第4話 『道中』
――――。
「申し訳ありません……まさかあのようなことになるとは」
カレンは俯きながらそう呟いた。その表情は、どこか悲しそうな子犬の顔を思い浮かばせる。
「まあ、大した怪我がなくてよかったよ。宿主のフォンスさんも、笑って許してくれたし」
あの後、爆音を聞きつけた宿主――フォンスは、ジェイルたちが宿泊していた二階の部屋に駆けつけた。
最初は驚いた様子だったが、幸い他の宿泊客がいなかったこと、魔術の暴発であったことなど、諸々の理由からどうにか許してもらうことができた。
事情を説明していた時、なぜか部屋の片隅に隠れるカレンをしきりに見ているように感じたが。
二人は今、イーンの街を行く宛てもなく歩いている。
部屋の掃除は、宿の人たちで受け持ってくれるとの事なので、その厚意に甘えて宿を後にすることにしたのだ。
外出するにあたり、ジェイルは自身が持っていたフード付きの魔術士用ローブをカレンに着せ、フードで顔のほとんどを隠した。カレンを捕らえた奴隷商が、この街に訪れているかもしれないからだ。
「それにしても、まさかカレンが魔術式を読めるなんて思わなかったな」
「かつて、同じく奴隷だった方々から文字や計算、簡単な魔力の使い方を教えて頂いたのです。魔術は初めて習いましたが……」
「それはすごい。魔術式の理解や計算は、それなりの知識がないとできないんだよ」
のんびりと散歩をしながら、ジェイルはカレンの事情を深く知るため、談話に興じていた。
今朝と比べて、かなり心を開いてくれたようで、会話のキャッチボールもスムーズになっている。まだ、どこの国出身で、なぜ捕らえられていたかなど、重要な情報は教えてもらえないのだが。
無論、カレンに嫌な事を思い出させるのも酷なので、質問はできるだけ自然に、さりげなく行っていた。
(……だけど話を聞く限り、この子を捕らえていた奴隷商はかなり大規模な組織らしいな……)
心の中で、ジェイルはカレンを捕縛していた組織について、推理を組み立てる。
国家問わず様々な人種、さらには学のある者を奴隷として捕らえるのは、並大抵の組織では不可能だろう――だが。
(公国では、四年前の大規模な掃討で、裏社会の組織はほとんど潰したはず。となるとやはり、国外の組織か? だったら何故、わざわざ公国に? もしくは秘密結社『ヨルムの括り』と関係が……)
ジェイルが思考を巡らせていると。
「これからいったい、どこへ向かうのですか?」
不意に、カレンが尋ねてきた。
「うーん、そうだな……」
ジェイルが顎に手を当てながら、ふと考える。
いずれにせよ、カレンにとって公国は、初めてばかりの未知の世界だ。事情を知らないと保護のしようが無いが、まずはこの国についてもっと知ってもらい、信頼を深めてからでも遅くはない。
(考えないといけないこと。やらなければならないことは山ほどあるが……まずはカレンの心を第一に考えるとしよう)
熟考を止め、ひとまず思考を切り替える。
「昼ごはんを食べるにはまだ早いし……そうだ、せっかくだから俺の仕事先でも見に行くかい?」
隣を歩くカレンを流し見て、そう提案するジェイル。だが、彼女はどこか不思議そうな顔で、こちらを眺めていた。
「……仕事、していらしたんですか?」
「え?」