第40話 『令束の奇跡』
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ジェイルたちがいた場所は、マージェスの南部に位置している。
そこから北へ上っていき、住宅街や商店街を抜けていくと、マージェスの都心部へと到着する。
『銀氷狼』の本部や魔術士組合、魔術医院など、都市の中枢を担う施設が多くあるのが特徴だ。
本来ならば多くの民や魔術士たちで賑わい、活気溢れる都心部なのだが、今は別の意味で喧喧囂囂とした雰囲気をさらけ出していた。
「ううう……痛えよ……」
「重傷者から順に、奥の医務室へ運んでくださいッ!」
「くそっ! 俺としたことが、情けねぇ……」
「怖いよう……お母さん……」
怪我人。怪我人。避難民。
溢れんばかりの人だかりが、都心部のあちらこちらで見られた。
街路にはシートが引かれ、軽傷者その上で診療を受けている。
「酷い……」
走りながらも、辛そうに目を伏せるカレン。
「――ッ! これほどの被害とは……」
ジェイルが苦い表情で歯噛みする。
留まりたい気持ちを振り払い、銀氷狼の本部へと向かっていく。
「怪我人の中でも重傷者は、魔術医院で集中治療を受けています。避難してきた民や軽傷者は、魔術士組合や銀氷狼の本部で匿われている状況です。
それでも場所が足りず、街の外に溢れ出してしまっているのですが……」
ウォーレンの説明を受けながら、一行は走る。
「しかし、都心部には魔獣は襲ってこないんだね」
ジェイルは周囲を見渡しながら、ふと思い浮かんだ疑問を投げかけた。
「ええ。動ける魔術士たちが、交代で結界魔術を貼っていますので、内部の侵入は防いでいます。
しかし、それもいつまで持つか……」
「いずれにせよ、早く何とかするしかないな」
そのような会話をしていると、辺りで一際大きな建物の前に到着した。
「す、すごい建物ですね……」
カレンがため息をつくように呟く。
城壁にも似た白い壁。古式建築特有の鋭角の屋根。
荘厳な要塞を思わせるその建物こそ、『銀氷狼』マージェス本部。
大陸最高峰たる魔術大国、フォルニカ公国を支える警邏機関だ。
石で出来た逆放物線状のアーチをくぐり抜けると、吹き抜けになったロビーにはここにも大勢の人々がいた。
「ここも、怪我人や避難してきた人たちでいっぱいだな……」
職員に治療を受けている魔術士や、床に座り込む子連れの女性などを見ながら、ジェイルが言った。
「リディアナ様は三階の執務室にいるはずです。先に行って、話を通してきますね」
そう言ってウォーレンは、階段を上がっていった。
「よし、カレン。俺たちはその間に――」
怪我人の手当てを手伝おう。
ジェイルが言おうとしたその瞬間。
「――ですからッ! 今すぐ魔術医院で治療を受けてください!」
怒号にも似た大声が、ロビーに響いた。
見ると、ロビーの端の方で二人の人物がやり取りをしており、その周りには多くの魔術士たちがいる。
一人は若い女性だ。青を基調とした特徴的な魔装束から、銀氷狼の職員であることがわかる。
そしてもう一人は、壁に寄りかかるようにして倒れ込んでいる、初老の男だった。
「……構わん。お前さんもワシの世話なんかせず、他の連中を治療してやれ」
どうやら初老の男は、頑なに治療を拒んでいるようだった。
「あれは……」
見覚えのある顔に、ジェイルは思わず駆け寄った。
「やっぱり、タイタスさん! これは一体……」
近づいた瞬間、ジェイルは息を呑む。
「――ッ! なんて酷い傷……」
そして後ろをついてきたカレンは、その表情を悲痛に歪めた。
タイタスと呼ばれた初老の男の全身には、あちこちを食い破られたような傷がついており、一目で分かるほどの重症だったのだ。
「ジェイルさん、この方は……?」
「彼はタイタス=ヴァンダムさん。魔術士組合に所属している、一級魔術士だ」
一級魔術士とは、魔術士組合の階級だ。
強さで言えば、マージェスの中でも五本の指に数えられる。
「ほう? ……ジェイル坊か。久しぶりじゃの」
タイタスはジェイルに気づいたのか、弱々しくそう返す。
「――酷い。『剣の砦』と呼ばれた貴方ほどの魔術士が、一体どうして……」
ジェイルは焦る様子で、タイタスの傍に片膝をつく。
「若い魔術士たちを庇って、魔獣の攻撃を一身に受けてしまったんです……」
ジェイルの問いに、傍らにいた女性職員が答えた。
「そんな……待っていてください! 今、治療を――」
「駄目です!」
治癒魔術を施そうとしたジェイルを、女性職員が制止する。
「タイタスさんは、昼も夜もずっと魔獣と戦い続けていたんです。魔力も体力もほとんど残っていません……。今、肉体に負荷のかかる治癒魔術を施したら……」
