第61話 『巨獣ベヒモス、二角獣バイコーン』
――――。
「そうか。動ける魔術士、総出で……」
カレンから、事のいきさつを聞いたジェイルとニナ。
「最後の魔力点は、この街の南……噴水のある広場に隠されています」
二人の手前、カレンが真っ直ぐな瞳でそう答えた。
「南の噴水広場……あそこね」
「確かにあの場所なら、大がかりな術式を隠すのにうってつけだ。だけど、どうしてカレンがその場所を?」
唯一残る疑問を、カレンに投げかけると。
「それについては、私が説明しよう」
不意に、背後から一人の影が降り立った。
「リディアナ公!」
「リディアナさま!」
魔装束をバサリとはためかせ、華麗に着地するリディアナだ。
「全く、そなたには驚かされる。魔獣を迎撃していたとはいえ、まさか【エンチャント・クロス】を使った我々より先行するとはな。
魔力を扱う才能だけならジェイルにすら匹敵するぞ、カレン」
「領主さま! ごめんなさい。勝手に飛び出してしまって……」
「構わんさ。最初は驚いたが、その身体能力を見てすぐに杞憂だと判断した。後続のアリアやラオス殿たちも、時期に追いつくだろう」
「リディアナ公。カレンのことですが――」
「ああ」
リディアナは、ジェイルとニナの方を見ると。
「カレンは、周囲のマナを感知することができるんだ」
「な――」
「マナを!?」
リディアナの言葉に、ニナとジェイルが驚愕した。それもそのはず。
マナとは空気中に存在する、魔力の元になる物質のことだ。
あらゆる生命力の源にして、大気を循環する神秘。
しかし、その大きさは極々微小。公国が誇る技術をもってしても、その姿を捉えることはできない。
例えるなら液体の水を感じることができても、空気中の水蒸気を感じられないのと同じである。
そんなマナを感知する術を、カレンは持っているのだという。
「私も聞いた時は半信半疑だったがな。カレンは実際に、マナを可視化する令束を我々に披露してみせた。
その上で、私が睨んでいた場所と、カレンが捕捉した場所が一致していたんだ。カレンをそこに連れていけば、より正確な位置を特定できるだろう」
「すごいなカレン。そんなことができたのか」
ジェイルが息をのむ。
「黙っていてごめんなさい。奴隷になる前……小さかった頃に、お母さんに教えてもらったきりだったので……」
「その力は本物だ。ジェイル、ニナ。共にそこへ向かい、最後の魔力点を解除するぞ」
「「はい!」」
ようやく光明が差した――その時だった。
ぱあああああ!
「「「「!」」」」
ジェイルたち四人の足元から、突然、魔力の本流が流れる。
それは周囲一体をのみこみ、巨大な円形方陣を成していき……
「まずい! 皆離れろ!」
「!」
「きゃっ!?」
リディアナの一声で、ニナが即座に後退。
ジェイルもカレンを横抱きに抱え、跳躍する。
すると、広がっていく円形法陣から、徐々に大きな影が相貌を呈し始めた。
『グォオオオオオオオオオオオオ――ッ!』
「お、大きい……!」
カレンがジェイルの腕の中で、息をのんだ。
現れたのは、数階だての建築物に匹敵する、サイのような魔獣だ。岩の如き皮膚に、重厚な四足歩行の佇まい。もはや怪獣とも呼ぶべき、圧倒的な巨体。
『ヒヒィインッ!』
さらにその傍らにもう一体。馬型の魔獣だ。
しかし、我々のよく知る馬より二回りほど大きい。そして全身黒く澱んだ色をしており、禍々しい二本の角が生えていた。
召喚されたのは、たった二体。
だが、どちらもこれまでの魔獣とは根本的に異なる、異質な風格を纏っている。
その魔獣たちの正体は――
「ベヒモス! それにバイコーンか!?」
「嘘でしょ!? ティタノボア級の魔獣を、まだ二体も残していたなんて!」
『巨獣ベヒモス』。『二角獣バイコーン』。
いずれも、大地の悪魔ティタノボアに匹敵する、凶悪な魔獣たちだ。
「お、おいあれって……!」
「間違いない! ティタノボアとバイコーンだ!」
「あっちがやばそうだ! リディアナ様たちの援護に向かった方がいいんじゃないか!?」
「馬鹿言うな! こちらも魔獣が増えてる! そんな余裕はないぞ!」
突然の大魔獣の出現に、周囲で迎撃にあたっていた魔術士たちにも混乱が走る。
「もう! こっちは急いでるのに!」
