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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第二章《水の都市マージェス》
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第40話 『令束の奇跡』



 ――――。



 ジェイルたちがいた場所は、マージェスの南部に位置している。

 そこから北へ上っていき、住宅街や商店街を抜けていくと、マージェスの都心部へと到着する。

 『銀氷狼』の本部や魔術士組合(ギルド)、魔術医院など、都市の中枢を担う施設が多くあるのが特徴だ。


 本来ならば多くの民や魔術士たちで賑わい、活気溢れる都心部なのだが、今は別の意味で喧喧囂囂(けんけんごうごう)とした雰囲気をさらけ出していた。


「ううう……痛えよ……」


「重傷者から順に、奥の医務室へ運んでくださいッ!」


「くそっ! 俺としたことが、情けねぇ……」


「怖いよう……お母さん……」


 怪我人。怪我人。避難民。

 溢れんばかりの人だかりが、都心部のあちらこちらで見られた。

 街路にはシートが引かれ、軽傷者その上で診療を受けている。


「酷い……」


 走りながらも、辛そうに目を伏せるカレン。


「――ッ! これほどの被害とは……」


 ジェイルが苦い表情で歯噛みする。

 留まりたい気持ちを振り払い、銀氷狼の本部へと向かっていく。


「怪我人の中でも重傷者は、魔術医院で集中治療を受けています。避難してきた民や軽傷者は、魔術士組合(ギルド)や銀氷狼の本部で匿われている状況です。

 それでも場所が足りず、街の外に溢れ出してしまっているのですが……」


 ウォーレンの説明を受けながら、一行は走る。


「しかし、都心部には魔獣は襲ってこないんだね」


 ジェイルは周囲を見渡しながら、ふと思い浮かんだ疑問を投げかけた。


「ええ。動ける魔術士たちが、交代で結界魔術を貼っていますので、内部の侵入は防いでいます。

 しかし、それもいつまで持つか……」


「いずれにせよ、早く何とかするしかないな」


 そのような会話をしていると、辺りで一際大きな建物の前に到着した。


「す、すごい建物ですね……」


 カレンがため息をつくように呟く。



 城壁にも似た白い壁。古式建築特有の鋭角の屋根。

 荘厳な要塞を思わせるその建物こそ、『銀氷狼』マージェス本部。

 大陸最高峰たる魔術大国、フォルニカ公国を支える警邏(けいら)機関だ。



 石で出来た逆放物線状のアーチをくぐり抜けると、吹き抜けになったロビーにはここにも大勢の人々がいた。


「ここも、怪我人や避難してきた人たちでいっぱいだな……」


 職員に治療を受けている魔術士や、床に座り込む子連れの女性などを見ながら、ジェイルが言った。


「リディアナ様は三階の執務室にいるはずです。先に行って、話を通してきますね」


 そう言ってウォーレンは、階段を上がっていった。


「よし、カレン。俺たちはその間に――」


 怪我人の手当てを手伝おう。

 ジェイルが言おうとしたその瞬間。


「――ですからッ! 今すぐ魔術医院で治療を受けてください!」


 怒号にも似た大声が、ロビーに響いた。

 見ると、ロビーの端の方で二人の人物がやり取りをしており、その周りには多くの魔術士たちがいる。


 一人は若い女性だ。青を基調とした特徴的な魔装束(シュレーゼ)から、銀氷狼の職員であることがわかる。

 そしてもう一人は、壁に寄りかかるようにして倒れ込んでいる、初老の男だった。


「……構わん。お前さんもワシの世話なんかせず、他の連中を治療してやれ」


 どうやら初老の男は、頑なに治療を拒んでいるようだった。


「あれは……」


 見覚えのある顔に、ジェイルは思わず駆け寄った。


「やっぱり、タイタスさん! これは一体……」


 近づいた瞬間、ジェイルは息を呑む。


「――ッ! なんて酷い傷……」


 そして後ろをついてきたカレンは、その表情を悲痛に歪めた。

 タイタスと呼ばれた初老の男の全身には、あちこちを食い破られたような傷がついており、一目で分かるほどの重症だったのだ。


「ジェイルさん、この方は……?」


「彼はタイタス=ヴァンダムさん。魔術士組合(ギルド)に所属している、一級魔術士だ」


 一級魔術士とは、魔術士組合の階級だ。

 強さで言えば、マージェスの中でも五本の指に数えられる。


「ほう? ……ジェイル坊か。久しぶりじゃの」


 タイタスはジェイルに気づいたのか、弱々しくそう返す。


「――酷い。『(つるぎ)の砦』と呼ばれた貴方ほどの魔術士が、一体どうして……」


 ジェイルは焦る様子で、タイタスの傍に片膝をつく。


「若い魔術士たちを庇って、魔獣の攻撃を一身に受けてしまったんです……」


 ジェイルの問いに、傍らにいた女性職員が答えた。


「そんな……待っていてください! 今、治療を――」


「駄目です!」


 治癒魔術を施そうとしたジェイルを、女性職員が制止する。


「タイタスさんは、昼も夜もずっと魔獣と戦い続けていたんです。魔力も体力もほとんど残っていません……。今、肉体に負荷のかかる治癒魔術を施したら……」


