕跡だ。
それらを照らし合わせた上で……更にこのタイミング。侵攻を終え、我々の警戒心が完全に薄まった今こそ、主犯の貴様がこの場所から逃亡すると予測した」
「なるほど。念の為に張っていた人払いの結界が、逆に墓穴を掘ったみたいですわね。流石は史上最年少で領主の座についた、シルヴァ家の女傑。恐るべき洞察力をお持ちのようで……」
表面上は驚いているものの、少女の顔には焦りの色ひとつ無い。
まるでこの展開すら読んでいたかのような、あるいは予想外だったとしても、自身の計画に何の支障のないかのような……そんな様子である。
「…………」
完全に虚を突いたというのに、この反応。
リディアナは改めて、悪寒のようなものを感じた。
こうして相対していると分かる。
外見はわずか十四、五歳に満たないであろう、この少女の異質さに。
一言でいうと、底が知れない。
おぞましい存在感を放つにも関わらず、その身体からは魔力を全く感じ取ることができないのだ。
例えるなら透明人間。それとも巨大な壁か。
故にリディアナは悟る。
(……この少女は危険すぎる)
恐らく、彼女の何かしらの隠匿術で、長年ヨルムの括りの密入国を許し、先手を打たれ続けているのだろう。
ならば、捕縛してこれ以上情報を得ようなどとは考えず、ここで確実に仕留めなければ。
「どうしましたか? リディアナ様。急に押し黙ってしまって……」
「《氷壁よ》」
なんの前触れもなく、リディアナは左手を翳した、が。
「ふふふ。いきなり魔術を放つなんて。もう少し余裕のある御方だと思ってましたのに」
不意打ちにも関わらず、少女は【グレイス・ブロック】の氷塊をひらりと躱す。
「悪いが、賊とこれ以上会話を興じるつもりはない」
左手に魔力の残滓を携えながら、リディアナはぴしゃりと言い放った。
「お話が嫌でしたか? それなら、お人形遊びは如何でしょう」
「!」
そう言った直後。
ぞるり――
まるで最初からそこにあったように。
少女の周りに無数の人形が出現した。
兎、羊、猫、犬……
どれも動物のような形をしているが、黒や赤を基調となっていて、その形相は非常に不気味だ。
「これは……魔導人形なのか……!?」
さしものリディアナも、生理的な嫌悪感を隠しきれずに一瞬たじろぐ。
「まあ、酷い反応ですこと。こんなに可愛らしいのに」
少女が右手を翳すと、人形たちは自立飛行型魔導器のように旋回。
リディアナを四方から囲い込んだ。
「!」
「さあ。領主様をもてなしてあげなさいな」
そして、魔導人形の口々がパカッと開き、中から巨大な魔力を迸らせる。
「悪いが、人形を愛でる趣味もない。《貫け雷閃》」
対するリディアナは、冷静に左手を掲げ、【ライトニング・レイ】を起動する。
空に放たれた一条の雷は、ある高さに到達すると無数に分裂し、それぞれが鋭角に屈折。
流星のように降り注いで、周囲の人形を尽く撃ち落とすのであった。
「……!」
落とされた人形たちは、魔力の残滓となり次々消えていく。
「手駒はもう品切れか?」
一瞬の蹂躙の後。
リディアナは何事も無かったように、少女に向き直した。
「『同時起動』……! 素晴らしい高等技術です。ですが、これほど精密な魔力操作をすれば当然、『マナ・レスト』の影響も大きいはず。暫く魔術は使えませんわよ」
マナ・レスト。
体内から魔力を放出した後、放出した魔力量と負荷をかけた深層意識に比例して、一定時間魔力操作に制限がかけられる。
すなわち、短時間に魔術を連続して放つことができない法則である。
「戦いに時間はかけない主義ですの。それではリディアナ様。ごきげんよう」
くるりと踵を返し、そそくさとアーチに戻ろうとする少女だったが――
「背を向けるのは構わんが……一体、どこに逃げるつもりだ?」
リディアナはただ淡々と、少女に告げた。
「……!」
少女はその言葉の意図に気づき、思わず目を見開く。
転移用に用意していたアーチ状の法陣が、いつの間にか分厚い氷に覆われていたのだ。
これでは逃げることができない。
「まさか、最初の【グレイス・ブロック】はこのために……」
少女は、最初に不意打ちで放たれた【グレイス・ブロック】を思い出す。
「転移術は使わせん。ここで確実に仕留めさせてもらうぞ」
「っ……」
少女は、リディアナの脅威を改めて認識する。
淡々としているが、先々を見通した立ち回り。まるで詰め戦盤でも仕掛けられているかのような、不快な感覚。
常に余裕を崩さない少女の表情が、ほんの少しだけ陰りを帯びた。
「リディアナ=シルヴァ様。失礼ながら、少々見くびっていたようですわ。一線を退いたとはいえ、貴方様の強さは煌燈十二軍時代を遥かに上回っております。まさか、ここまでとは……」
「ふん。年端もいかない少女に見くびられるとは、私もまだまだだな」
「ええ。ですので……少し強引に退散させていただきます」
途端。
少女の纏っている闇が、一層濃くなった。
「……《おいでませ》」
ドクンッ
「呪文だと!? 貴様まさか……!」
決定的な何かに気づいたリディアナ。だが直後に、それどころではないと悟る。
ズズン――……
突如として、リディアナの眼前に象の人形が現れた。
胎児のように丸まったその大きさは、両手でかかえられるほど。
姿かたちはデフォルメ化されているが、他の人形同様、どす黒い基調に赤い目で、吐き気を催すおぞましさがある。
それが、リディアナの目の前でふわふわと浮いていたのだ。
「これは……ッ!」
リディアナは瞬時に、その人形の異常性を悟る。
「ふふふ。私のお気に入りを出したのは久しぶりですわ」
少女がそう言ったのちに――
ボコッ! ボコッ!
