第58話 『ルーガン対リンゲル=ライヤード 其の二』
――――。
ジェイルとニナがそれぞれ敵を撃破した、そのすぐあと。
マージェスの旧地下水路では……
『ブモォオオオオオオオオオオオオオ――ッ!』
牛人は血気迫る形相で、ルーガンに襲いかかる。
「ふ――」
だが、その拳はルーガンには当たらない。
『ブ……モァア"ア"……!?』
全て紙一重で躱され、反撃の拳打をくらう。
そもそも最初の戦闘でも、立ち回り自体はルーガンが上回っていたのだ。
転移の不意打ちがなければ、正面戦闘で牛人が圧倒されるのは必然。
(……すまねえ……)
再生が間に合わないほどの打撃を受けてなお、自分に向かってくる牛人。
その姿を見て、ルーガンは心の中で呟く。
(アンタは元は、何の罪もない人間だ。せめて……ここで眠ってくれ)
死の安らぎを与えるために。
乱打を躱しながら、ルーガンは切り札の魔術を唱え始める……
「《灼熱の骸よ・――》ッ!」
右手を引き、魔力を集めて。
「《――・生者を捕らえ・地に還せ》ッ!」
振り絞るように、魔獣に向けて突き出した。
同時に、拳の先から魔術円陣が展開。
そこから炎が帯のように放出され、幾重にも折り重なって……
やがて、巨大な髑髏の形状になった。
炎熱弐式【クリムゾン・ファング】。
髑髏を模した炎で相手を捕え、内側から焼きつくす。
二等軍用魔術【クリムゾン・フレア】をベースに作成した、ルーガンの改変魔術だ。
炎髑髏は牛人が見上げるほど巨大に、地下空間を埋めつくしていく。
「終わりだ」
ゴォオオオオオオオオオ――!
収束した轟音が、死神の嘶きのようにも聞こえて――
炎髑髏のぱかりと開いた巨大な口が、牛人を易々と飲み込んで――
もはや抵抗すらままならず、牛人は焼き尽くされるのであった。
「ふう――」
瞳を閉じ、右手を振り抜いた状態で、ルーガンは静かに残心。
灰と化した牛人に、せめてもの祈りを捧げる。
「す……す……」
一方、一連の戦闘を見ていたリンゲルは、わなわなと震えながら。
「素晴らしい! まさかこんな所に、これほど優秀な肉体が転がっておるとは! 東方の格言"棚からぼたもち"とはよく言いおる! わざわざ公国まで足を運んだ甲斐があったもんじゃ!」
興奮の絶頂にあった。
下僕がやられたと言うのに、一切の感傷や危機感もない。
ただただ目の前のルーガンへの興味に、釘付けといった表情であった。
「もう黙れ」
この外道を野放しにしてはいけない。
ルーガンは、魔力点の傍らにいるリンゲルを鋭く睨みつけると、一気に走り出す。
「これで――終わりだ!」
飛び上がり、距離を詰め、上空からリンゲルを捕捉すると。
再び拳を引き、魔術を放とうとした……その時だった。
「なッ……!」
突如として、ルーガンが空中で止まった。
重力を一切無視し、空間そのものに固定されているように、固まってしまったのだ。
(動けねえ! どういうことだ……!?)
そして刹那。
ルーガンは眼前に、なにやら黒い物体が漂っていることに気づく。
その正体は……
(人形だと!? なんでこんなとこに――)
どす黒く不気味だが、それはクマを象った人形だった。
人形は赤い目を一層光らせ、ルーガンを見つめている。
なぜ動けない? この人形のせいなのか?
突然の出来事に、ルーガンが浮いたまま硬直していると。
「あらあらリンゲル様。思いのほか、追い詰められていましたのね」
「!」
リンゲルの傍らに、ゴシックドレスを纏った一人の幼い少女が現れた。
それも、ルーガンに一切の魔力を悟らせることなく。
「んだ……テメェは……ッ! どっから……出てきやがった……ッ!?」
ルーガンは絞り出すような声で、現れた少女に問う。
「うふふ」
少女は質問をさらりと流し、パンッ と軽く両手を叩いた。
すると……
「おぁあああああああああああ――ッ!」
空間に固定されていたルーガンは、弾かれたように吹き飛び、派手にバウンドする。
「――まったくお嬢よ。どういう了見じゃ? 折角、良い所じゃったというのに」
それを見ていたリンゲルは、ニヤついた表情で言った。
「あら、これは失礼。ご自慢の作品を倒されて、窮地に立たれているように見えましたので」
「ふん。ワシの作品の多さは知っておろう? たった今、新しいのを召喚する所だったんじゃよ」
「たしかに。ですがルーガン様が相手となれば、今の手持ちでは心ともないでしょう? せめて、レヴィエント王国で捕らえた"彼"を実戦投入でもしないと」
「まったく、なんで知っておるんじゃ。相変わらず、恐ろしい娘よのう」
リンゲルは嘆息しながら。
「んで? 隠密主義のお主が、わざわざ姿を現して何の用じゃ?」
「撤退ですわ。此度の侵攻、この辺りで幕引きといたしましょう」
「なんじゃと? 随分急ではないか」
「今の公国の強さは分かりましたし、我々の目的も完遂しました。ヴェレーノ様が捕縛された以上、長居は無用ですわ」
「第二階の若造め、やられおったんか。それなら仕方がないのう……じゃが、あの小僧だけは何としても欲しい! もう暫しの間だけ、待ってもらうぞ!」
「そう言うと思ったので、わざわざ直接出向いたのですわ。
待ってあげたい気持ちは山々ですが……彼を捕らえるのは骨が折れると思いますので」
少女は困った表情を浮かべ、後方で倒れるルーガンを流し見た。
「ぐお……くっそ……痛ってぇな、おい……」
吹き飛ばされたルーガンは、ボロボロになりながらも、なんとか立ち上がって。
(あのガキ……会話の感じからして、ジジイと同じ第三階か? 準幹部クラスの奴が2人も絡んでんのかよ……)
リンゲルの傍らにいる少女を睨みつけるが――
「ッ!?」
刹那。
ルーガンは全身の穴という穴から、大量の脂汗が吹き出るのを感じた。
(どういうことだ!? こいつ、魔力を微塵も感じねぇ。なのにこの馬鹿みてぇな存在感、嫌な感じがするぜ……!)
