第50話 『魔力点の罠』
――――。
マージェス北部。
都市の中枢に佇む巨大な時計塔――『ヒルメス』。
全長100メートルを超えるその尖塔を、マージェスではどこからでも目にすることができる。
マージェスを象徴する、ランドマークの一つだ。
「ふ――」
塔内の壁に沿う大きな螺旋階段を、ジェイルが駆け上がる。
身体能力強化の魔術【エンチャント・クロス】を起動させているため、その速さは風のようだ。
(……そろそろルーガンとニナも、魔力点に着いた頃だろうか)
石造りの階段を蹴り上げながら、ジェイルはふと思考を巡らせた。
今頃はルーガンもニナも、魔獣を大量召喚し続けている術の動力源――魔力点に辿り着いているだろう。
もしかしたら、既にヨルムの括りと交戦しているかもしれない。
(今のあの二人なら、第三階とも渡り合えるはずだ……俺も急がないと)
【エンチャント・クロス】の出力をさらに上げ、飛ぶように駆け登る。
そのまま螺旋階段を上がりきると、石造りのひらけた場所に出た。
「…………」
ジェイルは警戒の構えを取って周囲を見渡すが、まわりには誰もいない。
この場所は外から見れば、塔にかけられた巨大な時計のちょうど真上辺りだ。
縦横30メートルほどの石造りの広い空間は、吹き抜け構造となっており、ここからマージェスの景色を一望できる。
いわば展望空間である。
頭上には巨大な"鐘"が設置され、そこから上は塔の頂上へと繋がっている。
この場所は結婚式場などとしても使われるため、壇上や長椅子といった協会のような設備も整えられていた。
「見た感じ、魔力点はどこにもないな。奴らもいない。とすると、どこかに隠しているのか?」
別段変わった様子が無いことに訝しみつつも、ジェイルはひとまず臨戦態勢を解く。
吹き抜ける風を感じながら街を見下ろすと、マージェスの痛ましい光景が目に入った。
「……ッ!」
改めて一望すると……酷い有様だ。
都市の至る所で煙が上がり、避難区域以外の多くの建物が半壊、もしくは全壊している。
美しく気高い白き街並みが、あまりに惨たらしい。
この災厄の下手人は分かりきっている。
「ヨルムの括り……外道共め」
ジェイルは表情を固めたまま、拳をぎりぎりと握り締めた。
やはり――一人になると、怒りが硝煙のようにふつふつ湧いてくる。
ヨルムの括り。
平和なこの国を脅かす、大陸最古にして最悪のテロ組織。
何の罪もない人々の命を平気で踏みにじり、嬲り、殺す。
悪と名付けるのも生温い、外道たちの魔窟。
ジェイルの脳裏に浮かぶのは、血と炎に塗れた"燎原"の光景だ。
俺の大切なものを……また奪おうというのか。
「……いや、私怨に浸るのは後だ。まずは魔力点を解除しないと」
ジェイルは静かに目を閉じ、黒い感情を胸の奥に戻す。
そして、魔力的な感覚を研ぎ澄ました。
「……そこか」
空気中に残った微かな魔力残滓を感じ取り、左手を奥にある壇上へと翳す。
「――《原始の力・均衡に従い・回帰せよ》」
そのまま解除魔術【マテリアル・バニッシュ】を唱えた。
次の瞬間。
左手に開いた魔術円陣から、ぱああああ――という音がして。
壇上に、紫色に光る巨大な円形法陣が姿を現した。
魔力点を隠していた術が、【マテリアル・バニッシュ】によって解除されたのだ。
「――よし。あとは解除するだけだ。《静謐なる深淵・粛然たる森羅・青き光の現し身となれ》」
次は壇上に張り巡らされた法陣に手を当て、解析魔術【アナライザー】を唱えた。
青白い光が法陣を包み、ジェイルの脳内に魔力点の情報が次々と流れ込んでくる。
「――なるほど。典型的な入力、分岐、出力の三重構造か。これなら【マテリアル・バニッシュ】を基盤にして、解除できそうだな」
今度は脳の深層意識に集中し、先程の【マテリアル・バニッシュ】を魔力点解除用に即興改変する。
状況に応じ、個人で多種多様に改変できるのが、魔術の最大の強みだ。
「――《原始の力・均衡に従い・回帰せよ》」
再び、ぱあああ――という音がして。
魔力点が解除魔術を当てられ、ゆっくりと崩れていく。
(よし、これで魔力点の解除は済んだ。あとは――)
解除の途中、ジェイルは今後の動向を思案する。
しかし――
「…………」
ふと、感じる違和感。
何かが引っかかり、脳にこびり付いたような感覚がする。
このままでいいのか。本当に問題は無いのかと。
本能がジェイルに訴えかける。
(……おかしい。マージェス制圧の要とも言える魔力点が、どうして無人で放置されている?)
会議でも話していたように、普通なら魔力点を守る為に門番でも配置するだろう。
いかにヨルムの括りが隠密主義であったとしてもだ。
引っかかるのは、それだけではない。
(それに魔力点自体の術式も、それを隠す隠匿術も、全てが杜撰すぎる。まるで解除してくれと言っているかのような……。これが、あのヨルムの括りなのか?)
ヨルムの括りは、高度な魔術結界で守られたフォルニカ公国にも難なく潜入できるほど、桁違いの技術を保有した組織。
特に、隠匿系の術に関しては常軌を逸している。
そのような組織が、ここまで稚拙なミスをするだろうか。
違和感は、猛烈に悪い予感に変わって、ジェイルに警告する。
(まさかこれはッ! まずい――)
ジェイルがはっと何かに気付き、急いで起動中の【マテリアル・バニッシュ】を解除する。
しかし、それは少し遅かった。
ヒュンヒュンヒュン!
【マテリアル・バニッシュ】による解除が終わった直後、崩れて消えそうになっていた魔力点が弾け飛んだのだ。
キラキラと周囲に霧散する魔力の粒子は、磁石のように再び集まって結合し――
形作られたそれは、がらりと風貌を変え、赤黒く不気味な円形法陣に変貌していた。
「ち、遅かったか……!」
ジェイルが歯噛みして、後方に跳躍。
魔力が胎動する円形法陣から退避する。
直後。
法陣から赤い魔力が流れ出た。
その魔力は津波のように広がり、ジェイルがいる場所――吹き抜けになっている展望台のフロアをまるごと包み込む。
「結界か。閉じ込められたな」
これで確定した。
さっきまで解除していた紫色の円形法陣はフェイクだったのだ。
もし解除された場合、解術者を閉じ込め、本来の法陣が出現するよう細工されていたのだろう。
術式の構造が、やけに単純だったことにも納得である。
「まったく。いつもの事ながら、敵の罠にすぐ引っかかるのは悪い癖だな。いくら特異魔術があるとはいえ、気を付けないと……」
自身の詰めの甘さにため息をつきながら、ジェイルは未だ魔力の胎動を続ける円形法陣を見据えた。
「これは……召喚術か。さて、何がくる?」
ドクン――ッ!
一際大きな胎動が響いた後。
円形法陣から、一体の魔獣が姿を現した。
「これはッ!?」
魔獣を見たジェイルが、脂汗を浮かべる。
それは、縦横30メートルはある展望台を、まるまる半分ほど埋め尽くす巨体。大蛇のような相貌。
その正体は――
『シャアアアアアアアアアアアアアア――ッ!』
先ほどマージェスの西部にて、リディアナ達と共に交戦した魔獣――ティタノボアであった。




