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【挿絵多め】煌燈十二軍と供犠奇譚《サクリフィス・サーガ》  作者: HaiRu
第一部【フォルニカ公国篇】 第一章《奴隷少女》
36/73

(挿)第35話 『新たなる旅路』★



 ――――。



 大勢の人々が忙しく行き交う朝。イーンの街中にて。

 『オルセントの流れ屋』を後にしたジェイルとカレンが歩いていた。

 ジェイルは軍用礼服でなく、旅用のローブを身にまとって、肩には大きめのショルダーバッグを下げている。


「わっ」


「っと、大丈夫かい?」


 道行く人にぶつかりそうになるカレン。

 ジェイルが優しく手を引いて誘導する。


「えへへ、ありがとうございます」


 手を繋いだままのカレンは、どことなく満足げな顔だ。


「ここは人通りが多いから、はぐれないようにね」


「はいっ。……あの、ジェイルさん」


「うん?」


「……助けて下さり、ありがとうございました。本当に……なんて言ったら良いか……」


 出会った当初の死んだような有様はどこへやら。

 カレンは情緒豊かな表情で、ジェイルを見つめる。


「構わないさ。煌燈十二軍――公国の魔術士として、君を助けることができて良かったよ」


 さも当然のように、ジェイルは笑う。

 そんな様子にカレンも微笑んで。


「それに、助けられたのは俺もだからね」


「え?」


「リッパーと初めて戦った時さ。あの時、俺は重症だったはずのに、気がつくと怪我がさっぱり消えていた。

 君が令束(イルバ)で治してくれたんだろう?」


 ハラル大森林の入口にて、一番最初にリッパーに対峙した時のことだ。

 二等軍用魔術をまともに受け、瀕死の重症になっていたはずが、『オルセントの流れ屋』で目覚めた時には怪我が完治していた。


「あっ……」


「しかも、その後も回復してもらったからね」


 カレンに口付けされた頬をそっと撫で、ジェイルが悪戯っぽく笑う。


「あ、あの……あれは……!」


 繋いでいた手を思わず離し、あたふたと両手をバタつかせるカレン。

 その様子にジェイルは。


「ふ、わかってるさ。令束(イルバ)のように、世界に干渉する魔力操作は、自身の行動をトリガーにして効果を増幅させることが多い。

 レヴィエント王国の教会騎士団が、合掌して天使兵を召喚するようにね。

 俺との身体接触を深くすることで、早く治療できるようにしたんだろ? 勘違いはしないから安心してくれ」


 そう言って、柔らかく笑い流す。

 すると、カレンの顔がまた赤く染まった。

 恥ずかしがっている訳でもないようで、なぜか頬をぷっくり膨らませている。


「……むう……」


 そうして、そのままジェイルの左肩に、額をごつんごつんと打ち付けるのであった。


「んん……? カレン。どうしたんだ?」

 

