第36話 『緑の街道にて』
――――。
「わぁ……! ジェイルさんっ。この牛さんたち、とっても可愛いですね!」
まるで雛鳥が鳴くような、元気な声を上げながら。
煉瓦色の髪の少女――カレンが無邪気に笑った。
見ると、カレンの周りに動物が沢山集まっている。
シルエットは牛にそっくりだが、牛より一回り巨体で全身茶色。そして、二本の大きくて立派な角。
彼らはカレンに甘えるかのように、頬を擦り寄せていた。
「この子たちはオーロックス。牛の仲間で、公国の平原に広く住んでいるんだ」
カレンの少し後方から返事が飛んでくる。
黒髪黒瞳で左目に大きな傷のある青年――ジェイルが、傍にいるオーロックスを撫でながらそう答えた。
マージェスへと向かう二人は今、街道から少し外れた湖のほとりで休憩をしている。
平原の傍らに添い遂げるように置かれた、蒼色のオアシス。
そこにオーロックスの群れが、水を求めてやってきたのだ。
「ちょうど彼らも、一休みをしに来たようだね」
ジェイルは水浴びをするオーロックスたちを、遠目で見る。
「それより、カレンがこんなに動物慣れしているなんて思わなかったな」
「私の故郷では、牛や羊をたくさん飼っていたので、それで慣れているのかも知れません。残念ですが、それ以上は思い出せないんですけど……」
カレンはつい先日まで、フォルニカ公国の東にある大国――バラバ帝国に捕らえられていた奴隷だった。
公国に連れてこられた後、死闘の末、ジェイルによって救助されたが、自身の一族の名や故郷についての記憶をほとんど失っているようだった。
今は助けられた縁から、ジェイルに同行しているのだ。
「そうか。俺もオルセント一家に引き取られるまでの記憶が無いから、似たもの同士というわけだ」
このジェイルという青年も、元々は公国の民ではない。
かつて、大陸全土を股に掛けた︎︎"︎︎国境なき行商"︎︎オルセント一家に育てられた忘れ形見だ。
今は様々な経緯から、フォルニカ公国唯一にして最強の軍事機関『煌燈十二軍』の第一軍団に所属。筆頭魔術士として、公国中を渡り歩いている。
「そろそろ街道に戻ろう。丘を一つ超えたら、もうすぐマージェスだよ」
「はいっ!」
オーロックスの群れに別れを告げ、ジェイルたちは街道へと戻るのであった。
――――。
「これから行くマージェスって、一体どんな街なんですか?」
街道を歩きながら、カレンは興味津々といった表情でジェイルに尋ねる。
ジェイルはそんな表情に思わず笑って。
「ふむ。それじゃあ少し、マージェスについて話そうか」
小高い丘を越えた先にある、大都市について語り始めた――
フォルニカ公国には、"四大都市"と称される街がある。
公国の中央にある首都『エレメンタ』。北部にある『アリスロット』。南西部にある『バミリア』。そして、南東部にある『マージェス』だ。
マージェスは、またの名を"水の都市"と呼ばれている。
理由は、マージェスを流れている河川の多さからだ。
ハラル大森林のちょうど北側。公国の北東部にある『クラリオ氷山』の雪解け水を水源とし、流れてくる河川や運河は軽く二十を超える。
マージェス特有の、白を基調としたモダンな建造物と相まって、ノスタルジックで美しい景観が広がっているとのことだ。
「川と建物が並んでいる街並みはすごく綺麗だから、カレンもきっと気に入ると思うよ」
「へぇ……すごく楽しみです……!」
目をキラキラさせるカレンに笑顔を向けながら、ジェイルは続ける。
「あと……一番の特徴はやっぱり、『銀氷狼』の本部があることかな?」
「銀氷狼?」
以前に聞いたことのある名前だ。
カレンの問いに対し、ジェイルはまず公国の中枢機関について話し始めた。
フォルニカ公国には最高意思決定機関として、『煌章院』という議会がある。
議席は全部で四つあり、それぞれ四大都市を治める貴族の領主に席が当てられている。
また、それに併せて国家運営の役割も、各領主たちが担っているのだ。
首都『エレメンタ』の領主にして現大公、ユリエス=アークロプス=フォルニカが長を務め、主に国の総合意思決定を担い、さらに国の最高戦力たる"︎︎煌燈十二軍"︎︎を所有する『大公庁』。
北の都市『アリスロット』の領主、ダンデ=シャーデリアが長を務め、主に友好国との貿易や公国の資源、農作物の生産を管理する『公国総合庁』。
南西の都市『バミリア』の領主、リース=クロノスが長を務め、主に公国の経済や工業の推進、公共設備の管理をする『公国共治庁』。
そして、南東の都市『マージェス』の領主、リディアナ=シルヴァが長を務め、主に公国の治安を守り、他国からの侵略時における防衛の最前線を担う『公国保安庁』――この四つだ。
「――その公国保安庁の傘下組織が『銀氷狼』。公国各地の支部で、治安維持や平和維持に尽力してくれてる。みんな、優秀な魔術士ばかりなんだよ」
「なるほど……あれ? それってジェイルさん達とどう違うんですか?」
カレンは不思議そうに尋ねる。
「うーん、そうだな……。俺が所属する煌燈十二軍は、敵を倒すのが第一の軍事機関。銀氷狼は、公国の民と治安を守るのが第一の警邏機関って言ったところかな」
ジェイルは顎に手を当てながら答えた。
「まぁ組織は違ってても、任務で共同戦線を張ることは少なくないんだけどね」
「へえ〜……グループが違うといがみ合うことが多い印象ですけど、この国は仲がいいんですね」
異なる派閥の組織は、往々にして確執のある場合が多い。
例えば、バラバ帝国では皇帝の名のもとに、帝国八院という八つの議院がある。
そして"八院帥"と呼ばれる長たちが土地を治め、それぞれ小規模な国家を形成しているのだが……互いの領土には極力干渉しないというのが、暗黙の了解とされているらしい。
さらに、公国の西側にあるレヴィエント王国では王国騎士団、王室親衛隊、教会騎士団など組織の数が非常に多い。
どの組織も表向きは、現王女のソフィア=フェレーラ=レヴィエントに忠誠を誓ってはいるが……どうやら内部では王女派と反王女派に分かれているとのことだ。
特に15年前に起きた、反王女派による王国史上最大の内乱――"王権戦争"は記憶に新しい。
カレンも奴隷時代、そういった話を小耳にしていたようで、意外そうに呟いた。
「うちは大国に囲まれた小さな国だからね。貴族や平民だけじゃなくて、組織同士も協力的なんだ。みんな、この国を愛して守りたいのは一緒なんだよ」
「すごい……皆さん、この国が大好きなんですねっ!」
究極の一枚岩。
それを体現するかのような公国の体制に、カレンは敬服の念すら抱く。
「ああ……この国を守る者として、本当に誇らしいことさ」
なにか眩しいものを見るように、ジェイルが目を細めた。
「……そろそろ都市が見えてくる頃だね。ほら――」
小高い丘を越えた辺りで、ジェイルは前方を指す。
「わぁ……!」