不穏な音を立てながら、象人形が不定形に膨らみ始めた。
「私の存在を暴いたことを賞賛して、名乗りを上げさせていただきます。
私はヨルムの括り、第三階――『人形操者』のジュディア=リーシャス。偉大なる『魔公爵』様に仕える、忠実なる下僕ですわ」
「!?」
「それではごきげんよう。うふふふふ――」
どんどん膨らむ象人形の奥から、ジュディアと名乗った少女の愉快そうな声が聞こえた。
「ち、奴を追ってる場合ではないか!」
ジュディアを仕留めるのは一旦諦め、リディアナは目の前の異形に集中する。
「《戦神の加護・偉力の天球・光の守護を解放せよ》!」
矢継ぎ早に唱えたのは、三等軍用魔術【リフレクション・ドーム】。
【オリジン・シールド】を応用して、半球形状に拡張した防衛魔術だ。
深層意識で構築した魔術式に、ありったけの魔力を込める。
そうして現れた障壁は、膨張する象人形をすっぽりと包み込んで――
「もってくれよ……!」
ガガガガ――ッ!
障壁と象人形。
巨大な質量同士がせめぎ合う音。
そして限界まで膨らんだ象人形は……
ドガァアアアアアアアアアアアアンッ!
障壁の内部で、大爆発を起こした。
小さな建物一つ分にも相当する、巨大質量の爆散。
本来なら、その破壊規模は計り知れない。
「ぬう……!」
それでも、リディアナの展開する【リフレクション・ドーム】は、爆発の余波を完璧に防いでいた。
が――
ピシッ……ピシッ……
少しづつ、障壁にヒビが入っていく。
「ち……魔力が少し足りんか……!」
舌打ちをしたリディアナは【リフレクション・ドーム】を維持しながら。
コォオオオオオオ――――ッ!
唸るような、特徴的な呼吸をした。
その瞬間。
押し負けていた障壁が出力を取り戻し――
「はぁあああああああああああ――――!」
――――。
「はあ……はあ……」
爆発の発光が収まった路地裏には、片膝をついて荒い呼吸をしているリディアナの姿があつた。
「なんて魔導人形だ。消耗していたとはいえ、私の魔力がほとんど持っていかれるとは……」
あんなものを次々と出されては堪らない。
もし少女が本気で戦っていたならば、今のリディアナでは危なかっただろう。
「あのジュディアという少女……これまでの第三階とは明らかに違う。同じ位階の中でも、かなり序列が上のようだな」
これほどの大物が公国に侵入していると分かった以上、本来ならリディアナも、煌燈十二軍として戦線に復帰するべきだ。
するべきなのだが……
100年前に起きたとある事件により、四大都市の領主は煌燈十二軍にはなれない。
公国の法で、そう決まっているのだ。
「今の私の身分では、奴らの討伐に乗り出すのは難しいか……」
戦線に立てないのがひどくもどかしい。
領主になる前……数年前、煌燈十二軍時代の自分だったら……
「いや、今はジェイル達に託そう。私は領主として、この地で為すべきことを為さねばな」
誰にともなくそう言うと、リディアナは路地裏を後にする。
そして、今回の事件の後始末のために、銀氷狼本部へと戻っていくのであった――
エピローグがもう少し続きます。
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