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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第二章《水の都市マージェス》
45/73

(挿)第42話 『西部にて』★



 ――――。



 時刻は、少し前に遡る。

 マージェス西部、大きな運河の傍らに立ち並ぶ、倉庫街にて。

 十数名の魔術士たちと、巨大な魔獣が交戦していた。



『シャアアアアアアアア――ッ!』



 魔獣の様相は、一言でいえば蛇だ。

 全長十五メートルを優に超える、巨大な大蛇の魔獣。

 その名もティタノボア。

 別名『大地の悪魔』と呼ばれるそれは、尾をくねらせ、鎌首を(もた)げ、憤怒の眼差しで魔術士たちを見下ろす。

 ギラリとした鋭い牙を見せながら、大口を開けて威嚇する。



(ひる)むな! ティタノボアは毒を持たない。警戒すべきは、その巨体を用いた突進だけだ! 全員で包囲して魔術を放て!」


 魔術士たちの先頭に立つのは、藍色を基調に一際装飾が施された魔装束(シュレーゼ)を纏う、麗しき一人の女性魔術士だ。



 年齢は二十歳(はたち)過ぎほどだろうか。

 透き通るような白銀色の髪。それとは対照的な金色の瞳。

 きめ細かく透き通るような白い肌は、まるで上質な絹のよう。

 彫刻のように彫りの深い鼻筋から顎にかけての曲線は、一切の無駄のない黄金比を生み出している。

 その鷹のように鋭い眼差しからは、冷徹さというより鋼の(ごと)き意志の強さが見て取れた。

 貴族の社交界にでも現れれば、誰もがその凛とした美しさに魅せられ、彼女をもてはやすであろう。



 この麗しき淑女こそ――リディアナ=シルヴァ。

 『公国保安庁』、並びにその傘下組織『銀氷狼』の長にして、公国四大貴族の一つ『シルヴァ家』の現当主。

 若くしてたった一人でマージェスを治める、偉大なる領主その人である。



「「「「はい! リディアナ様!」」」」


 リディアナの掛け声に応じるように。

 彼女に集う銀氷狼の魔術士たちが、無駄のない動きでティタノボアを囲い込む。


「「「「《拒み阻む氷の防壁よ・氷帝の暴威纏いて・撃ち貫け》ッ!」」」」


 魔術士たちは四方から三等軍用魔術――氷熱系【グレイス・ブロック】を放った。

 身の丈を軽々と超える巨大な氷柱が、ティタノボアへ突き刺さる。

 幾重にも重ねがけされた魔術の魔力共鳴により、ティタノボアは瞬時に氷塊と化した。

 凡百の魔獣なら、これで瞬殺だろう。


 が――

 相手は大地の悪魔。


 ビキビキビキッ……


 氷塊に少しづつヒビが広がっていき――


「リディアナ様! 破られます!」


 魔術士の一人が声を上げた。

 対するリディアナは、落ち着いた様子で――


「問題ない。これで決める……《凍獄の鬼女は死を唄う・(あか)き命は枯れ・生者は凍て尽くべし》ッ!」


挿絵(By みてみん)



 ガシャアアアアアアン!


 呪文を紡ぎ終えたのと、氷塊が崩れ去ったのは同時。

 リディアナの左腕から、二等軍用魔術――氷熱系【ブリザード・コーラス】が起動される。

 次の瞬間。



 ビュオオオオオオオオ――ッ!