泣きそうな顔で言った。
「――ッ!」
ジェイルが悔しそうに歯噛みする。
「ですからお願いです! 魔術医院で今すぐ集中治療を受けてください!」
女性職員が声を振り絞って懇願する。
周りに集まる魔術士たちも、同じ意見だった。
「……よい。ワシ以外に、重症の怪我人は山ほどいる」
そんな様子に、タイタスがゆっくりと口を開く。
「老いぼれの治療に手間をかけさせる訳にはいかん。ワシなどより、未来ある若者たちを守れ……」
「タイタスさん……」
公国を愛し、民を心から想っているからこその言葉。
周りにいた魔術士たちは皆、悲痛の表情を浮かべる。
そんな中――
「……ジェイルさん。私に任せて下さい」
沈黙の中、傍にいたカレンが意を決したように言った。
「カレン……? まさか――」
「タイタスさん……でしたよね。少し、失礼しますね……」
そしてタイタスの隣に座り込み、手をゆっくりと重ねた。
「治癒魔術は駄目です! タイタスさんの体が持ちま――」
「大丈夫」
止めようとする女性職員や魔術士たちを、今度はジェイルが片手で制止した。
タイタスの手に自身の手を重ねたカレンは、そのまま静かに目を瞑り――
「~~~~」
何事か念じ始める。
その瞬間。
カレンの身体が、ぱっと白く発光した。
そこから漏れ出した光の粒子が、タイタスの体へと浸透していく。
「「「「これは……!?」」」」
あまりにも神秘的な光景に、周囲の人々は瞬きも忘れ、眼前の奇跡に釘付けになった。
先ほどから、力のない表情だったタイタスですら、軽く目を見開いている。
「詠唱なしで……まさか……」
誰かがそんなことを呟いた。
そして発光が収まり、光の粒子が消えると。
「……どうでしょうか?」
カレンがタイタスに尋ねる。
「驚いた……傷だけでなく、魔装束まで完全に直っておる」
タイタスは大きな身体をゆっくり起こし、傷口を確かめながら、静かにそう返した。
おおおお――! と騒ぐ魔術士たち。
「お嬢ちゃん。まさか、令束が使えるなんて……」
魔術士の一人が言った言葉に、カレンが力強く頷く。
自身の深層意識――内側に働きかけて現象を引き起こす"魔術"とは逆に、自身の外側――世界そのものに変化をもたらすのが"令束"だ。
令束で起こるのは、傷が癒えるという結果のみ。
つまり、本人に負担を与えることなく治癒を行うことができる。
「――ですが、魔装束まで元に戻すほどの完璧な治癒……例え令束であっても、あまりに人の領分を超えた所業です。あなたは一体……」
「! その、私は……」
女性職員に問われて戸惑うカレン。
「彼女は少し事情が複雑でして……今は聞かないであげて下さい」
その様子に、ジェイルが助け舟を出した。
「そうか……。ジェイル坊と一緒にいるということは、そうなんだろう」
タイタスは、何となく事情を察したようで。
片膝をつきながら、カレンと目線を合わせる。
「嬢ちゃん。君が何者であれ、君はワシの命の恩人だ。お陰でまた皆を護ることができる……ありがとう」
「い、いえ……そんな」
真摯な瞳で感謝を告げられ、思わず顔を赤くするカレン。
「――ふむ、夕方には戦えるようになるか」
次の瞬間。
タイタスは立ち上がり、自身の身体の調子を確かめ始めた。
「だめですっ。せめて、今日は安静にしていてください! あ……」
「嬢ちゃん――」
カレンも立ち上がるが、目眩を起こしたように後ろにふらつく。
「……っと。大丈夫かい? カレン」
倒れるその背中を、ジェイルが優しく支えた。
「……ジェイルさん……」
「令束は強力だが、消耗が激しい。個人の力で、世界に変革を起こす技だからね。多用は禁物だよ」
「はい……気をつけます」
軽く息切れをした様子で、カレンが答える。
「だけど……タイタスさんを助けてくれて、ありがとう」
「――っ! えへへ……私はジェイルさんに助けられましたから。今度は、私も力になりたかったんです」
そんな二人のやり取りに、周りは微笑みながら。
魔術士たちが。銀氷狼の職員たちが。
次々とカレンに礼を言うのであった。
――――。
「それにしても、ウォーレンはやけに時間がかかっているな……」
ロビーで待機していたジェイルは、ふと呟いた。
「なにかあったのでしょうか?」
カレンも首を傾げていると、誰かが階段から猛スピードで駆け下りてくる音がした。
「ジェイル殿! カレンさん!」
忙しない音を鳴らしながら、降りてきたのはウォーレンだ。
「おっと、来たようだね。どうだっ――」
ジェイルが声をかけようとするが。
「大変ですッ!」
一体、何があったというのか。
ウォーレンは息を荒らげながら、ジェイルたちの元へ駆け寄るのだった。




