第46話 『喧騒なる報告会議』
「――以上が、俺からの報告になります」
毅然とした態度で、ジェイルが言葉を締めた。
ジェイル、カレン、ルーガン、ニナの四人は、銀氷狼本部の三階にあるリディアナの執務室にいる。
これまでの報告をまとめ、今後の作戦や動向を決めるためだ。
今現在、マージェスは大量の魔獣が各地で暴れ回っているという共通認識の下。
まずはジェイルがマージェスに訪れた経緯――カレンが治癒の特異魔力体質者でバラバ帝国から連れて来られたこと、イーンの街でヨルムの括りの構成員が潜伏していたことを報告した。
「そうか、ご苦労だった。しかしまさか、イーンでそのような事件があったとは……。
ヨルムの括りは、この国に相当深く根を張っているようだな……」
奥の執務席に腰掛けるリディアナが、眼前に横並びに立つジェイルたちの手前、神妙な面持ちで言った。
「ッつったって、そのヨルムの括りは第一階の雑魚だったんでしょ? そんな気にすること無いんじゃないっスか?」
「黙りなさいこの脳筋」
気の抜けた声でぼやくルーガンに、ニナの容赦ない拳骨が振り落とされた。
「痛ッでぇ!?」
「今の話聞いてたの? 問題はそこじゃないわよ!」
ルーガンは頭を押さえながら。
「ああ?――カレンが治癒の特異魔力体質者だってことか? 確かに珍しいが、いるとこにゃいるだろ? 現にジェイルや大公サマ……レノスだって、特異魔力体質者なんだからよ」
「そこでもないわよ! このバカ!」
「ぐぉおッ!?」
鋼鉄の篭手を纏ったニナの鉄拳が、ルーガンの腹を穿つ。
ルーガンは、そのまま体をくの字にひしゃげて、バタリと倒れるのであった。
「あ、あわわわわ……!」
どう見てもやりすぎなニナの仕打ちに、カレンがおどおどと慌てるが。
「あはは。二人はいつもこんな感じで戯れてるから、気にすることはないよ」
隣にいるジェイルが苦笑しながら、カレンを宥めた。
「そ、そうなんですか……!?」
戯れるの次元が違いすぎて、焦るカレン。
というか、一方的にボコボコにしているのだが……
「ニナはツンデレだからね。特に、ルーガンに対しては」
ジェイルはニナの方を見て、含んだように微笑む。
「そ、そうなんですか……?」
「だ、だだだ誰がツンデレよ! この脳筋があまりに鈍いから、性根を叩き直してるだけなんだからッ! カレンに変なこと吹き込まないでくれる!?」
そう言われたニナは、顔を真っ赤にしながら地団駄を踏み、倒れ伏すルーガンをげしげしと蹴りつけた。
ルーガンは体をピクピクと動かしており、辛うじて生きていることは確認できる状態だ。
「まあ、ルーガンは馬鹿ではないが、少々疎い所があるからな。ニナもそこまでにしてやれ」
リディアナも、このやり取りを見るのは初めてではないようで。
苦笑を浮かべながらニナに言った。
「は、はい! 申し訳ありません! ほら、立ちなさいルーガンッ!」
「痛ッててて……散々殴っといてよく言うぜ。よくわからんが、ツンデレってやつは怖えーな……」
ニナに背中をバシバシと叩かれ、ルーガンが体を起こす。
あれだけの仕打ちにも関わらず、存外ケロッとした様子だった。
「――話を戻そう」
リディアナの掛け声で、一同の間に再び緊張感が走る。
「まず、ここ半年の間、公国各地では魔獣絡みの事件が増えてきている。スタンピードまではいかなくとも、それに近い形でな」
リディアナは、執務用の机にどさりと積まれた、大量の紙束を前に出す。
ジェイルたちが確認すると、どれも辺境の街での魔獣の出現や暴走など、魔獣事件に関する資料ばかりだった。
「何件かは、私たちに出動要請が来た事件ね。ジェイルは知らないだろうけど……」
「ああ。第一軍団は、都市を中心に巡回警備するのが任務だからね。辺境の街に訪れたのは、先日イーンに行った時くらいだ」
資料を確認しながら、ジェイルとニナはそんなやり取りを交わす。
煌燈十二軍の中でも第二軍団、第三軍団の二人は、普段は首都エレメンタに待機している。
しかし、ひとたび銀氷狼や組合でも取り扱えない案件が回されれば、各地に赴いてその対処にあたるのだ。
「だっけど、ヨルムの括りと魔獣事件とで何か関係あるんすかねぇ?」
ルーガンが資料を見て、目を細めながらぼやく。
「確かに、イーンで起きた事件と今回のスタンピードは、一見無関係だ。
だが……カレンの件を鑑みると、一つの推論が立てられる」
「わ、私……ですか?」
リディアナの指摘に、カレンが驚いた表情をする。
その傍らで。
「なるほど、そういうことか。どうりで違和感を感じたわけだ」
静かに俯いていたジェイルは、何か合点がいったようだった。
「カレン。奴隷だった君をイーンで引き取ろうとしていたのは、ヨルムの括りというテロリストだと言ったことを覚えているかい?」
ジェイルは、そうカレンに確認する。
「は、はい……確か、大陸中にいる悪い組織ですよね?」
「ああ。そいつは俺が倒したんだけど、その時一つ腑に落ちない事があったんだ」
「腑に落ちない? んだそりゃ?」
ルーガンが訝しむように尋ねた。
「おかしいと思わない? バラバ帝国で売られてた奴隷を、わざわざフォルニカ公国で引き取るって。
しかも、『千切のリッパー』みたいな、腕利きの魔術士を雇ってまで運ばせるなんてね」
ジェイルの代わりに、ニナが答える。
「そう……カレンを得たいだけなら、帝国で奴隷商から直接引き取ればいい。その方が、アクシデントも少ないだろうしね」
ダメ押しのように、ジェイルが言った。
ヨルムの括りは、大陸中で暗躍する世界最古にして最悪の秘密結社。
長い歴史の中で、足取りはおろか構成員の全貌すら、各国に全く掴ませない亡霊のような組織だ。
それほどの組織ならば、世界中の国に隠密で潜入するのは容易いだろう。
であれば、バラバ帝国に直接出向いた上で、カレンを引き取ればいい。
「だが奴は……カレンを買い取った第一階のフォンスは、あくまで公国で引き取ることに固執していた。
さらに言えば、カレンとオルセント一家の遺産を入手することで、組織内で優位に立とうとしていた。つまり……ヨルムの括りの上層部は今……」
ジェイルはそこまで言いかけ、リディアナの方をちらっと見る。
「ああ――その男はカレンを、上層部に引き渡そうとしていたのだろう。
フォルニカ公国……いや。今現在このマージェスに潜み、魔獣の大量召喚を行っている……ヨルムの括り共にな」
解答とばかりに、リディアナが答えた。
両手を机の上で交わらせ、深刻そうに俯いている。
その表情はまるで、どこか嫌な記憶が蘇っているかのようであった。