「む〜……なんでもないです」


 不服そうに、ぷいっとそっぽを向くカレン。

 わけも分からず、ジェイルは目を瞬かせるしかない。


「ううん? 年頃の女の子との会話は難しいな……」


 思わず苦笑いしていると――


「やや? お主たち、無事じゃったんかいの」


 ジェイルたちの正面から、口調に似合わぬ若々しい男の声がした。

 見ると、大きなフードを被った人物が、二人の正面に立っている。

 身長はジェイルと同じくらいだが、老人のように背中を曲げており、非常に長く生きている印象だ。

 カレンは不思議そうな顔をしたが、ジェイルはこの人物に覚えがあった。


「貴方は――カイナさん!」


 昨日、ハラル大森林に向かう途中に、路地裏であった老人だ。

 ジェイルが驚いた表情で彼に近寄る。

 たった一度会っただけだが、ジェイルは彼に親しみの念を抱いていた。


 その(わけ)は、今朝『オルセントの流れ屋』を出発する前のこと……



 〜〜〜〜。



「忘れ物はないかい? ジェイル」


「ええ。ありがとうございます、ナターシャさん。カレンのために、推薦状を書いてもらって」


 早朝。

 大きめのショルダーバッグに封筒を入れながら、ジェイルは礼を言った。


「いいんだよ。戸籍上はあたしの娘になるんだから」


 ナターシャは笑いながら。


「と言っても、それは建前。あたしはあの子が幸せに生きてくれれば、それで良いんだけどね。……カレンのことは頼んだよ、ジェイル」


「はい、もちろんです」


 力強く頷くジェイル。


「そういえば、一つ聞きたいことが……」


「なんだい?」


「俺がリッパーにやられた後……たしか、店の前に倒れていたんですよね?」


「ああ、それがどうかしたかい?」


「俺はあの時、森の中で気を失ったはずなんです。一体、誰に運ばれたのか気になりまして」


「うーん。あたしもあの男に気絶させられてたから、見てないね。――ああ。でも、倒れていたあんたの隣に、これが落ちていたよ」


 そう言ってナターシャは、近くの机に置いてあったベストを見せる。

 青を基調としたそれは、表面と内部に緻密な魔導回路が組み込まれている。

 ……ナターシャが昨日、ジェイルに渡した魔装束(シュレーゼ)だった。


「綺麗に折りたたまれていてねぇ。せっかく渡したのに、使わなかったのかい?」


 ジェイルはその魔装束(シュレーゼ)を見て、軽く目を見開く。

 これは昨日の昼間、労働に勤しむ老人(カイナ)の手助けとして差し出したはず。


「もしかして、あのご老人が……?」



 ~~~~。



「あの時……森で倒れていた俺を運んでくれたのは貴方だったんですね。……おかげで助かりました」


「ほっほっほ。いやなに、薬草を集めようとたまたま森の方へ行ったら、お主が倒れていたもんでの。あの雑貨屋の前まで背負ってきたんじゃよ。お主には、借りがあったしの」


 カイナは、長い袖に隠れた手のひらをパタパタと振る。


「ですが、お身体は大丈夫なんですか?」


「おうとも。魔装束(あれ)には回復の効果もあったみたいでの。お陰ですっかり腰も良くなったわい。ところで……」


 フードで見えないが、ジェイルはカイナの視線が自分の背後に移ったように感じた。

 後ろを見ると、カレンが背中にぴったりとくっついている。

 ジェイルの肩から顔をひょっこりと出し、カイナの様子を伺っていたのだ。


「えと……ジェイルさん。この方は……」


「そういえば初めてだったね。彼はカイナさん。昨日、俺を助けてくれた人だよ」


 その言葉に多少緊張が解けたようで。


「あの、どうも……」


 隠れながらも、カレンは軽くお辞儀をした。


「すみません。彼女は色々あって、少し緊張してるみたいで……」


「いやいやいや、こちらも相済まぬ。あまりに別嬪(べっぴん)さんだったもんでのう。思わず、見とれてしまったんじゃよ」


 カイナはおどけた口調でそう笑った。

 カレンはその言葉を聞いて少し恥ずかしそうな表情で、ジェイルの背中に顔をうずめた。


「それじゃあ(わし)は、また働き口を探しにいこうかいの。若人(わこうど)たちよ、ゆめ強く生きるんじゃぞ~~」


 そう呑気にいいながら。

 カイナは人混みの中へと消えていった。


「……不思議なお爺さん? ですね」


 カレンがジェイルの隣まで出てきて、そう言った。


「ははは、そうだね。もしかしたら、またどこかで会うかもしれないな」


 二人は会話を続けながら、街を進んでいく……



 ――――。



「わあ、すごい……!」


 街の入口――ハラル大森林とは逆の方へ到着した二人。

 眼前の光景にカレンは息を呑む。

 あたり一面、緑の海。

 牧歌的な美しい風景が広がる、小高い丘がいくつも連なった草原がカレンを出迎えたのだ。


「ジェイルさんっ、これからどこに行くんですか?」


 カレンが嬉々として、ジェイルに問いかける。


「今から向かうのは"水の都市"マージェス。この草原を抜けた先にあるんだ。少し歩くことになるけど……昼過ぎには到着するかな?」


 ジェイルは数歩歩き出し、ぐっと伸びをする。

 そして大自然を全身で感じると――


「カレン、それじゃあ行こうか」


 そのままぐるっと振り向き、カレンに力強く笑いかけた。


「……っ、はいッ!」


 勢いよく返事をしたカレンは、ジェイルの隣にいき、眼前の光景を目に焼きつける。

 彼女の心に、もう絶望など微塵もない。


 どこまでも続く、雲一つない青空。

 どこまでも続く、青々とした草原。

 暖かく降り注ぐ太陽の光。

 その胸には希望を。

 その瞳には輝きを。


 カルヴァーノ暦1019年、4の月。

 これから広がる無限の旅路に、心を躍らせて。

 カレン=レストリアは(はじ)けるように、大きな一歩を踏み出すのであった――



挿絵(By みてみん)



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