第34話 『月下の断罪者』
「……く……なぜ……私がヨルムの括りだと……?」
月明かりに照らし出された男――フォンスが苦々しく口を開いた。
「決定的だったのは、リッパーを『オルセントの流れ屋』に送ったことだ。あの時点でカレンの姿を見ていたのは、宿にいたお前だけだったからな」
その言葉に、フォンスは押し黙り。
「なるほど……確かに、タイミングがあからさまだったのは私の落ち度だ。その時既に、貴方から疑われていたわけですね」
「違う」
「……ほう?」
思わぬ否定に、フォンスは怪訝な顔をする。
「最初からだ。一週間前、俺があの宿に泊まった時点で、貴様を公国に仇なす者だと疑っていた」
「それは……どういう……」
「俺は三年ほど前まで、この街を根城にしていた。これで分かるな?」
「!」
「そう。あの宿の主はお前であるはずがない」
ジェイルは淡々と続ける。
「俺の記憶では、あの宿の本来の主は気さくな老夫婦だ。
何やら情報を集めるために、わざわざ宿の主に扮したんだろうが、それが仇となったな。」
「……ああ、本当にタイミングの悪い。そこまで分かっているならば、私がこの街の住民にかけた術の正体も、既に見破られていますね」
「当然だ。『オルセントの流れ屋』の女将にお前を尋ねたところ、お前が宿の主になっていたことについて、何の疑問も抱いていなかった。――いつ主になったのか、記憶が曖昧だったにも関わらずだ。そうなれば、貴様のしたことも想像がつく。
お前は一週間前、この街にいる人間"全て"に暗示の術をかけたのだろう?」
「――ッ! ええ……その通りです」
フォンスは観念したように目を閉じる。
この男はイーンに潜伏する際、街にいた人間全員に、自身が宿の主であると認識させる術をかけたのだ。
イーンがいくら小さな辺境の街といっても、人口は千人を軽く超える。
それら全ての人間に気付かれることなく術をかけるのは、並大抵の術士では不可能だ。
流石はヨルムの括りといった所か。
「私がこの街に潜伏していた目的は二つ。
一つは"国境なき行商"オルセント一家の隠し遺産を我がものとすること。そしてもう一つは、バラバ帝国で見つけたあの奴隷の少女を、上の階の方々に献上することでした」
「――なるほどな。ふん……街一体に暗示をかけるその技能は凄まじいが、計画が杜撰すぎる。
さしずめお前は第一階……組織の中でも、末端の構成員だろう?」
「……お恥ずかしながら」
ジェイルの的確な指摘に、フォンスは押し黙るしかない。
「さて……業腹だが、貴様には聞くことがある」
「ええ、どうぞ。どうせ消される命ですので、何でも。ですが残念ながら、上の階の方々のことは――」
「それは百も承知だ。第一階の地位は組織でも最下層。内部情報はほとんど与えられていない。聞きたいのは、あの奴隷だった少女についてだ」
「ほう」
「彼女は何者だ? 只者ではないのだろうが、なぜ貴様がそれを知っている」
「……いいでしょう。私も偶然、小耳に挟んだ程度ですが……。どうやら彼女は、極めて希少な"治癒の特異魔力体質者"のようです」
「治癒の特異魔力体質者……だと!?」
衝撃の言葉に、流石のジェイルも息を呑む。
だが同時に、妙に納得がいった。
(……確かに彼女は、緻密な魔導回路が組み込まれた煌燈十二軍の礼服すらも、一瞬で再生してみせた。
ただの治癒の令束者ではないと思っていたが、特異魔力体質者だったとは……)
そう思案していると。
「それにしても驚きました。まさか貴方にここまで看破されるとは。
今の煌燈十二軍は、大公のユリエス卿によって祭り上げられた"第二世代"……未熟な若輩者ばかりと聞いていたのですがね」
フォンスがどこか感心したような言葉を並べる。
「――ああ。確かに四年前と比べて、煌燈十二軍は弱体化した。当時最強と呼ばれた"第一世代"は皆、殉職や退役したからな。だがな……曲がりなりにも、今は俺たちが公国最強の魔術士だ」
「やはり、公国は強しということですか。オルセント一家の遺産を見つけ出し、治癒の特異魔力体質者を献上することで、組織での地位を向上させようとしていたのですが……無念です」
小さく嘆息するフォンスに。
「……死ぬ前に最後、一つ教えてやる。オルセント一家の遺産を狙っていたと言っていたな」
ジェイルは睨みつけたまま、そう確認する。
「ええ。大陸中を股にかけ、"国境なき行商"や"自由の系譜"と呼ばれた一族です。彼らが没したこのハラル大森林に、隠し財産の一つくらい……」
「そんなものは存在しない」
「――? 一体、どういう……」
「第一階。組織でも末端に過ぎない貴様が、それを知らずにあぶく銭を狙ったのも当然だろうな」
ジェイルは侮蔑した表情のまま。
「なぜなら……俺自身が、彼らの遺産だからだ」
凍てついた瞳で、ジェイルが告げた。
それを聞いたフォンスは愕然とする。
「なんと……! まさか、かの御方の下僕たちから逃げ果せた者がいたとは……! しかし、どこの国にも属さない、オルセント一家の生き残りである貴方が、なぜ公国に……」
「決まってるだろう」
直後。
ジェイルの声が、一段と低くなって。
その左目に通った大きな傷跡を、右手でなぞる。
「家族同然のオルセント一家を皆殺しにした悪魔ども……そして、それを手引きした貴様らヨルムの括りは、未だ羽虫のように跋扈している。
その外道共を、俺が全て潰して……殺すためだ」
圧倒的な存在感。
地獄の悪鬼とは、まさに彼の者か。
無慈悲に左手を翳すジェイルの瞳は、深淵の闇に黒く塗り潰されていた。
「さあ。今際の際はここまでだ」
「……く……」
そろそろ、自分が始末されるタイミングだと悟ったのか。
フォンスは覚悟を決めたように軽く俯いて――
「ふふふ……! まさか、大陸最強と謳われた『煌燈十二軍』の現在の筆頭が、かのオルセント一家の生き残りとは。
しかも、その本質は憎悪に塗れた復讐者ときている……。冥土の土産に、面白いものを見せて頂きました……!」
そう言って。
「上の方々はいずれも、人の理を超えた超越者ばかりです。貴方が彼らに牙を剥いてどうなるのか……実に興味深い。
その顛末……地獄の淵から拝見させてもらいますよ」
ジェイルはそんな挑発めいた言葉に意を介さず。
「ふん。貴様に見せるつもりはないが……。当然、皆狩り尽くすさ。その為に、俺は公国にいるんだからな」
そう言葉を締め括って。
「特異魔術――」
ドクン――と胎動する不穏な魔力。
そして。
夜の闇を纏ったハラル大森林の入口にて。
今日、二度目となる、死の凍気が訪れた。
――――。




