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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第二章《水の都市マージェス》
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第55話 『ルーガン対リンゲル=ライヤード 其の一』



 ――――。



『ブモォオオオオオオオオオオオオオ――!』


 囂々(ごうごう)たる咆哮が、旧地下水路を反響する。

 それを皮切りに走り出す巨躯。

 牛頭の魔獣の、振るえば大地が割ける剛腕が、眼下のルーガンへ差し迫る。


「しい――ッ!」


 ルーガンは身体を半回転させ、魔獣の剛腕を紙一重で躱すと。

 そのまま、腕をなぞるように回り込み、跳躍。


「うぉおおおおおおらぁああああああ――!」


 ひねりを加えた回転から、魔獣の首元へ強烈な回し蹴りを繰り出した。

 すると――



 ぶしゃあ!


 

 まるで、鋭利な刃で斬られたように、魔獣の首から血飛沫が上がる。


『ブモォオ!?』


 傷は深くないが、予想外の一撃。

 魔獣は思わず怯み、ルーガンから距離をとった。

 

「ふむ、よもやあの分厚い首を切り裂くとは。小僧め、なかなかの魔闘拳(ヴァルダーツ)を使いおるわい」


 片や、一連の差し合いを後方から観察していたリンゲルは、顎を撫でて呟く。



 魔闘拳(ヴァルダーツ)

 身体強化魔術を併用しながら、魔力を全身にのせ、インパクトの瞬間に相手の内部へと炸裂させる、公国が誇る近接戦闘術だ。

 魔力操作の感覚から会得難易度は非常に高い上、遠距離高火力という魔術の優位性を完全に捨てることになるが、その威力は絶大。


 なにより、攻性魔術(アサルト・スペル)と比べ魔力消費のコスパがよく、継戦能力に優れている。

 以前ジェイルがリッパーへ告げたように、第二世代の煌燈十二軍は皆、この格闘術を叩き込まれているのだ。



「それにこの演武に似た動き。大陸最強と謳われる武術、『東仙白鬼拳』じゃな。

 まだ奥義の域には至っていないようじゃが……。まあ、流石にかの"無敵の武人"に比肩する使い手は、そうそう現れんわのう」


 リンゲルが一人呟く間にも、ルーガンの猛攻は止まらない。

 今度は懐へ一気に距離を詰め、魔獣の右膝を横薙ぎに蹴り上げた。


「はぁああ!」


 メキメキッ!

 関節がひしゃげ、砕かれる音。


『ブモォオオオ!?』


「へッ、やっぱりか! いくら改造しようが、関節(ここ)は弱いみてーだな!」


 にっ、と笑うルーガン。

 片膝つく魔獣へ、次は正面から突貫して。

 

「これで終わりだ――《炎楼よ》ッ!」


 呪文を唱え、魔獣の眼前で拳を勢いよく振り抜く。

 すると、拳の先から魔術円陣が展開。

 円柱状に収束した炎が放たれた。

 炎熱系の三等軍用魔術――【フレイム・ロード】だ。


『〜〜〜〜!?』


 魔獣は声を上げることもままならず、膨大な熱の奔流に押し流され――


 ドガァアアアアン!


 背後の石壁にぶち当たり、土煙の中へと消えゆくのであった。


「ほう。正面から殴り合うのは避け、筋肉増強の隙をついたか。なかなかやりおるわい」


 リンゲルが劇場でも見ているかのように、からからと嗤う。


「――次はテメェだ、ジイさん。第三階ってんなら、とっ捕まえて情報を吐かせてやるぜ」


 ルーガンは、右手にバチバチとはじける魔力残滓を軽くはらうと。

 魔力点の傍らで、高みの見物を決め込むリンゲルに照準を定め――


「うおおおおおおおおおお――ッ!」


 一気に突貫。


(ふむ。こやつ……ただ考え無しに突っ込むのかと思いきや、弱点を見抜き、的確に斬り込む賢さを持ち合わせておる)


