第54話 『旧地下水路にて』
――――。
ぴちゃん――ぴちゃん――
水滴の滴る音の中。
ルーガンは手元に灯した魔術の光を頼りに、暗闇を歩いていた。
「ったく、こんなとこに魔力点があんのかよ……。埃っぽいし、完全に貧乏クジ引いたよなぁ」
盛大な愚痴を零しながらも、そのまま歩き続ける。
ここは、マージェスの東部にある旧地下水路の一角。
今からおよそ百年前。
水路を全て地上に持ってきて"水の都市"と呼ばれるようになるまで、マージェスは地下の巨大水路で生活水が回されていた。
現在はお役御免となり、こうして埋めきれずに残った水路が、所々に点在しているのだ。
石のブロックでできた地下の空間は広大で、なにより人目につかない。
大がかりな魔力点を設置するなら、これ以上の場所はないだろう。
「ん、なんだぁ? 急に明るくなってきやがったぞ?」
曲がり角を進んだ先で、ルーガンは目を細める。
そこは一際広い空間で、周囲に円を描くように灯篭型の魔導器が設置されていて。
真ん中には巨大な円形方陣と……一人の老人が佇んでいた。
「おいジイさん。一応聞いとくけど、アンタがヨルムの括りか?」
手元を照らす魔術を解除したルーガン。
不躾に質問を投げかける。
当の老人は、その声でルーガンの存在に気づいたようで。
「――ヒョッヒョッヒョ。なんじゃ……もうバレおったんか。せっかく新しい作品を完成させて、感傷に浸っていた所じゃというのに」
くるり、とルーガンの方へ向いた。
少なくとも七十代はあろう、高い鼻が特徴の老人だ。
手足は細く、背筋は曲がり、両手で大きな杖をついている。
身に纏った白衣に片眼鏡。そしてニヤついた気味の悪い表情は、まさにマッドサイエンティストという言葉が相応しい。
「ヨルムの括りか? と聞いたな……左様。お主こそ、その大公庁の紋がついた魔装束。噂に聞く煌燈十二軍というやつかいの?」
「ああ、よく知ってんな。第二軍団のルーガン=ベオウルフだ」
「ベオウルフ? はてさて、どこかで聞いたことがあるが……ま、ええわい。
ワシはヨルムの括り――"第三階"のリンゲル=ライヤード。最強たる種の繁栄を求める、崇高な探求者よ」
「第三階、だと!?」
老人の名乗り上げにルーガンは目を見開いた。
「おいおい、やっぱいんのかよ……。準幹部クラスのやつが、白昼堂々テロを起こしやがるなんてな!」
気を引き締め直し、警戒レベルを一気に引き上げると。
「目的はなんだ? テメェら、なんでマージェスを襲った?」
腰を低く落として、拳を構えながら鋭く問うが――
「さぁのう?」
リンゲルと名乗った老人は、気の抜けた返事をした。
「ワシは第三階の中でも、ちと立場が特殊でな。どの派閥にも属しておらん故、組織の目的なんぞ知らん。
気まぐれで招集に応じただけじゃ」
「んだと? じゃあテメェ、気まぐれでマージェスをこんな風にしたってのか!?」
眉を上げて食いかかるも。
「もっとも、ワシの個人的な目的ならあるぞい」
リンゲルはそれをさらりと受け流し……
「ああ?」
「さっきも言ったじゃろう。――"最強たる種の繁栄"じゃよ」
リンゲルは、手に持った杖を振りながら続ける。
「この世界には様々な獣畜や魔獣がおるが、生態系の頂点に立っておるのは、なんと人間じゃ。
それは歴史上、いかなる時代でも同様。かつて史上最強の魔獣と謳われた"世界を滅ぼす七つの厄災"の一柱『魔竜ラズルクシオン』ですら、100年前、当時の煌燈十二軍によって討ち滅ぼされた」
「あん? なら人間が最強ってことでいいんじゃねえか」
そう言った途端。
「何を言うかッ! 己の身体を見てみよ、この小僧がッ!」
リンゲルの唐突な怒号が響き渡る。
「脆弱な骨肉! 矮小なる身の丈! 魔力なんぞに頼らなければロクに戦えもせん! そんなものが最強と呼べるかッ!? ならば人類をか弱き肉体から解放し、真に最強たらしめる肉体に昇華させ、その種を繁栄に導くことこそが、我々探求者の使命じゃろうがッ!」
「ああ……?」
ルーガンはリンゲルの癇癪を全く理解できなかった。
(何だこいつ……何言ってんのか全然分からねえ……)
会話が成り立っているのに成り立っていないような、妙な感覚。
頭のネジが外れているというのは、こういうことなのだろうか。
「チッ……話すのは無駄だったみたいだな。
年寄りを殴んのは気が引けるが、とっとと倒して|魔力点を解除させてもらうぜ」
会話を早々に諦め、再度低く構えながらルーガンが言う。
「ヒョッヒョッヒョ、凡俗にはこの崇高なる探求心は理解できんか。ならば、相応のもてなしをせんとな……!」
一方のリンゲルは、先程までの怒りの形相から一転、別人のように落ち着いて。
両手で持った大杖をカツンッ! と床に打ち付けた。
すると……
ズシン――ズシン――
大きな振動が、旧地下水路内に鳴り響く。
そして。
リンゲルの背後にある巨大な円形法陣……そのまた更に奥から、巨大な人影が現れた。
「ッ、おいおいなんだ! このバケモンは!?」
影の姿を見て、ルーガンは脂汗を浮かべる。
はち切れんばかりの筋骨隆々とした肉体に、漆黒の肌色。
シルエットはかろうじて人型だが、特筆すべきはその巨体だ。
それは、かなりの広さを誇るはずの旧地下水路の天井にも届くほど。
恐らく全長7メートル近くはあるだろう。
なにより、その決定的な特徴は――
『ブモォオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!』
怒り狂った形相をした、"牛の頭蓋"。
「今度は牛かよ!? しかも馬のやつよりデケェ!」
そう。
外見だけで言えば、先ほど戦った馬頭の魔獣と瓜二つ。
だが全長は、その一回りほど大きいのだった。
「ヒョヒョヒョ。二番煎じじゃと思うなら試してみるか? あれは失敗作じゃったが、今度はそうはいかんぞい!」
リンゲルの一声を機に、牛頭の魔獣は進撃を始める。
「チッ、上等だ」
対しルーガンは、腰を軽く落として両拳を握り――
「合成魔獣なんかにやられる俺じゃねえ……かかって来やがれッ!」
「……? ふむ、合成魔獣、のう。何か勘違いをしているようじゃが……まぁよい」
リンゲルが一瞬、意味ありげに唸ったが。
「精々ワシの実験台になってもらうぞ、小僧?」
煌燈十二軍『第二軍団』ルーガン=ベオウルフ、そしてヨルムの括り『第三階』"準幹部"リンゲル=ライヤード操る、人智を超えた怪物たち。
旧地下水路の一角にて、今ここに開戦の狼煙が上がるのであった。




