第38話 『崩壊の都市』
――――。
「なんてことだ……」
マージェスに到着したジェイルたちが目にしたのは、想像を絶する光景だった。
遠くから見えていた建物の多くは崩れかけており、一部は倒壊しているものもある。
都市を流れる運河の傍ら――石畳でできた街路の上には、落下した瓦礫が至る所に散りばめられていた。
「うわぁああああ――ッ!?」
「きゃああああ――ッ!?」
人々は逃げ惑い、叫び声が街中に響き渡っている。
「焦らないで! 街の中心部に逃げてくださいッ!」
そんな中、青い魔装束を着た魔術士たちが必死に避難誘導を行っていた。
まるで災害が起きた直後のような地獄絵図。
元はとても美しかったであろうこの街に、いったいどんな災厄が降りかかったというのか。
その災厄の元凶とは――
「ジェイルさん……あれって、全部魔獣ですよね……?」
魔獣。
魔獣。魔獣。魔獣。
マージェスの街が、数多の魔獣で埋め尽くされているのだ。
鋭い鉤爪を持つビーバーのような魔獣――アーヴァンク。
炎を纏った熊の魔獣――フレムベア。
魔力で更に凶暴化した獰猛な犬の魔獣――黒狂犬……
数え出したらキリがないほどの魔獣の大群が、街を襲っている。
「ああ。だけどおかしい……この辺りで凶暴な魔獣が生息しているのは、ハラル大森林だけのはず。これほどの魔獣が、いったいどこから――」
さしものジェイルも、目の前の惨状に信じられないといった表情で呟く。
何が起きているのか、状況が飲み込めないまま。
『『『『ギャオァアアアア――――!』』』』
「――構えッ! 撃てッ!」
「「「「《雷苑の天帝よ・一条の閃光纏いて・撃ち貫け》ッ!」」」」
魔獣と魔術士たちの交戦が始まった。
十人の魔術士たちが隊列となって、三等軍用魔術――雷撃系【ライトニング・レイ】を放つ。
『ギャオッ!』
『ギャアッ!?』
収束された十条の雷閃が、襲い来る魔物たちを次々と撃ち落とす。
「怯むな! 民が逃げるまで持ちこたえるんだ!」
そう激を飛ばすのは、隊を率いているであろう若い男の魔術士だ。
彼を中心とした魔術士たちの見事な連携によって、魔獣の侵攻は食い止められている。
「よしッ、いいぞ! このまま――」
そんな声を上げながら、魔術士たちが押し切ろうとした――次の瞬間。
『『『『――グルァアアアア!』』』』
「なっ!?」
突如、明後日の方向――瓦礫の中から十を超える黒狂犬の群れが出現。応戦する魔術士たちに襲いかかった。
「くそ! 間に合わない――」
焦り声を上げる若い男。
完全に虚をつかれた魔術士たちに、呪文を唱える隙はなく――
黒狂犬の獰猛な牙が、魔術士たちの喉笛を掻き切ろうと迫って――
もう駄目だ。
そう思った、まさにその時。
「――《氷壁よ》」
ガシャアアアアアアン!
黒狂犬たちの突貫は、たった一言で阻まれた。
地面に描かれた魔術円陣から突き出した巨大な氷柱が、十数体の黒狂犬をまるごと屠ったのだ。
「これは……【グレイス・ブロック】!? いったい誰が――」
突然の出来事に、若い男と魔術士たちは呆気に取られる。
反射的に呪文が聞こえた方向を見ると。
「――無事かい?」
彼らの前に、黒髪の青年と煉瓦髪の少女が立っていた。
「あ、あなたたちは――」
「話は後だ。まずは、この辺りの魔獣を一掃する。下がっていてくれ」
そう言って黒髪の青年――ジェイルはコォオオオ、と低く呼吸をする。
「――《凍獄の鬼女は死を唄う・赫き生者は凍てつくべし》!」
魔力を高めて放たれた呪文は、氷熱系【ブリザード・コーラス】。
絶対零度の凍線と強烈な氷弾を広範囲に放出する、二等軍用魔術だ。
ビュオオオオオオオオオ――!
降り注ぐ死の散弾が、辺り一帯の魔獣を殲滅する。
叫び声を上げるまもなく瞬時に凍てつき、氷弾で破壊される様は、まさに鎧袖一触。
「に、二等軍用魔術をたった二節で……すごい……」
本来なら、五節かけて唱えても一流とされる二等軍用魔術。
ジェイルの見せた絶技に、男を始めとするその場にいた魔術士たちは、みな驚愕の眼差しを向けていた。
そして――周囲にいた魔物をあらかた狩り尽くしたところで。
「……ひとまずこんなところか」
ジェイルは【ブリザード・コーラス】を解除し、ゆっくりと呼吸を整える。
そのまま、若い男と魔術士たちに向き直して。
「青い魔装束……君たちは、銀氷狼の魔術士だね?」
「は、はい! その黒髪に左目の傷……貴方はもしかして――」
「ああ。俺は大公庁管轄、煌燈十二軍――第一軍団のジェイル=サファイアだ」
穏やかな、そして力強い表情で。
ジェイルが微笑んだ。