少女が放つ異質な気配に、身体が本能で警告を発している。
今までの相手とはケタが違う、と。
「おい。テメェが今回の黒幕か?」
ルーガンは顔を引きつらせつつも、少女に鋭く問う。
「――ええ。煌燈十二軍のルーガン様。こうしてお会いできて、光栄ですわ」
その瞬間。
少女の周りから、黒い人形が次々と現れた。
どれも動物をデフォルメしたような見た目だが、クマの人形同様どす黒く赤い目をしている。
人形たちは、一斉に口をパカッと開くと、そこから膨大な魔力が迸り始めた。
「ッ!? やべぇ!」
ルーガンは瞬時に、【エンチャント・クロス】の出力を最大にする。
直後。
人形たちの口から爆炎、氷刃、暴風、電撃が次々に打ち出された。
「ちぃ――!」
襲い来る猛撃を、ルーガンは躱す。躱す。躱す。
やがて、人形たちの中心に潜り込むと――
「《天空の嵐帝よ・荒れ狂う暴刃以て・黎き隔てを薙ぎ払え》ッ!」
呪文の〆と同時に、ルーガンの周りから見えない何かが飛び出す。
それはひゅぱ! ひゅぱっ! と音を立てながら、人形たちを木っ端微塵に斬り落とすのであった。
「これは……二等軍用魔術【ブラインド・アーチ】ですか。あれだけの連戦でまだ余力を残しているなんて、恐ろしいタフさですわね」
「はぁ……はぁ……」
ルーガンは肩で息をしながらも、しっかりと二の足で立っている。
「どうでしょうリンゲル様。私の可愛い人形たちですら、彼の前ではこの有様です」
少女は、およそ十四、五歳ほどとは思えない、妖艶な笑みを浮かべて言った。
「第二軍団のルーガン=ベオウルフ様。
魔闘拳の名門『ベオウルフ家』の嫡男にして、こと近接戦に限れば、第一軍団のジェイル様以上の立ち回りを誇る逸材。
魔闘拳の腕もさることながら、真に恐るべきは、追い込まれて発揮するその潜在能力ですわ。
禽困覆車という言葉があるように、窮地に瀕した彼は何をするかわかりませんもの」
リンゲルは、少し考えるような素振りを見せた後に。
「ふむぅ……そうじゃのう。確かに今すぐこやつを捕らえるのは難しそうじゃ。まっこと惜しいが、ここは大人しく出直すかのう」
「ご理解いただけて何よりですわ」
少女がにっこりと笑って。
二人の近くに、アーチ状の円形方陣が現れる。
「待ちやがれ! 逃がすわけねぇだろうが!」
撤退を感じ取ったルーガンは、急いで追おうとするも。
「ヒョヒョヒョ、すまんな小僧。今日はここまでじゃ。次こそは、お主を捕らえて素体にしてやるからのう」
そう言ってリンゲルが、大杖をカツンと打ちつける。
すると天井の転移円陣から、不定形の肉塊がボトリ、ボトリ、と落ちてきた。
「こいつらは……!?」
あっという間に埋め尽くされた肉塊たちに、ルーガンは息を飲む。
「見ての通り、ワシの改造に耐えれんかった失敗作どもよ。役に立たんゴミばかりじゃが、時間稼ぎにはなるじゃろうて」
「テメェ……!」
どこまでも外道なリンゲルのやり口に、怒りを抑えられないルーガン。
「それでは私たちはこれで。……ああそう。ここの魔力点は解除しておきますわね。もう用済みですので」
少女がそう言った途端、頭上と背後にある巨大な魔力点が弾けるように霧散した。
「それと、地上には今から、沢山の魔獣が出現します。そこにいる肉塊たちを早く片付けて、お仲間の加勢に向かうことをおすすめしますわ」
「くそッ! 待ちやがれッ!」
ルーガンが追いかけようとするも、おびただしい肉塊に阻まれる。
彼らにまだ自我が残っているのだろうか。
どれも悲痛な叫び声を上げていて。
そうするうちにも、リンゲルと少女はアーチをくぐり始めて……
「それじゃあのう、また会おうぞ。ヒョッヒョッヒョ――」
消えゆく二人を、ただ見ているしかないルーガン。
血が流れるほどに、拳をぎりぎりと握りしめる。
「くそ……ッ! ちくしょう……ちくしょおおおおおおおおおおおおお――ッ!」
怒りと悲しみの混じった叫びを上げながら。
ルーガンは迫りくる肉塊に、向かってゆくのであった――
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