(挿)第63話 『【友愛】―フィーリア―』★
――マージェス南区十六番街と十七番街の境目。
水路で囲まれた三角形をかたどる街区画。
中心に全長5メートル程の大きな噴水があり、周辺には木々やベンチが並ぶ。南区に住む住人たちにとっては、待ち合わせや休息にも使う憩いの場だ。
だが今は、激しい戦闘の余波があちこちに刻まれており、灰化した魔獣の遺骸や崩壊した瓦礫が転がっていた。そしてほんの少し離れたところでは、魔術の炸裂音や魔獣のかなきり声、魔術士たちの喧騒な叫び声が聞こえてくる。
その決戦の地にて、今、二つの勢力がぶつかろうとしていた。
「予想していたが……」
「ここも馬鹿みたいにいるわね」
ジェイルとニナがそう言って、前方を睨みつける。
その視線の先には、やはり魔獣。魔獣。魔獣。
黒狂犬、バジリスク、カトブレパス、センティコア、etc……
これまで現れた数々の魔獣たちが、勢揃いで立ち塞がっていた。
『『『『グルルルル……!』』』』
ジリジリとにじり寄る魔獣たち。ジェイルとニナがカレンを守るようにして立ち、臨戦態勢をとる。
「カレン。令束の発動までどれくらいかかる?」
「広場が思ったより広くて……2分ほどいただければ。必ず見つけてみせます!」
「よし分かった。ニナ、俺たちで時間を稼ぐぞ」
「ええ!」
そう言葉をかわし合って。
ジェイルとニナは、数多の魔獣へと挑むのであった――
「はあああああ――!」
ジェイルが稲妻のように、陣を取る魔獣たちの中へ駆け抜ける。
ズバッ! ズバッ!
そして右手に持った短剣で、魔獣たちの首を確実に仕留めていく。
本来ジェイルなら、熱量魔術を使えば一対多数の制圧は簡単にできる。だがこの戦闘でジェイルは魔術を控え、短剣による近接戦闘のみに留めていた。
というのも、炎熱も氷熱も、周囲のマナを大きく乱す。カレンの令束の邪魔になるからだ。
だがそうなると当然、仕留めそこなった魔獣がカレンたちの元へと襲いかかる。
「そこ――《貫け雷閃》ッ!」
それをニナが【ライトニング・レイ】で次々に撃ち落とす。雷撃系・風衝系の魔術は発動後すぐに霧散するため、大気中のマナへの影響が少ないのである。
「〜〜〜〜」
そして後方――カレンが満を持して瞳を閉じ、祈るように手を合わせ始めた。
ゆっくりと呼吸を整え、自身の外側――世界へと意識を傾ける。
脳裏に呼び起こすのは忘れもしない、あの頃の感覚……
〜〜〜〜。
「も〜! また見つかったぁ!」
幼い頃のある日。
カレンは広大な平原で、かくれんぼをしていた。
カレンが隠れて母が探す。
だがどういうわけか、何度隠れても母はすぐにカレンを見つけ出すのである。
特に今回は、カレンを全身すっぽり覆うような、高い草木の中に潜り込んだのにも関わらずだ。
『そうね。ここからじゃ、あなたの姿は全然見えなかったわ。随分と隠れるのが上手になったわね、カレン』
母がそう言って優しく笑う。
「えー! じゃあどうして私のいる場所がわかったの?」
『それはね、大自然のマナに聞いてみたのよ。両手を広げて、目を閉じてみて』
カレンは言われた通りにしてみた。
『……ほら、感じるでしょう? 風の流れ、陽の暖かさ、草花の匂い。この世界を廻っている命が。それをもっと凝らすと、マナが見えてくるわ』
「うーん。難しいよお母さん……」
カレンが困った顔をする。
『そうね。急に言われても難しいわよね。じゃあ、ちょっと見てて?』
母は今度は両手を合わせて、祈るようなポーズをとる。
するとたちまち、母の周りがキラキラと光り出した。
「わぁ……きれい……!」
光の粒子はどんどん広がっていき、やがて一族の皆が暮らしている移動式住居の近くまで到達する。
『これが魔力の源……マナよ。私たち⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は、マナとの親和性がとても高い一族なの。だから心を澄ませて感じれば、色々なことを教えてくれるのよ?
例えばそう……もうすぐあの木の枝に、小鳥がとまること……とかね』
母が指した枝をじっと見ていると、ほんの数秒後に言った通りになった。
「すごい!」
ぱっと表情が明るくなるカレン。
「お母さん。それ、私にも教えて!」
カレンは母の腕に飛びついて、そうねだった。
『ふふふ、いいわよ。じゃあこれは、カレンが初めて覚える令束ね。マナを感じとって、光らせる力。名前は――』
〜〜〜〜。
「なんだ……!?」
戦いの最中、ジェイルは魔力的な感覚が、一瞬でざわつくのを感じた。
理由は言うまでもない。カレンが瞳を閉じ、両手を合わせて何かを祈り始めた直後に、周囲の空気が変わったのだ。
(これが噂に聞く、令束発動時の魔力のゆらぎか……!)
カッ――!
カレンを中心に、何かが呼応するように波打ちはじめる。その『何か』は徐々に、視覚的な形となって現れるのだった。
「「ッ!」」
次の瞬間、ジェイルとニナが息をのむ。
カレンの周囲がキラキラと光り出し、それが伝播するかのように広場一帯に広がっていく。
戦々恐々としていた戦場が、一瞬で幻想的な光景に変貌したのだ。魔獣たちも動揺して、周囲の輝きに右往左往するばかりだ。
「カレン。これが……」
隙を見て戦闘から離脱したジェイルが、カレンに問いかける。
「はい。マナを光らせる令束――【友愛】です!」
「これがマナ……。凄い、初めて見たわ」
ニナも目を見開いて、光の粒子に手を伸ばしている。
「ジェイルさん、ニナさん。あそこです!」
そんな矢先、カレンが指さしたのは噴水の真上。
そこだけぽっかりと円柱型に空間が空いており、光の粒子が存在していない。
つまり、その場所にはマナが存在する余地がない、ということだ。
「――《原始の力・均衡に従い・回帰せよ》!」
ジェイルが反射で【マテリアル・バニッシュ】を唱える。
すると、これまで覆い隠されていた魔獣の大量召喚の術式が、ついに姿を現した……




