第37話 『晴天の暗雲』
カレンはそこに広がっている光景に、思わず息を飲んだ。
それまで一面、緑に覆われていた平原だったのに、まるで別の場所に来たかのような光景が広がっていたからだ。
丘から少し離れたところに、大きな都市が広がっている。遠くからなので細部は分からないが、白を基調とした建物が延々と並び立っていた。
建物の群れの奥には、時計台のような一際高い建造物があり、都市はそのさらに奥まで広がっている。
目の前に見えるだけでも、その規模はイーンの数倍だ。
周囲を平原や川に囲まれつつ、その部分だけ都市が作られたような外観だが、その風景に違和感は一切ない。
寧ろ、自然と見事に中和した、絵画のごとき光景だった。
「すごい……ジェイルさん! はやく行きましょう!」
大はしゃぎするカレン。
マージェスに向かって走り出そうとするも――
「そんなに急がなくても大丈夫だよ、カレン。まだ五キロは離れているからね。疲れないようにのんびり行こう」
ジェイルによって優しく制止される。
「あっ、そうですね。えへへ、ごめんなさい……」
カレンが恥ずかしそうな表情で、トコトコとジェイルの隣に戻って来た。
「マージェスに着いたら、まずはどこに行くんですか?」
「さっき言っていた、銀氷狼の総本部だよ。国民証の発行にはリディアナ公の許可が必要だからね」
「リディアナ公……たしか、公国保安庁の長……でしたよね?」
リディアナ=シルヴァ――公国保安庁の長にして、銀氷狼を束ねる女傑。シルヴァ家は代々、マージェスを治める領主の家系でもある。
5年前、度重なる身内の不幸で天涯孤独になり、若くして公国の重役に着くことになったにも関わらず、その卓越した手腕で見事にマージェスを治めている才女だ。
魔術士としても超一流で、その技量は煌燈十二軍に匹敵するとも言われている。彼女に憧れて、銀氷狼に入団する女性魔術士も少なくない。
「ああ。俺の恩人の一人で、偉大な女性なんだ。彼女ならきっと、カレンに良い待遇を与えてくれるはずさ」
「ジェイルさんの恩人……はやくお会いしたいです……!」
ジェイルが尊敬する人物と会えることに、期待を膨らませるカレン。
まだ見ぬ美しい国、美しい街に。この時のカレンは心を踊らせていた。
――そんな最中。
マージェスへ近づいていった二人は、ふと都市の異変に気付く。
「……? ジェイルさん……あの煙って……?」
見ると、マージェスの街中から、何やら黒い煙がいくつも立ち昇っているのだ。
煙突からの排気にしては、あまりにも多すぎる。
「…………ッ」
カレンの問いに、ジェイルは少しのあいだ無言になったが……
「――カレン。すまないが、少し急ぐよ」
「え……きゃっ!?」
異変を感じ取ったジェイルは、すぐさまカレンを横抱きに抱え、脳の深層意識に注意を傾けた。
「――《戦神の加護・偉力の壮士・光の守護を解放せよ》ッ!」
呪文を唱え、脳の奥――深層意識内で魔術式を構築。
全身に魔力を漲らせ、身体強化の魔術――付呪系【エンチャント・クロス】を起動させる。
「ふ――」
そうして羽のように身軽になったジェイルは、カレンを抱えたまま、マージェスへ向かって風のように駆け出すのであった。