 猟銃に匹敵する爆速の氷弾が。

 【グレイス・ブロック】を遥かに超える圧倒的な凍線が。

 ティタノボアを呑み込まんと追撃する。



『キシャアアアアアア――ッ!』



 ティタノボアの分厚い体表がみるみる凍りつき――

 その全身が、氷弾に穿(うが)たれて――

 (あな)だらけになった巨体をピクピクと震わせ、大地へと倒れ伏すのであった。


 暫しの静寂の後で。


「「「「おおおおおおおおおお――ッ!」」」」


 魔術士たちが、勝利の歓声を上げる。

そんな中、魔術士の一人がリディアナの前に歩み寄った。

 十八歳ほどの、落ち着いた雰囲気を持った娘だ。


「――リディアナ様。此度の戦闘、ご助力いただきありがとうございました」


「そなたは……第二十一分隊隊長のオリーバ=カルデスか」


「はい。領主様を戦場に引き出すなど、未熟の至り。我々の不甲斐なさ、恥じるばかりでございます」


 オリーバが片膝をつき、周囲の魔術士たちがそれに後続する。


「なに、気にするな。ティタノボアは本来、組合(ギルド)の一級魔術士が数人がかりで討伐する魔獣だ。

 銀氷狼でも新人のそなたたちでは、まだ荷が重かろう」


 リディアナは淡く微笑み、そう返した。


「寛大なお気遣い、痛み入ります……しかし、リディアナ様。調査の方はよろしいのですか?」


「ああ。部下に調べさせているからな。此度のスタンピードの謎も、既にある程度は解明できてきている。

 それに大公庁に要請して、煌燈十二軍を派遣してもらうこととなった」


「――! かの公国最強の軍事機関ですか……それは心強い……!」


 驚きの表情を見せるオリーバに、リディアナが静かに頷く。


「彼らと合流次第、反撃に転じるつもりだ。それと――」


 リディアナが何か言おうとした。

 まさにその時。


 シュー…………シュー…………


 唐突に。

 何かが蒸発するような音が、倉庫街に響き渡る。


「この音は……?」


「――ッ! 皆下がれ!」


 いち早く異変の正体に気づいたリディアナが、オリーバら第二十一分隊に鋭く警告する。

 その直後。



『シャアアアアアアアア――ッ!』



 なんと、倒したはずのティタノボアが、雄叫びを上げて立ち上がった。

 しかも驚くべきことに、先程受けた【ブリザード・コーラス】による孔が、完璧に塞がった状態で。


「どういうことだ!? 完全に再生してるなんて……」


 魔術士の一人が、そんなことを言ったのも束の間。


「ぐわぁあああああ――ッ!」


「ぎゃああああああああ――ッ!」


 まるで荒れ狂う大海原のように、ティタノボアが暴れ回る。



 どがっ! どがっ!



 魔術士たちは次々と吹き飛ばされ、大地や壁に激突し、半身が埋まり、意識が刈り取られていく。

 魔装束(シュレーゼ)を着た上で身体強化魔術を重ねがけしているが、これほどの衝撃の前では焼け石に水。

 全身の骨が折れてしまっているだろう。


「く――《銀盤の映し身よ》ッ!」


 猛攻を何とか(かわ)したリディアナは、即座に氷熱系【フリージング・ミラージ】を起動。

 ティタノボアの周囲に、無数の氷壁が形成され、リディアナたちの幻像が映し出される。



『シャアアアアアアアアアア――ッ!』


 がしゃん! がしゃん!



 丸太のような太い尾で、リディアナの幻像を次々と破壊するティタノボア。


「オリーバ! 動ける者たちで負傷者を運び出せ! そのまま離脱するのだ!」


 リディアナが大きなよく通る声で、指示を出す。


「し、しかしリディアナ様は!?」


「いいから行け! ここは私が食い止める!」


 リディアナの指示に従い、オリーバを筆頭に動ける魔術士たち数名は、気絶した仲間たちを連れて戦場から離脱した。


 そして、一人になったリディアナは、恐るべき巨獣の前で思考する。


(この異常な再生力……いよいよ確定だな)


 リディアナの脳内で、想定していた最悪の事態が真実味を帯びてくる。

 そんな中。

 ついにティタノボアが周囲の幻像を全て壊し、自身の方へ振り向いた。


「――! 考えている暇はないか」



『キシャアアアアアアアア――ッ!』



 ティタノボアがその大口を開け、リディアナを飲み込まんとばかりに突進を始める。


「《氷壁よ》ッ」


 対するリディアナは冷静に左手を翳し、【グレイス・ブロック】を起動。

 先程、銀氷狼の魔術士たちが放ったそれより遥かに広範囲、高精度の氷柱が、ティタノボアの行く手を阻む。


「ふ――」


 そのまま背後に回り、追撃の魔術を放とうとした……その時だった。



「ぐッ――ごほっ! ごほっ!」



 不意に。

 肺に刺すような痛みを感じて、リディアナが咳き込んだ。

 思わずその場から離脱しようとしても、体が動かない。

 全身が痺れるような感覚に襲われ、そのまま地面に崩れ落ちた。


「これは……まさか!」


 瞬時に、その正体を悟る。

 ふらつく視界の端で、氷柱に捕らわれたティタノボアの口から、何かが吹き出していたからだ。



『シュー……シュー……』



「がはッ。馬鹿な……毒だと……!?」


 完全に想定外だった。

 異常な再生力もそうだが、まさかティタノボアが毒を持っているとは。


(まずいな……)


 聡明で冷静沈着なリディアナが、珍しく額に汗を浮かべる。

 動けずその場で膝をつくリディアナに、【グレイス・ブロック】の氷柱を破壊したティタノボアが、ゆっくりと狙いを定め――


(皆……すまない)


 絶望的な状況の中。

 心の中で想うのは、マージェスに住まう民や魔術士、部下たち。


 そして――

 再び大口を開け、リディアナを喰らうために進撃しようとした……


 まさに、その時。


「――《炎楼(えんろう)よ》ッ!」



 ゴォオオオオオオオオオオオ! 



 爆音と共に。

 リディアナの眼前を、炎の柱が突き抜ける。



『キシャアアアアアアアア――ッ!?』



 突如として業火に包まれたティタノボアが、苦悶の咆哮を上げた。


「これは……【フレイム・ロード】!? しかもこの威力は……」


 【フレイム・ロード】――敵を円柱形の炎で包み込む、炎熱系の三等軍用魔術。

 青天の霹靂に、リディアナが思わず呪文の聞こえた方へ振り向くと。


「リディアナ公! ご無事ですか!?」


 そんな声とともに。

 黒髪黒瞳の青年が、傍らに駆けつけた。



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