第44話 『増援』
それは土煙を纏いながら、ジェイルがいた場所から立ち上がる。
「――ッ!? なに……あれ……? 魔獣……なの?」
その姿を見たカレンが、思わず絶句する。
見上げるほど巨大な躰。
おそらく、全長5メートルはあるだろう。
筋骨隆々とした人型のシルエットを形作っているが、その佇まいは人ではない異形の何かを感じさせる。
その予感は、顔周りの土煙が晴れたことで的中した。
なんと、その巨大な人型の頭蓋は……恐ろしい形相の"馬"だったのだ。
「ひ…………」
『ブルォオオオオオオオオオオオオ――ッ!』
再び上げる咆哮。
異形の怪物から響き渡る轟音に、カレンは思わず耳を塞ぐ。
長年、奴隷として数々の苦境に身を置いてきたカレン。
その彼女すら、恐怖という根源的な感情に支配された。
絶望。
この人智を超えた怪物を一言で表すならば、これほど似合う言葉はない。
「そんな……ジェイルさん……」
怪物に対する恐怖と、潰されたであろうジェイルを案じる心とで、半ばパニックになる。
そんなカレンの背中を支えるように、優しく手が伸ばされた。
「大丈夫。俺は無事だ」
「ッ! ジェイルさん!」
後ろにいた予想外の青年に、カレンは声を上げる。
見ると、ジェイルの隣にはいつの間にかリディアナが立っていた。
「ご無事だったんですね!」
「ああ。……リディアナ公に助けられていなかったら、今頃危なかったけどね」
怪物がジェイルを潰す寸前、その存在に気づいたリディアナがジェイルを救出したのだ。
「よかった……領主様、ありがとうございます……」
目尻に涙を浮かべ、感謝を告げるカレン。
その表情に、リディアナが優しく微笑んで。
「気にするな。私もそなたに回復してもらわねば、動ける状態まで戻らなかった。礼を言うぞ、カレンとやら」
そして、ジェイルとリディアナは二人並んで、馬人の魔獣と相対する。
「しかし、あの半人半馬の魔獣は一体なんだ?
これまで数々の魔獣と戦ってきたが……あれほどの異形、見たことがない」
「わかりません。あの未知の魔獣については気になりますが……この状況で敵の増援、かなり厳しいですね……」
刻々と悪くなる状況に、さしものジェイルも苦い顔をする。
「――リディアナ公。お身体は大丈夫ですか?」
「駄目だな。まだ本調子とは言い難い。……平時の三割と言ったところか。後方支援ならば可能だが……」
リディアナが苦々しく唸った。
「ジェイルさん……」
カレンが心配そうに声を上げる傍ら、ジェイルは冷静に思考する。
馬人の魔獣の後方では、先ほど【クリムゾン・フレア】に包まれたティタノボアから、シュー……シュー……という音がしている。
焼け焦げて半身の骨が見えている状態なのに、その傷は着実に再生へと向かっていた。
復活するのも時間の問題だ。
そうなれば、これほどの魔獣を二体も、カレンとリディアナを庇いながら戦わなければならない。
(まずいな、まさかこの状況で新手が来るとは。ティタノボアは確実に仕留めたかったが……一度引くべきか?)
無論ジェイルにもまだ余力はある。
いざとなれば、奥の手の特異魔術を使う魔力も残している。
だが、度重なる魔獣たちとの戦いで、こちらの消耗が予想以上に激しい。
もし切り札を切れば、今以上の事態が起こった時に対処しきれなくなる。
リディアナも同じことを考えていたようで。
「――やむを得んジェイル。ここは一度退き、体勢を整え……」
悔しそうに、そう言いかけた時だった。
「うぉおおおおおらぁあああああああああ――ッ!」
豪快な雄叫びと共に、明後日の方向――馬人の魔獣の左後方から突如、人影が現れる。
その人物は、猛スピードで魔獣へと迫っていき――
『ブルォオオオオオオオオオオオオ――ッ!?』
馬人の魔獣の腹を、背後から文字通り貫通した。
魔獣の腹に大穴を空けた人物は、拳を振り抜いた状態で、ジェイルたちの前で残心している。
「「あれは――!」」
目の前に現れたのは、紺青の髪の青年。
その姿を見て、ジェイルとリディアナが揃って声を上げる。
一方、カレンは突然の出来事に、驚いた表情をしていて。
『ブルォオオオオオオオオ――ッ!?』
馬人の魔獣は苦悶の咆哮を上げながらも、自らの腹を破った眼前の敵を睨みつける。
そして、丸太のような剛腕を振るい、青年を叩き潰そうとするが――
「遅え!」
青年は跳躍。
そのままジェイルたちがいる方向へ、爆速で突貫し始めた。
渾身のひと振りを躱された馬人の魔獣も、怒りのままに青年を追随する。
「どうやら、こちらにも増援が来たようだね」
「え? え!? こっちに来てますよ!」
驚きを隠せないカレンに、ニヤリと笑うジェイル。
