第51話 『ジェイル対大魔獣ティタノボア 其の一』
――――。
『シャアアアアアアアアアアアアアア――ッ!』
迫る――
眼下のジェイルを潰さんと――
ティタノボアの巨大な尾が迫る。
その大きさはまるで、大海原の津波のようだ。
「ふ――」
対し、ジェイルは【エンチャント・クロス】の出力を一気に引き上げる。
打ち付けられる尾を軽やかに躱して――
「《氷壁よ》ッ!」
ティタノボアの頭上から、左腕一閃。
【グレイス・ブロック】を食らわせる。
『〜〜〜〜〜〜!』
即座に魔獣の全身を包み込む氷塊。
その動きがみるみる止まり、あたりは銀世界に変わっていく。
だが――
ガッシャアァァァァァァァァァン!
並の魔獣が束になっても、ヒビ一つつけられないはずのジェイルの氷壁が、粉々に砕け散った。
「く……流石にこの狭い空間じゃ、あの巨体を止められる質量の氷は出せないか……!」
ティタノボアの背後に着地したジェイルが、歯噛みする。
そう、閉じ込められた結界内が狭すぎるのだ。
もしここがひらけた場所であれば、奴の数倍の規模の【グレイス・ブロック】を放って、動きを止めればいい。
だが今いる場所は、結界内の半分を魔獣が占める非常に限られた空間。
そうなると、必然的に【グレイス・ブロック】の範囲も手狭になる。
したがって【グレイス・ブロック】の薄い氷壁は強引に破壊された。
このフィールドでは、ジェイルが最も得意とする広範囲・高威力の盤面制圧が全く活かせないのである。
「地の利は最悪だな……」
なんという不運か。
いや。もしかすると、この結界罠を仕掛けた術者は、その事すら想定していたのかもしれない。
さらに――
「まずいな……時間をかけると、奴の毒に侵される」
ジェイルが焦りの声を漏らす。
恐らくこの魔獣は、ヨルムの括りによって特殊な改造が施されている合成魔獣だ。
本来もっていないはずの毒があるのも、それが理由だろう。
しかもリディアナ曰く、その毒は無色無臭。
いつ体が侵食されてもおかしくない。
とすると、残された時間で使える手は……
「やはり、炎熱系で押し切るしかないか。――《炎楼よ》ッ!」
再び向かってくるティタノボアに向かって、今度は【フレイム・ロード】を放った。
『キシャアアアアアアアアアアアアア!?』
「よし……」
爆炎に焼かれ、苦悶の咆哮を放つティタノボア。
先の戦いでも、炎熱系魔術でかなりの時間を稼げた。
今回もその隙に……
「出し惜しみはなしだ。――《紅蓮咲き誇りし凍獄の氷鬼よ・――…………」
じたばたと藻掻く巨大な火達磨の前で、ジェイルが左手を構える。
ドクン――
その瞬間、周囲に不穏な魔力が胎動した。
ジェイルの切り札、特異魔術【ゼロフィーラ】だ。
食らえば必滅の"絶対凍結"。
脳の深層意識に全集中し、熱量操作の特異魔力体質者にのみ赦された、特殊な魔術式を構築し始める。
しかし……
「《――・狂瀾糾う白き咆――なに!?」
紡がれた最強の魔術は……完成しなかった。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアア――!』
なんと、火達磨になったティタノボアが、そのままジェイルに突っ込んできたのだ。
「ち――」
たまらず詠唱を放棄して、横っ飛びに回避するジェイル。
一方ティタノボアは、ジェイルへの突進が透かされ、結界の壁に激突。
二、三度転がった矢先、巨体をうねらせて炎を振り払った。
「……ッ! 馬鹿な……!?」
ティタノボアの姿を見て、ジェイルは息をのむ。
先の戦いでは、十分な足止めとして機能していたというのに……【フレイム・ロード】を喰らったティタノボアは、まるで無傷だったのである。
「そうか、なるほど……あれからまたヨルムの括りに弄られたな?」
苦笑いを浮かべ、信じたくない事実をジェイルは即座に確信する。
"攻性魔術に対する耐性"
恐らく、先の戦いで回収された後、ヨルムの括りによってさらなる改造を施されたのだろう。
「この様子じゃ、二等軍用魔術を唱える暇もないな……さて、どうする……?」
刻々と悪くなる状況に、珍しく表情を強張らせるジェイル。
これほど不利なフィールドで。そして、これほど力を制限された状態で戦うのは初めてだ。
こうして時間を取られている間にも、都市には魔獣が次々と召喚され続けている。
負傷者も今まで以上に増えているはず。
ルーガンは……ニナは……そして同胞たちは、はたして無事だろうか。
時間に比例し、増加する不安とともに。
時計塔ヒルメスでの交戦は、続いていく――




