第65話 『特異魔術【ゲヘナヴール】』
ゴオオオオオオオオオ――――ッ!
ジェイルの周囲から、膨大な白い光が螺旋状に昇り始める。
否、光ではない。
細かくはじける火粉。陽炎に揺らめく大地。
これは――白い炎だ。
「きれい……」
圧巻の光景に、思わず魅入るカレン。
幻想的なのにどこか懐かしい、不思議な気持ちを携えながら。
そう。まさに幻想。
この技の源流は、かつて世界を滅ぼす七つの厄災の一柱『天空の神』を信仰したとされる、今は亡き古き民族の秘奥。
それを100年前、歴代最強と謳われた煌燈十二軍の一人が、魔術に落とし込んだ絶技なのである。
その名を……
「特異魔術――【ゲヘナヴール】ッ!!」
瞬間。
白炎が八つに分かれ、大地を畝り、八方に奔る。
『『『『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎〜〜〜〜〜!?!!!?!』』』』
それに絡め取られた魔獣たちは、声にならない声を上げながら、瞬時に灰と化していく。
白炎は猛スピードで拡がり、拡がり、魔獣たちを粗方薙ぎ払ったのち――
ついに、噴水上の魔力点に達した。
ガガガガガガ――ッ!
巨大な質量同士が互いにせめぎ合う音。
【ゲヘナヴール】の白炎と、有り得ない魔力が込められた分厚い魔力点の大樹が、拮抗する。
だが。
どれほど巨大な大岩も、流水の侵食には逆らえぬように。
少しずつ。少しずつ。
法陣が削り取られていく。
「はあああああああ――――ッ!!」
魔装束をはためかせながら、ジェイルの叫びが周囲に木霊する。
同時に一際大きく込められた魔力は、【ゲヘナヴール】に呼応する。
眩いばかりの白炎は、歪に澱んだ魔力点の大樹を、完全にぶち抜いて――
ガシャァァァァァァァン!
大樹は呆気なく霧散し、細かい粒子となって消えるのであった。
「……ふぅ」
ジェイルはゆっくりと残心して、【ゲヘナヴール】を解除する。
「すごい……! 凄いですジェイルさん!」
傍らのカレンが、興奮したようにジェイルの片腕を掴んで。
「もう、相変わらず規格外すぎ! でも……お疲れ様。ジェイル」
ニナが、安堵を浮かべた表情で言った。
魔獣たちは全て消し炭にしたが、真に驚くべきはその精度。
街路の石床、建物の壁、両脇に流れる河川に至るまで、白炎が燃えうつるどころか、焦色一つ付いていない。
【ゲヘナヴール】は周囲に全く被害を出さず、魔獣のみを滅ぼしたのだ。
これほど完璧な始末を何と表現しようか。
まさに蹂躙。
威力、効果範囲、精密さ。全てが桁違い。
これが熱量操作の特異魔力体質者。これこそが煌燈十二軍の筆頭。
そう言わしめるに相応しい、あまりにも圧倒的な蹂躙で。
今回の事件は幕を下ろしたのであった。
――――。
同時刻。
マージェス西部。
リディアナが、二体の大魔獣と戦っていた街路にて――
「この反応。ようやく打ち止めか……!」
石床の路上には、リディアナが立っていた。
目立った外傷はなく、息を切らした様子もない。
そこへ、魔装束を着た若い男がやってくる。
「ふぅ。どうやら、ジェイルたちが上手くやってくれたみたいだな。カレンを戦線に送って正解だったろ? リディアナちゃん」
組合所属の二級魔術士、ラオスだ。
「ラオス殿」
「うっへぇ、こいつはまた凄ぇな。準一等軍用魔術の【ホワイト・アウト】まで使っちゃってまあ……こりゃ魔獣の方が可哀想ってもんだぜ」
ラオスは、リディアナの傍らに佇む、天に届くほど巨大な氷塊を見上げて言った。
やがて、氷塊に埋まった魔獣の正体に気づいたようで――
「……てか、おいこれ! ベヒモスとバイコーンじゃねえか! リディアナちゃん一人でやったのかよ!?」
「ええ。多少手こずりましたが、問題なく。そちらも魔獣を全て倒せたみたいですね。流石、ラオス殿です」
リディアナが、薄く微笑む。
「ま、まあな! (ったく、こっちも相当数やったってのに……これじゃあ銀氷狼時代の先輩として形無しだぜ。リディアナちゃん、煌燈十二軍にいた頃より強くなってるだろ……)」
ジェイルも大概だが、リディアナも十分化け物である。
ラオスが引き笑いをしていると……
「あ、いたいた。ラオス――! リディアナ様――!」
銀氷狼の受付嬢であるベラと、彼女達のまとめ役であるアリアがやってきた。
「魔獣の反応は全て消失しました。リディアナ公の見事な采配のお陰で、死傷者はゼロですわ」
「そうか……! 皆、本当によくやってくれた」
アリアの報告を、嬉しそうに受け取るリディアナ。
「よっしゃ。そんじゃ今から復興だな。動ける連中をかき集めてくるぜ」
「では私も。リディアナ公は、どうかお休みになって下さいね」
ラオスとアリアが各行動に移る中――
(……そろそろか)
リディアナは、彼らに聞こえない声で小さく呟いた。
「リディアナ様?」
後に残ったベラが、きょとんと首を傾げる。
「……ああ。すまない。では言葉に甘えて、先に本部に戻らせてもらうとしよう。ベラ、この場は任せたぞ」
そう告げたリディアナは、身体能力強化魔術【エンチャント・クロス】を起動。
瓦礫が転がる住宅街を、風のように走り去っていく。
「はい! って、あれ? あっちは本部の方向じゃないわよね……」
その後ろ姿を、残ったベラだけが不思議そうに見送るのであった――
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