第60話 『風雲急を告げる』
――――。
時は少し遡って。
「皆さん。新しい包帯とお薬、持ってきました」
銀氷狼の本部二階。
来客用に用意された一室に、カレンが入る。
ここは現在、簡易的な無菌結界を施して、即席の治療室として使われていた。
中には、銀氷狼の蒼い制服を着た女性職員が3人、負傷した魔術士が十数人ほどいた。
負傷者の手当ては一通り終えたようで、室内の様子は当初よりも落ち着いている。
「ありがとうカレンちゃん。その机の上に置いておいてくれる?」
そう言ったのは、蒼いロングヘアーが特徴の妙齢の女性、アリアだ。
銀氷狼の受付嬢たちのまとめ役でもある。
「それにしても、カレンさんがいてくれて良かったですね。私たちだけじゃ、手が足りませんでしたから」
続いて、奥で負傷者を介護していた、ショートカットが特徴のリリアンが言った。
彼女は先ほど、一階のエントランスで一級魔術士タイタスを説得していた職員である。
「そうね。仕事もすぐに覚えてくれたんだもの。おかげで凄く助かったわ」
「そんな……みなさんのお役に立てて……嬉しいです」
カレンは恥じらいながらも、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「なんていい子なの……! カレンちゃん。ジェイルに着いていくより、いっそここで働かない!?」
感動したような声でカレンに迫るのは、赤髪のおさげが特徴の女性職員、ベラだ。
「おい見ろよ! 可愛い子に目がないベラちゃんが、また小さい子を口説いてやがるぜ!」
治療を終えコーヒーを嗜んでいた、組合所属の魔術士、ラオスがそう囃し立てる。
「え、えと……私、助けていただいたジェイルさんの力になりたくて……だから、あの人と一緒にいたくて……あの、ごめんなさい!」
カレンが申し訳なさそうに頭を下げると。
「くうっ! ジェイルったら、可愛い子にばっかりモテるんだからっ!」
拳を握りしめ、血涙を流すベラであった。
「あっはっは! 残念だったなベラちゃん。その子はとっくに、ジェイルに首ったけだってよ。
ったく残念だぜ。若くて可愛い嬢ちゃんがいれば、俺らも仕事も捗ったんだがなぁ!」
ラオスが笑いながら言った。
その様子に、ベラはキッと鬼の形相で振り返ると。
「うるさいわねぇ! 私たちは若くて可愛くないって言ってるの!? 一応十九なんですけどッ!」
ラオスにチョークスリーパーを仕掛けるのだった。
「あががががッ! ちょベラちゃん!? 回復したのに、むしろダメージ受けてるってッ!」
「やかましい! てかアンタ、組合所属だから銀氷狼の受付なんてそもそも来ないじゃない!」
「あわわわわ……!」
先のルーガンとニナのような、既視感のあるやり取りに、カレンはアタフタするが。
「ふふ、カレンちゃん。あの二人はいつもあんな感じだから、気にしちゃダメよ」
アリアがくすくす笑いながら言った。
「え……?」
その言葉を聞き、カレンが周囲を見ると――
「あはは! ラオスの馬鹿、またベラを怒らせやがった!」
「本気のベラちゃんは魔獣より怖いからなぁ!」
「てか聞いたか? ジェイルの奴、中々やるじゃねえかよ!」
「ちくしょう! 俺も煌燈十二軍になってたら、もっとモテてたのかなぁ」
「馬鹿野郎。お前じゃ無理に決まってんだろ」
「「「「わはははははッ!」」」」
どこもかしこも、笑いに包まれていた。
何故ここまで盛り上がっているのか、カレンには分からない。
だけど、みんな楽しそうで、当のベラやラオスですら、この雰囲気を楽しんでいて。
それが、可笑しくて。
「……ふ」
長年、劣悪な環境に身を置いていたせいで、こういった雰囲気を、まるで知らなかったカレン。
そんな彼女すら、このおかしな光景に思わず――