 泣きそうな顔で言った。


「――ッ!」


 ジェイルが悔しそうに歯噛みする。


「ですからお願いです! 魔術医院で今すぐ集中治療を受けてください!」


 女性職員が声を振り絞って懇願する。

 周りに集まる魔術士たちも、同じ意見だった。


「……よい。ワシ以外に、重症の怪我人は山ほどいる」


 そんな様子に、タイタスがゆっくりと口を開く。


「老いぼれの治療に手間をかけさせる訳にはいかん。ワシなどより、未来ある若者たちを守れ……」


「タイタスさん……」


 公国を愛し、民を心から想っているからこその言葉。

 周りにいた魔術士たちは皆、悲痛の表情を浮かべる。


 そんな中――


「……ジェイルさん。私に任せて下さい」


 沈黙の中、傍にいたカレンが意を決したように言った。


「カレン……? まさか――」


「タイタスさん……でしたよね。少し、失礼しますね……」


 そしてタイタスの隣に座り込み、手をゆっくりと重ねた。


「治癒魔術は駄目です! タイタスさんの体が持ちま――」


「大丈夫」


 止めようとする女性職員や魔術士たちを、今度はジェイルが片手で制止した。

 タイタスの手に自身の手を重ねたカレンは、そのまま静かに目を瞑り――


「~~~~」


 何事か念じ始める。


 その瞬間。

 カレンの身体が、ぱっと白く発光した。

 そこから漏れ出した光の粒子が、タイタスの体へと浸透していく。


「「「「これは……!?」」」」


 あまりにも神秘的な光景に、周囲の人々は瞬きも忘れ、眼前の奇跡に釘付けになった。

 先ほどから、力のない表情だったタイタスですら、軽く目を見開いている。


「詠唱なしで……まさか……」


 誰かがそんなことを呟いた。

 そして発光が収まり、光の粒子が消えると。


「……どうでしょうか?」


 カレンがタイタスに尋ねる。


「驚いた……傷だけでなく、魔装束(シュレーゼ)まで完全に直っておる」


 タイタスは大きな身体をゆっくり起こし、傷口を確かめながら、静かにそう返した。

 おおおお――! と騒ぐ魔術士たち。


「お嬢ちゃん。まさか、令束(イルバ)が使えるなんて……」


 魔術士の一人が言った言葉に、カレンが力強く頷く。



 自身の深層意識――内側に働きかけて現象を引き起こす"魔術"とは逆に、自身の外側――世界そのものに変化をもたらすのが"令束(イルバ)"だ。

 令束で起こるのは、傷が癒えるという結果のみ。

 つまり、本人に負担を与えることなく治癒を行うことができる。



「――ですが、魔装束(シュレーゼ)まで元に戻すほどの完璧な治癒……例え令束(イルバ)であっても、あまりに人の領分を超えた所業です。あなたは一体……」


「! その、私は……」


 女性職員に問われて戸惑うカレン。


「彼女は少し事情が複雑でして……今は聞かないであげて下さい」


 その様子に、ジェイルが助け舟を出した。


「そうか……。ジェイル坊と一緒にいるということは、そうなんだろう」


  タイタスは、何となく事情を察したようで。

 片膝をつきながら、カレンと目線を合わせる。


「嬢ちゃん。君が何者であれ、君はワシの命の恩人だ。お陰でまた皆を護ることができる……ありがとう」


「い、いえ……そんな」


 真摯な瞳で感謝を告げられ、思わず顔を赤くするカレン。


「――ふむ、夕方には戦えるようになるか」


 次の瞬間。

 タイタスは立ち上がり、自身の身体の調子を確かめ始めた。


「だめですっ。せめて、今日は安静にしていてください! あ……」


「嬢ちゃん――」


 カレンも立ち上がるが、目眩を起こしたように後ろにふらつく。


「……っと。大丈夫かい? カレン」


 倒れるその背中を、ジェイルが優しく支えた。


「……ジェイルさん……」


令束(イルバ)は強力だが、消耗が激しい。個人の力で、世界に変革を起こす技だからね。多用は禁物だよ」


「はい……気をつけます」


 軽く息切れをした様子で、カレンが答える。


「だけど……タイタスさんを助けてくれて、ありがとう」


「――っ! えへへ……私はジェイルさんに助けられましたから。今度は、私も力になりたかったんです」


 そんな二人のやり取りに、周りは微笑みながら。

 魔術士たちが。銀氷狼の職員たちが。

 次々とカレンに礼を言うのであった。



 ――――。



「それにしても、ウォーレン()はやけに時間がかかっているな……」


ロビーで待機していたジェイルは、ふと呟いた。


「なにかあったのでしょうか?」


 カレンも首を傾げていると、誰かが階段から猛スピードで駆け下りてくる音がした。


「ジェイル殿! カレンさん!」


 忙しない音を鳴らしながら、降りてきたのはウォーレンだ。


「おっと、来たようだね。どうだっ――」


 ジェイルが声をかけようとするが。


「大変ですッ!」


 一体、何があったというのか。

 ウォーレンは息を荒らげながら、ジェイルたちの元へ駆け寄るのだった。



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