 リンゲルは変わらず顎を撫でながら、内心そう分析して。


「じゃがまぁ……油断大敵じゃぞ、小僧?」


 暴風のように近づくルーガンに怯みもせず、リンゲルは唐突に天井を指差した。


「! なんだ……?」


 反射的に見上げるルーガン。

 頭上の光景に、思わず息を呑む。


 二人のいる地下空間。

 その天井には、一面を覆い尽くす"巨大な円形法陣"が描かれていた。

 規模はリンゲルの傍らにある、魔獣召喚用の魔力点のおよそ三倍。

 それが、ぱあああっと淡く光り始め……



『ブモォオオオオオオオオオオオオ――!』



 なんと、円形法陣の中から牛頭の魔獣が現れた。

 それと同時に、ルーガンは先ほど魔獣を吹き飛ばした場所から、その大きな存在感が消えていることに気づく。

 すなわちこれは……


「空間転移だとォ!?」


 剛腕を振り下ろし、ルーガンを潰さんと落下してくる魔獣。


「ちぃ!」


 ルーガンは即座に両腕を交差させ、防御姿勢をとる。

 しかし、膨大な質量をもつ魔獣の一撃は凌ぎきれず――


「が……はぁ……ッ!」


 魔獣の拳が大地を割り、ルーガンを叩き潰した。

 駆け抜ける衝撃。

 全身バラバラになるような感覚。

 煌燈十二軍の中でも屈指の強健さを誇るルーガンですら、意識が飛びそうになる程の、もはや限界を超えた痛みが襲いかかった。

 

「ち……くしょう……」


 魔獣が割いたクレーターの真ん中で、ルーガンは倒れ伏す。

 それを見たリンゲルは、愉悦そうに嗤って。


「ヒョヒョヒョ! 設置した魔力点が魔獣召喚のものだけと思うたか!? 甘いのう!

 この地下空間は、既にワシ特製の魔力点を張り巡らせた"工房"そのもの! 領域内の魔獣を転移させることなど、造作もないわい!」


 天を仰いで高笑いするリンゲルの言葉に、ルーガンは歯噛みする。


(くそッ、空間転移……んな高度なモンまで仕掛けてやがったのか……!)


 空間転移は、どんな魔力技術でも膨大な手間と魔力がかかる。

 フォルニカ公国が誇る魔術ですら、半永久的な空間転移は実現不可能として、都市間を繋ぐ転移ポータルの建設を断念したほどだ。


 それをごく限られた空間であるとはいえ、リンゲルは実現させた。

 いかなる魔力技術を用いているかは不明だが、それが超絶技巧であることに違いない。


 そうしたのちに。

 魔獣は両腕でルーガンを鷲掴むと、胸の高さまで持ち上げて、一気に締め上げた。


「ぐぁあああああッ!」


 メキメキ、と両手の潰れる音。

 そして肺からねじ出される空気の感覚に、ルーガンが悶絶する。


「殺すでないぞ〜。少し前に調達したとはいえ、丈夫な素体は持て余して困らんからのう」


 リンゲルが呑気に言うものの、魔獣の剛腕はルーガンをそのまま握り殺しかねない勢いだ。


「く……そが……」


 朦朧とする意識の中、ルーガンが消えるような声を出す。

 そして……



 ぶしゃあ!



 紅い鮮血を吹き出したのは、魔獣の方であった。


「な……んだと……!?」


 眼前の異変に、ルーガンが目を剥く。

 今この瞬間、ルーガンを握り潰さんとしていた魔獣が、突如として全身から血しぶきを上げ、苦悶の表情で唸り始めたのだ。


『ブ…………モォ…………ア"ア"…………』


「おん? 強制転移で肉体に負荷がかかりすぎたかのう? なにぶん突貫工事じゃったからな、転移の術式が甘かったんじゃろ。ほれ、早く治さんか」


 リンゲルが大杖を床に打ち付ける。

 すると、魔獣の全身の肉がうねり出し、裂傷が塞がり始めた。


『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!?』


「ちぃッ! 回復力もバケモンかよ……!」


 唯一の好機と捉えたルーガンの思惑も虚しく、魔獣は元の無傷な状態に戻っていく。

 これほどの怪物、一体どのように作ったというのか。

 だが、その時。


『ア"……ア"……』


「!?」


 ルーガンは気付いてしまった。


『…………イ……ダ……ィ……』


 転移負荷に苦しむ魔獣が出した声を。

 先刻までの、野性の獣が放つ咆哮とは別の、まるで"人"のような呻吟(しんぎん)を。


「――! 馬鹿な……」


 ルーガンは再び気付く。

 魔獣の瞳の端から、何か液体が流れて、伝っていることに。

 その頬を伝うのは紛れもなく――


「涙……だと……!?」


 妙だとは思っていた。

 魔獣とは本来、魔力の影響で変質した動物の総称だ。

 それをいくつか、かけ合わせて作るのが合成魔獣(キメラ)

 であれば、元となる魔獣たちの名残りがあるはず。

 だが……ここまで人型に酷似した魔獣がいるだろうか?


「……ッ!? おいテメェ……まさか……」


 ルーガンの脳裏に、最悪の想像が過ぎる。


「こいつも、あの時戦った馬頭も、人間(・・)から作ったッてのか!?」


「ふん。何をいまさら」


 ルーガンの鋭い視線を受けて――


「このワシが! 合成魔獣(キメラ)などという! 生殖もできん出来損ないを好んで創るわけなかろうが! 