「ふふっ」
口に手を当てて、笑い出すのであった。
――――。
「さーてお前ら、もう十分回復しただろ! 魔獣どもからマージェスを取り戻すために、いっちょ再出撃だ!」
「「「「おおッ!」」」」
ラオスを筆頭に、治療を終えた魔術士たちが次々に拳を突き上げる。
その時だった。
「で、伝令――! 伝令――!」
焦ったような声と共に、若い銀氷狼の魔術士が、部屋に駆け込んでくる。
「どうしたのですか?」
「煌燈十二軍の活躍により、魔力点のうち二つが解除! にも関わらず、現在マージェス各地で魔獣たちが大量に出現! さらに魔力妨害を受けて通信ができず、連携も取れない危機的な状況です!」
瞬間。
室内に、ざわめきが走った。
「おいおい! 魔力点を二つも解除したのに、魔獣が止まらないのかよ!」
「おまけに魔力妨害だと!? どうなってんだ!」
皆が各々、事の深刻さを噛みしめる。
「既に状況は最悪です! そこで、リディアナ様の命により、動ける魔術士全員で魔力点を探索、負傷者の救援、ならびにヨルムの括りの殲滅に向かうことが決まりました!」
「ち、ちょっと! それって、本部をもぬけの殻にするってこと!?」
「いや、判断としちゃ悪くねえ」
異議を唱えるベラを、制止したのはラオスだった。
「その報告が本当なら、状況はほぼ詰みと言っていい。止まらん魔獣の召喚に、どこにあるかも分からない魔力点、そんで増える負傷者。ならいっそ、まだ余力のある今こそが分水嶺。全勢力を上げて出撃すべきだ。
おまけに今回の相手は、あの"ヨルムの括り"――世界最古にして最悪の裏組織ときた。隠密主義の奴らが、なぜまた公国を襲いに来たのかは知らんが、このままだとマージェスは確実に墜ちる。他の都市からの援軍を待たずしてな。その前に魔力点を解除するか……全ての元凶である奴らを叩くんだ」
「そ、そうだけど……もし失敗したらどうするのよ!」
「ああ。そん時ゃ、この街は終わりだ。リディアナちゃんも、苦渋の決断なんだろうさ」
一同に、沈黙と緊張感が流れる。
「ちっ……四年前の掃討戦を思い出すぜ。いや、まだ死人が出てないだけ、あれよかマシか」
すると、ラオスの近くにいた仲間の魔術士が言った。
「だ、だがよラオス、そんな事ほんとにできるのか? ただでさえ連中は、最高レベルの魔術結界が張られたマージェスに侵入してくるんだぜ? 煌燈十二軍や一級魔術士の先輩らはともかく、俺たちじゃそもそも見つけられるかどうか……」
「まぁ、そこが問題だよな。リディアナちゃんのことだから、もう既にある程度検討はついてるんだろうが……とりあえず、行くしかねえだろ」
皆の脳裏にこびり付く、一抹の不安。
それをぬぐい去れぬまま、出撃を始めようとした――その時だった。
「あ、あの!」
扉の前に立つ、少女の姿があった。
カレンだ。
「ん? どうした嬢ちゃん。危ないから嬢ちゃんには、ここに待機しといて欲しいんだが」
「妨害されているのって、魔力だけなんですよね……?」
「? ああそうだぜ。つっても、それが大問題なんだが……。
普通、魔力っつうのは、互いの魔力による反響で感知するんだ。コウモリみたいにな。
それを妨害されちまったんじゃ、どこに魔力点が隠れているか、わかったもんじゃねえ。解除できないから、魔獣召喚も止まらねえ。だから状況が最悪なんだ」
「……でも……だったら……」
ラオスの説明を受け、カレンは口元に手を当てて、小さく呟く。
「カレンちゃん? 一体何を――」
アリアが声をかけ、一同が注目する中、何か確信を得たような表情でカレンが言った。
「だったら私……わかるかもしれません! 最後の魔力点の場所が!」
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