第53話 『ニナ対"魔毒"のヴェレーノ 其の一』
「ふふ……ふはははははははッ!」
ニナの意気込みをぶち壊すかのように、男は腹をゆすって哄笑した。
「事ここにきて、これほどの虚勢を張れるとは! いやそれとも、ただただ未熟なだけでしょうか!? 第二世代というのは!」
その言葉に、ニナは不快感を露わにして。
「こいつ……散々馬鹿にして……! 情報を引き出せるかと思って黙ってたけど……もう我慢できない! ぶちのめすわ!」
最早、これ以上の会話は無用。
ニナは両手に装着した篭手を打ち鳴らし、鋭く構える。
だが、男はあくまでも余裕の表情で。
「馬鹿にしますとも。現に……私がこうして時間稼ぎをしている事に、気づいてすらいない」
「!?」
次の瞬間、猛烈な死の気配がニナの脳裏に過ぎる。
その本能からの警告に従い、掠めるように左手を突き出して――
「《貫け雷閃》ッ!」
僅か一節にまで切り詰めた、三等軍用魔術【ライトニング・スレッド】。
ニナの人差し指から放たれる一条の雷は、男の眉間を性格無比に射抜く。
――はずだったが。
ぐら……
突如として、全身脱力したような感覚が、ニナに襲いかかる。
その結果【ライトニング・レイ】の軌道は大きく逸れ、後ろの煉瓦壁を虚しく穿つのであった。
「ぐっ……これって……」
全身をがくがく震わせ、膝から崩れ落ちるニナ。
「クックククククク……ようやく効いてきましたか」
その様子を愉悦そうに見下ろす男。
男は懐から、ガラス製のアンプルを取り出した。
「お察しの通り、これは毒ですよ。無色無臭の神経毒です」
白色のラベルが貼られた空のアンプルを、ニナへと向ける。
「……!」
無色無臭の毒。
ニナは先の会議で、そのフレーズに聞き覚えがあった。
「まさか……ジェイルの報告にあった、毒を持っているティタノボアって……」
「ええ。あれの作成に携わったのは私ですよ。かなりの力作だったので、まさか撤退に追い込まれるとは思いませんでしたが」
「く……《天憑の導きあれ》ッ……!」
ニナは矢継ぎ早に呪文を唱える。
治癒系【アーリー・ヒール】――細胞を活性化させ、外傷の治癒や解毒などが行える魔術。
だが……
「なッ……【アーリー・ヒール】が効かない!? それ……ただの毒じゃないわね……!」
「その通り。この毒には魔力が混ぜてありましてね。
"錬金術"――様々な金属、薬品を魔力を用いた特殊な工程で加工する技術ですよ。
魔術や令束に比べればマイナーですが……なかなか捨てたもんじゃないでしょう?」
「錬金……術……!」
ニナが微かに目を見開く。
なるほど。
魔力が組み込まれているのなら、【アーリー・ヒール】の治癒が阻害されたのも納得できる。
「く……《原始の根源よ・我が袂に画一せよ》ッ!」
一気に不利になった形勢。
ニナが辛うじて動く口で、呪文を紡いだ。
直後。周囲の石造りの床が、鋼鉄の素材に変質。
そのまま隆起し、ニナを覆い護るように、球形に包んでいく。
「ほう、高速錬成魔術【アルケミー・ドローイング】ですか。しかし、その程度のバリケードで時間を稼げると思うのは浅はかですねえ」
男は、今度は青いラベルが貼られたアンプルを取り出し、ニナの作ったバリケードの壁へ放り投げる。
アンプルは壁に当たった後、パキンと割れ、中の液体がかかって――
ジュ……!
ほんの数滴触れただけなのに、鋼鉄のバリケードが一瞬で崩れていくのであった。
「っ……強酸……!?」
ニナはその液体の正体を、一瞬で悟る。
本来なら、角狼の突進をも完璧に防ぐニナの錬成魔術。
さっきの神経毒もそうだが、この男が扱う薬物の危険性は常軌を逸している。
「申し遅れました。私はヨルムの括り"第二階"――『魔毒』のヴェレーノ。古今東西あらゆる毒、薬物に精通した錬金術師です」
ヴェレーノと名乗った男が、わざとらしく一礼した。
「先の戦いを拝見しましたが、あなたは錬成魔術を用いた、近接戦闘を得意としている。
しかし、どんな鋼を錬成したとしても、この強酸の毒は全てを溶かします。そして、いかなる身体強化を施そうとも、神経毒が無効化します。
私とあなた、相性は最悪だったようですねえ?」
三度、ヴェレーノはアンプルを取り出して。
それをパキンと割り、ニナの懐へと投げ入れ……
「さあ、次は催眠の毒です。まずは生け捕りにしたあと、新しい毒を軽く50種類ほど試させて頂きますよ。ククク……」
気化した液体に触れたニナは、猛烈な睡魔に襲われて……
「くッ……!」
もはや原型を留めていないドロドロのバリケードの中で、ばたりと倒れ込むニナ。
その姿を見たヴェレーノは、ほくそ笑むのであった……