 あのティタノボアは、あくまで上からの命で作ったに過ぎん! 人を馬鹿にするのも大概にせいッ!」


 リンゲルの態度が豹変し、ヒステリックに叫ぶ。


「ワシの目的はあくまで"最強たる()の創造"! この改造人間ならば、人間との交配も当然可能じゃ! 

 多少歪な胎児も産まれおるが、改良を重ねれば安定して強き個体を増やすことができるじゃろう!

 そしてこれらの種が十分反映し、地上を支配したその時こそ! 人間は真の意味で究極の生命になれるというものじゃ! ヒョッヒョッヒョッ!」


「ッ……」


 倫理が破綻したリンゲルの言葉に、ルーガンは絶句する。


 牛頭の魔獣――もとい牛人は、度重なる戦闘で、痛覚や人間性がいくらか戻ったのだろう。

 無理やり肉体を強化された負荷に、苦悶の表情を浮かべながら、それでも大きな両腕でルーガンを拘束し続ける。

 改造を施されたその瞬間から、ただリンゲルの命令に従う駒になってしまったのだ。


 やがて……



「……れねぇ」


「はて? 何か言ったかの?」


「……テメェのしたことは……許されねぇ……ッ!」


 ルーガンの瞳が、一層鋭くなった。

 牛人の両腕の中でもがくように、身体を仰け反らせると。


「《炎――」


「無駄じゃ! 無駄無駄! いくら呪文を唱えようが、魔術士の命である両腕を潰されては、魔術は放てまい!」


「――楼よ》ッ!」


 高らかに嗤うリンゲルを無視して、ルーガンが詠唱を〆る。

 そして。


「おッらぁ!」


 牛人に向かって、頭突きを放った。

 直後――



 豪ッ――!



 なんと、ルーガンの前頭部を起点として魔術円陣が展開。

 そこから【フレイム・ロード】が起動。

 荒れ狂う炎の柱が、牛人を頭から覆い尽くしたのだった。


「なんじゃと!?」


 ルーガンが突如見せた、(おきて)破りの魔術起動。

 さしものリンゲルも声を上げ……



『ブモォオオオオオオオオオオオオオ――!?』



 牛人はたまらずルーガンを解放。

 そのまま二、三歩仰け反って、炎の中で咆哮を上げるのであった。


「はぁ……はぁ……」


 牛人が立っていた場所には、潰れた両腕をだらんと垂らして息切れしながらも、二の足で立っているルーガンの姿が。


「よもや頭蓋から魔術を放つとは……なんという魔力回路の柔軟さ! お主のような魔術士は今まで見たことがないわい!」


 本来、魔術を放つのは、両手からというのが通例である。

 体内に流れる魔力回路のうち、外界と繋がった魔力点(魔力の溜まり)が、両腕に集中しているからだ。

 それゆえに、どんな魔力技術でも、必ず手のひらを通じて魔力を放出というのが常識。


 しかし……

 体内の魔力点を数多く持ち、かつ柔軟な魔力回路を有していれば、肘や足、頭といった身体の節々からでも、理論上は魔力を放出できる。


 それこそがルーガンの持つ稀有な才能。

 ジェイルを含む、公国有数の実力者の中でも、このような才能を持つ者はほとんどいない。

 大公ユリエスによって見出された、第二世代屈指の魔術士なのである。


「これほどの素材、公国の魔術士の中でも一体いくらおるか! うーむ欲しい……お主を元に改良を加えれば、あと50年は研究が早まるじゃろうて!」


「黙れよジジイ」


 地獄の底から響くような、低い声がした。


「《天憑(てんひょう)の導きあれ》」


 【アーリー・ヒール】で、両腕をかろうじて動かせる状態に戻しながら。


「俺はなぁ……ジェイルのやつと違って、ヨルムの括り(お前ら)全員を殺したいほど恨んでるわけじゃねぇ」


 ルーガンが静かに、虚ろな目を浮かべながら。


「だがなァ……ッ!」


 糸がぷつりと切れ、どこか致命的な逆鱗に触れたように。


「命を弄ぶテメェだけは……絶対に許せねぇッ!」


 次の瞬間。

 激昂したルーガンの鋭い瞳が、後方のリンゲルを射抜くのだった。


「ふん。俗物に崇高なる境地を理解するなぞ、そもそも期待しとらん。精々、実験材料として役に立ってもらおうかのう。ほれ、早く起きて小僧を捕らえんか」



『ブモォオオオオオオオオオオオオオ――!』



 リンゲルの命令を皮切りに、牛人は再び立ち上がり、ルーガンへと狙いを定める。


「……上等だ」


 ルーガンは、ぼそりと小さく呟くと……


「――テメェもテメェらの計画も! この俺が叩き潰すッ!」


 只、許されざる外道を討ち滅ぼすために。

 満身創痍の身体を振り絞り、再び拳を構えるのであった。



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