「ジェイル! 壁だ!」
青年に呼びかけられたジェイルは、瞬時にその意図を察し――
「ああ、わかってる。《原始の障壁よ》ッ!」
青年が向かってくる前方に、防御系【オリジン・シールド】を展開した。
「ナイス! うぉおおおおおおおおお――!」
青年はそのまま【オリジン・シールド】に突進。
魔力障壁に対し、水平横向きに着地。
そのまま障壁を蹴って、バネのように推進方向を180度変えて――
再び魔獣へと突貫する。
『ブルォ!?』
逃げていた青年が、いきなり真逆に方向転換し、自身に飛んでくる。
不意をつかれた魔獣は思わず仰け反って――
「おおおおおおらぁあああああああ――ッ!」
再び拳を振り抜いた青年が、今度は魔獣の喉元を通過した。
『~~~~!?』
貫通。
咽喉にも大穴を空けられた馬人の魔獣は、声にならない声を上げ、身を悶えさせる。
「ニナ! トドメだッ!」
「分かったわ!」
血飛沫を撒きながら青年は振り返り、そう叫んだ。
その傍らには、はたまたいつからそこに居たのか。
深紅の髪の娘が立っており――
「《堅牢なる黒鉄の牢獄・暗き深淵を纏いて鏖殺せよ》ッ!」
娘が呪文の〆を括った、その瞬間。
馬人の魔獣の周囲に魔術円陣が八つ、展開した。
それらは丁度、魔獣を取り囲んで六面体の頂点の位置に配置されており、そこから黒い線が伸びて大きな六面体が形成される。
重力系【グラビティ・プリズン】――対象を結界に閉じ込め、内部を超重力で圧殺する魔術だ。
馬人の魔獣は結界の中で激しく抵抗するが、それも虚しく――
『~~~~~~!』
ぐしゃりという音と共に。
重力の奔流に潰され、肉塊と化し、完全に死に絶えるのであった。
「よっしゃあ! いいぞニナ!」
「当然よ! これで後は、あの大蛇だけね」
そんな言葉を交わし、青年と娘――ルーガンとニナは、奥で鎮座するティタノボアに狙いを定める。
『シャァァァァァ……』
対するティタノボアは――ジェイルによってつけられた全身の傷は、既に治癒しきっており、万全の状態へと戻っていた。
しかし次の瞬間、くるりと尾を翻し、彼らに背を向ける。
「っ! ルーガン、逃げる気だ!」
ティタノボアの意図に気付き、ジェイルは声を上げた。
「ちっ、流石に五対一じゃ分が悪いってか!?
魔獣の癖に頭が回るじゃねぇか!」
舌打ちをしながら、ルーガンが後を追いかけるが。
「……なんだと!?」
信じられない光景に、ルーガンは目を見開いた。
なんと――ティタノボアを中心に、大地に巨大な円形法陣が現れたのだ。
法陣から出る光がティタノボアを包み込み、その姿は徐々に薄くなっていく。
「あれは……転移の術か!」
「やっぱりスタンピードの原因って……!?」
何かに確信を得たような表情をするリディアナとニナ。
「ち――! 逃がすかよぉおおおおお!」
ルーガンが弾速の速さで駆け抜け、ティタノボアに一撃入れ込もうと拳を放つが――
寸前で転移が完了。
ティタノボアは完全に消え、拳は虚しくも空を斬った。
「くっそ! どうなってやがる!?」
あと一歩届かず、歯噛みするルーガン。
周囲をぶんぶんと振り返るが――
「ルーガン! 気持ちはわかるけど、奴を追うのは後よ!」
「ち……あぁ、そうだな」
ニナの呼び掛けで、渋々ジェイルたちの場所へと戻る。
「――リディアナさま。大公ユリエスの命により、マージェスに馳せ参じました」
「ほんとはもっと早く着いてたんスけどね。遅れてすまねぇ、リディアナさん」
横に並んだ二人は、リディアナの前で跪く。
「いや、よい。そなたたちが北区の魔獣を殲滅してくれたことは、報告で聞いている。大公庁からの増援、感謝するぞ」
長い戦闘を終え、ようやく緊張状態を解いたリディアナが言った。
「――だけど、まさかお前までマージェスにいるなんてなぁ、ジェイル」
「本当に驚いたわ。それに、その可愛い女の子は一体だれなの?」
ルーガンとニナは立ち上がって、ジェイルとカレンの元へ寄る。
「久しぶりだね。ルーガン、ニナ。この子――カレンのことは、後で説明するよ」
ジェイルたちが短くやり取りをしていると。
「あの、ジェイルさん。この方たちは、一体……?」
怒涛の展開についていけなかったカレンが、ようやくジェイルに尋ねた。
「ああ、紹介がまだだったね。二人は俺の同僚で……」
そう言いかけて、ジェイルはルーガンたちの方をちらっと見やる。
その様子を察した二人はカレンの前に行き――
「よう、嬢ちゃん。俺は煌燈十二軍、第二軍団所属のルーガン=ベオウルフだ!」
「同じく、第三軍団のニナ=アッシュよ。よろしくね、カレン」
二人とも、朗々とした表情で挨拶するのであった。




