第45話 『闇を纏う影』
――――。
その頃。
マージェスのどこかにある住宅街。
住民は都心部へ避難し、閑散とした路地裏の一角にて。
黒いゴシックドレスに身を包んだ、一人の少女がいた。
年齢は十四、五くらいだろうか。ラベンダーのように鮮やかな紫色の長髪を、ツインテールで下ろしている。
まるで、どこかの貴族の令嬢であると確信できてしまうほどの美貌。
魔性――そんな言葉がよく似合う少女だ。
まだ、幼さが残る顔立ちとは裏腹に。
その相貌は不気味なまでの艶かしさと――特濃の"闇"を纏っていた。
そんな少女は、軽い足取りで歩きながら。
「そちらの首尾は如何でしょうか?」
両腕で抱きしめる、大きめの人形に語りかけた。
その人形はクマを模しているようだが、どす黒く不気味な基調で、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせる。
『――上々です』
『ヒョヒョヒョ。こちらもじゃぞい』
クマの人形から、若い男と老人の声が聞こえてきた。
『しかし、都市内で通信をしてもよろしかったのですか? 銀氷狼に傍受される恐れも……』
「心配には及びませんわ。マージェスの防衛機構はほとんど壊しましたし……私の魔術もありますもの」
少女は、薄く微笑みながら答える。
『お主の隠匿術は大陸一じゃからのぉ。
おかげで、あのフォルニカ公国にも悠々と潜入できたわい。上の階の者たちから気に入られとるのも、納得じゃのう』
「ふふ、褒め言葉と受け取っておきますわね。貴方こそ、その明晰な頭脳をもっと組織の役に立つことに使えば、すぐに上の方々のお眼鏡にかないますのに」
『ヒョッヒョッ、ワシは自分の研究のことしか興味が無いからのぉ。"︎︎最強の種の創造"︎︎――その崇高なる使命のな』
老人は含むように嗤いながら言った。
『……とはいえ、些か拍子抜けですね。100年ほど前は、大陸最強と謳われたフォルニカ公国。その都市の一つが、これほど簡単に堕とせるとは』
『全く……若造の言う通りじゃわい。折角、かの公国を襲撃すると聞いたから来てやったのに……。これじゃあ、試作品がロクに試せんではないか』
「ええ、確かに今のフォルニカ公国は少々貧弱ですわ。銀氷狼の精鋭たちも、各地の防衛に赴いていますし……。
けれど、これからは退屈にならなくて済みそうですわよ」
少女はくすくす、と愉快そうに。
「数刻前――煌燈十二軍が3名、マージェスに到着したのを確認致しましたわ」
『――! かの公国最強の魔術士たちですか……!』
『ほう。ようやくマシなのが出張ってきたんじゃな!』
少女の一言に、若い男と老人は感じ入った声を上げた。
『しかし妙ですね……煌燈十二軍は四年前の掃討戦で、構成員のほとんどが殉職や除隊したはず。たかが一都市に、3人も送り込める余裕があるのでしょうか』
「あらあらヴェレーノ様、第二階の貴方はまだ知りませんでしたのね」
少女が、ヴェレーノと呼ばれた若い男へ告げる。
「煌燈十二軍は一年半前に構成員を一新し、現在新たに7人の魔術士が入軍していますのよ」
それを聞いた男は驚いた様子で。
『なんと、7人もですか……! それほどの人材をいったいどこから……』
「全ては、大公たるユリエス様の尽力の賜物ですわね。
とはいえ彼らはまだまだ発展途上。経験の浅い、若い魔術士ばかりですわ」
『その話は小耳に挟んだぞい。今の煌燈十二軍は、どうやら青二才ばかりになっておるらしいの。
多少骨のあるやつもおると聞くが……拍子抜けじゃのう』
老人は残念そうな声を漏らす。
「ふふふ。たしかに"100年前"のような、一騎当国の無敵の集団とは言えませんが……それでも彼らは、大公のお眼鏡に叶った選りすぐりの魔術士たち。
裏でスタンピードを引き起こしている私たちの存在に勘づかれるのも、時間の問題でしょうね」
『まあ、バレてここに攻め込まれるのなら、それでも構わんわい。精々、ワシの研究の実験台になってもらうだけじゃからの』
『同感です。僕も丁度、新しい毒を試したかった所ですし……』
仮にも、公国最強の魔術士たちと相対するかもしれないというのに。
二人の声に焦りは微塵もなく。
「まあ、それは頼もしい。それでは引き続き、魔力点の維持をお願いしますわね」
『ヒョッヒョッヒョ、了解じゃ』
『畏まりました。第三階殿』
そんなやり取りをしながら。
少女はクマの人形に込めていた魔力を落とし、通信を切る。
そして誰に向かってでもなく、一人呟いた。
「――さて、それでは見せて頂きましょうか。現在の煌燈十二軍の実力を」
少女は再び軽い足取りで歩き始めながら。
「全ては、"大いなる主"様のために」
うら若き少女とは思えない、妖艶な笑みを携え――
路地裏の闇へと消えゆくのだった。