ざざざざっ! と後退しながら、ニナが吐き捨てるように言った。
「ニナ! 錬成魔術で足止めしてくれ。その間に俺が仕掛ける」
カレンを降ろしたジェイルは、即座に魔術を放つ準備をするが。
「その必要は無い」
ヒュララララ! という音と共に、ベヒモスとバイコーンの周囲に、分厚い氷壁が展開された。
「三人とも。ここは私に任せて先に行くんだ」
リディアナだ。
「リディアナ公! ですが――」
「この場に仕掛けてきたということは、奴らに我々の動きを悟られた可能性が高い。ならば、これ以上時間をかけるのは愚策。そなた達は一刻も早く、魔力点の解除に向かえ」
「そんなッ……相手はあのベヒモスとバイコーンです! いくらリディアナさまでも、大魔獣二体が相手ではッ!」
「ニナよ。大局を見据えろ、と以前にも教えただろう?」
リディアナが、自身の身を按じるニナへ、諭すような声で言った。
「奴らの狙いは、間違いなく我々の足どめだ。ここに人数を割くわけにはいかない。わかるか? この采配こそが最適なのだ」
「わかります……でも! もし領主であるリディアナさまに何かあったら……!」
それでもニナは、粘り強く食い下がる。
現在の煌燈十二軍は、大公ユリエス率いる第一世代の先人たちから、軍人としての過酷な訓練を受けている。
中でも才能に伸び悩んでいたニナは、当時リディアナに目をかけられ、最も長く薫陶を受けていた。
ゆえにニナはリディアナに大恩を感じており、また彼女もそんなニナを妹のように可愛がっていたのである。
「何、心配するな。これでも元煌燈十二軍の端くれ。遅れは取らんさ」
「リディアナさま……」
「それにな……私は激怒してるんだ。
我が国、我が領地でここまでの狼藉を働いただけでなく、公国を侮り、そなたら今の煌燈十二軍を侮り、マージェスを簡単に墜とせると勘違いしている、『ヨルムの括り』の浅はかな連中にな」
「「「ッ!?」」」
「奴らが苦労して召喚した大魔獣が、たった一人の足止めにしかならない……その事実こそ、奴らへの最大の報復だろうさ」
皆の前では常に冷静沈着だった、リディアナらしからぬ大胆不敵な笑みに、三人は黙り込むしかない。
やがて。
「ニナ」
「……わかってる」
ジェイルがニナの肩へ手を当てて。
「リディアナさま。最後の魔力点は、私たちがすぐに解除してきます! ……どうかご武運を」
「領主さま。どうかお気をつけて」
ジェイルが勝利を信じた瞳で、リディアナを見つめて。ニナとカレンがぺこりとお辞儀をして。
三人はその場から離脱し、最後の魔力点の元へと駆けてゆく。
「ああ」
リディアナはそれを一瞥すると、二体の魔獣の方へ向き直った。
「さて……」
ベヒモスとバイコーンは、既にリディアナの展開した氷壁を破壊。
怒り狂った形相で、今にも彼女に襲いかからんとしている。
「臨海国家グラフィスで猛威を振るう重竜。かたや、レヴィエント王国北部に伝わる伝説的魔獣か」
ベヒモスの巨体は言うまでもなく脅威だが、もっと厄介なのはバイコーンの方だ。
その全身からは、おぞましいオーラが放たれており、それを浴びた近くの草木は、瞬時に朽ちていく。
バイコーン特有の汚染された魔力――『瘴気』というやつだ。
何の魔力的防御を張っていなければ、近づくだけで皮膚が溶けるだろう。
さらに、今回は地の利も最悪。周囲には、これまた大量の魔獣と交戦中の魔術士たちが大勢いる。
彼らを巻き込まないためにも、限られたスペースで、たった一人で戦わなければならないのだ。
だというのに……リディアナの顔に、陰りはない。
臆せず、怯えず、動じず。ただ毅然として、対峙する。
なぜなら彼女は……
「先のティタノボアとの戦いでは、毒にやられ、無様を晒してしまったからな。失態を取り返す相手としては、申し分無い……!」
公国四大都市の一つ、マージェスを治めるシルヴァ家"歴代最年少女性当主"。
煌章院の一柱、公国保安庁及び傘下組織"銀氷狼の長"。
新生ユリエス政権における、"第一世代"の紅一点。
そして――元煌燈十二軍"第六軍団"。
数多の肩書きと、それ以上の功績を持つ女傑が今、左手に膨大な魔力を携え、大魔獣二体を迎え撃つのであった。
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